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2014年3月15日 (土)

バッハの音楽カレンダー

バッハ J.S.Bach(1685〜1750)は30歳前後のころ、小冊子の音楽カレンダーを作っています。
冊子はおよそ縦16センチ横20センチ弱、182ページのものです。

カレンダーといってしまうと、たぶん本当は正しくありません。じっさいには賛美歌集の順番に沿って曲作りが計画されているのであって、あらかじめ記入された164タイトルの61曲目以降は、歌われるべき日付や時期が不特定(平和の祈りや食卓での歌など)です。逆に言うと、計画では、歌われる時期が定まった音楽は全体の3分の1しか作られないはずでした。
ところがこれまた、この膨大な曲数の計画に対し、出来上がった音楽は46曲しかありません。そのうち歌われる時期が定まっていないのは10曲だけ、結果として4分の3にあたる36曲が、キリスト教音楽カレンダーの体裁をいちおう保つことになったのでした。

音楽はすべて、賛美歌をさまざまに飾った、パイプオルガン用の美しい小曲ですので、全体をまとめる名前もそのものズバリ

「オルガン小曲集 Orgelbüchlein」

です。バッハ自身がそう名づけています(ただしドイツ語タイトルから分かる通り、曲が小さいという意味ではありませんね)。
「これは教会暦上の日曜日と祝祭日の全部をカバーしようとする雄大な構想のもとに、各日曜日と祝祭日に関連したオルガン・コラールを集大成しようとするものだった」(*1)のでした。

それぞれの曲は、伴奏にして賛美歌を歌うため・・・であるにはあまりに飾りが豊かで作りも複雑です。ではいったいどんなときに演奏するためのものなのでしょうか?

私はキリスト教徒ではありませんので、教会には特別な冠婚葬祭がない限り縁がありません。が、プロテスタントの教会で、式典の節目節目でオルガンだけが賛美歌を奏でるのに聞き惚れた経験はあります。
オルガンだけで賛美歌が演奏されるのは、もともと、信徒のかたたちが歌う代わりをオルガンが務める習慣があるからだそうです。
ローマ教皇が1600年に「オルガンは司祭や聖歌隊が歌うための前奏を奏し、典礼歌や賛歌を歌う聖歌隊とオルガンが交互に演奏する」と定めたので、オルガンは聖歌隊を伴奏したりせず、プロテスタントでも「オルガンは教会の歌の間に鳴らなければならない」と定めたので事情は同じになった、とのことです(*2)。
賛美歌は無伴奏で、旋律だけ斉唱(ユニゾン)歌われるのが、バッハの頃までは普通だったと言われています。
バッハはこの曲集を、まさにこんにち教会で演奏されるような「歌の間に鳴」るオルガンのために書いたのでしょう。そしていまでもそのように演奏されているようです(※)。『J.S.バッハ オルガン小曲集 演奏と解釈』(*2)をお書きになった教会オルガニスト志村拓生さんは、まえがきで
「この曲集が、私の最も多く演奏した作品だろう」
と仰っています。

実際に中身をみますと、時期が特定される36曲の内訳は次の通りです。
キリスト教本来の新年とみるべき待降節(11月27日以降)向け4曲、クリスマスのための作が10曲、年末年始向けが3曲、聖母マリアの清めの祝日(2月2日)用2曲、キリストの受難をいたむ時期(3月23日以降)のものが7曲、復活祭(3月30日以降)向け6曲、聖霊降臨祭(5月から6月の間)用4曲。
わりとかたよりがあります。
これはバッハが「コラールを次のようにとりまとめた」からだ、と、シュヴァイツァーは述べています。
「すなわちクリスマスのときのコラールは小さなクリスマスオラトリオを形成するように、受難日のコラールは受難曲となり、復活祭のときのコラールは復活祭オラトリオとなるようにである。」(*3)
計画段階ではしかし、カレンダーとして、ここまでかたよってはいませんでした。完成作のない7月から10月のためのものも、タイトルだけは冊子にきちんと書き込まれています(*4)。

