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2010年10月26日 (火)

「かえってきたあいのてさん」7 & 「茶碗蒸しリスペクト」ユーストリームライブのお知らせ

クレイジーな「かえってきたあいのてさん」7がアップされました!!!

まいどまいど、なんでこういうことにこんなに<テクニック>が見つけられるのか、と、わくわくしちゃうばかっりです。

・・・でも、今回気になるのは、このあとみなさん、ちゃんとお手々を洗ったのかな〜〜〜、ってことです。

ゲスト出演はヒュー・ナンキヴェルさん、イギリスのニューカッスルで撮影とのことです。

なお、あいのてさん+ヒュー・ナンキヴェルのユニット「Chawan-Mushi Respect(茶碗蒸しリスペクト)」で、次の通りユーストリームライヴがあります。

イギリス時間は、10月26日(火)の20:30~22:00、日本時間は、10月27日の早朝4:30から6:00に生放送。

http://www.ustream.tv/channel/chawan-mushi-respect

(live at http://ustre.am/peUk)

演奏者のお一人、片岡祐介さん(黄色いあいのてさん)によると、

「『茶碗蒸しリスペクト』は、誰もが一度も聞いたことのないタイトルの曲ばかりをレパートリーにしており、1万曲近いレパートリーを暗譜で演奏できると豪語する。」

「『茶碗蒸しリスペクト』は、タイトルをリクエストされると、その場で、即座に思い出して演奏するのが特色。その場で即興で作って演奏しているのではないか、という疑惑がある。」

とのこと。
・・・いかにもあやしげです。(^^;

今日は早寝しましょうね。

起きられるかなぁ・・・ちと危ないですぅ。(T_T)

追伸)
見られた〜!!!

・・・リンクちゃんとしてなかった、直したのが遅過ぎた。。。(><)

演奏された主なナンバー
・ジョン・ケージ「お金持ちの茶碗蒸しには松茸を、貧乏人の茶碗蒸しには椎茸を」冒頭(疑作)
・うんちのおんがく
・モーツァルト「こぼしたスープを飲んじゃいけません」(偽作)
・ポポロンロックンロール
・森で見つけた茸を食べたら笑いが止まらなくなった
・寝冷え
・計算してると眠くなる
・ねころんびあ
・わいわい音頭
・This is nice song
・TAKO SU DAKO
・見えない聴衆の為のうた
・GOOD BY SONG

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2010年1月17日 (日)

JIROさんのスウィトナー特集

アマチュアオーケストラ、東京ムジークフローの特別演奏会は本日1月17日です。入場無料。



コンサート「麿と素敵で愉快な音楽家さん」は2月7日、新宿オペラシティ内の近江楽堂で。顔ぶれも曲目も魅力的です。是非お出かけ下さい。

2台のピアノによる「モーツァルトピアノ協奏曲全曲演奏会」(東京3月18日:小倉貴久子さんと大井浩明さん、京都4月3日:河野美砂子さんと大井浩明さん)詳しくは記事中のリンク先をご覧下さい。

敬愛するJIROさんが、オトマール・スウィトナー氏追悼特集を綴られています。
ご紹介が簡単で恐縮ですが、ぜひお読み頂きたく、こちらにリンクを掲載させて頂きます。

【追悼】オトマール・スウィトナー氏(指揮者)(その1)
http://jiro-dokudan.cocolog-nifty.com/jiro/2010/01/post-a375.html

【追悼】オトマール・スウィトナー氏(指揮者)(その2)
http://jiro-dokudan.cocolog-nifty.com/jiro/2010/01/post-4e44.html

スウィトナーさんが日本のオーケストラにどれだけ貢献して下さった方かがよくわかります。

私もあらためて、お悔やみ申し上げます。


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2009年11月 8日 (日)

ご紹介:大井浩明さんブログ記事「汎用クラヴィア奏法試論β」

増井一友さんクラシックギターリサイタル、東京公演11/21、大阪公演11/28、おススメです。
下記の2記事を是非ご参照下さい。

http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/11211128-e6af.html
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-7de4.html


資料の読みが滞っていること、イチから勉強しなければと思っているところであること、等から記事が停滞しておりますが、継続はしてまいりますし、また饒舌になりはじめるでしょうし、結局そのときには何の代わり映えもしないでしょう。こりずに宜しくお願い申し上げます。

今日は、簡単なご紹介だけです。
ただし、ご紹介する先の内容は、一読して非常に有意義であり、普及すべき内容であると感じております。

ただし、お綴りになったご本人の中でやっと骨組みがガッチリ固まった、という段階でいらっしゃるであろうと思われますし、要約などというしゃしゃり出たマネをする段階でも、またその資質が私にあるわけでもありませんので、とにかくリンク先をご覧頂きたい、とのみ申し上げます。

