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2019年11月 2日 (土)

アメ横〜アキバ:変貌する商店街【東京テキトー散歩14】

歩くだけならタダなので、アメ横を抜けます。

ここは第二次大戦後、新宿、池袋、渋谷、新橋と並ぶ大きな闇市街でしたが、他とは違う特徴があったようです。

「上野は、都心型のヤミ市―――飲食、呑み屋型から出発したのではなく、後背地を背負って、物資集散ターミナル型のヤミ市として誕生した」(松平誠『東京のヤミ市』p.34 講談社学術文庫 201910月 原著1995年)

こちらも参照。 http://www.gonzoshouts.com/place/4247/

・・・でも。
・・・あれ?
なんとなく、前と違うな。
こんなに飲み屋さんだらけだったっけ?
こんど通り抜けてみたら、アメ横の表(?)通りのほうに、立ち飲み屋っぽいのがズラリと並んでいる。
観光と思しき外国人客が多いのですが、若い大和民族もわりとお客になっている。
アメ横・・・いつから、どうなったんでしょう?

Ameyoko
サイトを探しても本を覗いても、問屋さんというか、たたき売りというか、そういうお店がたくさんある、との話は以前の通りで、飲食店が増えたみたいな情報はとくにありません。

Wikipediaにこんな記述はあります・・・

「アフリカ系やアジア系の人が経営する衣料品店やブティックが増加中で、2015年になると外国人が経営する店はアメ横全体の1割にあたる40店になった。40軒いずれの店もアメ横商店街連合会に所属し、会費も払っている。このような外国人の経営する店の増加に対し『アメ横の雰囲気が変わってしまう』と懸念する声もあるが、同連合会広報部長は『アメ横には闇市の雑多な店舗が活力になった歴史がある。変化を受け入れつつ共存し、商店街を盛り上げていけばいい」と話している』(朝日新聞20151115日記事だそうです。)

それはそれで、お客として大きく気になることでもない。今の印象とは、また別の話です。

さらにネットを見てみると、アメ横関係に「食べ歩き」と「ショッピング」を抱き合わせたサイトがわりと目に付くのでした。

わたしらおっさんには、アメ横で物を食うとは、すなわち、たたき売りされている食い物を試食できるということだったように思います。
いまは、もう、そういうスタイルではなくなったのでしょうか。
食うのは飲食店で腰を据えて、あるいはスタンドで買って歩きながら食う、が、いまのアメ横スタイルなんでしょうか。
おっさん、もうどんだけ、アメ横にご無沙汰してたのよ。貧乏にもほどがある。

叩き売りのバナナとともに、昭和は遠くなりにけるかな。

いやしかし、こういう記事もありました。
やっぱり立ち飲み屋街に変わってきてるのね。
アジアン系だと、調理用
バナナてんこもりな食品販売店があったりする。あきらかに外国人客(母国からのお客)の嗜好にフォーカスしたお店も少なくないようです。

http://www.gonzoshouts.com/place/7998/

どうなのでしょうね。

スタイルが大きく変わったことだけは確かなようです。

深く覗く財力はないので、浅い観察であきらめて、南に行きます。

 

御徒町駅に着く少し手前に、赤色の際立つお寺がありました。

Marisiten

山手線からもよく見えて、惹きつけられていた建物です。
行ってみると、アメ横のお店の上に、どん、と乗っかった感じで、威厳があります。門前に「摩利支天」の幟がいっぱい立っていて、不思議な雰囲気です。
徳大寺という日蓮宗の寺院で、江戸時代から「下谷摩利支天」として信仰を集めていましたが、本堂は何度か焼けて都度再建されるも、東京大空襲で灰燼に帰し、昭和39年にまた建てられて今日に至るのだそうです。寺宝の摩利支天像は聖徳太子作と伝わっている由。夜に行ったので門は閉じていました。
何とは知らず見覚えていたお寺でしたが、いまの周囲の風景のなかでは異質さが際立っている気がしました。・・・外国人にも人気があるそうですが、こんな感じなのがハマってるのかな。

宝飾店がたくさんの御徒町、という印象は、街そのものが華やかになってはいるものの、アメ横に比べると、そんなに変わっていません。

その先、末広町も、静かなビジネス街です。

中央通りの途中途中に「町名由来」を書いた小さな立て札がいくつもあって、土地への静かな愛情がしんしんと胸にしみわたり、つい何度も立ち止まります。

これがアキバまで行ったら、またガヤガヤしてるんだろうなあ。
でも、前ほどアイドル色は強くなくなったかもしれないなあ。

と思いつつ足を踏み入れると、さっそく、「韓国メイドカフェ」なるものが目に入ります。
・・・ちと路線が変わったのかな?

