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旧ブログも復旧しました。一部音声ファイルが聞けませんが、記事は全部残っております(いくつか、障害を起こしやすいものだけ削除したり改変を行ないましたが)。大変ご心配をおかけしました。
こんなニュースが掲載されていました。
心当たりのある「アマチュア」さんは、くれぐれもご留意を! まして、プロさんは言わずもがな。
(読んで下さるかたに、私の経験をご存知のかたもいらっしゃり、充分ご謝罪も頂いたので、掲載は心苦しいのですが、楽器に対する扱いの甘さが目に付く事情は変わっているとは思いません。Yさん、すみませんが、ちょっとつづりますね。)
私自身が、あるアマチュアオーケストラでのお手伝いで、袖の狭いホールで本番前の練習をしている最中、そこの団員、しかもあろうことか弦楽器奏者にぶつかられ、弾いていたヴァイオリンがそのはずみで落ち、指板がはがれましたが、ぶつかった相手からは何の謝罪もありませんでした。結局出演不能となって・・・当然、そんな団体の本番を聴こうだなんて気も起きるわけがなく、さっさと帰宅した苦い思い出があります。(ついでながら、こうした事故で指板が剥がれるのは、暑さで膠が溶けて剥がれるのとは違いますので、膠と一緒に、そのしみ込んでいるネックの木部を削っての修理になるため、直った時には前より指板の高さが下がります。その分を、新たに付ける指板・・・高さを従前と同じにしたければ、もとのものは原則として使えませんので、交換となります・・・の厚さや角度などで調整しなければならなくなり、その結果、必然的に音色も変わります。もちろん、「いい方へ」とはいきません。)
その後、責任者の方が熱心に謝って下さった(本人ではないのが不満でしたが)ので、気を取り直して、修理費用を負担するから、とのお申し出も断り、その団体にもう一度だけ手伝いに行ったのです。
が、打ち上げの席で「指板がはがれたときの話」をしたところ、
「もう、いいじゃないですか!」
と笑い声交じりに言われ、耳を疑いました。
音楽を愛している人の口から出る言葉ではありませんよね。
その団体には二度と行かない、と、そのとき固く心に誓った私でした。
以下、ニュースの引用。
<チェンバロ>「最高傑作」壊された…製作者が市民楽団提訴
2008年7月18日(金)15時1分配信 毎日新聞
国際的に有名なチェンバロ製作者、○○■郎さん(56)と演奏家の妻◇子さん(55)=東京都△▲川区=が、ずさんな扱いでチェンバロを壊されたとして、△▲川区の市民楽団「△▲川フィルハーモニーオーケストラ」と団員を相手取り、880万円の賠償を求め東京地裁に提訴した。原告代理人によると、高額な楽器の賠償を巡る裁判は珍しいという。【銭場裕司】
破損したのは、■郎さんが86年に製作したチェンバロ。米国のジャズピアニスト、キース・ジャレットさんが買いたいと申し出たが、○○さんは「自己の最高傑作で売る気持ちになれない」と断った。その代わりに同じ型のチェンバロを製作し、89年に400万円で売った。同型は世界に2台しかなく、そのうち1台が壊れた。
訴えによると、◇子さんは06年7月、△▲川フィルから協演依頼を受けた。演奏会前日のリハーサルで、団員3人が会場にチェンバロを搬入する際に、高さ約70センチの台車から落とした。亀裂が入り弦を張れず、修復も不能となったという。
このチェンバロには、現在では入手が困難な良質のインド産の紫檀(したん)を使っており、同じ物を製作するのは難しいという。○○さん夫妻は楽器の価値を600万円とし、慰謝料などを加えた賠償を求めている。
○○さん側は「タイル目地に台車がひっかかったのに無理に押して台車を壊した」と主張。△▲川フィル側は「無理な力はかけていない。ボルトの脱落で台車が崩落した」と争っており、30日に最終弁論が開かれる。
■郎さんは、製作が途絶えたチェンバロを独自の設計で製作することで知られ、ジャレットさんら著名な演奏家から高い評価を受けている。
◇「ずさんな管理」を批判…○○さん夫妻
○○さん夫妻は、提訴した理由の一つにずさんな楽器管理の問題を挙げる。「楽器を動かすには専門業者が必要で、繊細な扱いが求められるのに、素人判断で漫然と動かそうとした」と憤り、「団員が通路に置いたコントラバスをまたいで歩くのも見た。アマチュアといえども見識を疑う。なあなあで済ませたらまた次の事故が起こる」と訴える。