作品はひとつひとつ、小規模ながら非常に濃い密度で作られていて、目を見張らされるばかりです。耳にしての響きは勿論ですが、楽譜を眺めても、モノクロの線画であるにもかかわらず、色合い豊かな物語絵のようです。このみごとな音符の線画が、後代のたくさんの人たちに、バッハが音符で描いたのはこれこれのシンボルだ、と想像を膨らまさせたりしたのでした。

イエスの誕生を歌った「いまこそ声あげ」(In dulci jubilo BWV608)の例を見てみましょう。
この賛美歌は中世のキャロルに起源を持っていて、奇妙なことに、ラテン語とドイツ語が交じりあった、このような歌詞を持っています(*5)。

In dulci jubilo, nun singet und seid froh,
今こそ声あげ、喜んで歌え。
unseres Herzens Wonne liegt in Praesepio
みどりごイェスは 貧しいまぶね(=飼い葉桶)に
und leuchtet als die Sonne Matris in gremio,
朝日のように 明るくかがやく。
Alpha es et O, Alpha es et O.
アルファ、オメガ、永遠の主。(日本語は賛美歌21の歌詞の由 志村著*2による)

【画像はクリックすると拡大します。】

Bwv608all

四声部で書かれている自筆の楽譜は、ソプラノに賛美歌のメロディを置き、テノールがそのメロディでひとつ遅れて追いかけるカノンになっています。
三連符で動いているのがアルトとバスで、これは「聖母マリアが赤子イエスの眠る馬舟を揺りかごのようにゆする様子」だとも解釈されています。だとすると、ちょっと小刻みに速く動き過ぎてにぎやかです。じつはクリスマスの習慣で、子供たちが小さな馬舟をもちよって、これを揺すりながらこの歌を歌ったのだそうです(*2)。
楽譜そのものからにぎやかに感じさせられるのは視覚的なトリックがありまして、2分の3拍子であるにもかかわらず、三連符は横棒(連桁)でまとめられています。すなわち、二分音符ひとつに対し、四分音符ひとつぶんの三連符しかありません。楽典的には嘘八百です。でも、こうすることで賛美歌のメロディと背景の飾りの部分とが見分けやすくなっているのが面白いところです。
また、かざりのほうの途中、三小節目のアルトや四小節目のバスに現れる四分音符の繋がり(♩♩♩♩♩♩)は、クリスマスと言えば連想される羊飼いの、その連れている子羊の首に下げられた小さなベルが、リンリンリンリンリンリン、と鳴るかのようです。

(森武靖子さんの演奏から少し引かせて頂きます。)
http://music-hongou.art.coocan.jp/audio/BWV608moritake.mp3
J.S.Bach / オルガン小曲集 BWV599-644 森武靖子 株式会社マーキュリー COO-028

バッハのこの例を見ると、ヨーロッパの古典音楽すべてに敷衍できるかどうかは措いても、キリスト教の暦に基づく季節感豊かな響きが、耳の上だけでなく目のイメージとしてもまた、教会を通して生活にぴったり寄り添っているのだということを、つくづく思い知らされます。
季節感の要素はメロディよりはむしろ、それをどのように飾ることでいかに意味付けるか、のほうにあるようです。賛美歌の旋律だけでは音楽の時節への相応しさはまったく生まれて来ないからです。
まさに元素が整然と並ばなければ宝石にはならず、独自の色も生まれて来ないように、この宝石のような作品ひとつとってみても、その音楽が奏でられるべき時節や意義にふさわしくするため、音の列は厳しく象徴化されています。

こんにちの音楽を考え直す際には、象徴によってこれほどまでの生活密着感を生み出したものは何なのか、に目を向け直すことも大切なのではないでしょうか。
少なくともバッハの立体的な音楽作りが情緒に流されたものでないのは、こんなささやかな一例でも非常に明確なのですから、情緒過多に陥りがちな私たちの視点には、なおさら変更が必要なのかも知れません。


