ヤモメのカモメ

2009年1月12日 (月)

祝 成人

心臓移植への応援の願いサイト「大樹君を救う会」
http://savedm.web.fc2.com/
・・・是非、お目通し下さい。



大宮光陵高校管弦楽部がSONYのウォークマン"Play You"のCMに12月13日から出演しています!

・・・「祝 成人」などとタイトル付けしながら、実は三連休で子供たちにあれこれ買い物させられて、かえってくたびれて、さっきまでうたた寝をしてしまったので、手抜きです。

でも、いちおう心こめてます!

成人の日は今日なのですが、式典は昨日のうちに終わった街が多いですよね・・・

お耳ケガシですから、すっ飛ばして頂いても結構です。

しかも、何を今さら、の曲をアレンジしたものをお聴き下さい。
夕方から間に合わせで、しかも楽譜作成ソフトにベタ打ちしたものです。
いちおう、弦楽四重奏を想定しております。

・お正月(一月一日)

おまけ二つ。ちょっと音色がキンキン言って(あ、あの、キンキンさんと混同しないで下さいね、キンキンさんゴメンナサイ)気に入っていませんが、やむを得ません。ベタ打ち以外になにもしてないから。

まずは、今さらながらでまずは12月25日までバック。新年のお祝いだからいいでしょ?

・I wish you a merry christmas and Happy new year


もうひとつは、ある人のお祝いに、とセットで作るつもりで始めたものの、結局バタバタで他に作れず、しかも間に合わなかったもの。音色を2通りやってみたんですが、音が落ち着き目のほう。

・お祝いの曲

大変失礼しました。
今日はこれで寝かせて下さい。


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2008年12月26日 (金)

TMF演奏会お越し下さい/ヘタクソ自作クリスマス/ヤモメ3周年

Tokiomusikfroh200812特別演奏会東京ムジークフロー演奏会(12/27)、是非お越し下さい。(バナーはsergejOさんがご好意で作って下さったものです。)
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/1227-22d9.html


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大宮光陵高校管弦楽部がSONYのウォークマン"Play You"のCMに12月13日から出演しています!
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/sony-play-youcm.html


明日、私の所属する東京ムジークフローの演奏会がございます。詳しくは上記にリンクを貼った記事をご覧下さい。交通至便の上野から近い会場(正確には入谷)。入場無料ですので、どうぞふるっておこし下さい。曲目は

  ・ヴァーグナー:「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲
  ・ハイドン:交響曲第83番ト短調「めんどり」
  ・シューマン:交響曲第4番

手作りのプログラムでは、私の日々のブログとは違って、団員各位による「分かりやすい!」曲目解説がお読みいただけます。心よりお待ち申し上げております。


イヴの日に、ヘタクソなクリスマス音楽を自作しました。
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-0a48.html

・・・聴きなおすたび、「うーん、センスねえ。。。(^^;)」なのではありますが、クリスマス期間は新年を越えても続きます!食欲を喪失しない程度にお聴き頂ければ幸いです。(なお、頭の中だけで作っちゃったので、とくに1曲目、和音にお聞き苦しい点があるのはご容赦下さい。・・・この曲、「蛙の歌」をもじって仕立てたものです!)


家内が死んで丸2年経ちました。
その直後から春先にかけて感情が乱れたまま綴った記事を大幅に削除したため、ブログ上では家内の登場は減ってしまったのですが、思い出となる記事は5月にリンクを貼りまくった記事を掲載しました。
http://ken-hongou.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_24df.html

個人的に、思いを深くして綴ったのは「雪景色・・・ラフマニノフ」
http://ken-hongou.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_56b1.html
という文章です。

この2年、いろいろな葛藤あり、反面喜びあり、と、ドタバタ過ぎましたが、とくに子供たちの成長振りが発揮された喜びの場では「カカアも見てるかなあ」という思いを常に持ち続けていました。先日、三回忌供養を済ませて、なんとか自分も自分自身を振り返られるようになってきたかな、と感じるようになり始めたところです。 何よりも思い知ったことは、

