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2015年3月 5日 (木)

はじめてオーケストラで弾いた曲〜「こうもり」序曲

これの前に綴ったように、長野で小沢僖久二さんと知り合った、みたいなことはありましたけれど、ブラスバンドから切り離された僕はウチで近所迷惑なヴァイオリンを弾く他にこれといって出来ることもなく中二中三の時期を過ごしました。年始になんとか許してもらってウィーンフィルのニューイヤーコンサートをテレビで見せてもらえたのがいちばんの喜びだったかな。でもあの頃もう衛星中継だったでしょうか? あとで録画で放送されたのでしょうか。記憶が曖昧です。タイムリーに見たと思っているのですけれど。

今のように有名指揮者を呼んでやるのではなく、コンサートマスターのボスコフスキーが、あんまり気取らない棒を振るのでした。団員がみんなでワインの乾杯をしたり、とくに打楽器の人も変な格好をしてみたり空砲をぶちかましてみたり、いろいろ羽目を外すのでした。あのころのほうがずっと面白かったな。その後心からいいなあと思ったのはカルロス・クライバーが出しゃばらない指揮をしてのびのびした音がしたときだけです。これは2回あったうちのどちらの放送を見たのか思い出せませんが、その後DVDを買いました。・・・だいぶ後になってからの話です。
ボスコフスキー時代のニューイヤーコンサートもDVDになっていますが今は入手が難しいかも知れません。でも団員さんたちのはしゃぎっぷりがよく見られますので、それがなつかしいかたや、見たことのない人には、いちばんのおすすめです。

http://www.amazon.co.jp/dp/B0006TPGZO

313gqfm6f0l 中二の正月のニューイヤーコンサートで、ヨハン・シュトラウスのオペレッタ「こうもり」の序曲を初めて聴きました。後年ボスコフスキー時代のDVDにも収められましたので、ありがたいことに、そのときの嬉しさには今でも再会出来ます。(YouTUbeでも見られるようになりました。)オーケストラ側のコンサートマスターに、尊敬していたヘッツェルさん。そのサイドが、まだ髪の毛ふさふさのキュッヘルさんです。まだかなり若いキュッヘルさんのボウイング(弓使い)が、ヘッツェルさんに比べると成長途上のやや窮屈なのが見られるのも面白い見物ですけれど、もちろん中二当時にそんなことに気がつく訳がありません。
なによりも、この「こうもり」序曲が、僕はたいへんに気に入ったのでした。
まさか、1年半後に自分が初めてオーケストラで弾く曲になるとは、想像もしていませんでした。

地元の高校生中心のオーケストラの人から電話がかかって来たのは、高校に入る直前か入学後まもなくでした。小沢さんとのことでテレビに出たり市政だよりに載ったりしたのを見て僕を知ったのかも知れませんが、本当にそうだったかどうかは覚えていません。
自分は独学であまり技術もありませんから、と再々言ったのですが、すぐファーストヴァイオリンの、しかもいちばん前(ただしサイド)にさせられて、ちょっとしんどかったです。曲はベートーヴェンの「エロイカ」(http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/okiraku/2014/08/eroica-9f62.htmlに綴りました)がメインで、あとはハーティ編曲のヘンデル「水上の音楽」(http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/okiraku/2014/11/post-cd78.htmlに綴りました)、そして「こうもり」序曲でした。いまも相変わらずへたくそヴァイオリンで当時はもっとへたくそでしたが、中間部のワルツみたいなリズム・・・遅く重く始めて急加速して安定のブンチャになる・・・は大げさにやるのが得意でしたので、きびしいコンマスさん(女性でした)が面白がって誉めてくれました。
この、高校一年のときには、このオーケストラは自分たちの企画で夏に仙台から山形市まで「演奏旅行」と称して出向いたのでしたが、蓋を開けてみれば演奏者50人に対しお客が5人、というていたらくで、みんなで大笑いして帰りました。大人のサポートはほとんどなかったし、大学生は東北大のオーケストラに吸い上げられていて、運営力がなかったんだろうなあ、と思います。
演奏技術の話も思い返すとたくさんあるのですが、初年度はまだ無我夢中で、とにかく合奏についていくのがやっとで、どれがどうだったと回想するほどには中身の記憶がありません。演奏上参考になるようなことは、いずれまた。

十代の「こうもり」とウィーンフィルの思い出は、これくらいでした。

ずっとずっと後、結婚もして、子供たちも生まれて大きくなって・・・娘が中2で息子が小5の暮れに家内が心臓を悪くして急死した、そのつぎの年明けに、ウィーンフィルのなかの8人ほどのメンバーが隣町にウィーンリングアンサンブルと称して来日する演奏会がありました。
家内は家族分のチケットを買って、この演奏会に行くのを楽しみにしていました。
でも、死んでしまって、チケットをどこにしまったのか全然分からなくなりました。
なんとしても子供たちを連れて行かなければならない、かあちゃんが連れて行きたがっていたのだから。でもチケットがない。
会場のかたに電話をして事情を話して、新たに買わなければならないようなら買ってでも伺いたい、と申し出ました。
そうしたら、会場のかたが販売の記録を一生懸命探してくれて・・・買い方によっては記録に残っているかもしれない、ということだったかと思います・・・、ほんとうにそうだったのかどうだったのか
「あ、記録が見つかりましたから、当日ご心配なさらずおいで下さい」
と仰ってくれたのでした。
僕は僕で、コンサートを前に、家内に自慢したくて、ウィーンフィルの歴史を書いた分厚い本をこっそり買ってあったのでした。その本と家内の遺影を会場に持参しました。
演奏会が終わったあとサイン会があるのです。
それで、サイン会の場所に並んで、自分の番がくると、いならぶ団員さんに家内の写真を掲げてみせて、早口で片言の英語とでたらめなドイツ語単語で、みっともないくらい死にものぐるいで事情を説明し、本にサインをしてほしい、と頼み込みました。
団員さんたちはすぐにうなずきあって、本を手に取って、最初に
Für Keiko(ケイコさんへ・・・亡妻の名前です)
と記して、順々にサインをしてくれました。
その日は彼らが会場を去る車に向かって大声で
Auf Wiedersehen!
と繰り返して見送りましたが、さぞかしみなさん苦笑なさっていただろうな。

メンバーはキュッヘルさん(サイン会には出ず)、ザイフェルトさん、コルさん、イベラーさん、ありゃ、コントラバスはボーシェさんだったかな?、そしてシュルツさん、シュミードルさん、ヘーグナーさんだったと思います。サインはほとんど判読出来ません(笑)。

ああ、夜更かししちゃった!


http://youtu.be/uH_b2VJuI1I

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