読書・鑑賞案内

2018年4月15日 (日)

【読書・鑑賞案内】バロックのビッグバンド〜合奏協奏曲〜レパートリーを広げるヒント(4)

現役生の皆様、ご入学ご進級はご無事に果たせましたでしょうか? 4年生は就活順調ですか?

なんか考えていたより小難しくなってしまったこともあり、今回の場合、そもそもコンチェルトって何なのよ、で躓いちゃったこともあり、あいだがだいぶ空きました。

盛りだくさんになりますが、YouTubeからいろいろ埋め込んでおきますので、下手な文章は無視して楽しんでもらえたら嬉しいです。

さて。

シンフォニーだのコンチェルトだのソナタだの、って、ルネサンスからバロックの時代に頻繁に使われるようになった言葉で、しかも今は器楽だと思っているこれらが、最初に歴史に現われた頃はみんな声楽だった(ソナタは違いますけど)、っていうのが、もう、涙なくしては語れない事実です。

結局、上の全部の言葉の由来や歴史に明快な答えを与えてくれるのは、1月13日に紹介した金沢正剛(まさかた)さんのご著書くらいでした。音楽史の本って、時代順に書くことが使命だったり、ある時代からあとしか詳しく書いてなかったり、ですから、おおきな視野を手っ取り早く得たいときには困るんですよね。
金澤さんの『新版 古楽のすすめ』(音楽之友社 オルフェ・ライブラリー 2,400円+消費税)は、18世紀までについてではありますけれど、もし古いヨーロッパ音楽の全体像をつかみたいと思っているのでしたら、いちばん良い本です。文庫本ではないので迷っていますが、外せない気がしますので、いずれ紹介します。

で、余計な前ふりをしてしまいましたけれど、今日のお題は「コンチェルト」だけです。
ただし、ピアノコンチェルトとかヴァイオリンコンチェルトみたいな、ソロコンチェルトの話はしません(なので、ヴィヴァルディはとりあげません)。歴史的な話も深入りしないようにしておきましょうね。

弦楽合奏にはロマン派の弦楽セレナーデなどにとても良い作品も豊富にあります(Oさんが大好きなチャイコフスキーのものもそうですね)が、私たちアマチュアのでは、初歩で演奏する教材に近い作品を除くと、バロック期の「合奏協奏曲 コンチェルト・グロッソ」と呼ばれるものが主なレパートリーになる傾向があります。
けれども案外、選ばれる作曲家はコレルリに限られるのではないでしょうか。しかも、コレルリの12曲ある合奏協奏曲のなかから、8作目のクリスマス・コンチェルトが演奏される以外、あと数作品が選ばれる程度で、全部やった、なんて人は、もしかしたらいないんじゃないか、と思います。

そもそもコンチェルトと呼ばれている曲種は、元は声楽と器楽が一緒になった合奏曲を指していたのだそうです。耳にしやすいものとしては、ガブリエリやモンテヴェルディに師事したドイツの大音楽家、ハインリヒ・シュッツによる「クライネ・ガイストリヒ・コンチェルト」があります。
シュッツの作品なども、器楽の、言ってみれば伴奏に対して、歌が華やかに活躍するのを聴き取れます。想像に過ぎませんが、コンチェルトで活躍する独奏は、そうした華やかな歌を引き継いだものだった気がします。ただ、シュッツの作品では2声の歌が掛け合ったり歩み寄ったりはしますが、歌と器楽の交代のようなものは特にないかと思います。

こうしたものをヴァイオリン2丁と鍵盤楽器でやってみるのも面白そうですね・・・合奏にならないか。

こういう掛け合いが、器楽同士の中で行われるようになり、それが「コンチェルト」という曲種になったのは、(先駆者はいて・・・合奏協奏曲の創始者はストラデッラだった、というのが通説です)コレルリのおかげです。そして、コレルリが書いたもので、出版されて残ったのは、「コンチェルト・グロッソ 合奏協奏曲」です。
元は歌の役割だった(?)華やかさは、コレルリのコンチェルトの中では、きらきらと現れるソロ(コンチェルティーノと呼ばれています)が果しています。それでもコレルリのコンチェルトの中でのソロは基本的に合奏(リピエーノと呼ばれています)と対等で、かつ独りだけではなかったりするので、私たちがコンチェルトの名前でイメージしがちな、独奏が主役、みたいなところはありません。ジャズのビッグバンドでサックスが、次にはトランペットが、と、スタンドプレイが繰り広げられる感触に似ているところがあります。
もう少し発展的ではありますが、デューク・エリントン “It don’t mean a thing” を聴いてみて下さい。

で、コレルリ。12番は、知ってます?
これ、途中で切れちゃうんですけど。

どうです?
え? 違いますか(笑)
シュッツの作品のほうが近いかな(笑)(笑)

