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2019年10月26日 (土)

上野中世妄想【東京テキトー散歩13】

ちょっと長い引用ですが、最初に置きます。

ただ一つ私の記憶に残っている事がある。或る時花時分に私は先生といっしょに上野へ行った。そうしてそこで美しい一対の男女を見た。彼らは睦まじそうに寄り添って花の下を歩いていた。場所が場所なので、花よりもそちらを向いて眼を峙だてている人が沢山あった。
「新婚の夫婦のようだね」と先生がいった。
「仲が好さそうですね」と私が答えた。
 先生は苦笑さえしなかった。二人の男女を視線の外に置くような方角へ足を向けた。それから私にこう聞いた。
「君は恋をした事がありますか」
 私はないと答えた。
「恋をしたくはありませんか」
 私は答えなかった。
「したくない事はないでしょう」
「ええ」
「君は今あの男と女を見て、冷評しましたね。あの冷評のうちには君が恋を求めながら相手を得られないという不快の声が交っていましょう」
「そんな風に聞こえましたか」
「聞こえました。恋の満足を味わっている人はもっと暖かい声を出すものです。しかし……しかし君、恋は罪悪ですよ。解っていますか」
 私は急に驚かされた。何とも返事をしなかった。
(夏目漱石『こころ』十二)

 

花時分ではないですけれど恋にも関係しませんけど、上野へ。

下谷神社の北鳥居を浅草通に出てまっすぐ西を見ると、上野の山の緑が、どん、と間近く見えるのに、ちょっとばかり、ぞくっときます。スマホでそこから写真を撮ると、でもなんだか上野の山が遠く小さくなるんですよね。地平線の月が大きく見えるのを「月の錯視」といいますが、さしづめこれは「上野の錯視」。

つまらんこと言ってないで、さて、どこからあそこにのぼりましょうか。

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昭和7年の駅舎が現在も活き活きとしている上野駅は、西口にエスカレーターでのぼれる大きなデッキがあって、そこから東京文化会館のところまで、線路をまたいで平坦に歩いていくことも出来る。ずいぶん楽になりました。しかし楽ちんはおデブの敵です。駅の広小路口へ回って京成上野駅のほうに向かい、西郷さんの銅像のところへ坂なり階段を上ってのぼるのがよろしい。あるいは右手の崖を、歩道橋、もしくはビルの狭間の急な階段で上がるのです。ちなみに、この崖下が戊辰戦争では彰義隊と官軍の激戦地だったらしい。

いま広小路のほうからのぼりますと、西郷さんの銅像や彰義隊の墓、上野の森美術館を過ぎた先に、清水堂がありますね。京都の清水寺の美しいミニチュアで、前面の舞台から不忍池の弁天さんが正面にきれいに見えます。

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そこからまた東照宮脇のお化け灯篭だの五重塔だの動物園入口だのを眺めつつ、噴水公園を超えて東京国立博物館へ向かうのが、私は大好きです。

岩波ジュニア新書の『上野公園へ行こう』(浦井正明 著 2015年)が、上野の山を歩くには絶好のガイドです。上野好きのかたにはお勧めします。

この本でも、タイモン・スクリーチ『江戸の大普請』(講談社学術文庫 2017年)でも、徳川幕府の江戸が、上野に東叡山寛永寺、その麓に不忍池が配されていることをもって、京の比叡山・琵琶湖を模した等々、江戸をみやこにするうえでの配慮があったことを詳しく説いています。比叡山や琵琶湖に比べればずっと小規模ではあるけれど、おかげで上野の山は現代でも、行けばそこだけでほっとできる、良い風景の良い場所です。

噴水広場と国立科学博物館の間の木立の中では、野口英世の銅像がゆったりと試験管を眺め続けています。

そこからまたちょっとだけ南に戻ると、解放された国立西洋美術館の前庭に、「考える人」・「カレーの市民」・「弓をひくヘラクレス」・「地獄の門」といったロダン作品を誰でも眺められます。

コルビジェ設計の西洋美術館の向いは、コルビジェの弟子、前川國男が、美術館との調和に配慮して設計した東京文化会館。これもよい建物ですよね。

文化会館の東には、正岡子規も野球をやったというグラウンド。

グラウンドの南には、隠れデートスポットの小高い摺鉢山古墳(円墳かと思っていたら前方後円墳なんですって)。いちおう古代人のお眠り場所なんだから、ここでイチャイチャしないでくんないかなあ。

 

イチャイチャに面食らったわけではありませんが、そんな、誰でも知っている上野、というのは、いま措いとくことにします。

本当はさらに、都美術館とか、旧奏楽堂とか、芸大あたりとか、旧博物館動物園駅(国立博物館の南西角、閉鎖されたままで目立ちませんが、ピラミッドを思わせる不思議な雰囲気です)、その向かいの黒田記念館、国際子ども図書館とか、そこから谷中方面へとか、ずっと歩いての感激もあったのですけれど、味わえる場所がどんなところかについては『上野公園へ行こう』で述べ尽くされています。それでも意地を張って独断と偏見を話すとなると、一か所一か所にたくさんの言葉を費やさなければならない。