Kankokumaidcafe

秋葉原のアイドル聖地化期には、ここに足を踏み入れたことが全くありませんでした。
それよりまだ前の、GUIパソコン台頭期、DOSなんぞ知らなくてもPCいぢるんだぜ世代の登場期が、僕のアキバ通い全盛期だったな。
Windows95は3.1に比べれば驚きの進化だったけれど、Macほどの操作性はまだありませんでした。それでMacにしようかと店を覗くと、そのノート版のPowerBookは安くはなく、ちょっとでも安ければとDuoシリーズにすると結局最低でもmini-docなるものを別に買って付けなければならず、筐体がまた貧弱で、二度ほど誤って液晶を割ってしまうことになり、PC用保険もほとんどありませんでしたから、液晶交換にはまた本体代くらいのお金がかかって泣かされたものでした。
そのころWindowsの重くて丈夫なノートパソコンを買いに行った九十九電機は、いまも健在なのでした。それでちょっと安堵。
が、アイドル化期が来て以来薄れた電気街のイメージは、薄れたままでした。
老舗の電気屋さんはほとんど見なくなりました。
石丸電気はどこの空?

いっぽう、メイド化期なのかどうか、どこもかしこも、看板はアニメ風イラストのメイドさんであふれています。

Maid
アイドル路線も、いちおう薄くなったのかなあ。
きょろきょろしますと、これがそうでもないのかもです。
高校生風な制服姿が多いのかな、そういう格好で客引きしている女の子が、わりとたくさんいます。
いちおう、アイドル路線を継いでいるとみていいのでしょう。

いやしかし、アイドルが客引きですか。
物知らずな僕には、「ふうん・・・」って感じです。
中央通りだとまだそれでも目立ちませんが、通り一本西に行くと、そこらへんはもう客引きアイドルさんだらけです。
おっさんはびっくり、びくびくしてしまいます。

ちょっと深呼吸したい。

JRの駅の北側の、みんながスケボーやってた広場もビルが建っちゃって久しいです。アキバデパートもなくなっちゃいました。20061231日だそうだから、私の妻が死んだ年の、死んだ日の5日後に閉店だったのでした。
そんないろんな変貌も目に収めたかったのですが、暗がりで見に行っても仕方ない。

和泉橋方向へ、というのもありだったんですけど・・・「牛」に引かれて万世橋のほうへ。
「牛」はご存じ、「肉の万世」の看板です。一度だけここで家族で食事したっけかな。小さかった子供たちを連れて。

Mansei

右手、西側の向こう岸は、赤レンガの高架。かつてあった交通博物館は大宮に移転・模様替え。そしてその前ここは万世橋駅。

足を向けてみたら、中を見られることが判明。ステキなサイトも事後確認。

https://www.ecute.jp/maach/about.html

駅跡は2013プラットホームという名前で整備されていて、手前(万世橋のほうから南向こうにまわりこんだとき)だと階段で、もう少し進んだ先からだとエレベータでテラスに上がっていけます。
ガラスで見晴らし良くなっているテラスに上がって、見えるのは、中央線・総武線の線路。
テラスを出ると、駅時代の古びた階段。

Stationmansei_20191102012601
下り口・・・階段の上り口・・・に、昔あった手書きポスターの小さな断片が貼られています。ただしレプリカ。

Stationmansei2

万世橋じたいは、今の位置にできたのは明治36年なんだそうです。1906年。
江戸期には筋違橋があって、その前に加賀藩築造の筋違橋御門の枡形が、浅草御門よりやや小規模ながらあったそうなのですが、もちろん跡形もありません。
橋の姿は1930年(昭和5年)に関東大震災後の復旧が成った時から。
昼間はなんだか古ぼけた薄い印象しかありませんが、暗くなって灯りがともると、右岸の赤レンガ続きの照明と調和して、魔法がかかったように美しくなります。

JRの線路が走る赤レンガのほうは、柳原土手を利用して築造されたものとのことです。
柳橋あたりにはもう土手が残っていませんが、思いがけないかたちで、こちらに残っていたのでした。

中山道、いまの国道17号は、ちょうどこのあたりで、日本橋からの道筋が大きく西へ屈折しているのでした。

まだ水運が盛んで、大戦前からの神田の電機器具商が流入して電気街になる、それよりもっと昔には大きな青果市場があったという秋葉原。

https://www.e-aidem.com/ch/jimocoro/entry/tatsui03

なんで「アキハバラ」って呼ぶようになったのかには、いくつか説があるようですから、また本で読んでみるか。

街の呼び名の変化も、市場~電気街~アイドル街~メイド化(?)の変遷も、みな昭和以降のことですが、それをみんな、万世橋は黙って見つめてきたんだねぇ。

おっさん、がらにもなく感慨にふけりましたわ。

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