漢文

2017年8月19日 (土)

【漢文】列子 周穆王 二(ど素人古典答案)

黄帝第二の続きにも、有名な「木鶏」の話があって面白いのですが、周穆王篇は幻術の話が続いて興味深い(しかし幻術が主なのではなくて、儒家の平和思想の大事さを暴君に巧みに伝えた言辞達者の話もありますので、この篇は、争いなどに至る人心の、事物を思い込みで見ている愚かさを主眼に置いたものとみることもできます)ので、こちらに進んでしまいます。巻頭の話が周穆王篇を集約するようなものなのですが、かなりの長文ですので、続く老成子の話を選びました。
この文章に見られる典型的な道家思想が、日本仏教の無常観につながっているように感じながら、本章を読みました。・・・ということは、日本仏教はやはり仏教としては特異なのかなあ、なのでもありますが、そのことは措きます。
『新書漢文体系』の列子の巻には載っておらず、岩波文庫板の書き下し文は自由自在なので、自分なりに素直な書き下しをしてみようと思いました。
誤りはぜひご教示、ご指導下さい。


列子 周穆王 二

老成子學幻於尹文先生,三年不告。
老成子請其過而求レ退。
尹文先生揖而進之於室,屏左右而與之言曰:
「昔老聃之徂西也,顧而告予曰:
 有生之氣,有形之狀,盡幻也。
 造化之所始,陰陽之所變者,謂之生,謂之死。
 窮數達レ變,因形移易者,謂之化,謂之幻。
 造物者其巧妙,其功深,固難窮難終。
 因形者其巧顯。其功淺,故隨起隨滅。
 知幻化之不レ異生死也,始可二與學幻矣。
 吾與汝亦幻也,奚須學哉?」
老成子歸,用尹文先生之言,深思三月,
遂能存亡自在,憣校四時
冬起雷,夏造冰;飛者走,走者飛。
終身不レ箸其術,固世莫傳焉。

(参照原文には列子の言ったこととされる次の部分までがありますが、岩波文庫版の章立てに従い、省きます。)


【おためし書き下し】
老成子 幻を尹文先生に學ぶも、三年告げず。
老成子 其の過を請ひて退くを求む。
尹文先生 揖めて之を室に進じ、左右を屏(の)けて之の與(ため)に言ひて曰く
「昔 老聃の西に徂(ゆ)くや、顧て予に告げて曰く
 有生の氣,有形の狀,盡く幻なり。
 造化の所始,陰陽の所變は,謂ふところの生,謂ふところの死。
 (「謂ふところの生」等は「之を生と謂ふ」のほうが普通の読みかただと思います。)
 窮數變に達し、因形易に移るは、謂ふところの化,謂ふところの幻。
 造物は其れ巧妙、其の功深し、固より窮め難く終へ難し。
 因形は其れ巧顯、其の功淺し、故に起に隨ひ滅に隨ふ。
 幻化の生死に異らざるを知るや、始て與(とも)に幻を學ぶ可し。
 吾と汝と亦た幻なり。奚ぞ須く學ぶべき。」
老成子歸りて、尹文先生の言を用ひ、深思三月,
遂に能く存亡自在たりて、四時を憣校す。
冬は雷を起し、夏は冰を造る。飛者走り、走者飛ぶ。
終身其の術を箸さず。固より世に傳なし。


【おためし和訳】
老成子は幻術を尹文先生に学んだのだが、三年経っても先生は何も教えない。
老成子は自分に過失があるならそれを教えてもらって、師のもとを離れさせてくれと頼んだ。
尹文先生が老成子をまねいて部屋に連れて行き、左右をさえぎって老成子のために言うには、
「昔、老聃さんが西に行くとき、ふりかえってわたしに言ったのは、こうだ。
 生有る気配、形有るありさま、どれもこれもが幻だ。
 自然界の理の始まるところ、かげひなたの変わるところは、いわゆる生、いわゆる死である。
 究極の理があらたまり、形によるものがうつりかわるのは、いわゆる化、いわゆる幻である。
 自然というものは巧妙だ。そのたくみさは深いので、いうまでもなくきわめがたく突き詰めがたい。
 形によるものは巧みであっても表に見える。そのたくみさは浅いので、形が成ったり失せたりするのにまかせたままになる。
 (表面にごまかされずに、)幻や変化が生死に異ならないと君が知ったとき、はじめていっしょに幻術を学ぼう。
 (しかし)わたしもあなたも、また幻なのだ。どうして学ぶ必要があるのだろうかね。」
老成子は帰って尹文先生の言ったことを深く思索して三ヶ月に至った。
とうとうあるもないも自由自在になって、四季を混ぜ返すことまで出来るようになった。
冬には雷を起こし、夏には氷を造る。空飛ぶ鳥は地を這い、地を這う獣が空を飛ぶ。
だが一生涯その幻術について著作したりしなかった。だから世には彼の幻術が伝承されていない。