「人というものは、一人一人が(表面的な言動の有無に関わりなく)<信じる>ものを持っているのだな」

「それは(自分も含めて、ですが)無意識に各々の心の底にこびりついているものであって、人と接するときには、まずこちらの<信じる>ことは捨てる覚悟で・・・「踏絵」を踏むことも辞さず、そのことで蔑まされることもやむなしとし・・・相手が何を信じているかを汲み取らなければならないのだな」

「それでもなお、相手のかたを含め、すべての人が満足や幸せを得ることは出来ないのだな」

ということどもでした。
思い知り、ひとつひとつの課題をクリアしていく中で、当面の最後に残ったのが、
「自分自身をどう支えたらいいのか」
で、これには迷いました。
ですが、それも助けを得て、職場に迷惑をかけがちだった業務中の体調・精神不安定からも、だいぶ開放されました。

おかげさまで、私と子供たち二人、日々「漫才」のようなやり取りだらけで過ごしており、家内の生前からの「お笑い一家」方針は崩れずに守られております!


なお、JIROさんがご自身のブログに、家内のために音楽集をアップしてくださいました。心から御礼申し上げます。JIROさんとは家内の死の半年前に知り合ったばかりでした。その半年のあいだに私のような者をもとても大切に扱って下さり、視野の狭い私の目を開いて下さることも多く、ようやく親しくお付き合いさせて頂くようになったばかりの頃のことでしたが、未だにこのように大事にして下さるのには、ただ感謝を持ってするしかありません。同じく、メール等を通じて当時から私を励まして下さっている数人のかたにも、この場であらためて感謝を申し上げます。

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2008年11月 7日 (金)

「メサイア」序曲:娘の誕生日に寄せて

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・・・是非、お目通し下さい。



ファジル・サイのつくば公演もお聴き逃しなく!
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/in-808f.html


「メサイア」(ヘンデル作曲)から、序曲を聴いて頂きます。

カール・リヒター/ミュンヘン・バッハ管弦楽団と合唱団によるドイツ語版の演奏です。
演奏自体は、私が初めて買った、当時6,000円くらいのLPだった(ずっと欲しくて、貯金しました)ものがCD化されたのを入手しました。ヘンデルはドイツ生まれだったので、私はずっと「メサイアドイツ語で当然」と信じ込んでいました。大学生の頃、毎年暮れにアルバイトでメサイアの演奏に参加することになり、それで初めて「あ・・・英語がホントなんだ!」と知った、なんて思い出があります。
バロック演奏の研究が進んで、リヒターのこの録音のすぐ後には、この序曲のような音型は複付点で演奏されるのが当たり前になりましたが、たとえ時代感にはそぐわなくても、私は今でも、この「記譜を素直に読んだ」この演奏の、切々としたものを内に秘めた重々しさの方が好ましく思われます。

「メサイア」じたいが私にとってどれだけ思い出深い曲かについては、家内の死の2日前に綴りました
かつ・・・娘の誕生日には一見ふさわしくない、とお思いになられてしまうかもしれませんが・・・家内の通夜で、会場でずっと流しつづけてもらった曲でもあります。



娘が朝7時ごろに生まれた、ちょうどその日、私は「メサイア」の全曲演奏会に出演しました。
生まれてきた子供・産んだ妻・私を、世界が祝福してくれた・・・そして、これからも守り続けてくれる・・・そう信じて、喜びに溢れて、演奏に参加していました。

16年経ちました。
途中、試練はいくつもありました。小さなものは、省きます。節目だったかなあ、と思い返すことを。

まずは「共稼ぎ」の苦しみ。「彼女の仕事を絶対やめさせない」と約束しての結婚でしたし、女性も自分の仕事をしっかり持っていることには私自身賛成でした。家内の働いてきた教員の世界では、ごく普通のことでもあります。収入云々ではなかった。ですが、サラリーマン社会である私の方は、周囲から「まだ奥さんを働かせているのか?」「ダブルインカムでいいねえ!」さんざんに皮肉られました。そのうえ、サラリーマンのリズムは教員のリズムと業務上だいぶ違いますから、女房は一言も口にしたことはありませんでしたけれど、辛いこともあったのではないかな、と思います。私のほうも、帰宅してもまともに迎えてもらえない日が結構あるのは内心は不満でした。・・・ですが、それを二人の信頼関係で乗り切ってきた、ということは、今になって、胸を張って言えると思います。ご近所の何人ものかたに、
「いつも一緒に過ごしているのがうらやましかった」
と言っていただけましたから。

