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2015年11月

2015年11月 8日 (日)

楽器も音楽も難しく、カルテットも難しい (;o;) ボロディン「弦楽四重奏曲第二番」

自分なんてアマチュアで音楽やって来たくらいしかないからなあ、と、なんとかその思い出にかこつけながら曲の話でもだらだらしようか、と思っていたのでした。
そうやって連ねたものを読み返すと、なんだ、無価値な話ばっかりだ、と苦笑いしか漏れません。それで続ける気がだいぶ失せました.

ただしアンサンブルについては、ちょっとだけ能書きがありますので、私をご存知のかたのお役に立つようでしたら、と、そう思って久々に綴ります。

浪人してもアマチュアオーケストラでわいわいやっていたところへ、年末のミサ演奏会の後、
「おまえ、来年うちの大学に入るんだろう?」
と、たしかにその翌年から先輩になる人たちがぞろぞろと来て、打ち上げの席で、初見でいきなりモーツァルトの弦楽四重奏曲(2作目のト長調のものだと知ったのは大学に入ってからです)の第1ヴァイオリンを僕に弾かせました。独学の私は初見なんてそれまで無縁だったし、しかも緩徐楽章のテンポが分からなかった(十六分音符は速く弾くのだ、とばかり思っていた)し、で、手も足も出ないのですが、先輩たちは構わずどんどん先に進みます。要するに、力試しされたのでしたが、万座で恥をかかせられて終わったのでした。

あとで古典派程度の初見に慣れてみると、楽譜にとらわれることさえやめれば、第1ヴァイオリンなら、旋律は下声3パートのテンポと和声を聴き取れれば、音符の並びと旗(符尾や連桁)の密度が譜面上どう横展開されているかを一瞥してしまうと想像がつくのです。
第2ヴァイオリンやヴィオラは和声を作らなければならないので、むしろ第1ヴァイオリンなんかより難しい。
チェロは音の出しかた(発音)で曲想を決定づけてしまうため、いいカルテットをやりたければチェロは名手が必須です。でもアマチュアではこれが最難関です。器用なアマチュアさんほど、曲を決定づけるとはどういうことか、を理解していない傾向があるからなのではないかな、と思っています。そしてプロのかたの演奏でも、この点に不満を感じさせられることは少なくありません。
どのパートでも、器用だとか、自分は技が豊富だ、とか自信が強すぎる人は、アンサンブルには向きません。そこを指摘すると真っ赤になって怒られて終わるのがオチだから、もう言わないことにしています。
弦楽四重奏曲は管楽の場合より曲の構造に起伏が盛り込まれている割合が多く、その確率も高いので、上の各要素はそれぞれのパートに・・・たとえば曲想の決定付けはチェロがない時はヴィオラに、ヴィオラもない時は第2ヴァイオリンに・・・と転化されることも多く、一筋縄では行きません。それでも原則は上で尽きますし、古典派前期ですと第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンは境目が無いに等しいので、ちょっとラクになります。

これ以上別に言うことはありません。

私の二十代当時だと
・スメタナ弦楽四重奏団
・バルトーク弦楽四重奏団
・アルバン・ベルク弦楽四重奏団
・ベルリン弦楽四重奏団(当時の東ベルリン)
・ボロディン弦楽四重奏団
あたりが脂がのっていて、演奏会や録音をよく聴きに行きました。

スメタナ弦楽四重奏団は、あたたかみ溢れるベートーヴェンの全集が評判で人気が高いのでしたが、それぞれ名人ながら器用なかた達ではなく、ひとりひとりのとりくみが真面目で、努力でこのあったかい響きを作っているんだなあ、というのが演奏するお姿からほの見えてくるのでした。
バルトーク弦楽四重奏団は第2ヴァイオリンさんが博学なのが有名だったかと思います。スメタナ四重奏団より知的な、そのぶん冷たい感じのサウンドが魅力的でした。
アルバン・ベルク四重奏団は、ベルクの名前を冠しているからそういう印象だったのか、耽美的な響きのする団だと感じました。ここは4人とも「器用」なのが見えて来る団でした。硬派路線ではないので当時としては異色でしたが、最近はこの傾向の強い四重奏団が主流であるように思います。ライヴも録音も聴いて心地よいものばかりで素晴らしいのですが、ちょっとルールはずれも多いように感じました。それでも成り立っていたのは、相互の信頼関係と耳の良さではなかったかな。
ベルリン四重奏団は、第1ヴァイオリンのカール・ズスケが私の二十歳の頃すぐゲヴァントハウス管弦楽団に移籍になり、ライヴを聴けたことがありません。モーツァルトの録音は他のどの団体よりも見事なものでした。オーケストラ奏者による定石をきちんと踏んだ演奏で、地味ながら響きの緩急が生気にあふれているのがモーツァルトに最適だったのでしょう。ハイドンセット以降と弦楽五重奏はすべて録音しています。ズスケの移籍先であるゲヴァントハウスの弦楽四重奏団もうまかったのですが、ベルリン四重奏団にくらべると「つまんないなあ」と思ったっけなあ。

くせ者なのは、いまも世代交代して続いているボロディン弦楽四重奏団です。
ベートーヴェン四重奏団と並んで、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲の初演者として有名な団体でしたが、鋼鉄のような響きでした。当時はまだソ連存続期でしたので、「鉄のカーテン」という言葉を想起したものでした。
とにかくヴィブラートは数まで揃っている、ヴィブラートをかけないときはそのタイミングが揃っている、音程が硬いところでぴったりときまっているので和声が重鉄構造のようである・・・
すべてが揃いながら、お互いが目を合わせたり、大きな仕草で合図しあうことがないのです。

目配せだの大きな合図だのが不要でもタイミングなどが合う、というのは、日本の伝統芸能の人たちの演技などからも教えられることです。
初めて歌舞伎を見に行った時、義太夫さんのまったく見えない立ち位置であるはずの女形のひとが、義太夫さんのうねりと寸分違わず動いて「泣き」の演技をしたのを目撃したときには、たいへん感激しました。それを恩師に
「歌舞伎でも、お互い見えなくってもピッタリ揃うんです!」
と息せき切って報告したら
「当たり前だよ」
と笑われたでした。
能もまた同じだということは、最近やっと機会があって知ることが出来ました。(能の囃子はどう聴いていいのか分からないので、このあたりを理解するのはたいへん難しいことでした。)

ボロディン弦楽四重奏団の響きの「恐ろしさ」は、「一聴ニシカズ」です。
しかも、その名前をもらっているボロディンの弦楽四重奏曲第二番(CDなら1962年のもの)が、録音ではいちばんよかろうと思います。
YouTubeで見つけたのはライヴ演奏で、CD録音に比べるとゆらぎがありますが、基本的に録音とまったく同じ路線で演奏しています。
まずは第1楽章の途中(2分42秒〜3分18秒)や終楽章(20分50秒〜22分6秒)などをお聴きになってみて頂ければと思います。



https://youtu.be/X_FVODPf2tk

これとは違って、間をズラす面白さ、というのももちろんありますが、それはまた機会があれば。

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