【語彙】
書き下しをしていて意味が分からなかったものを中心にします。

老成子:(岩波文庫註)『漢書』芸文志の道家の条に著書名のあがる人物。
幻:手品、奇術のたぐい。魔法。
尹文先生:尹文子。同上、名家の条に著書名のあがる人物。列子のこの文では、老子が最後の別れを告げて函谷関を去るときに見送ったとされる関令の尹喜と(故意に?)混同されている。
告:教える。
揖:(ユウ・シュウ・イツ)両手を胸の前で組み合わせてお辞儀をする。あつめる。(岩波文庫版の解釈〜こまねく)
進:ひきすすめる。
屏:(ヘイ・ビョウ)おおう。かこう。のける。とりさる。
與(与):ために。
老聃:老子のこと。
徂:(ソ)ゆく。去る。死ぬ。
窮數:(熟語としての記載は辞典に無し)数=道理と読んで、窮理(究理)と同じ意味に読んでみる。深く突き詰めて考えた道理。
變:ちがったようすになる。あらたまる。うつりかわる。あらためる。
因形:(熟語としての記載は辞典に無し)因=もとづく。形=きまったかたち。
移:よそへいく。変化する。つたえる。ゆずる。
易:あらたまる。移す。かんたん。
造物:万物をつくりあげた神。自然。
固:いうまでもなく。
終:完成する。つきる。やりとげる。
奚:なに。どうして。
須:必要とする。そうすることが必要である。
用:使う。とりあげる。
憣校:憣〜手持ち辞書に記載無し。幡と同字ならば、「ひるがえる」。校=ひきくらべる。かんがえる。(岩波文庫版の解釈~ひるがえる)
飛者・走者:(熟語としての記載は辞典に無し。飛走で「鳥や獣」)
終身:=終生。一生涯。死ぬまで。
箸:チョ。=著。著作する。
傳:さずける。わたす。語り継ぐ。


テキストはいつも通り。
http://ctext.org/dictionary.pl?if=gb&id=37437

他に参照したテキスト
・岩波文庫『列子』上(小林勝人 訳注)33-209-1

辞典
・小学館『新選漢和辞典』1992年の第五版第十四刷


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2017年6月30日 (金)

【漢文】列子-黄帝 19~朝三暮四(ど素人古文答案)

誤りご指導下さい。
有名な「朝三暮四」です。あらためて読むと面白い話です。『列子』では最後の三つの文(「物之以能鄙相籠」以下)が効いています。


宋有狙公者,愛狙,
之成群,能解狙之意
狙亦得公之心
損二其家口,充狙之欲
俄而匱焉,將其食
眾狙之不馴於己也,先誑之曰:
「與,朝三而暮四,足乎?」
眾狙皆起而怒。
俄而曰:
「與,朝四而暮三,足乎?」
眾狙皆伏而喜。
物之以能鄙相籠,皆猶レ此也。
聖人以智籠群愚,亦猶狙公之以智籠眾狙也。
實不,使喜怒哉!


【書下し文】~参考先などでは伝統的な読みを施していましたが、どれにも微妙なばらつきがあるので、まあええわ、と思って、あえて単純にしてみました。

宋ニ狙公ナル者有リ、狙ヲ愛ス。
之(コレ)ヲ養ヒ群ヲ成サシメ、能ク狙ノ意ヲ解ス。
狙マタ公之心ヲ得。
其ノ家口ヲ損ジテ狙之欲ヲ充タス。
俄ニシテ匱(トボ)シ。マサニ其ノ食ヲ限ラントス。
眾狙ノ己ニ馴マザル(ランコト)ヲ恐レ、先ヅコレヲ誑(タバカ)リテ曰ク、
「若(ナンジ)ニヲ與フルニ、朝ハ三ニシテ暮ニ四トセン、足ルカ」ト。
眾狙皆起チテ怒ル。
俄ニシテ曰ク、
「若ニヲ與フルニ、朝ハ四ニシテ暮ニ三トセン、足ルカ」ト。
眾狙皆伏シテ喜ブ。
物ノ以テ能鄙相籠ルハ、皆猶ホ此ノゴトキ也。
聖人智ヲ以テ群愚ヲ籠スルハ、亦タ猶ホ狙公之智ヲ以テ眾狙ヲ籠スルガゴトキ也。
實虧カズシテ其レヲシテ喜怒セシム哉。


【和訳】

宋の国に猿回しをしている者がいて、お猿さんたちをかわいがっていた。
猿を養って群れが出来るまでにしてしまったのだけれど、猿の気持ちがよくわかるのだった。
猿もまた自分たちのあるじの考えていることをよくくみ汲みとるのだった。
猿回しは家族の食い扶持を減らしてでも猿たちの望みを満たしてやっていた。
しかるにたちまち窮乏してしまい、猿の食事を制限しようと思うにいたった。
猿のみんなが自分になつかなくなるのを恐れて、まずは猿たちを計略でだまして言った。
「おまえたちにドングリをやるのを、朝は三つ、夕方は四つにするので足りるかな?」
猿のみんなは全員立ち上がって怒った。
すぐに前言を撤回して猿回しは言った。
「じゃあ、おまえたちにドングリをやるのを、朝は四つ、夕方は三つにするので足りるかな?」
猿のみんなは全員ひれふして喜んだ。
物事の、賢い者と愚かな者の間でだましだまされるさまは、どれもこれもまあこんなものだ。
賢い者が知恵をもって多くの愚かな者をだますのは、また猿回しがその知恵で猿のみんなをだましたのと似たようなものだ。
たてまえとなかみのどちらも欠けないことで、愚かな者を喜ばせも怒らせもするもんなのだよな。