名人のソロが入ってビックリ、みたいなのもいいんですけど、音楽でのコミュニケーションの点では、スタンドプレイが決してみんなから逸れていかないコンチェルト・グロッソのほうが、僕なんかは面白いと思っています。

それで、せっかくなので、コレルリ以外の作者にも興味を持ってもらえたらいいなあ、と願ってもいます。

有名な、といっても、古典音楽に触れ始めたばっかりの人ではまだ知らないかな、と思いますが、アレッサンドロ・スカルラッティという人にも素敵な合奏協奏曲があります。「六つの合奏協奏曲集」の最初のヘ短調などは、是非知っておいてもらいたい作品です。

コレルリが亡くなる3年前に生まれたジェミニアーニという人には、コレルリの有名なヴァイオリンソナタ「ラ・フォリア」をコンチェルト・グロッソに仕立てなおした作品もあります。

僕らが学生の頃には、ペルゴレージの合奏協奏曲と伝えられています、という面白い作品群もやったのでしたが、いまはそのほとんどがニセモノだと判明して、さてどんな作品だったか、楽譜も録音も見当たらず、分からなくなってしまいました。

その他に、今回探したら、ジュセッペ・サンマルティーニという人のコンチェルト・グロッソなんかも出てきました。有名なほうのサンマルティーニはジョヴァンニ・バティスタ・サンマルティーニさんで、ジュセッペさんはそのお兄さんだそうです。

有名な作者だとヘンデルにもコンチェルト・グロッソがありますが、ヘンデルは若い頃イタリアでも活躍していました。コンチェルト・グロッソは、イタリアが生んだ、かつイタリアを出なかったジャンルなのかなあ。

コンチェルト・グロッソではなく、弦楽のためのソナタなのですが、ストラヴィンスキーのバレー音楽『プルチネルラ』は伝ペルゴレージの作品を編曲したもので構成されています。そのオリジナル、これが実はペルゴレージの作品ではないものがほとんどなのですが、ドメニコ・ガロによるそのオリジナルなども、大変に良い曲です。(ただしヴィオラが含まれません。)

こちらが、ストラヴィンスキーによる編曲。ストラヴィンスキーの指揮した映像も残っているのですが、YouTubeでは見つけ損ねました。

いわゆる無名子の作品にも、こうした面白いものが豊富にあるはずです。
まずは作品を、それが気に入ったら楽譜を、どうぞ探してみて下さい。

ではでは、コンチェルトについては、こんなところで。

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2018年3月 8日 (木)

【読書・鑑賞案内】気分だけでも華やかに?〜「序曲」と呼ばれた組曲〜レパートリーを広げるヒント(3)

日本のサラリーマンにはゴルフが必須だったように、ベルサイユ宮殿に集まる貴族たちにはダンスが欠かせませんでした。ベルサイユ宮殿で祝賀の行事が催されるたび、大規模な舞踏会が催されたのでしたが、ベルサイユ宮殿の広間であっても、踊れるスペースはそう広くはなかったらしく、あるときには300人を超える出席者を前に23のカップルだけが踊って、大半の出席者は踊れなかったようです。
踊るのは身分の高い順、トップバッターは王と王妃で、王妃は次に身分の高い男性ともう一度踊り、この男性はまた、次に身分の高い女性と、というふうに、踊る人はみな二度ずつ踊ったとのことです。巧みな踊り手は賞賛される一方、せっかくお披露目の機会を得ても、一度惨めな失敗をすると、その後長いこと周りの人に嘲笑われ、大変な屈辱を味わったもののようです。(浜中康子『栄華のバロックダンス』p.13-19参照 音楽之友社 2001年)
・・・私なんかも初めてゴルフをさせられたとき空振りの連続で大いに笑をとってしまったものですから、それきりもうゴルフをやろうだなんて気は起こしませんでしたけれど。

17世紀後半〜18世紀、ヨーロッパの宮廷として最も華やかだったベルサイユでも、かく手狭だったのだそうですから、ドイツ辺りはどうだったのでしょう?

