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2019年2月10日 (日)

モノクロ時代劇のような説話「四条大納言の事と申は、まことやらん」

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モノクロ時代劇のような説話「四条大納言の事と申は、まことやらん」
【百人一首はなぜ出来た(6)】〜ちょっと脱線

古典文庫『公任歌論集』後半の「公任卿説話集」の中に、『宇治拾遺物語』のこの話が引かれていて、読むと、この前見た公任さんの人柄・・・育ちが良すぎて平気で失言もするけど、仕事ぶりは真面目で、心優しいところもあった・・・がにじみ出ているような気がして、やっぱり公任さんの話なんじゃないかな、と思われてならないので、ご紹介します。少し長いお話です。


(宇治拾遺物語 157 或上達部、中将之時逢召人事 巻十二ノ二一)

【原文1】
今は昔、上達部のまだ中将と申ける、内へ參り給ふ道に、法師をとらへて率ていきけるを、「こはなに法師ぞ」と問はせければ、「年比使はれて候主を殺して候物なり」といひたれば、「まことに罪重きわざしたるものにこそ。心うきわざしける物かな」と、なにとなくうちいひて過(ぎ)給(ひ)けるに、此(の)法師、あかき眼なる目のゆゝしくあしげなるして、にらみあげたりければ、よしなき事をもいひてけるかなと、けうとくおぼしめしてすぎ給ひけるに、

【現代語訳1】
今は昔、ある公卿がまだ中将でいらしたとき、参内なさる途中、(検非違使が?)法師を捕えて連行していくのを、「いったい何をしでかした法師なのかな」と仰ったところ、連行している者が「何年も使ってくれていた主人を殺した者なんです」と言うので、「まったく罪の重いことをしてしまったものだね。不愉快なことをしてしまったやつだな」と、なんの気なしに軽く言って通り過ぎると、この法師、不吉で悪そうな赤い瞳をした目で中将を見上げてにらんだので、中将は、つまらないことを言ってしまった、と、疎ましくお思いになってその場を過ぎて行かれたのだったが、

【原文2】
又男をからめて行(き)けるに、「こはなに事したる物ぞ」と、こりずまに問ひければ、「人の家に追ひ入(れ)られて候つる男は逃げてまかりぬれば、これをとらへてまかるなり」といひければ、「別のこともなきものにこそ」とて、そのとらへたる人を見知りたれば、乞ひゆるしてやり給(ふ)。

【現代語訳2】
また別に男を連行していくのを見て、「いったい何をした者なのかな」と、ついさっきしたばかりの失敗にも懲りずに問うたところ、「私どもが人家に追い込んだ男は逃げ去ってしまいましたので、この男のほうを捕えてまいるのです」と言うので、この公卿は「別に悪いこともないのでは」と、男を捕えて連行していくその役人を見知っていたので、頼んで男を許してもらって解放させたのだった。

【原文3】
大方、此(の)心ざまして、人のかなしきめを見るにしたがひて、たすけ給ひける人にて、はじめの法師も、ことよろしくは、乞ひゆるさんとて、とひ給(ひ)けるに、罪の、ことの外に重ければ、さの給(ひ)けるを、法師は、やすからず思ひける。さて、程なく大赦のありければ、法師もゆりにけり。

【現代語訳3】
だいたいにおいて、このような気だてで、誰かがいたましい目にあっているのを見るとお助けになる人で、はじめの法師も、たいした事情でなければ頼んで許させようというのでお問いになったのだったが、法師の罪科が予想と違って重かったので、あんなふうに仰ってしまったのを、法師は穏やかならない思いだった。その後、ほどなく(重罪でも許される)大赦があったので、法師も許されたのだった。

【原文4】
さて月あかかりける夜、みな人はまかで、あるは寝入(ねい)りなどしけるを、この中将、月にめでて、たゝずみ給(ひ)ける程に、物の築地をこえておりけると見給(ふ)程に、うしろよりかきすくひて、とぶやうにして出でぬ。

【現代語訳4】
さて月のとても明るい夜、みんな人はいなくなったり寝入ったりしたのだったけれど、この中将は月に魅せられて留まっていた。すると、何者かが土塀を越えて降りた、と見ているうちに、その者が中将を後ろからさっと抱きかかえて、飛ぶようにしてそこを出た。

【原文5】
あきれまどひて、いかにもおぼしわかぬほどに、おそろしげなる物來集ひて、はるかなる山の、けはしく恐ろしき所へ率て行(き)て、柴のあみたるやうなる物を、たかくつくりたるにさし置きて、「さかしらする人をば、かくぞする。やすきことは、ひとへに罪重くいひなして、悲しきめを見せしかば、其(の)答に、あぶりころさんずるぞ」とて、火を山のごとくたきければ、夢などを見(み)るここちして、わかくきびはなるほどにてはあり、物おぼえ給はず、

