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2015年4月

2015年4月 5日 (日)

とてもきれいだった巌本真理さん〜シェーンベルク「浄夜」・弦楽四重奏曲第2番

高校3年の時だったと思うのですが、記憶が定かではありません。

芸術鑑賞会なる催しは1年生の時が「阿Q正伝」、2年生の時が「夏の夜の夢」と、いずれも演劇だった気がしますので、やっぱり3年生の時ではなかったかな。
巌本真理弦楽四重奏団が電力ホールというところに来たのを学校をあげて聴きに行ったのでした。

曲目は、さっぱり覚えていません。
クラシックマニアなんて学校にもわずかだったでしょうから、他の連中も覚えているかどうか。
僕もベートーヴェンの交響曲9曲や有名序曲や、そのほか何人かの作曲家のオーケストラ曲は流れをそらんじられるほどまで聞きかじってはいましたけれど、室内楽にはほとんど興味がありませんでした。

クラシック好きだけど、そんなやつ少ないし、室内楽だし、おいらしらけっちゃうだろうなあ、と思って出掛けて行ったのでした。

Smallmariiwamoto が、巌本真理さんがステージに出てくるなり、会場は熱狂の渦になってしまったのでした。
そのころの仙台あたりでは見かけられなかった、彫りが深くてスラリとした美人さんだったからです。
なんせ、僕らの学校は男子校でした。

真理さんは、残された写真を見ると眉が濃くていかつい顔に見えるのですけれど、これは写真技術が良くなかったからだと思いたいところです。
実際の巌本さんはため息が出るほどきれいな人でした。
なおかつ、演奏が終わると絶叫しながら拍手を送った僕ら無粋な男子高校生に向かって、高くあげた手を振って満面の笑みで応えてくれたのでした。
たぶん、演奏のあいだは音楽を聴くよりは彼女に見とれていたのでしょう。だからちっとも、どんな曲だったか思い出せないのです。

稼げるようになったらこの人の演奏を聴きに出かけたいな、と思ったのでしたが、それから2年後には巌本さんは癌で亡くなってしまったのでした。後年伝記を読みましたら、僕らの学校に来た年に乳がんの手術をなさったばかりだったのでした。

米国人の母から生まれた真理さんは、混血だったことからくる僕らには想像もつかないコンプレックスのようなものがあったり、そうした成長期のさなかに第2次世界大戦もあったり、差別を受けたり、と、人知れぬご苦労がたくさんあったようですけれど、戦時中もひるまず演奏活動を続けた気力の少女でいらして、1946年には20歳の若さで東京音楽学校(芸大の前身)の教授に迎えられたのだそうです。これを5年でやめてアメリカで勉強し、帰国後活動を本格化していましたが、まわりのかたたちの刺激もあって室内楽に目覚め、いいお仲間を得て1966年に弦楽四重奏団を結成し、亡くなるまで精力的に室内楽を披露し続けたのでした。

巌本真理 生きる意味
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真理さん単独の録音、巌本真理弦楽四重奏団の録音はずいぶんレコードになっていたはずですが、いま入手可能なものはそう多くありません。
山田耕筰の弦楽四重奏を演奏したものやライヴ数巻はAmazonで中古で手に入るようですが、僕は聴けていません。
新品で買ったのは、対戦の影響で改名する前の少女メリー・エステル時代の演奏が収められた『[SP音源による]伝説の名演奏家たち〜日本人アーティスト編〜』、これは他に若き日の安川(草間)加寿子さんだとか諏訪根自子さんだとか、なんと三浦環の声まで聴けるという代物です。最初期は無理ですが、洋楽初期の日本人演奏家を知るうえでも貴重な資料です。

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次にKING RECORDSから出た『巌本真理の芸術』(KICC 788/9)でドヴォルザークのアメリカ、ハイドンの皇帝、ブラームスのクラリネット五重奏曲の他、真理さんのソロを収めたもの。これはもう中古でしか出てないのかな。

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他にモーツァルトの四重奏曲2曲(ハイドンセットのうちのニ短調と不協和音)をおさめたものがあって、これは巌本真理さんの思い出を今回綴ろうと思っているときネットで偶然に見つけたものですので到着待ちで楽しみにしているところです。
そうした録音から受ける真理さんや四重奏団の印象については、またオタクで綴ります。

51oeocyxnal_sl500_sx355_ それらのどれよりも、現在の人たちにもまず聴かれるべき、聴いてほしいのは、1972年にシェーンベルクの「浄夜」と弦楽四重奏曲第2番を収めた1枚で、幸いこれは千円ちょっとという廉価で、いまも新品で出回っています。幸か不幸か当然のことか、YouTubeにはアップされていません。
「浄夜」は第2ヴィオラに江戸純子(小澤征爾さんの最初の奥さん)、第2チェロに藤田隆雄(録音当時期待の若手、1998年に54歳で胃ガンで早世)というひとたちを加えての演奏で、第2弦楽四重奏は後半2楽章にソプラノ独唱が入る変わった作品ですが、長野羊奈子さんが歌で加わっています。
充分に厚みのある響きのカテドラルが築き上げられていて、1970年代にこんなに優れた四重奏団や弦楽演奏家、声楽家が活躍していたのだ、と、あらためて懐かしさに強くとらえられます。そしてまた、今もたくさんの人に記憶しておいて頂きたいと感じる演奏でもあります。