さらに重ねて、フランスでは貴族たち自身が踊る舞踏会はもちろん、先に見て来たように、バレとして演じられる宮廷芸術としての踊りも大変愛好されました。オペラの序曲として用いられたウヴェルテュール Ouverture も、元は踊り手の入場のゆったりした音楽(アントレ)に速いテンポの舞曲が続いた形のものでした。
リュリの名声とともにドイツに移入したOuvertureは、オペラやバレの入口の音楽としてではなく、フランスでは「序曲」の役割を果たしたアントレ〜早い舞曲、に続けて数曲の舞曲が続くかたちで、沢山の作曲家に手がけられることとなりました。

バッハの有名な4つの「管弦楽組曲」も Ouverture と名付けられています。

こんにちではPartitaとかSuiteと呼ばれる音楽も「組曲」と訳されていますけれど、Suiteとなると、Ouvertureの序曲に相当する部分は含まれない、みたいな感覚で捉えられていたフシがありますし(「いくつかの”Ouverture”と”Suiten”からなる12の音楽的”Concert”」というタイトルの作品があったそうです。佐藤望『ドイツ・バロック器楽論』p.200参照 慶応義塾大学出版会 2005年)、Partitaは本来は「曲集」程度の中立的な意味で用いられたようです(同 p.10参照)。
「序曲と舞曲」の繋がりがOuvertureで総称される場合には、ドイツの音楽家達は、そこにフランスの風情を感じとっていたかと思われます。

ひとつの、あこがれだったんでしょうかね。

様式の話は難しいので深入りしませんが、このフランス的な風情を目指した作品としてのOuvertureは、独立した器楽作品としては、もっぱらドイツ圏で産み出されています。

たくさん作られているうちに、ドイツのOuvertureの、文字通りの「序曲」部分は、幅の広い最初の部分に次ぐテンポの速いところは舞曲ではなくフーガに変わってしまいました。1706年には既に、ニートという理論家の説明はこうなっています。
「”Ouverture”一般は、たいてい偶数拍子の16、20、24小節、あるいはときどきそれ以上の長さの部分で始まり、この部分が繰り返される。その後偶数拍子から3拍子あるいは(最初の部分より)快速な拍子に移る。その部分はフーガで継続される。このフーガは50から80、100小節かそれ以上である。最後には再び偶数拍で、最初の繰り返し部分よりさらに遅い拍子に入る。」(佐藤著 p.245)

バッハの管弦楽組曲4作はもちろん、文教大学室内楽の皆さんが演奏した経験のあるフックス(Johann Joseph Fux 1660-1741)のovertureも、テレマン(Georg Philipp Telemann 1681-1767)の「ドン・キホーテ」も、序曲の主部はフーガになっています。舞曲を伴わない、本来的な意味での序曲であるオラトリオ「メサイア」の序曲でも、ヘンデルは同じように主部をフーガに仕立て上げています。

Ouvertureの作例には優雅なものも豊富にあり、探してみたら面白いと思います。

北海沿岸のフリースラント出身で、ドイツ中央部のテューリンゲン方面で宮廷楽長をしていたというエルレバッハ(Philipp Heinrich Erlebach 1657-1714)のト短調のOuvertureは、主部はニートの説明通り3拍子ですが、フーガになってはいません。


I. Ouverture
II. Air Entree
III. Air Gavotte
IV. Air Menuet qui se joue alternativement avec le Trio - Air Trio
V. Air La Plainte
VI. Air Entree
VII. Air Gigue
VIII. Chaconne

Ouvertureの次にあらためてAir Entree(エア・アントレ)と入場の音楽が持って来てあるところ、実際には踊られた音楽ではなかったかも知れませんが、舞台を意識したのかなあ、と感じさせられます。

名前がまるでイタリアのものであるジュゼッペ・アントニオ・ブレシャネッロという人にもOuvertureの作例があります。この人はボローニャ出身ではありますが、ミュンヘンのバイエルン選帝侯のヴァイオリニストを皮切りにシュトゥットガルトでカペル・マイスターを務めた人です。この例では序曲主部はフーガです。

単にOuvertureとだけ称するものが断然多数を占めるのですけれど、興味深いのは、「ドン・キホーテ」同様、Ouverture一作でひとつの物語なり世界観を形作るものも見られることです。

本当はそうした例をなるべく拾って記事にしたかったのですが、タイミング悪くインフルエンザで寝込んで仕入れ作業が出来ませんでした。
ですので、手元にあるCDからだけご紹介をしておきます。

51fa6ze730l “Don Quixote in Hamburg”
Elbipolis Barockorchester Hamburg 2005年 RAUM KLANG

