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2014年12月30日 (火)

変容したいたずら者~「ティル・オイレンシュピーゲル」

自分の中学生時代がもう40年前だ、と気づくと、途方に暮れます。
こないだ年末の納会で職場の人たちと喋っていて、
「数十年前が昨日のように思い出されるようになったら、ジサマだよなあ」
みたいな話になって、大笑いしたのでしたが、体調は血圧が上がってぼろぼろで、まったく冗談じゃなくジサマな自分を思い知ったのでした。

こっちは幸いにして目立っていませんので、思い出話混じりであれこれ好きな曲の話ばっかりしてきていますが、時期はまだこの40年ちょっと前の中学時代のことです。

ブラバンのホルンの尊敬する先輩、増田さんは、本当に奇特な人で、貧乏後輩の僕にいろんな曲を教えてくれただけでなく、聞き旧したレコードも何枚か僕にくれたのでした。17センチ盤のリスト「ハンガリー狂詩曲第2番」(カラヤン指揮)、同じくR.シュトラウス「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」(ベーム指揮)の2枚は、ジャケットデザインを含め忘れがたい頂き物で、すり減るまで聴きました。
「ティル」はとくに好きでした。でも「ティル」の、序奏のあとで現れるホルンのソロが、いったいどんな拍子で書かれているのか聴いただけでは皆目見当がつかず、ずっと戸惑ったものでした。数年後やっと楽譜を目にすることが出来、ああなるほど、と思いはしたものの、なんでこんなひねくれたリズムで書いたりしたのか、と、それはしばらく納得がいかなかったりもしました。小さな理屈をひねくり回して眺めたり聴いたりしても、音楽なんて面白くも何ともないんですけどね。

「ティル」の作曲経緯について、岡田暁生さん著の伝記から拾える面白い話は別にありません(岡田さんの本はみんなわりと好きなんですが、この伝記本は日本語が変でちょっとキライです 笑)。
音楽之友社版のスコアから拾うと、「ティル」はオペラとして取りかかりはじめられたこと、けれどもこの主人公では
「この民衆本の主人公が単なる悪戯者にすぎず」
ドラマの主役にならない、とオペラ化は放棄されたこと、いつのまにか交響詩に方向転換して1895年11月にミュンヘンで演奏されて大成功を収めたこと、彼はこの作品に愛着を持っていたらしく、1944年になって「かわいい息子や孫のために」と自筆総譜を作っていること、が読み取れます。

さて、しかし、「ティル・オイレンシュピーゲル」のお話って、具体的にはどんなものなのでしょう?

R.シュトラウスのシナリオはそれなりにあって、
「むかしむかし、あるところに悪戯者がいたとさ」(1〜5小節)
「その名もティル・オイレンシュピーゲル!」(6〜20小節)
「それはそれは、ひどい悪戯者だった」(46〜49小節)
「新しい悪戯を求めて出発」(50〜80小節)
「待っていろよ、いくじなしどもめ」(74〜)
「馬に乗って、市場の女どもを蹴散らし、一歩で7マイルも進める長靴をはいて逃げ去る」(137〜)
「僧侶に化けたティル」「もったいぶった口調で道徳について説教を垂れる」(179〜191)
「自分の末期について、そこはかとない予感におののく」(192〜208)
「騎士に化けたティル」「美しい娘たちと丁重な挨拶をかわす」ひとりの娘を見初め」彼女に言いよるが肘鉄を食らわされ、「全人類への復讐を誓う」(209〜293小節)
・・・
「判決」、ティルは刑場の露と消える(573〜631小節・・・音楽上は絞首刑で表現されていますよね)