【語彙】
宋:春秋時代の列国の一つ。現河南省。
狙公:さるまわし。さるひき。猿を飼う人。公には「主君」の意味あり。
者:人・物・事・所などをさしていう。
愛:いつくしむ。かわいがる。このむ。
狙:サル。手長猿。
養:食物を与えて世話をする。飼う。
成:できあがる。
群:むらがる。あつまる。あつまり。なかま。
能:りっぱにできる。物事をよく処理する力。才能。
解:わかる。
意:こころ。気持ち。考え。
亦:・・・もまた。
得:つかまえる。さとる。わかる。理解する。
損:へる。少なくなる。少なくする。へらす。うしなう。
其:物の名の代わりにいう。狙公をさす。
家口:家族。家族の人数。口には「飲食」の意味あり。文脈から言ってこちらでとらえるべきか?
充:みたす。やしなう。
欲:むさぼる。ほしがる。
俄:急に。たちまち。まもなく。
而:しかるに。
匱:ひつ。大きな箱。とぼしい。欠乏する。
焉:形容詞の語尾につき、状態を表す。
將:<まさに・・・せんとす>「~しようとする」「~したい」と今より先のことについての意志の意
限:くぎりをつける。
食:くいもの。飯。食物。たべること。食事。
恐:おそれる。こわがる。
眾:衆。多い。多くの民。
馴:なつく。したしむ。
於己:自分に
先:はじめ。
誑:キョウ。たぶらかす。あざむく。だます。
之:上下を接続する語。
與:あた(える)
若:なんじ。おまえ。二人称の代名詞。
:→テキスト、芧(とち)の誤り。もしくはPCに字がない。トチの実。どんぐり。
足:たりる。たる。十分である。
乎:「か」「や」と読み、「~であろうか」の意を表す。
皆:みな。みんな。だれもかれも。ことごとく。
起:たつ。立ち上がる。
怒:いかる。おこる。腹を立てる。
伏:したがう。ひれふす。服従する。
喜:よろこぶ。よろこび。嬉しく思う。
物:事がら。物事。
以:もって。~によって。~で。
能:よくする。できる。うまくできる。賢い者。
鄙:いやしい。下品である。愚かな者。
相:互いに。ともに。こもごも。かわるがわる。
籠:こめる。とりこむ。 「 籠絡 」
猶:「なお・・・ごとし」と読み、「まるで・・・のようである」の意。
此:かく。このような。このように。
聖人:かしこい人、程度の意味か?
智:ちえ。物事を理解、処理する能力。
群:むら。むれ。集まり。むらがり。仲間。組。もろもろの。たくさんの。多くの。数が多い。
愚:おろかな人。つまらない人。
實:若はテキストでの「名」の誤り。名実。名称と実体。
虧:欠ける。欠け落ちる。少なくなる。こわれる。減る。
使:しむ。せしむ。「使AB」の形で、「AをしてBせしむ」と読み、「AにBをさせる」の意。
喜怒:喜びと怒り。
哉:「かな」と読み、「~だなあ」「~であるなあ」などの詠嘆の意をあらわす。


『荘子』の齊物論6後半に朝三暮四の話が埋め込まれているのですが、『列子』の話よりもシンプル、かつ視点が違っいます。文字の使い方を見ると、むしろ『列子』の記事を意図的に省き、評言の部分を書き手の思想で作り替えた印象があります。
前回のセミ捕り爺さんの話の比較だけで『荘子』が先、『列子』が後、と単純に断定できないんだなあ、と痛感しています。

・・・謂之朝三。何謂朝三?
曰狙公賦芧,曰:
「朝三而莫四。」
眾狙皆怒。
曰:
「然則朝四而莫三。」
眾狙皆悅。
名實未虧,而喜怒為用,亦因是也。是以聖人和之以是非,而休乎天鈞,是之謂兩行。


テキストはいつも通り。
http://ctext.org/dictionary.pl?if=gb&id=37437

岩波文庫の活字と文字がふたつ(三か所)違っていました。本文で緑色にしました。
岩波文庫のほうが意味が通りますので、そちらで考えました。

使用辞典もいつも通りです。(『新選漢和辞典』小学館 古いやつ)

辞典参照サイト
三省堂ワードワイズウェブ(朝三暮四の解説)~いちばんまとまっていて詳しいかと感じました。
http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp/2008/06/23/%E3%80%90%E4%BB%8A%E9%80%B1%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%A8%E3%82%8F%E3%81%96%E3%80%91%E6%9C%9D%E4%B8%89%E6%9A%AE%E5%9B%9B/