Amazon.jpで残念ながら「再入荷見込みがたっていない」と出てくるのですけれど、Naxosで聴けます。

http://ml.naxos.jp/album/RK2502D

これには標題的なOuvertureが4つ収められています。

うち2作がテレマンのもの、そのうちひとつが「ドン・キホーテ」で、もうひとつは「争い好き」というタイトルを持っています。
ほかにマッテゾン(1681-1764 ドイツの有名な音楽理論家で、ヘンデルと仲良しだった人)の「カスティーリャ・イ・レオン王エンリケ4世の秘密の事件」とかいうOuverture、コンティ(Francesco Bartolomeo Conti 1681-1732)の「シエラ・モレナのドン・キホーテ」というOuvertureです。
ただし、コンティの作品は、実はヒットした彼のオペラから編みなおされたOuvertureですから、ちょっと毛色が違います。なぜこのかたちでOuvertureが編まれているのか、私には経緯が突き止められません。とはいえこの人も、イタリア人でありながらハプスブルク家に雇われてウィーンで活躍した人ですから、こうなる必然性はあったのかも知れないなあ、と思います。このCDには、同じく「シエラ・モレナのドン・キホーテ」からバレエ音楽を6曲抜き出したものも収められています。
(”Don Chisciotte in Sierra Morena”で、YouTubeでオペラ全曲も検索することが出来ます。)

テレマンには「証券取引所」というOuvertureもあります。
http://tower.jp/item/4570887/

もう少しいろいろ見つけたかったのですが、今回は、こんなところですみません。

ともあれ、こうやって探していて思うのですけれど、ドイツでOuvertureを作った人たちは、実際の踊りはどれだけ見たのでしょうね・・・

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2018年3月 3日 (土)

【読書・鑑賞案内】オペラは踊る〜ラモー『優雅なインドの人々』〜レパートリーを広げるヒント(2)

綴ったものを読み返すと、
「長くて面倒くせぇなぁ、もっと分かりやすく出来んのかい」
と、自分で自分にがっかりします。

ともあれ、フランスのコメディ・バレからは、一つの場面についてまとまった器楽合奏(アンテルメード)を抜き出せることを見てもらいました。その延長の話になります。

アンテルメードはフランスではディヴェルティスマンとしてオペラに引き継がれて行きます。すでにコメディ・バレでもそうではあったのですが、幕間劇的要素は失せて、文字通り気晴らし的要素が高くなっています。

Lemaladeimaginarie 実質、最初の立役者と言っていいリュリは、この前は悪いことはあんまり言いませんでしたけれど、やっぱり悪い人で、太陽王ルイ14世の寵愛を笠に着て、
「王立音楽アカデミーに於いては、今後リュリの許可なしに、2つ以上の歌、2人以上の楽器奏者を用いてはならない」
みたいな禁令の勅許を得てふんぞりかえりました。
これが直接にはリュリとモリエールの訣別につながり、モリエールは王から勅許の撤回を取り付けると、もはやリュリの協力は仰がず、アンテルメードの作曲者には当時二十代のシャルパンティエを起用して『病は気から』を上演しましたが、その上演の最中にモリエールは亡くなってしまい、残されたコメディ・フランセーズのメンバーはリュリの課してくる制限(王立音楽アカデミー以外での歌い手は2人、ヴァイオリン奏者は6人以下)と悪戦苦闘することになります。
https://www.amazon.co.jp/dp/B071KWQW5H/

リュリのとんでもないこんな独占欲からすると、フランスの劇場は一気に衰えたのではないか、と想像してしまいますが、そうはなりませんでした。

リュリは悪い人でしたが、才能が、ずば抜けていました。

彼の音楽悲劇は「王のオペラ」と呼ばれるとおり、ギリシャ神話や中世の伝説を素材に、王の権力を賛美するものがもっぱらではありました。
脱線しますが、日本なら「権力者は死後神になる」みたいなことが出来ましたけれど、キリスト教国家ではそうはいきません。本来は人間性の再発見のためにオペラ作家に持ち出されたギリシャ神話の素材が、リュリにあってはまさに、王を神に至らせるものであった、ということが出来るかと思います。
戻りますと、王権を賛美するオペラでありながら、リュリの音楽悲劇は、それによって、むしろ高い質を保つことに最大限の努力が払われています。

まず、台本が簡潔です。彼に台本を提供し続けた作家キノは、コルネイユやラシーヌの半分の語彙数、半分の行数で劇を仕上げ、
「限られた数のありふれた表現と自然な想念でもって、まことに美しくて心地よく、しかもどれもまったく異なった作品を」
作り続けたのでした(シャルル・ペローによるキノへの賛辞〜いささか混み入った論争に絡むものですが。内藤義博『フランス・オペラの美学』p.32)。

そして、その簡潔な言葉に対し、自然なイントネーションで曲が付けられています。そのため、おのずとレシタティフ(「語り」の歌唱)が多くなるのですけれど、乾いた語りで終わるのではなくて、言葉の感情的な盛り上がりに従って、いっそう歌らしいアリオーソ(後世の人の呼び方)へと変じていく。劇がなめらかに流れてく仕掛けになっているのです。

