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2017年7月26日 (水)

【古文】愚管抄 巻第六から(ど素人古典答案)

説話ではないのですけれど、私にとって東大寺といえばこのエピソードです。

源平の騒乱で焼け落ちた東大寺の再建がなったとき、その供養に参加した源頼朝たちについて述べた場面です。『吾妻鏡』にも記事のある場面ですが、『愚管抄』の描写が印象的なので、こちらを拾いました。
雨の降り注ぐ中、武士たちが「ヒシトシテ居カタマリ」していた、との描写から感じられる緊迫した静けさは、映画やドラマに描かれる武士たちの騒々しい姿とは一線を画しています。

訳は適当です。
いつものようにご指導下さい。
(猿沢池の話でもひとつ教えて頂いた事があるのですが、まだ反映していません。)


【原文】
 同[おなじき](建久)六年三月十三日[正しくは十二日]東大寺供養、行幸、七條院(後鳥羽の母)御幸アリケリ。[午前は晴れていたのに午後から]大風大雨ナリケリ。コノ東大寺供養ニアハム[出席する]トテ、頼朝将軍ハ三月四日又京上シテアリケリ。供養ノ日東大寺ニマイ[ゐ]リテ、武士等(ら) ウチマキテ[とりまいて]アリケル。大雨ニテアリケルニ、武士等ハレハ[我は(?)]雨ニヌルルトダニ思ハヌケシキ[そぶり]ニテ、ヒシトシテ居カタマリタリケル[集って一団となっていた]コソ、中々物ミシレラン人[物事を見てその意味を理解し得る人]ノタメニハヲ[お]ドロカシキ程ノ事ナリケレ。
(日本古典文学大系新装板 1967年 岩波書店 p.280)


【現代語訳】
(前の記事から引き続いて)同じく建久六年(1195年)三月十二日東大寺再建の供養があり、後鳥羽天皇が行幸、御母七條院もお出ましになられた。あいにくの大風、大雨になった。この東大寺供養に出席しようと、頼朝将軍は三月四日に上京していた。供養の日に東大寺に参拝したが、将軍のまわりは武士たちが取り巻いて守っていた。大雨が降っていたのに、武士たちは自分が雨に群れるなどとはまったく思っていないそぶりで、頼朝将軍を囲んで、すきまなく一団をなしていたのだったが、これは見識のあるだろう人にとっては驚嘆してあまりあることだったのではないだろうか。

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コメント

訳に不十分なところがありますが、本日不調につき、また後日手を入れます。ごめんなさい。

投稿: ken | 2017年7月26日 (水) 22時39分

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