といった具合です(音楽之友社版スコア、三宅幸夫氏の解説から)。

音楽を聴いたあとで知ると、お話として整っていはいますがスケールが小さく感じます。

中世から読まれ続けてきた『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』は、71hani1tv3l 日本に中世ヨーロッパを生き生きと教えてくれた阿部謹也さんが訳してくれているので、私たちも手軽に読むことが出来ます(岩波文庫・・・1990年に出ましたが、いまは古本でしか手に入りません http://www.amazon.co.jp/dp/4003245512)。
こちらの翻訳で読むと、ティルは美しい娘に恋いこがれてだまされることなどまったくありませんし、絞首刑で死ぬのではなく、病が重くなって病院で死ぬのです。
R.シュトラウスの描くティルと昔ながらのティルの共通点はたったひとつ、ティルは肉体が死んだ後も「生きている」点だけです。いまも残っているというティルの墓碑銘には
「ここにオイレンシュピーゲル葬られて立つ」
とあるのだそうで、「これはオイレンシュピーゲルが安らかに眠ってはいないこと、つまりまだ生きていることを暗示しているとも解されよう」と訳書は注をつけています。

西暦1500年前後に出版された、いまでは編著者もヘルマン・ボーテ(1463頃〜1520/25頃)にほぼ特定されている『ティルオイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』は96話から成っていますが、R.シュトラウスがシナリオとしたような整然とした物語ではなく、いたずらのエピソードがティルの生涯の年代順に並んでいる、という風情で、しかもやたらと糞の話が多いのには読んでいて驚きます。中世頃に糞尿潭が比較的多いのは日本も同じだったかと思いますので、ユーモアに対する感覚が中世と今とでは変わってしまっているということなのでしょう。いたずらの内容も、今の感覚からすると愉快とはいえないものがたくさん出てきます。
ティルはまた「いくじなし」を待っていたずらを仕掛けるのでもなければ、市場の女どもを蹴散らしたり魔法の靴を履いたりもしません。行った先で出会うイヤミな相手・・・それが司祭であろうが親方であろうが宿屋のあるじだろうが・・・を、わりと現実的なやり方でいたずらに陥れながら、道化者として放浪の旅を続けるのです。宗教的な良心のようなものが芽生えておそれおののく、などということは生涯無く、臨終の懺悔でも、若いときし損ねたいたずらがあることを残念がるほどに、そのいたずら者精神は筋金入りでした。
R.シュトラウスの描くニュアンスではこうした性格が減退し、タフさがなくなっている気がします。

中世のティルは、良心的である相手に対してきわどい騙しもやりますが、賤民である自分に対し意地悪をしてくる連中にあっと言わせる仕返しをするところが読者に胸のすく思いをさせてきたのではないかと感じます。
ただ、それぞれの「騙し」・「仕返し」の裏にある社会的背景については、R.シュトラウスの時代にはまだ究明されておらず、最近ようやく客観的に把握されるようになったようで、R.シュトラウスがまだ生きていたら、今度こそオペラとしての「ティル」を描けていたかもしれません。

一つの例として、第84話に、宿屋の女主人が風評だけで見も知らぬティルを「やくざ者」と信じ込んでいるのをティル本人が不満に思い、女主人をあえて本当にいたずらに陥れ、これで初めて女主人がティルを「やくざ者」と呼ぶのを認める、という、ちょっと読むと奇妙で意味のよくわからないエピソードがあります。注によると、このころあちこちで「風評に基づく裁判・・・7名の者が『あの男はやくざ者だ』といいさえすれば、それが何の証拠に基づいていなくても裁判にかけて有罪判決を下すことが出来た」という(恐ろしい)事態への反抗心に基づく行為だとのことですが、こうしたことは突っ込んだ研究があるまでは長い時間の中に埋もれてしまうのですね。
いまあたりまえだと思っている社会状況はすべて、時が積み重なれば埋もれて分からなくなってしまうのです。

音楽のほうの「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」は、R.シュトラウス自身が指揮した演奏の録音も、指揮している姿の映像も残っています。
が、個人的に面白いと思っているのはフルトヴェングラーがこの交響詩を指揮した映像が残っていて、この映像でフルトヴェングラーが
「拍を分かりやすく指揮している」

と評判になっていたことのほうです。
フルトメンクラウ、って誰が言い出したんでしたっけ?
彼の指揮は拍がちっとも分からないので有名でしたものね。

さて、実際に映像をご覧になって、どうお感じになられますか?

Part1

http://youtu.be/C7CsQwc_Xws

Part2

http://youtu.be/uHNiCQHNjqk

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