こうした優れた特質から、リュリのオペラは、革命前夜までフランスのオペラの規範となり続けたのでした。
なかでも『ペルセー』(メドゥーサの首をとって、アンドロメダを怪物から救い出したペルセウスの伝説が素材)は、初演の88年後、ルイ16世とマリー・アントワネットの婚礼祝いでも上演されていて、その際の音響を再現した演奏もCDで出ています。リュリのオリジナルでは感じにくいのですが、1770年版はところどころモーツァルトを思わせる響きがしたりして、興味深く思われます。
https://www.amazon.co.jp/dp/B01NC365C7/

『ペルセー』のオリジナル音響(?)はこちらに上演映像があります。
https://youtu.be/vpORinLnFug

別の作品ですが、バロックの上演の再現をこころみた『カドミュスとエルミオネー』
https://youtu.be/6wC5wZYy85M

どちらも長いので、お時間が許しご関心も向いたときにご覧下さい。
どちらにも豊かなディヴェルティスマンが挟まれていて、それを抜きだしてもまた、面白いプログラムが組めそうなのがお分かり頂けると思います。
バロックアンサンブルでは、現にオペラからディヴェルティスマンを取り出して組曲を編んだものを、よく演奏しています。

リュリの IMSLP上のリンク〜楽譜を眺めて見て下さいね。
http://imslp.org/wiki/Category:Lully,_Jean-Baptiste

Lesindesgalantes 1687年に没したリュリのあと、少し時間を置いてフランス・オペラのビッグネームとなるのは、ジャン=フィリップ・ラモです。
ラモはまず理論家として著名になった人で、オペラはなんと51歳になって初めて書いたのでしたが、それから亡くなるまでに、音楽悲劇4、オペラ・バレ6、英雄的牧歌劇といわれるもの3、コメディ・バレ1、音楽喜劇2、と多くの劇音楽を発表し、発表されなかった音楽悲劇3、牧歌劇1をも書き残しているとのことです。
オペラ・バレ『優雅なインドの人々 Les Indes galantes』はラモの劇音楽としては2作目ですが、当時関心が高かった異国情緒を全編に盛り込んだ、舞踊の豊富な出し物として好評を博しました。
「インドの人々」と言いながら、インドの人々は登場しません。
幕開けはギリシャ神話の愛の女神たちが行ないます。
第1幕の舞台はトルコです。
第2幕は「ペルーのインカ人」。
第3幕はペルシアが舞台。
第4幕は「未開人たち」とのタイトルで、アマゾン族の美女にフランスとスペインの士官が言いよるものの、現地人の恋人に破れる、でも仲良しになる、みたいな話です。
第3幕以降は、本オペラ・バレの好評再演で順次書き足されたものです。
DVD等は何種類かありますが、私の見ているのはこれです。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0009S4EQO/

オペラ・バレのほうは、音楽悲劇よりも舞曲がまとまって登場したりするためか、組曲に編みなおされた楽譜もIMSLPにアップされていたりします。オーボエやトラヴェルソ、バスーンが入るものの、弦楽合奏だけに仕立てなおすのも、そう難しくなかろうと思います。
http://ks.imslp.info/files/imglnks/usimg/c/c0/IMSLP270926-PMLP59117-IndesGalantesSuites.pdf

ちゃんと確認していないのですが、この楽譜を演奏したものでしょうか? 43分かかるので、お時間がある時にでもリンクをクリックしてお聴き下さい(フランス・ブリュッヘン/18世紀オーケストラ)。なかなか面白い音響です。(途中に広告が入るかも知れません、スキップして下さい。)
https://youtu.be/EnC9bVczc0E

実際の上演映像から、終幕手前の部分です。


上演当時の様子を復活しているわけではありませんが、踊りの背景の音楽に、少なくとも過ぎし日のヨーロッパの異世界観が歌い込まれているように思います。

なお、ラモの音楽観は有名な啓蒙思想家ルソーが目の敵にしていたものでもありまして、ルソーの『告白』とか読むと、ラモの悪口がいっぱい出てきます。じゃあ、なにがそんなに目の敵だったのか、を野次馬したいときに格好の本が、おととし岩波文庫になりました。

ルソー『言語起源論 旋律と音楽的模倣について』増田 真 訳
https://www.amazon.co.jp/dp/4003362373/
今は、ご紹介にとどめます。

フランス・オペラの凄いところは、なんといってもイタリア語のオペラが世界を席巻しているときに、自国語で、しかもお客さんに分かりやすい言葉でオペラを作っちゃったところなんですよね。でもこれ、フランス語が身に付いていないと、本当には分からないのではないかと思います。・・・私には分かりません(泣)。
少しでもその意義を知っておきたいときには、さきほどペローがキノへ贈った賛辞を引用した本に目を通すとよいでしょう。ただし、そこそこお値段の張る単行本ですので、もし図書館にあれば。