【現代語訳5】
驚きかつ動揺して、何が何だか分からないままにいるうち、怖そうな連中が寄り集まって来て、中将を遠い山の険しく恐ろしい所へ連れて行って、柴を編んだようなものを高々と作ったところに中将を放置して、「差し出がましいことをするやつなど、こうしてやるのだ。たいしたことでもないのを、むやみに重罪だと誇張して言って、悲しい目を見せてくれやがったから、その仕返しに炙り殺してやるのさ」と、火を山のように炊いたものだから、夢なんかを見るような心地になって、若くてか弱くもあるころだったので、何も考えることがお出来にならなくて、

【原文6】
熱さはただ熱になりて、たゞ片(かた)時に死ぬべくおぼえ給(ひ)けるに、山のうへより、ゆゝしきかぶら矢を射おこせければ、ある者ども、「こはいかに」と、さわぎける程に、雨のふるやうに射ければ、これら、しばしこなたよりも射けれど、あなたには人の數おほく、え射あふべくもなかりけるにや、火の行衞もしらず、射散らされて逃(げ)て去にけり。

【現代語訳6】
どんどん熱くなっていって、もうほんの少しのうちに死んでしまうだろうとお思いになったところへ、山の上から立派な鏑矢が射込まれてきたので、その場の連中が、「なんなんだこれは」とざわざわするところへ、山の上から今度は矢が雨のように射てきたので、こちらの連中も暫くのあいだこちらからも山の上に矢を射たのだけれども、あちらは人の数も多く、射るのを競い合いきれなかったのだろうか、(編み上げた柴に点けた)火がどうなるかも構わず、射散らされて逃げていなくなった。

【原文7】
其(の)折、男ひとりいできて、「いかに恐ろしくおぼしめしつらん。をのれは、その月の其(の)日、からめられてまかりしを、御徳にゆるされて、世にうれしく、御恩むくひ參らせばやと思(ひ)候(ひ)つるに、法師のことは、あしく仰せられたりとて、日比うかゞひ參らせつるを見て候ほどに、つげ參らせばやと思ひながら、わが身かくて候へばと思ひつるほどに、あからさまに、きとたち離れ參らせて候つる程に、かく候(ひ)つれば、築地をこえて出で候つるに、あひ參らせて候つれども、そこにてとり參らせ候はば、殿も御きずなどもや候はんずらんと思ひて、こゝにてかく射はらひてとり參らせ候つるなり」とて、それより馬にかきのせ申(し)て、たしかに、もとのところへ送り申(し)てんげり。ほのぼのと明(あか)るほどにぞ歸(かへり)給ひける。

【現代語訳7】
そのとき男が一人出て来て、「どれだけ恐ろしくお思いになったことでしょう。私は、某月某日、しょっぴかれて行くところを、あなたさまのおかげで許されて、非常に嬉しく、報恩をしなければと思っておりましたところ、法師のことは、悪く仰ったのだということで、中将様を日頃から付け狙っていたのを見ておりましたので、ご報告申し上げられたらと思っていましたけれども、我が身がこのように付き従っておれば大丈夫だろう、とも思っておりましたところ、少しの間、あなた様からふと離れてしまっているときに、こんなことになってしまって、賊が築地を越えて出て行くのに遭遇したのでしたが、その場でお取り返ししようものならば、殿様も傷をおうけになるかもしれない、と思って、ここに参ってからかように矢を射て追い払ってお取り返ししたのでございます」と言って、それから馬に扶け乗せして、たしかに、もとのところへ送って差し上げたのだった。夜がうっすらと明けて来る頃にお帰りになったのだった。

【原文8】
年おとなになり給(ひ)て、「かゝることにこそあひたりしか」と、人にかたり給(ひ)けるなり。四條大納言のことと(ゝ)申(す)は、まことやらん。

【現代語訳8】
年長になられて、「こんなことに遭遇したのだったよ」とその公卿は人に語られたのだそうだ。四条大納言のことと言われているけれど、本当なのかしらん。


新古典文学大系の注によると、平安時代末期までに「四条大納言」と呼ばれた人は二人いて、公任のほかには、のちの後白河法皇の寵臣だった藤原隆房(『平家物語』で小督という美人さんに失恋しちゃう人)がそうだった、とのことです。そうなると、この説話に「中将」とあるので、中将だったことのあるほうが、この説話の「四条大納言」になるわけです。しかし残念ながら、どちらも中将だった時期があるので、ここからも、どちらの「四条大納言」だったかは特定できません。
あとは「大赦」がポイントかと思われますが、公任が中将だった時期は983-984年、これに近い時期にあったかどうか、ですね。隆房が中将だった時期は私には分かりませんでした。
ただ、公任のほうは後に検非違使別当になっている。隆房にはその経歴がない。この話は検非違使関係っぽい。話の初めのほうで窺われる、考えなしで失言をする公卿の性格も、なんだか公任さんっぽい。
私は、この話の公卿さんは公任さんだと思えてならないのですが、いかがでしょうか?

(古典文のほうのテキストは、駒澤大学総合教育研究部日本文化部門「情報言語学研究室」のテキストデータを使わせて頂き、新古典文学大系42『宇治拾遺物語 古本説話集』の本文と見比べて修正しています。とくに読み仮名はだいぶ省きました。https://www.komazawa-u.ac.jp/~hagi/txt_ujisyui.TXT 現代語訳は 新古典文学大系の注を参照しながらざっくりとやりました。)

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