次は、意に添わない転居。女房が散々申請したにも関わらず、行政の配慮はもらえず、住む場所を変えざるを得ない異動を、娘が1歳になって数ヵ月後に強いられました。新居を決めるまで毎晩、女房は泣いて帰宅していました。・・・これも、マンションであるにも関わらず、お互いに困ったときは助け合ういいご近所に恵まれたいまの住まいに落ち着けたことで、むしろ幸せに転じたもの、と思っております。

女房の、新しい勤務先が、当時は問題でした。非行に走る生徒の多い学校でした。女房は、その中でもいちばんたちの悪い生徒を扱ってノイローゼ寸前にまで追い込まれ、私は結婚当初の約束を破る決心をして、あちらこちらに
「うちの家内は仕事をやめさせます」
と宣言しました。
ところが、いいかたがいらして、女房が辞意を漏らしたとき、女房がそれまで培ってきた精神的財産の大切さ、それを失ってしまうことの勿体無さ、を順々と諭して下さったようです。
私より割り切りの早い女房は、私の工作を一瞬にして棒に振り、勤務継続を決めて帰ってきました。私ががっかりしたのは、言うまでもありません。ですが、結果的に、家内は残りの人生を、本当に充実させることが出来たのでしょう。

女房のノイローゼが収まった、と安堵していたところへ、今度は、私が、ある事情で「うつ」になってしまいました。これが長引いたのが、最大の誤算だったかも知れません。職場を異動になり、ああ、治りかけたかな、といったん思ったところで、薬の減らし方に失敗し、「うつ」は長引くことになりました。2年を経て、薬を減らしなおし、お医者に
「あと1ヶ月くらいで、残りの薬も止められるかも」
と言って頂け、女房がとてもよろこんでくれたのが、おととしの12月の初めでした。折りしも、娘の進学する高校の選択に、母娘で一生懸命になっているところでした。ブラスバンドの顧問を長年務めた母の背中を友達に「カッコいいね!」といわれたのが嬉しくて、娘は中学に進学するなりブラスバンドに入りましたし、2年生になって間もなく、音楽の専門の勉強をしたい、と意志も固めていましたから、連日、高校のパンフレットを集めては母子でああでもないこうでもないと談笑し、それを脇で耳にするばかりの私は、ただ羨ましくて仕方がありませんでした。

女房が倒れたのは、クリスマスの日、市民音楽祭に自分の生徒達と参加しに行っている最中のことでした。つい数日前には、おりから親子でテレビで楽しんでいた「のだめ」の撮影現場である大学に出かけ、トロンボーンのコンテスト見学のはずが、
「あ、ここが、あの場面の撮影現場だ!」
と、そればっかり見て、はしゃぎまくって帰宅しましたので、呆れて物が言えませんでしたが・・・その「のだめ」の、最終回の日でもありました。
苦しかった女房が、いちばん楽しみにしていた「のだめ」の最終回をテレビで見ることが出来るはずも無く、救急で運ばれた医者には入院は認めてもらえず(仮にそこに入院しても、病院の質を考えると助からなかったのは同じだったかもしれません)、夜、私の肩につかまらせて、
「明日、朝一番で、いい病院に行こう」
そう言いあって帰宅しましたが、女房は、その朝を待つことがありませんでした。
夜中の2時に一緒に横になって、4時にふと気がついたら、隣にいない。慌てて飛び起きて、洗面所に倒れている家内を発見しました。たったの2時間のあいだでした。

苦しむ時間が最小限で済んだ・・・しかも、最後のその日まで生徒に慕ってもらえた彼女は、幸せな死に方をしたのだ、と、私は私に言い聞かせていますが、彼女の方もそう思っているだろうと信じています。