漢字辞典
http://kanji.jitenon.jp/

本文参考サイト
https://kanbun.info/koji/chosan.html (Web漢文大系)
http://nbataro.blog.fc2.com/blog-entry-513.html (くらすらん)
二つとも素晴らしいサイトだと思います。すごいことなさるかたって、世の中にたくさんいらっしゃるのね。
列子のこの章については、残念ながら最後の評言部分(物之以能鄙 以下のところ)に触れられていません。

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2017年6月21日 (水)

【漢文】列子 黄帝 第二 十

誤りはどうぞご指導下さい。
この段は『荘子』達生編に殆ど同文があります。字が幾つか違うだけで、あとは『列子』の最後の二行がありません(老人が孔子に皮肉なお説教をするところ)。・・・あとの二行が『列子』のほうでは付け加えられたものなのか、と考えると、『列子』が『荘子』より後に成立した書物である証になるのかもしれません。『荘子』のほうが削ったのだとすると、『荘子』は穏健化したことになりますが、ふつうはあとの時代ほど皮肉が強くなるものだとすると、そうは考えにくいですね。
このあたり、専門的にどうなのか、は、私は知りません。


仲尼適楚,出於林中,見痀僂者承蜩,猶之也。
仲尼曰:
「子巧乎!有道邪?」
曰:
「我有道也。
 五六月纍垸二而不墜,則失者錙銖;
 纍三而不墜,則失者十一;
 纍五而不墜,猶之也。
 吾處也,若株駒,吾執臂若槁木之枝
 雖天地之大、萬物之多,而唯蜩翼之知
 吾不反側,不以二萬物一易蜩之翼,何為而不得?」
孔子顧謂弟子曰:
「用志不分,乃疑於神
 其痀僂丈人之謂乎!」
丈人曰:
「汝逢衣徒也,亦何知問是乎?
 脩汝所以,而後載其上。」


【書下し文】〜参照したテキストもしっくりこないんですが、知識がないので本当のところは分かりません。自分のダメダメ書き下しにしてみておきます。

仲尼、楚に適(ゆ)き、林中に出(のぞ)みて(【語彙】参照)、痀僂(くる)者の蜩を承(と)るを見(み)るに、猶ほこれを掇(ひろ)ふがごときなり。
仲尼曰く、
「子は巧みなるか。道有りや。」と。
曰く
「われ道有るなり。五、六月に垸(たま)二を纍(かさ)ねて墜ちざれば、則ち失ふ者錙銖(シシュ わづか)なり。三を纍ねて墜ちざれば、則ち失ふ者十に一なり。五を纍ねて墜ちざれば、猶(な)ほこれを掇(ひろ)ふがごときなり。
 吾が處(を)るや、株駒を橛するがごとく、吾が臂(ひ)を執るや槁木の枝のごとし。
 天地はこれ大なりて、萬物はこれ多なりといへども、唯だ蜩の翼をのみ(而)これ知る。
 われ反側(そむ)かず、萬物を以て蜩の翼に易へず、なんすれぞしかうして得ずや。」と。
孔子顧(かへりみ)て弟子に謂ひて曰く:
「志を用ひて分たず。乃ち神を疑ふ
 其れ痀僂丈人の謂ひか。」
丈人曰く:
「汝、逢衣の徒なり、亦た何か知りて是を問ふか?
 汝の所以を脩め、而る後に其上を言に載すべし。」と。


【和訳】(やってみます!〜合ってるかどうか分かりません!)

孔子が楚に出かけ、林の中に行って、背中の曲がった老人がセミを捕っているのを見ていると、まるで道に落ちたものを拾うような容易さでやっている。
そこで孔子がきいた。
「あなた、上手ですねえ。とくべつなわざがあるのでしょうか」
老人がこたえた。
「わしにゃあ特別技術があるんじゃ。セミ捕りの季節に、トリモチの玉を(竿の先に)二つ重ねて(トリモチが)落ちんようになったら、ミスはかなり少のうなる。三つ重ねて落ちんようなら、それが十に一というとこ。五つ重ねて落ちんようなら、セミも(地べたに落ちとるわけではないがのう)落ちたんを拾うのと同んなじくらい雑作なくとれる。わしの体のブレんのは、まるで切り株を立てたようで、わしが腕を延ばすんは枯れ木の枝を突き出すような感じじゃ。世の中は大きゅうて万物は文字通りたくさんなのじゃが、わしゃセミの羽んことだけ念頭にあるのじゃ。わしゃ心を乱さんで、たくさんの物じゃあなくセミの羽のことだけ考えているんじゃから、どうして捕れんことがあるかいな。」
孔子はふりかえって門人たちに言った。
「心に決めたことをつらぬいて他に気をとられないとは、もう、人知を超えた存在ではないかと思うのだが、それはこの背中の曲がったご老人をさすのではないかね。」
老人が言うには
「あんたはんは、礼儀かぶれの儒学者でんな。それがまた、なにかごぞんじでこんなことをお聞きになりはったんかいな。まずはあんたはんの心身をきっちりさして、それが出来てからもっとエラそうなことを仰るようになさったらええんちゃいまっか。」