クラヴィーア(鍵盤楽器)に即して「汎用」奏法、と仰っていますが、実践の人でもある大井さんが<楽器を弾く身体>について真摯に試行錯誤を繰り返し、研究を重ねて来た結晶とも言える内容になっており、鍵盤楽器に限らずどんな楽器にも通用するものであるとお見受けしております。

いえ、楽器に限らず、体で道具を使う行為全てに「汎用」化しても良いほどの結実であり、出来るだけ多くの人に目にして頂きたいとも感じております。

大井さんのブログ上の
「汎用クラヴィア奏法試論β」
http://ooipiano.exblog.jp/12662895/

が、その記事です。

是非、じっくりとお読みになって下さい。


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2009年6月 8日 (月)

音楽を笑うな

Yamatouchiharuケルンで活躍中の蓮見岳人・阿部千春デュオリサイタル(リュート&バロックヴァイオリン)、是非お出掛け下さい。

千歳(7月12日)・天理(7月18日)・京都(7月19日)・名古屋(7月21日)静岡(7月22日)・東京(7月23日)です。



阿部千春さんとフォルテピアノ奏者大井浩明さん(Wikipedia記事にリンクしています)と共演のリサイタル
~若き天才作曲家が世に問うた「作品1」~
《モーツァルト:パリ・ソナタ集 作品1(全六曲)K.301-306》
(護国寺:同仁キリスト教会にて、18時開演)
はリンク先、この演奏会への私の期待については「サヨナラ『古楽』」をご覧下さい。

アマチュアオーケストラ、東京ムジークフロー定期演奏会は6月28日(日)です。


ピースフル・コンサート越谷 ’09は、8月5日です。

上記は全て、私もチケットを取扱いをさせて頂きます(うち二つは私から勝手にお願いをしたものです)。アクセスカウンター下の「メール送信」から、お便り下さいませ。



ピアノフォルテ、バロックヴァイオリン、リュートという楽器についての話からいこうか、と思っていましたが、私自身が貧弱な知識しかないので、徐々に参ります。

クラシックに限っちゃったブログ、っていうのは、不自由なもんだなと思っています。
ですが、自分がのめり込んだ音楽の種類がクラシックであって、他の種類にも好きなものがあるのに中身がわからない、という、これは私のほうの限界があります。
まあ、クラシックだって、そんなに知っているわけじゃない。だから、勉強ついででやって来たのです。
ですから、クラシックをダシに、の延長線で綴って行きます。

実は、他の種類の音楽についても同じ思いを持っているのですが、とにかく、音楽書籍の不毛を感じるのです。
私だけでしょうか?
ジャズ入門を読んでもジャズは分からないし、ロック入門を読んでもロックは分かりません。なんと、日本純正の民謡・お囃子なんかになると、本もまともに存在しません。
本棚に贅沢を言っても仕方がないのかもしれません。
今は録音がCDで豊富に手に入る時代ですから、
「CDをたくさん聴けよ!」
ということになっているのかもしれません。そして今では、日本語で書かれた、おおかたの音楽の本が、CDを聴くことを前提にしています。

ですが、どんな音楽でも、CDを入り口にしてCDだけで知ってしまうのは、大変によろしくないと思うのです。
クラシックの笑い話で、まだLPレコードの時期のものですが、こんなのがあるのは有名ですね。

ある「有名で上手い」オーケストラのコンサートを生まれて初めて聴いた、レコードマニアの感想。
「なんだ、録音の方が、よっぽど良かった!」

・・・音楽の表づらだけなら、録音は1950年代には様々な編集が可能になっていて、スタジオものなら音の一部差し替えも出来れば、音程がずれてしまった部分は音程を前後に合わせて矯正できるようにもなっておりました。トラブルのない、きれいにお化粧済みの音楽を聴くなら、録音が最良の手段なのです。

でも、音楽のメッセージは、録音では絶対に、完全に伝わりません。

演奏者の体の使い方を見ることから、私たちは音楽の言葉についての情報を補完することができます。逆に、それを見ることをある程度積み重ねなければ、音楽のメッセージがどう演奏されるか、について私たちは永遠に知ることができません。これは、どんな種類のものでもそうです。

「じゃあ、いまはDVDがあるから、わざわざ見に行かなくたって・・・いや、むしろDVDとかのほうが、細かいところまで見えていいんじゃないの?」

となると、これもそう簡単にはいかないんじゃないかと思います。
ロックの、ジャズの、あのライヴの感触を本当に体で知るまでは、映像で知ることが出来るのは
「アバウトこんな感じやねん」
というところまでに留まります。ロックのけたたましさの中に恍惚を得られるあの感触は、お金をかけてホームシアターなんか作ったって絶対再現できません。何故なら、あの熱狂に身を委ねる時に不可欠な、お隣の熱狂さんが、ホームシアターにはいないからです。ジャズの自在な伸縮に静かに身を委ねることだってそうです。タバコを吸わない人、人の体から発してくる酔いの生暖かさが嫌いな方はホームシアターのほうがいいのかも知れない。でも、ジャズの自在さを支えるのは、その瞬間瞬間の、どこからともなく吐き出されるタバコの煙や酒臭い息だったりします。