母を失って、でも、娘はよく、そのあとも気丈に頑張ってくれたと思っています。
2ヶ月後のソロコンテストでは、トロフィーを持って帰ってきて、私を仰天させました。
音楽の学校に進むには足りない、と、縁を頼って見つけたソルフェージュの先生のところへ電車で通うようになり、最初は怖い目にもあって泣き泣き帰ってきましたが、電車でいやな目にあわないコツを私なりに伝授したら、すぐにそれをマスターして、まずは目標達成のために通い、当面の「志望校合格」を達成したいまも、素晴らしいその先生のご指導を、すすんで仰ぎつづけています。

母を失った、ということは(息子にとってもですが)大きな試練でしょう。
それでも、この子が生まれたときに受けた世界の祝福の意味は、もしかしたら、この「試練」に早い時期に直面することを予言していたのかも知れない、と、最近つくづく感じます。

演奏技術はまだまだ、ですし、勉強となると、もっとからしきダメ、ではありますけれど、少なくとも「めげない」強さは、父の私が恥じ入らなければならないほどに持っています。

「厳しさ」を力強く乗り切っていくことが、結局は娘が自立したときに最高の幸せをつかむ上で非常に大切なのでしょう。

「メサイア」の序曲は、それを音楽で的確に表した、非常に締まったつくりをしています。

「厳しさ」に直面して奮闘しているすべての人に、この機会にこの音楽をお聴きいただければと存じ、掲載した次第です。


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2008年9月23日 (火)

娘、発表会(モレル『ヘ短調の小品』:トロンボーン作品)

今日は、ソルフェージュを習っている先生の門下の発表会で、娘も出演しました。
毎度親バカですが、今日の娘の演奏をお聴き下さい。

・フロレンタン・モレル「ヘ短調の小品」

本人曰く
「ひでー。音程悪うー。」
私の方からは、中間部のクレッシェンドの設計を間違っている(クレッシェンドしたあとが頂点のフォルテなのに、クレッシェンドでの最強音よりも頂点の音が弱い)ことだけ、ちらっと文句を言ったら、
「でなかったの!」
のひとこと。

ああ、思春期の娘は、相手にしにくい。。。

他は殆どがピアノのソロで、他の楽器はホルンの子がひとり。モーツァルトの協奏曲第2番から第2・第3楽章を吹きましたが、上手でした。延べ18人の参加者のうち3人のかたは声楽も。
声楽だけ、日本の歌曲を歌ったソプラノさんは、去年に比べて驚くほど声が通るようになっていて、私の録画はあまりにそばで撮り過ぎたため、響いた先の声が収録できず、残念でした。いいおうちにお育ちでもあり、我が家と違って躾けもしっかりしていらっしゃるから、所作振る舞いも今の学生さんには稀なくらい謙虚なのですが、お声も、澄んで素敵でした。
「イギリスの歌が似合いそうですね」
とご本人にも先生にも申し上げましたら、先生も同意なさって下さって
「それなら、探してみようかな」
と言ってくれましたので、聴ける日が楽しみです。



最後に先生が仰っていたこと。
「ソルフェージュの究極の目的は、楽譜が正しく読めることが、音楽の正しい表現に繋がることで、それを理解している皆さんは強大変いい演奏をして下さったので、とても嬉しく思っております。」

某音大・音高で教鞭をとられている先生、非常に良心的なかたです。ご自身が弾かれるピアノも、なかなかに素晴らしいものです。
家内が死んだあと、娘の受験にソルフェージュが足りないと考えたものの、なかなか自力では見つからず、ご縁のまたご縁の重なり合いで偶然巡り会えた先生ですが、娘は本当に幸せだと思います。

先生ご自身にはもちろんですが、巡り会いをもたらして下さった皆様にも、あらためて深い感謝の思いを新たにした1日でした。

こんなわけのわからない、タイトル通り屁理屈ばっかりのブログをいつもお読み下さっている皆様も、本当にありがとうございます。
心から御礼申し上げます。

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2007年3月28日 (水)