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別の方向へ妄想に走ることにします。

徳川の江戸になる前は、上野の山はどんなだったのだろう。

上野の山は、のぼるというのは大げさで、山というのも大げさな、なだらかな岡です。
江戸が徳川のご時世になって、伊賀上野の藤堂高虎がここに屋敷を拝領して、景色が似ていたから上野と呼ぶようになったんだとか(伊賀上野は電車で通り過ぎたことがあるだけなので、これが本当かどうかについては何も言えませんけど)。
で、それまでは忍が岡(しのぶがおか)って呼ばれていたそうな。
千束の三島神社も、小野照崎神社も、下谷神社も、幕府が寛永寺を作るからってんで、その忍が岡から麓に引越しさせられたのでした。

仮に東の麓に平行移動させられたのだとするなら、こんな感じです。
三島神社は台地北方の日暮里、いまの谷中霊園近辺。(上野忍岡遺跡群の谷中霊園内に社寺の遺跡はあるようですが平安期くらいまでのようです。)
小野照崎神社は、やや南の、今の寛永寺根本中堂(江戸時代には子院の大慈寺)あたり。(同じ遺跡群の上野桜木町2丁目あたりに集落や社寺跡はあるそうですが・・・)
下谷神社はずっと南に離れて、西郷さんの銅像あたり。(どうだかな。)
・・・あくまで仮の話です。平行移動はしかし、もろもろ運搬する上では合理的だったんじゃないかな、くらいは思っています。

いちおう、遺跡一覧はこちら http://www.syougai.metro.tokyo.jp/iseki0/iseki/list/ruins/13106/106ruins.htm

 

三島さんが河野氏に縁が深く、小野照さんは祭神が小野篁、下谷神社は奈良期の地元有力者が祀り始め、平将門を討った藤原秀郷が壮麗にした、との経緯が、浅草寺に似ている(浅草寺は白鳳期の土豪の草創で、将門の従兄弟が伽藍を形成、でした)。
河野氏は伊予に勢力を張っていたので、そちら方面の研究はみかけます。でも東国では、江戸氏と婚姻関係があったらしいことくらいしか分りません。
いっぽう、この江戸氏というのが想像を膨らませてくれます。なにせ14世紀に没落するまでは、江戸の名を冠する、この地の有力者だったわけです。
忍岡は、中世には「荒墓郷」の一地名でした。詳しくは不明のようですが、この郷は豊島郡・・・江戸氏と同じ秩父平氏の豊島氏と、深い関係がある郡名、豊島氏は上中里辺りにも拠点があったようですが、太田道灌に敗北・・・に属していて、どうやら日暮里あたりから板橋区の赤塚・高島平までを含んでいたらしい。
すると、千束の三島神社が中世の当初には、江戸さんに婿に来た河野さんの、広い荒墓郷の南端に当たる日暮里の台地上に構えていた居館の施設であった、と想像するのは、なかなか面白い気がします。

小野照さんは、どうでしょう?
篁の子孫の小野氏をちょこっと調べてみると、これが武蔵七党のひとつ、横山党の先祖だ、というのです。真偽は不明です。真偽が怪しいからこそ、横山党の誰かが「うちの先祖は小野篁だ」と言って神格化したのかもしれない。だとして、横山党が河野氏と姻戚関係にあった江戸さんなどの豊島氏系とどんな関係にあったかが分からない。関係があって、河野さんの少し南に住んでいたのかもしれない。

そして忍が岡の、中世の住人たちを、浅草寺と同時期以来、忍が岡の南に鎮座して見守っていた(本来は北関東の有力者だった秀郷流藤原氏の出先機関で睨みを利かせていた)のが下谷神社さんだった、という感じ。

三島・小野照・下谷三社の、上野台地での旧位置が先ほどのようだったとすると、そんな妄想が描けるのかなあ、というところです。

そしてまた、引越しさせられた神社が古代・中世の名残であるのならば、「神社」を単純に宗教施設とみなすのは、なにか違う気がする。
古代の神社は、具体的な役割までは分からないものの、古代の屯倉(みやけ)・・・税としてのお米の収蔵庫、ちょうど江戸幕府にとって御蔵が設けられていたように・・・と密接に関わっていたかと思われています。

中世も、神社はそうした性質を受け継いで、なにか政治的経済的な機能を持っていたのではないでしょうか。

 

こんないろんな妄想を検証できる方法は、果たして、あるのでしょうか。
お知恵があったらぜひ貸して下さい。

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さて、アメ横寄りたいけどなあ。

お金がないなあ。

じゃあ、さて、次はどっちに行こうかなあ。

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