 


【語彙】〜今回は、このセクションで赤く色を付けた語彙以外、はwebliro記載の意味をコピペしました。

仲尼:→孔子
適:行く。
楚:中国の国名。春秋戦国時代に長江中流域を領有していた国(?~前223)。
出:ある場所へ行く。その場所に臨む〜林中に「出る」はそぐわず、中國哲學書電子化計劃をなさった先生も「出て」の読みに疑問を呈しているので、ちょっとありえない読みかたをしてみました。
於:訓読み:あう、 より、 おいて、 おける、 ああ
林中:林の中。
見:人に会う。
痀僂者:ク(背骨の曲がる病気)+ル(背中が曲がっていること)僂は岩波文庫のテキストでは立心偏だが、注で人偏の字の仮借と説明。
承:う-ける、つぐ
蜩:せみ
猶:「…と同じようだ」の意を表す。さながら。
掇:タツ。訓読み:ひろう
之:訓読み : の、これ、ゆ-く
也:なり、か、また、し
曰:いう、 いわく、 のたまわく、 のたまう、 ここに
子:二人称。自分と同程度の相手をさす。古めかしい言い方。君。
巧:うまい。じょうず。
乎:か、ああ、かな、や、よ、を
有:何かが有る状態。対義語は無。
道:学問。技芸。その,やり方。
:ここでは文末の疑問の助字
我:われ。おのれ。自称の代名詞。
五六月:旧暦の五月〜六月。セミを捕るのに適した時期
纍:ルイ、 ライ。つづる
:カン、 ガン。まろぶ 漆と灰を混ぜて塗る意。ここではとりもちの玉の由(岩波文庫の注による)
墜:おちる。おとす。
則:のり、 の、 とる、 すなわち、 のっとる
失:あやまる。しくじる。
者:ある状態にある人。もの。
錙銖:シシュ。ごく少ない目方。わずかなこと。銖錙。
:処。その場所にいる。とどまる。
若:状態の意を添える。
橛:ケツ、 カチ、 ケイ、 ケ。くい。
株駒:シュ(きりかぶ)+ク〜この2文字で「枯れた切り株」の意の由(新書漢文体系)
執:とりおこなう。掌握する
臂:ヒ。ひじ。
槁木之枝:こう ぼく(枯れ木)の枝
(雖):いえど-も〜「中國哲學書電子化計劃」の本文では脱落。岩波文庫の本文や、ほぼ同文の荘子達生の本文(後掲)から補うが、書き下しはこの字がないことにしてやってみた。
天地:世界。
大:大きいさま。ゆったりしたさま
萬物:宇宙に存在するすべてのもの。ありとあらゆるもの。
多:数・量・種類などがおおい。
唯:ただそれだけ。
翼:つばさ。はね。
知:頭脳のはたらき。ちえ。かしこい。
反側:ひっくりかえる。横になる。変化の多いさま。心安らかでないさま。
以:おもう、 ゆえに、 も、 て、 もって
易:とりかえる。
何為:ナンスレゾ。どうしてからか、どうして
得:手に入れる。知識や能力を身につける。さとる。
孔子:春秋時代の魯の思想家。儒教の祖。名は丘,字は仲尼,諡(おくりな)は文宣王
顧:かえり-みる
謂:い-う、いい、おも-う、いわゆる、さす
弟子:ていし。特定の師について学問・宗教・技芸の教えを受ける人。門人。
用:つかう。役立てる。とりたてる。引き上げて,ある仕事をさせる。
志:こころざし。こころざす。心に決めて目指していること。
分:別々にする。
乃:すなわち。
疑:あやしむ。
神:人知ではかり知れない霊妙なはたらき。人間以上の不思議な力を持つもの
其:その、 それ
丈人:老人。年より。また,長老を敬っていう語。
汝:なんじ、 なれ、 い、 うぬ、 いまし、 し、 しゃ、 な、 なむち、 まし、 みまし
逢衣徒:儒教の服装をした人
亦:その上に。かつ。その上に。かつ。それから。ところで。しかし。
何:なに、なん
問:とう。たずねる。ききただす。とい。おとずれる。みまう。
是:これ。この。かく。
脩:おさめる。まなぶ。ただす。ととのえる。
所以:ゆえん。いわれ。わけ。理由。
後:のち。あと。
載:のせる、 しるす、 のる〜岩波文庫では「はじめて」と読むべきだとする。・・・はじめてそのうへをいはん
言:い-う、こと
上:関係すること。


【参考】荘子 外篇 達生 3
仲尼適楚,出於林中,見痀僂者承蜩,猶掇之也。
仲尼曰:
「子巧乎?有道邪?」
曰:
「我有道也。
 五六月累丸,二而不墜,則失者錙銖;
 累三而不墜,則失者十一;
 累五而不墜,猶掇之也。
 吾處身也若厥株拘, 吾執臂也若槁木之枝,
 雖天地之大,萬物之多,而唯蜩翼之知。
 吾不反不側,不以萬物易蜩之翼,何為而不得!」
孔子顧謂弟子曰:
「用志不分,乃凝於神,
 其痀僂丈人之謂乎!」