裁判所が楽器の価値をどう認定するかも注目される。◇子さんは新しいチェンバロで演奏活動を続けるが、「20年間育てて体の一部のようだった。自分の意思に反応するのが楽器であり、育てるには時間が必要」と失った存在の大きさを語る。原告代理人の○○○○弁護士によると、希少な楽器であるチェンバロに対応する保険商品はないという。
△▲川フィルの×井×信団長は、毎日新聞の取材に「手で運ぼうとしたら台車に乗せてくれと言われた。同情はするが、責任はないと考える。楽器をまたぐような扱いはないと思う」と反論している。
引用、以上。
△▲川フィル側の「言い分」には訴訟絡みで不利になれない事情もありますので、「責任はないと考える」発言に対する批判は致しませんが、「同情はするが」というお言葉遣いがよろしくない、と思うことと、併せて2つのことは申し上げておきたいと存じます。
1)「ボルトの脱落で台車が崩落した」のであれば、まず、そのような欠陥台車を用意していたホール側の責任は明確です。もしこの通りのことが原因だったのならば、偶発事故ではないことになります。事故当初にその確認はきちんとなさったのでしょうか? 確認がその時点できちんと出来ていれば、賠償責任の話はもっと早期に整理され、訴訟にまで至らなかったはずだと思われ、このあたりに△▲川フィル側の認識の甘さを推測せずにはいられません。
2)たかだか団員3人で運ぶことにだけ熱中していたのであれば、手段の如何に関わらず、貴重な楽器を運搬することについての受託管理責任を充分に果たしていなかった、と見なせます。楽器を運ぶ行方を管理する役目を荷う人が、最低でも前後に2名は必要だったはずです。このことだけとっても、△▲川フィルは責任を問われるべきです。但し、楽器本体が個人の所有物であれば、楽器の管理責任は所有者にあり、所有者が△▲川フィルの団員に理解出来るように楽器の取り扱いを指示したかどうか、そのあたりの適切さも問われるべきで、記事からだけで私はどちらか一方だけの責任がある、と断言出来ません。双方に責任があった、と考えるのが自然であると思います(そうした理由から、固有名詞は伏せ字としました。但し、団の方へのアピールは・・・ご自身たちが真剣に悩んだのでしたら結構ですが、そこをあえて性悪説で考えさせて頂き・・・やはりしておきたく、推測出来るかたには推測出来るようにしておきました)。
なお、楽器、骨董品など価格を推し量り難い物品については保険がきかないのは、新聞記事の記述の通りです。
デジタル楽器も含めて、「楽器」というものは決して単純に「工場のライン」で出来上がるものではありません(工場のラインで出来上がる製品は、私に言わせれば「楽器もどき」です)。
残念ながら、つまらないことで行き来がなくなりましたけれど、中学時代から、私はヴァイオリンを一生懸命作っているおじいさん(いまでも尊敬はしています)のところに遊びに行って、木を選ぶ・充分に寝かせる・時間をかけて加工する・組みあがっても納得のいかない音ならば手直しする、ということを教えて頂きました。
また、私のヴァイオリンをメンテナンスして下さったかたからは、指板や、本体の中についている力木(バスバー)、魂柱なんかは当たり前だとして、なんと糸巻きや糸枕、テールピース、顎当てといった、弾いているだけの人間には「そこまで?」と驚くほど、些細で小さなはずの部品一つ一つがいかに楽器の音を変化させるかを、実際に耳で何度も確かめて見せていただいたりしました。(ヴァイオリンの部品の用語をご存知ないかたは、楽器図鑑などをご参照下さい。探したかぎりでは、
こちらにリンクしたページの写真が、一度に知るにはいちばんいいかなあ。。。これらの部品の一個一個どれもが、音色を変えるんです。信じられます? よっぽど分かっている人じゃないと教えてくれませんし、また、そういう職人さんのところへ足繁く通わないと、ピンと来ることもないでしょう。・・・私はマメじゃないので、実はあまり偉そうには言えません。。。それでも、上で言ったことが間違いではない程度を理解できるくらいは、何度も、調整の場面をじっくり見させて頂きました。まあ、こんなマイナーブログでも、その団の中に読んでくれる人がたまたまでもいらっしゃれば、の話ですけど。)
ひとつひとつが、私には事実として目にも耳にも焼き付けられていますけれど、遺憾な事に、私は職人ではないために、どうすればそうなるのか、という正確な知識も勘もありません。
ですが、楽器と言うものは、どんなものでも、それほど精緻に出来ているのだ、ということは、このニュースを機会に一人でも多くのかたに知って頂きたいと、いま、強く感じております。
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