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「アメリカ」あたりだと、厚みを出す意図がやや災いして現在の志向からするとヒステリックに聞こえるきらいがあるのですけれど(これはたとえばヴァイオリンだとオイストラフのような名演奏家のものでも、いまはそう聴かれてしまうのではないでしょうか)、こちらは取り上げられている作品がシェーンベルクの、まだ無調に至る前のロマンチックな作品だということもあって、これから先も20世紀前半曲の規範的演奏として長く通用するものになっています。

では、弦楽四重奏をやるうえで肝心なことはなんだったのでしょう?
僕程度ではそれを言ってしまうとただの生意気になるので、よします。
そのかわり、hatenaで見つけた記事から、真理さん、いっしょにやっていた黒沼さんが話している肝の部分を、少しだけ引用しておきます。

http://d.hatena.ne.jp/adlib/19690712

── 四つの楽器は それぞれ異なった活躍をするわけですが 各奏者の奏法はすっかり統一した方がいいのか あるいはむしろ てんでばらばらの方が演奏効果がいちじるしい

黒沼 それは非常に具合が悪いんです ヴィオラが出てきた チェロがでてきた というようじゃいけないんで 第1と第2のヴァイオリンの区別がつかない というのが最高の状態なんです

巌本 ですからヴィブラートなんかもそろえるわけね

・・・芯の部分をごくあっさり喋っているだけですね。

弦楽四重奏曲には故あって僕自身が後年それを通じていじめられ(鍛えてもらった、という意味です!)、いろいろ悩み、何団体かを聴きに行った思い出もありますので、また別にお喋りすることもあるでしょう。

シェーンベルク作品と言っても誤解してはならないのは、真理さんたちが録音したのはまだ、いわゆる後期ロマン派からの脱皮が終わる前のものである点です。・・・まだなかなか馴染まれてはいなかったものだったのではありましたが、決して「現代曲」ではなかった。
それでも発表当時(作曲年ではなく。「浄夜」は1903年、第2弦楽四重奏曲は1908年の発表)には、発表の場だったウィーンで強烈な反感をかったのでした。

伝記『シェーンベルク』(E.フライターク著 宮川尚理訳 「大作曲家シリーズ」 音楽之友社 1998年)から、それぞれの時代の様子が分かる部分を引いて、今回の雑談を終わりにしましょう。

「『浄められた夜』の響きにはヴァーグナーの影響が色濃く感じられるが、音楽家協会の審議員たちは、それまで禁止されていた属九の和音の転回形が使われているのを知って、憤慨してこの総譜を孤絶した。(略)お情け程度にほんの少しだけの才能をシェーンベルクに認めておいて、シェーンベルクの試み【リヒャルト・デーメールの詩を総譜の巻頭にかかげ、そこからライトもチーフを取り出した、まではいいとして、そのライトモティーフを禁則だらけの複雑な対位法を使って仕上げたこと、とでもまとめ得るでしょうか?】はそもそも根本的に誤った道であったと結語することは容易なことだった。」(p.022)

非難はシェーンベルクが巻頭に掲げた非道徳的な(!)デーメールの詩のほうに衝撃を受け詩にこじつけて行なわれたものがこの本で紹介されています。詩の内容は、その非難の文章によれば
「一人の女が彼女の精神の夫に出会う。しかしそれはすでに彼女が彼女の肉体の夫の子供を宿してからのことだった。精神の夫は、美しい月夜に感銘を受け、自分が子供の父親になろうとすすんで申し出るのである」
というもので、これに
「こうした経過が音楽によって、言葉の助けなしに描き出させるとでもいうのだろうか?【そんなはずはない】」
との非難が続いています(p.24)。要は、言葉に助けられての標題音楽なんか安易だ、というのです。それをもっともらしく複雑に潤色するとは何事だ、みたいな、理不尽な非難だったようです。
(訳詩の一部はp.020に載っていますが、その最初の「あなたの身籠っている子供を/あなたの魂の重荷としてはならないのです」は、僕にはとてもいい言葉に感じられます。ただし、音楽作品としての「浄夜」は詩の内容は乗り越えたものだ、と、こんにちは評価されているようです。)

第2弦楽四重奏曲は器楽のみの第1楽章、第2楽章に続いて、シュテファン・ゲオルゲという人の詩「連禱」を第3楽章に、「恍惚」を第4楽章に、それぞれ声楽で加えたものです。

「『第二弦楽四重奏曲』の中でシェーンベルクがこの敬愛する詩人の詩句を導入したのは、次のような目的のためでもある。すなわち「聴衆にとってはこの曲を方向づけるための手引きとして、そして作曲家自身にとっては形式の段落分けの手引きとして」である。(略、初演の時の)その際に起こったスキャンダルは、以前のどの作品の際のスキャンダルをも凌ぐものとなってしまった。波のような笑い声と野次と口笛とが巻き起こり、演奏は聴こえないほどだった。」(p.063-064)

残念ながら巌本真理弦楽四重奏団の演奏ではありませんが、ラサール弦楽四重奏団による良い演奏はYouTubeにありましたので、そちらを埋め込んでおきます。

https://youtu.be/QSa8qW4Fdg8

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