テキストは「中國哲學書電子化計劃」サイトによりました。
http://ctext.org/liezi/zh

日本の書籍にはない区切りの入れ方で文が理解しやすくなっていますが、前回もそうでしたけれど、日本の書き下し文と区切りが違う所があります。(今回は「豊」の次に;があります。新書漢文体系の書き下し文ではここは区切れておらず、「豊かにして」と次に続いていました。使用テキストの方の区切りに従ってみました。)

他に参照したテキストは次の二つですが、主に岩波文庫によりました。

・岩波文庫『列子』上(小林勝人 訳注)33-209-1

・新書漢文体系24『列子』(小林信明著 西林真紀子編 明治書院 平成16年)
後者には書き下し文しか載っていません。書き下し文は二著間で異なるところがあります。

語彙は『新選漢和辞典』で調べることを基本としたうえで、この二書の註により意味を記しました。

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2017年6月15日 (木)

【漢文】列子 黄帝 二(ど素人古典答案)

例によって誤り発見なさったらご指導下さい!


列姑射山在海河洲中,山上有神人焉,
風飲露,不レ食五穀
心如淵泉,形如處女
偎不愛,仙聖為之臣
畏不怒,愿愨為之使
施不惠,而物自足;
聚不歛,而己无愆。
陰陽常調,
日月常明,
四時常若,
風雨常均,
字育常時,
年穀常豐;

土无札傷
人无夭惡
物无疵厲
鬼无靈響焉。


【書下し文】〜結果的に新書漢文体系に似ました。
列姑射山は海河洲中に在り、山上に神人有り。
風を吸い露を飲み、五穀を食はず。
心は淵泉の如く、形は処女の如く、
(なじ)まず愛さ(せ)ず、仙聖之(が)臣と為(な)り、
畏れず怒らず、愿愨之(が)使と為(な)る。
施さず恵まず、而して物自づから足る。
聚めず歛(おさ)(め)ず、愆(あやま)ちなきのみ。
陰陽常に調ひ、
日月(じつげつ)常に明らけく、
四時(しいじ)常に若(したが)ひ、
風雨常に均(たひ)らかに(ととのひ)、
字育常に時し(時に)、
年穀常に豊なり。
而して
土 札傷なく
人 夭悪なく
物 疵厲なく
鬼 霊響なし と。


【和訳】(今回はやってみます。)
列姑射山は海河洲の中にあり、その山の上に神通力の備わった人がいる。
風を呼吸し露を飲んでいて、米や麦の類いを食べない。
心は深い泉のように静かで、すがたかたちはけがれをしらないおとめのようであり、
馴れ馴れしくしたり愛情を示したりすることはなく、最高の仙人でもその家来になり、
おそれたり怒ったりすることもなく、謙虚な人々もそのために立ち働く。
めぐみあたえたりいつくしんだりすることもなく、それで自分で満足している。
あつめたりとりたてたりすることもなく、間違いをおこすこともない。
陰と陽のバランスがいつもとれていて、
日も月も常に明るく、
季節はいつも決まったとおりで、
空模様も安定していて、
生み育てるいとなみもいつも時節にかない、
作物はいつも豊かだ。
そうであるので
土地が枯死したりいたんだりせず、
人に若死にやわざわいがなく、
物にキズやいたみがなく、
悪鬼に悩まされることもない。