内藤義博『フランス・オペラの美学 音楽と言語の邂逅』水声社 2017年
http://www.suiseisha.net/blog/?p=7643
https://www.amazon.co.jp/dp/4801002862

内藤さんのホームページを見つけました。
http://rousseau.web.fc2.com/

ついでながら、バロック〜古典派オペラ全般の歴史について、いちばんいい本は文庫化もされていたのですが、いまは絶版のようです。

戸口幸索『オペラの誕生』東京書籍 1995年 平凡社ライブラリー 2006年
https://www.amazon.co.jp/dp/4582765734/
古本で買うなら、文庫ではない方がお薦めです。

いっぽうで、言葉が物語を進めるオペラの中に、エンターテイメント要素をたっぷり注ぎ込んだのも、フランス・オペラの真骨頂です。
ラモーのあと、フランス・オペラの中で、音楽の表現力を高めたのはグルックでしたが、最初にウィーンで上演された彼のイタリア語オペラ『オルフェーオとエウリディーチェ』は、パリでフランス語で上演されるにあたって、そのための改訂の他、舞曲が大幅に書き足されています。舞曲の豊富さが、言葉なしでもフランス・オペラを楽しませる上で、大きな役割を果していたことが分かります。
果ては19世紀にかのヴァーグナーが『タンホイザー』のパリ上演にこぎ着けるために、序曲のあとに壮大な踊りの場面(バッカナール)を書き足したのも、有名な話です。

オペラの口開けで演奏される、リュリが確立させたフランス風序曲(ウヴェルテュール ouverture 開始)も、宮廷バレのアントレ(導入)にアルマンド(二拍子系)やクラント(三拍子系)をつなげたものが淵源のようです。
ドイツのフローベルガーの鍵盤楽器曲に始まる「組曲」ですが、おそらく大規模で華やかな劇場は持たなかったドイツでもっぱら管弦楽による組曲(ウヴェルテュールに数曲の舞曲が続くのが基本)が発展していく背景には、ドイツ諸侯から見た、絶対王政華やかなりしパリ宮廷への憧憬もあったのではないか、と思います。
管弦楽組曲の担い手はテレマン、バッハ、(対位法の教科書で有名な)フックス、といったあたりになります。今回と合わせるといっそう冗長になりますけれど、次回は少しこの組曲あたりを見ておこうかと思っています。

フランス・オペラのことを綴っていて思い出すのは、もう二十年以上も前に、妹に連れられて見た、宝塚歌劇団『ベルサイユのばら』です。ストーリーは本編の後日談みたいだったようなのですが記憶にありません。ひととおりお芝居が終わったあと、メンバーが華やかな雛壇をいっぱいに埋めて、きらきらと歌い踊る。もう、その情景が、音を持たず動きだけで脳裏によみがえる程度ではあるのですが、大掛かりに繰り広げられる踊りというものが、こんなにもインパクトが強いものなのか、と、思い知らされたものでした。
アンテルメードやディヴェルティスマンを抜き出して演奏するときは、踊りもつくと、面白いかも知れませんね。

まいどお退屈様でした。

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2018年2月24日 (土)

【読書・鑑賞案内】歌謡ショー? 吉本新喜劇? リュリ『町人貴族』〜レパートリーを広げるヒント(1)

(カテゴリを「読書・鑑賞案内」に統一しました。)

The music’s purpose is to reach you.(M.T.Thomas)〜前回をご参照下さい。

演奏会をやる究極の目的が、聴きに来て下さるかたへ「語りかけること」なのだとすると、何を・どう語りかけるか、が大切になるかと思います。

・語るメッセージを自力で探す(人に選んで頂いたものでも、その意義が分かる)
・メッセージを伝える環境を自力で作る
・メッセージが伝わる幸せを実感する

が、そのためのプロセスになることでしょう。

ほんとは、気になるのは「語りかける技術が私にあるだろうか?」
かも知れません。
けれど、最初に必要に迫られるのは、「語りかける勇気」なのですよね。
心配はあとにしましょう。
語りかけたい、語りかけようという心が、どうやったら自分の中に芽生え、きちんと根付くか、が、何よりも大切ですし、それがなければ面白くも何ともない。

前に、クラシックで括られる音楽は、実はいろんなジャンルのひしめきあいだ、と言いました。
クラシックのどんなものが、今の日本の音楽ジャンルだと(おおよそ)何に似ているか、並べてみました。
これからしばらくは、実際に、そうしたジャンルに沿って、バロック期を中心に、面白そうなものをピックアップしましょう。
面白がってもらえて、レパートリーを広げる~演奏会でお客さんに伝えたいのはどんなメッセージなのかを見つけるヒントになればいいなぁ、と願います。


さて。
子供の頃の私は、祖母に連れられて、何度か歌謡ショーに行きました。
一人の歌手だのグループだののショーでしたが、最近のライヴと違うのは、トークを挟んで歌が並べられている、というのではなく、小さな劇や踊りが演じられたことだったでしょうか。演歌ショーなんかだと今でも時代劇風なものが演じられるのかな?
極端に言えば、そのご先祖様みたいなのが、インテルメディオです。(叱られるかな?)