いまいちばん手に入りやすい全曲の録音には、日本人女性オルガニストによる良い演奏があります。 

J.S.Bach / オルガン小曲集 BWV599-644 森武靖子
日本の銘器・草苅オルガン(立川)にて.
電動機構を使わず、ふいご師による人力足踏みふいごでの全曲録音
COO Record(発売元:株式会社マーキュリー)COO-028

http://www15.plala.or.jp/moritake/09TicketCD.html

Coo028_2

なお、このCDのBWV608の解説で、ソプラノの賛美歌をカノンで追いかけるペダルをバスと位置づけていますが、自筆譜で明らかな通りバッハの書きかたはこの曲ではペダルがテノールですから、志村拓生さんのご説明の方が正しいでしょう。


*1:ヴェルナー・フェーリクス『バッハ 生涯と作品』原著1984年 杉山好訳1985年 現在、講談社学術文庫1401(1999年第1刷)66頁 なお、シュヴァイツァー『バッハ』第13章には、このようなこころみが他の作曲家、たとえばワイマールのワルターによってもなされている旨が述べられている(いま普通には出回っていない辻荘一・山根銀二訳の岩波書店版では上巻271頁)

*2:志村拓生『J.S.バッハ オルガン小曲集 演奏と解釈』日本基督教出版局 2001年初版 2012年3版 オルガン演奏と賛美歌歌唱の関係については12頁参照。In dulci jubiloについては54〜57頁 なお、下記シュヴァイツァー『バッハ』第4章に詳しく綴ってあるところでは、事情はもっと複雑ではある(辻・山根訳上巻26〜40頁。

*3:アルベルト・シュヴァイツァー『バッハ』第13章 辻荘一・山根銀二訳 岩波書店版 1955年 上巻271頁

*4:2の志村著の14〜17頁に、作曲されなかったものをも含めたリストが掲載されている

*5:ラテン語とドイツ語の歌詞が入り混じった事情・経緯についてはシュヴァイツァー『バッハ』第2章参照。辻・山根訳では上巻4〜15頁。


★Orgelbüchleinの自筆譜のPDFはIMSLPからダウンロードできます。
http://imslp.org/wiki/Das_Orgel-B%C3%BCchlein,_BWV_599-644_%28Bach,_Johann_Sebastian%29
画像ファイルはこちらのPDFから抜き出して作成しました。

刊行されているファクシミリ
Heinz-Harald Lohlein校訂
Bärenreiter 1999
ISBN 3-7618-1434-8

https://www.academia-music.com/academia/search.php?mode=detail&id=1501272106

2014031518010000_2


※ オルガン小曲集には教育的な意味合いについてバッハ自身が記した前書きがあり、この曲集をとりあげた一流評論にはその話が必ず出てきますが、クリストフ・ヴォルフ『ヨハン・セバスティアン・バッハ 学識ある音楽家』(原著2000年 秋元里予訳 春秋社 2004年 とくに355頁以下)の記述から察するに、教育云々は創作当時のバッハにはまだ漠然としたものであったか、もしくは教育云々自体がライプツィヒへの就職活動のためにとってつけた理由だったか、であるようにも感じますので、教育的意味合い云々はあえてしませんでした。

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コメント

curraghさん

トラックバックありがとうございました!
上手く反映されているかどうか良く分からないので、ここにもURLを掲載させて頂くと同時に、若干の引用をさせて頂きます。ご了承下さい。

http://curragh.sblo.jp/article/31941167.html

「シュヴァイツァーは医師として活動しはじめたあとは一介のアマチュア演奏家として、帰国した折にランバレネ病院の運営資金集めの手段としてオルガン演奏会を開くていどでした。そんなシュヴァイツァーの演奏に感銘を受けていた若き音楽家がいました ―― それが 20世紀を代表する「バッハ弾き」と言ってもよい、ヘルムート・ヴァルヒャその人でした。ギュンター・ラミンのもとで必死にバッハのポリフォニーの糸を手繰り寄せて吸収していったヴァルヒャ青年にとっては、まさにこのシュヴァイツァーの演奏こそお手本だったという。それはサイモン・プレストンのことばを借りれば、「気取らない演奏」。厚ぼったいごてごてしたライプツィッヒオルガン楽派の演奏スタイルに疑問を感じていたヴァルヒャは、やがてフランクフルトでシュヴァイツァーを道しるべとして、独自の道を歩むようになる。このとき師匠のラミンは弟子の離反を決して許そうとはしなかったと言われています」

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