【語彙】
列姑射山:新書漢文体系では「はこやの山」。荘子逍遥遊篇の記述を根拠にしていると思われる。岩波文庫の註が同様の趣旨を述べている。ただし岩波文庫は「れっこやさん」と読んでいる。この読みかたは山海経にある由。
在   :存在している。
海河洲中:岩波文庫「海の河洲(かわす)の中」。新書漢文体系「海河の洲中」。
有   :持ちもの、所有物、が本来の意味
神人  :神通力を得た人
焉   :エン。ここでは文末に付ける助字。語調を整える。
五穀  :五種類の穀物。米・黍・粟・麦・豆または麻・麦・豆・黍・稷
心   :こころ
如   :にている。おなじ。ほど。ばかり。
淵泉  :水を深くたたえているところ(深い)+地中から湧き出る水(いずみ)「
形   :すがた。ありさま
處女  :おとめ。けがれていないたとえ。
不   :否定の意。
偎   :手持ち辞書に見当たらす。ほのか、 なじむ、 したしむ、 ちかよる
愛   :いつくしむ。かわいがる。このむ。
仙聖  :仙人(俗気のない高尚な人)+知恵や徳が最も優れた人
為   :する。・・・になる。
之   :シ。これ、この。
臣   :けらい、家臣。
畏   :イ。おそれる。こわがる。
怒   :腹を立てる。
愿愨   :愿=ゲン。すなお。愨=カク。つつしむ、まこと。すなお・慎み深くてすなお。手持ち辞書には熟語としての記載がない。立ち読みした辞書でも何らかの人格を著す熟語としては載っていない。岩波文庫の註によると、誠実な人
使   :つかう。させる。はたらかせる。
施   :めぐみあたえる。
惠   :いつくしむ。あわれむ。物をあたえる。
而   :すなわち。そこで。
物   :もの。
自足  :自分で満足する。自分のものだけで満足する。
聚   :シュ。シュウ。あつまる。つどう。
歛   :レン。おさ・む。あつめる。とりたてる。
而己  :のみ。それだけ。限定の意味をあらわすことば。
无   :ブ。ム(呉音)。ない。無に同じ。
愆   :ケン。あやま・つ。まちがいをしでかす。まちがえる。
陰陽  :陰(かげ)と陽(ひなた)。
常   :いつまでもかわらない。いつまでも。永遠。
調   :ととの・える。つりあう。
日月  :日と月。
明   :あきらか。はっきりする。あかるい。
四時  :春夏秋冬。四季。朝昼夕夜。
若   :したが・う。
風雨  :かぜとあめ。あめかぜ。空模様。
均   :ひとし・い。たいらにする。
字育  :うむ・はらむ+そだてる。
時   :よい機会〜(ここでは動詞として用いられているが、手持ち辞書にその例示はない。
年穀  :手持ち辞書になし。(年=穀物)五穀に同じ。
豐   :穀物のみのりがよい。
札傷  :(手持ち辞書に熟語見当たらず。札には流行病で死ぬ意味がある由〜夭札という言葉がある。)
夭惡  :わかじに・わざわい+ひどい
疵厲  :ヒ(きず)+レイ(なやむ、なやます、「疫病、はやりやまい)
鬼   :キ。死者、死人の魂。不思議な力を持つ魂。人に害をする魂。
靈響  :死者の魂、あらたかな、ききめのあること+ふるえひびくことこだま(岩波文庫の註によると、不思議なたたり)。


テキストは「中國哲學書電子化計劃」サイトによりました。
http://ctext.org/liezi/zh

日本の書籍にはない区切りの入れ方で文が理解しやすくなっていますが、前回もそうでしたけれど、日本の書き下し文と区切りが違う所があります。(今回は「豊」の次に;があります。新書漢文体系の書き下し文ではここは区切れておらず、「豊かにして」と次に続いていました。使用テキストの方の区切りに従ってみました。)

他に参照したテキストは次の二つですが、主に岩波文庫によりました。

・岩波文庫『列子』上(小林勝人 訳注)33-209-1

・新書漢文体系24『列子』(小林信明著 西林真紀子編 明治書院 平成16年)
後者には書き下し文しか載っていません。書き下し文は二著間で異なるところがあります。

語彙は『新選漢和辞典』で調べることを基本としたうえで、この二書の註により意味を記しました。〜だいぶ前に買った辞典で、載っている字や熟語に不足を感じますが、しばらくこれを使ってみます。

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2017年6月 7日 (水)

【漢文】列子天端1(ど素人古典答案)

書き下し文を作ることを課題にやってみます。そこからさらに現代日本語に訳することはしません(内容からみて複雑怪奇になるため!)。
文の形を眺めて、そのかたまりごとに行分けしてみました。分かりやすくなるからです。
返り点は縦書きで来るべき位置に、小さな赤い字で入れてみました。間違いはぜひご指摘・ご教示下さい。


01.子列子居鄭圃,四十年人无識者。國君卿大夫眎之,猶眾庶也。
02.國不足,將於衛
03.弟子曰:
「先生往无反期,弟子敢有謁;先生將何以教?先生不壺丘子林之言乎?」
04.子列子笑曰:
「壺子何言哉?雖然,夫子嘗語伯昏瞀人,吾側聞之,試以告女。其言曰:
05.有生不生,
06.有化不化。
07.不生者能生生,
08.不化者能化化。
09.生者不生,
10.化者不化,
11.故常生常化。
12.常生常化者,无生,无化。
13.陰陽爾,四時爾,
14.不生者疑獨,
15.不化者往復。
16.往復,其際不終;
17.疑獨,其道不窮。
18.《黃帝書》曰:
19.「谷神不死,
20. 是謂玄牝
21. 玄牝之門
22. 是謂天地之根
23. 綿綿若存,
24. 用之不勤。」
25.故生物者不生,化物者不化。
26.自生自化,
27.自形自色,
28.自智自力,
29.自消自息。
30.謂生化、形色、智力、消息者,非也。」


【読み下し文】

我流で書き下し文(訓読文)を作り、岩波文庫版の書き下し文と対照し、結果的に岩波文庫での書き下し文となりました(元のままが良かったかも・・・)。
書き下し文は現代仮名遣いで、が慣行ですので、あえてわざと古典仮名遣いにしてみました。ここにも間違いがあるかもしれませんのでご指摘おまちしております。
対照の結果直したところには(岩波文庫での書き下し相当部分に)紫色を付けてあります。