御礼

ご祝辞、ご激励のコメントやメールを頂いた数人の皆様に、こちらで御礼申し上げる非礼をお許し下さい。

今朝、窓を開けたらいい声でうぐいすが鳴いた。
いつものように子供を起こし、洗濯物を干し、畳み、花にお義理の水をやり、・・・出かけるので、家内の厨子にはワインを注いでおいただけにしてある。

夕べは3人家族が何となく興奮して眠れなかった。
娘が、まずは息子の名前を付けた理由を、次には娘自身の名前を付けた理由を尋ねてきた。
「なんでも、きれいなものを心からきれいと思える人になって欲しくてつけたんだよ」
「それと全く正反対の性格に育ったのは誰の影響だ!?」
娘はそう言って僕を指差してにらんだ。
父親としては・・・ちょっとだけ嬉しいひとときだった。
家内の位牌とワインを乾杯して就寝した。

息子は今朝から、また正義について、でも言うような事をしきりに管挙げては質問してきてくれている。
どこまで正しく答えてあげられるか分からないが・・・

モブログ、という、ケイタイからブログに記事をアップ出来る仕組を試してみたが、上手く出来ない。4泊五日間はネットと縁無しの生活も、しかし、いいのだろうと思う。

さて、荷物もまとまりました。
4月1日に帰ってきます。
読んで下さって、ありがとうございます。(10:49)

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2007年3月27日 (火)

娘のコンテスト

今朝、娘は平熱。トロンボーン片手に、無事コンテストへ出発。
ボクと息子も、家内の写真を連れて聴きに行った。午後からはお友達も二人演奏するのだが、息子が飽きてしまったので、残念ながら帰宅。結果発表も分からない。
が、それは、もう、いい。
親バカながら、いい演奏をしたと思う。
曲は、リムスキー=コルサコフのトロンボーン協奏曲からフィナーレ。
カデンツァも吹いた。まあ、あそこまで良く吹くとは思っていなかった。もちろん、まだまだ欠陥はたくさんあるのだけれど、それは今日は言わなくてもいいだろう。

伴奏は、娘の幼稚園の頃からのピアノの先生が急遽ピンチヒッターを引き受けて下さり、娘と二人、夕べ長い時間をかけて練習して下さった。初見も同然で、よくこなして下さった。
終わって後、扉を出て娘とピアノの先生を前にして、不覚にもボロッと泣いてしまった。
「あらま、お父さん、泣いちゃったよ」
と、先生に笑われた。
トロンボーンの先生も来て下さっていた。
「楽しく聴けましたよ!」
うん、これが一番、ボクが望んでいた最高のお褒めの言葉だし・・・カアさん、あんたもだろう?

帰ってきて、洗濯物を取り込んで、家内と息子にコーヒーを入れてやっていたら矢継ぎ早の電話攻めで、そのうちにいつもブログ掲載に使っている「フリー」がメンテナンス中になってしまった。で、急遽別口に登録して綴った。

・・・なにも、こんな程度の話、そこまでしなくたって良さそうなもんだが。。。(16:38)

なんとまあ、娘がトロフィーを持って帰ってきた!
管楽器のコンテストなのだが、金管・木管それぞれ1名だけ受賞する「ヤマハ賞」というのがある。
・・・それを貰って帰ってきた。。。ぶったまげた。
ただウルウルするだけのオヤジに比べ、娘はさめていて、
「どこが賞を取れる演奏だったんだか分かんないんだけど・・・」
などとのたまっている。
この記事を読んで下さる方には、聴いて頂く事にする。
下にリンク!

・・・ホントに、娘の言う通りなのがお恥ずかしいのですが。。。
親バカです。

夜7時にはアップライトピアノも家に入った。
家内の百箇日に、いい記念となる前祝いの日になった。
たくさんのかたに、ありがとうを言わなければならない。

家内が死んだときに落ちていたヘアピンを息子がさっき再発見した。
今日は、ここにいるのだろうか。(20:15)

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