前回、16世紀末のイタリアでは、インテルメディオ(幕間劇)というものが音楽家の競い合いの場になっていたことも見て聴いてもらいました。このインテルメディオの場を提供したのがメディチ家だった、と簡単に触れました。具体的には、それはメディチ家の大公フェルディナンド1世さんとフランス貴族の娘クリスティーヌさんの結婚披露宴だったんです。
(・・・クリスティーヌ、って聞くと、私は、マイキーのパパが昔の恋人の名前クリスティーナを連呼する場面を思い出してしまうのですが・・・わかりませんよね、「オー! マイキー」知ってます?・・・はい、すいません!)

メディチ家とフランスの王家公家は当時とても繋がりが深かったので、その縁で、インテルメディオはフランスのお金持ちの間でも流行のフォーマットになりました。ただし、フランス貴族たちは踊りが好きだったので、フランスではインテルメディオは、もとから盛んだった「バレ(バレエ)Ballets」に吸収されて、パリやヴェルサイユに腰を落ち着けます。(バレは、全部踊りの曲で構成されたわけではありません。)

21zas5wjnql 『王は踊る』という映画をご存知でしょうか?
世界史の教科書に「太陽王」のあだ名で登場するルイ14世は、若い頃、自らが踊ることをたいへん好みました。映画は、そのための音楽を提供したリュリ(1632〜87)と王の関係を、ちょっと倒錯的に描いた、アダルトコミックっぽいストーリー展開です。

https://movie.walkerplus.com/mv31995/

見事な映像のこの作品のストーリーの真偽はともかく・・・史実に基づくエピソードは、うまく幾つも取り込まれてるんですけど・・・、ルイ14世の踊り好きが、王のお気に入りだったリュリの創作活動前半を、豊富なインテルメディオ(アンテルメード)〜ディヴェルティスマン(divertissement 気晴らし)で埋め飾ることとなりました。
白眉は、リュリが大喜劇作家モリエールと組んでルイ14世のために作った、コメディ・バレでしょう。音楽はそのアンテルメード部分に豊かに挟み込まれています。
それらは単に踊るための音楽ではなく、耳にするだけで愉快な歌を豊かに盛り込んでいます。歌謡ショーの先駆ですね。

有名な『町人貴族』(1670年)の他、『強制結婚』(1664)、『魔法の島の歓楽〜エリスの公女』(1664)、『恋は医者』(1665)、『ムッシュ・ドゥ・プルソニャック』(1669)、等々、モリエールとリュリのペアはルイ14世の重要な催し物があるつど、精力的に、コメディ・バレ作品を提供し続けました。

ところがルイ14世は1670年2月4日に催されたカーニヴァルの催しには踊りに現われず、以後人々の面前で踊ることはやめてしまい、この日のためにペアが用意した『気前のいい恋人達』(コメディではない作品でした)は空振りに終わります。モリエールとリュリのペアも金銭トラブルをめぐって2年後には解消、その翌年にモリエールは51歳で逝去します。先日の大杉漣さん同様、最後までお芝居をして、直後に倒れて、共演者にみとられて亡くなったのでした。
以後、リュリはルイ14世の嗜好の変化に追随し、死の年まで次々と大作オペラをものにしていきます。それらはフランス語の扱い方がとてもよく考えられていて、フランスオペラの原点として後々まで敬意を払い続けられることになりました。

モリエールとリュリによるコメディ・バレのエッセンスをCDで聴くことが出来ます。(*1)
ひとつひとつは小さな抜粋ですが、どれも特徴的な場面を巧みに選んであります。
https://www.amazon.co.jp/dp/B071H9XH35 
(「リュリ:コメディ・バレ名場面集」ルーヴル宮音楽隊 1987年録音 ERATO WPCS-16305)

その中から、『町人貴族』の有名な一場面がYouTubeにも上がっていましたので、埋め込んでおきます(12分52秒)。
こんな場面です:トルコ人達が儀式のために行進して来て、アッラーと何度も唱え(イスラームのかたにとっては音楽が軽率な響きでしょうけれど、現代とは切り離して下さい)、連れて来た町人が何を信仰しているかで大僧正と問答をする。町人は(偽)イスラム教徒で(偽)トルコ人、(偽)貴族のジュルディーナである。このジュルディーナを(デタラメに)祝福する儀式が執り行われ、終わると大僧正とトルコ人達は引き揚げていく(第4幕と第5幕の間の、第4アンテルメード。ジュルディーナなる人物のセリフは一切ありません)。

・・・バロックの音楽に聞こえます?