01.子列子 鄭圃に居ること四十年、人 識る者なし。国君 卿大夫の 之を眎(み)ること、なほ衆庶(もろびと)のごとし。
02.国足らず、まさに衛に嫁(ゆ)かんとす。
03.弟子曰く、「先生ゆかば反(かへ)る期なからん。弟子敢て謁(と)ふ所あり。先生まさに何を以てか教えんとする。先生 壺丘子林の言を聞かざりしか。」
04.子列子 笑ひて曰く
「壺子 何をか言はんや。然りといへども、夫子 かつて伯昏瞀人に語り語[つ]ぐ、吾 側(かたはら)にて之を聞けり。試しに以て女(なんじ)に告げん。其の言に曰く
05.生あり生ぜず,〜生ずるものと生ぜざるものあり
06.化あり化せず。〜化するものと化せざるものあり
07.生ぜざるものはよく生ずるものを生じ,

08.化せざるものはよく化するものを化す。

09.生ずるものは生ぜざるあたわず,

10.化するものは化せざるあたわず,
11.故に常に生じ常に化す。
12.常に生じ常に化するものは,時として生ぜざるは无く,時として化せざるは无し。

13.陰陽しかり,四時しかり,

14.生ぜざるものは疑獨し,

15.化せざるものは往復す。

16.往復するものは,其の際 つくすべからず;

17.疑獨するものは,其の道窮むべからず。

18.《黃帝の書》に曰く:

19.『谷神は死せず,

20. 是れ玄牝と謂ふ。

21. 玄牝の門,

22. 是れを天地の根と謂ふ。

23. 綿綿と存するがごとし,〜綿綿若として存し

24. これを用ふれども勤(つ)きず』と。

25.故に物を生ずるものは生ぜず,物を化するものは化せず。

26.自づから生じ自づから化す,

27.自づから形自づから色,

28.自づから智あり自づから力あり,

29.自づから消(へ)り自づから息(ま)す。

30.これを生化形色智力消息と謂ひなすは,非なり。」


【語彙】
鄭圃:鄭は周の時代の国名、圃は菜園・畑。鄭圃は現・河南省の圃田の古い地名。
國君:(使用漢和辞典になし。ここでは鄭の国主。)君=諸侯。
卿大夫:天子・諸侯の臣下で最高位の、国政を司る者。けいたいふ。
眎:=視の古字。
眾庶:眾=衆。衆庶(使用漢和辞典になし)一般の人民。並の人。諸人。
国不足:(岩波文庫の註から)鄭の国が飢饉になって。
衛:周の時代の国名。
壺丘子林:人名。『列子』中に数度登場とのこと。
伯昏瞀人:人名。『列子』中に数度登場とのこと。
爾:しかり=そのとおり。のみ=それだけ(限定する意味)〜『漢文法基礎』p.221参照
疑独:(使用漢和辞典になし)疑=なぞらえる? 独=ひとり 唯一絶対のもの(新書漢文体系)
往復:行きと返り。往ってはまた復(かえ)る〜岩波文庫註p.234参照
際:さかい。かぎり(岩波文庫の訳から)。
道:すじみち。ありかた(岩波文庫の訳から)。
窮:つきつめる。
黃帝:古代中国の伝説の王。文化の創始者とされる。天の中央の神。
谷神:谷の中の空虚の所。奥深い道理(『老子』での用例とのこと)。
玄牝:げんぴん 万物を産み出す道。雌牛が子を産むことを譬えにつかっている。
天地之根:天地=あめつち。世の中。世界。根=はじめ。よりどころ。
生化:(熟語としては使用辞典にない)生〜文脈からは生成することだろう。化(か)=自然の移り変わりの原理、自然が万物を育成する力。
形色:(熟語として)かたち、ようす。形=すがた。ありさま。色=ようす。形にあらわれたいっさいのもの。
智力:(熟語としては使用辞典にない)智=ちえ。力=はたらき。いきおい。作用。
消息:消えることと生じること。


*列子の素性については書籍には説明があるものの、日本語サイトにはあまり記載がありませんで、中国語サイトで見つけました。中国語は分かりませんし、いまの用字なので読めないところがありますが、読める漢字をたどるだけで概ね分かることには驚きました。・・・こいつを書き下してみようかしらん?(笑)
http://baike.baidu.com/item/%E5%88%97%E5%AD%90/190377

テキストは「中國哲學書電子化計劃」サイトによりました。
http://ctext.org/liezi/zh
日本の書籍にはない区切りの入れ方で文が理解しやすくなっていました。

他に参照したテキストは次の二つですが、主に岩波文庫によりました。
・岩波文庫『列子』上(小林勝人 訳注)33-209-1
・新書漢文体系24『列子』(小林信明著 西林真紀子編 明治書院 平成16年)
後者には書き下し文しか載っていません。書き下し文は二著間で異なるところがあります。
語彙は『新選漢和辞典』で調べることを基本としたうえで、この二書の註により意味を記しました。

漢文の参考書は、加地伸行『漢文法基礎』(講談社学術文庫 2010年)です。
いい本だと思います。感想など別途。

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