クラシックも同じです。
録音では聴き取り切れないもの、録画では目に捉え切れないものが、そのステージがいくら遠景にあっても、やはりその場でこそ感じられる、得られるということが、少なからずあります。
それは、「こういう曲はここで拍手しちゃいけない」とか、「この曲はここが聴き所だ」なんて部分的なものでは、決してない。
目の前で演奏している人が、まず本当に全身全霊で演奏に取り組んでいるか、ははっきり分かる。
では、その演奏は、単にお仕事という義務からなされているのか、自分だけ楽しんでいるのか、お客さんをも楽しませようと思っているのか、はたまた、天の神さま仏さまに聴かせたい真心からなされているのか・・・これらが、トータルとして感じ取れる。初めて直に聴きに行ったコンサートで、そこまで腑に落ちるようなものを見られたら、大変な幸運です。先のエピソードに現れるレコードマニアさんの出向いたコンサートは、どうも、そういう素晴らしいものではなかったようですね。

ここに、JIROさんというブロガーがいます。
彼がよく扱うのは時事・政治問題ですが、生活にかかわりがない以上はそうしたことに関心のない私には、それらはただ彼の博識と適切な分析力に圧倒されるだけでして、それ以上のことはない。
でも、彼が時々載せるクラシック音楽記事は、とても楽しい。
このときばかりは、彼は理屈を忘れて、
「みんなで、ただひたすら、この音楽、この演奏を楽しみましょうよ」
という一心だけで記事を仕立てているので、私の記事なんかのように「なにかを考えながらでないとよく分かんないし、考えてよくと頭に来るか、わけがわかんなくなる」ようなシロモノになることはありません。私の身内でも、私のこのブログなんかより、彼のブログの音楽記事のほうが好きだ、という人が多くて、口惜しい思いをさせられます。

あるいは、ここに笛吉さんというかたがいらっしゃる。
人生の大先生でもある笛吉さんとは直接の面識はまだないのですが、ホームページブログを一生懸命なさっている。
笛吉さんの扱っている音楽は「祭囃子」です。
半世紀前まではどんな土地にも普通にあった「祭囃子」は、今、思ったほどには存続していません。しかも、雅楽や能、文楽、歌舞伎、箏曲、三味線音楽とは違い、家元による伝承もなければ安定的な興行がある類いのものでもない。
ただ昔からの日本の八百万の神様に聴かせる為にだけ続いて来た楽の音を、今でもその神様に捧げる為にだけ奏で続けられている。ですから、伝承の難しい音楽です。
思いのほか実体験しにくい環境になっているこの祭囃子を、みんなに出来るだけ知ってもらいたい、との一心から、日々、私たちに分かり易い「お囃子」情報を発信し続けていらっしゃる。

(それぞれ、色の変わっているところをクリックして頂ければ、該当のブログやホームページを見ることができます。)

まずは、少なくとも、こうした
「音楽を真摯に楽しもう、同時に、音楽の前で真摯に頭を垂れよう」
というブログやサイトを通じて、ナマの音楽に接する下準備をするほうが、現状、へんてこな入門書を読むよりもずっと、
「体感する音楽」
を知る架橋を得るうえでは有益なのではないかと思います。

クラシックのこういう曲は「笑える」だとか、「あぶない」だとか、たとえエピソードとしてそれらがどこかの誰かの伝記に現れたりしているにしても、そんなものを入り口にして先入観を持って音楽を聴いてしまったら、その時点で、音楽の本当のメッセージは私たちに届かなくなります。
マナーの押しつけに従うことも同様です。

本をお書きになるかたに望みたいのは、ですから、もうそうおいう類いの曲がった「入門書」は絶対に出さないで欲しい、ということだけです。

誰もが素直な耳で音楽を味わえる、そうしたいと思っている人たちに、真実、虚心に音楽が聴ける最低限の、ある意味では「博物学的知識」以外には、入門書に載せて欲しいなにものもありません。
そういう期待は、読者は本来もってもいない、というところに、是非還って頂きたいなあ、とは、今日も書店を覗きながら溜息まじりに思ったことではありました。

音楽を外からの目で笑ってはいけない。
それを演奏する人の巧拙だけで、奏者の人を笑ってはいけない。
ただ、その奏者が、本当に充分に、音楽に託されたメッセージを伝えられているかどうかに集中することの中から、昔の志ん朝を支えた落語ファンのような音楽ファンが、また新たに芽を出して来てくれるのですし。
そうやって、音楽のメッセージを伝える手だてをたくさんの方からの応援と叱咤激励で身につけた演奏家が育てば育つほど、私たちの誰もが、初めて自ずと、音楽そのもののメッセージの中にある「笑い」や「涙」や「敬虔」の精神を、しんそこ愉しむことが出来るようになるのではないでしょうか?


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