『町人貴族』を見る・本で読むときに参考になるドキュメントもネットにあります。

跡見学園女子大学文学部紀要 第 44 号(*2)

ところで、『町人貴族』が書かれたいきさつは、こうです。
1669年、オスマントルコからフランスに使者が来ました。この使者、実はたいした役目もになっていなかったのですが、大使と勘違いしたフランス側は贅を尽くしてこれをもてなし、あとで間違いに気付いて大いに屈辱を味わったのでした。ルイ14世が腹いせにモリエールとリュリにトルコの風俗や衣装を取り入れた作品を作るように命じて、生まれたのが本作だったのだそうです。(※ 専門家である内藤義博さんの解説をご覧下さい。 http://rousseau.web.fc2.com/jopera/jbourgeois.htm
(10月に生まれた本作よりもずっと前の2月に、例の、王が踊りに現われなかった『気前のいい恋人達』が演じられていますので、モリエールとリュリのペア活動はその後も切れずにいたことが分かります。)
アンテルメードだけではない、『町人貴族』全編を、初演された時代の雰囲気の再現を試みて上演されたものも、YouTubeに上がっています。ただし全部見るには3時間半かかります。上の場面の映像は2時間22分23秒からです。そこから再生されるように埋め込んでおきます(なんかうまくいかないな・・・すみませんが手動で2時間22分23秒あたりまで戻して下さい)。音楽は重複しますが、舞台で演じられるところも、興味があったら見て下さい。
どうでしょう、歌謡ショーというより、吉本新喜劇のほうが近いかな?

偽貴族ジュルディーナ(主人公のジュルダン)はモリエールが、怪しい大僧正はリュリが、それぞれルイ14世の前で演じた由。
モリエールは本職の役者さんでしたが、リュリもコメディ・バレでは演技達者なところを時々披露して人々に感嘆されていたのだそうです。リュリは性格が悪かった、と伝えられているんですけれど、深くつき合わなければ面白い人だったのかも知れませんね。

この映像には日本語字幕も出るDVDがあります。
https://www.amazon.co.jp/dp/B00E5AMEUU/
(デュメストル指揮 ル・ポエム・アルモニーク 2004年収録)

コメディ・バレには豊かな音楽と舞踊があったのですよね。そこが吉本新喜劇と大きく違います。

コメディ・バレに挟まれたアンテルメードを抜き出せば、劇の場面の愉快さをアピールできる良い材料になります。こうしたものを、もし弦楽合奏でやるときには、歌の部分を各パートのソロとすることになるでしょうか。コレルリが望んだように、楽器に語らせるのです。試してみてもいいとは感じませんか?

「いや、やっぱり独立した舞曲でも集めたものの方が・・・」

そうですか。
であれば、この後のフランスオペラに、ふさわしい材料があります。
それのご紹介は次回にしますね。

81hh57tjqal_sl1200_ 『町人貴族』は、20世紀に入って、ドイツの詩人ホフマンスタールが翻案を書き、R.シュトラウスが音楽をつけて、バレエとして上演したものがありました。
本来は、ホフマンスタールがモリエールの原作を換骨奪胎して『ナクソス島のアリアドネ』という劇中オペラを挟んだ台本を作成した演劇だったのですが、演劇の間にオペラを挟むのはバランスが悪く、オペラはオペラとして独立し、演劇部分はバレエに書き換えられました。伝記類ではそのあたりの事情があまりよく分かりません。『リヒャルト・シュトラウス ホーフマンスタール 往復書簡全集』みたいなもので追いかけていって、初めてよく分かります。いまは脱線になってしまいますので、いずれ機会があればおしゃべりしましょう。
この、R.シュトラウス版『町人貴族』(組曲版)とリュリが『町人貴族』につけた音楽を、1枚で比べて聴けるCDがあります。ひとつの団体が、シュトラウスのほうは完全に現代オーケストラでの演奏、リュリの方は古楽奏法での演奏(楽器は恐らく現代のもの)をしているのが驚きですが、いい演奏です(*3)。
なお、シュトラウスの組曲にはリュリ作品からの編曲がふたつ入っているのですが、5曲目のメヌエットはダンス教師が主人公ジュルダンにステップを教える場面のもの、7曲目(クレオントの登場)は別のコメディ・バレ「ジョルジュ・ダンダン」中の音楽とのことです。

Le Bourgeois Gentilhomme
NORWEGIAN CHAMBER ORCHESTRA
LAWO LWC 1143 (2016年録音)
https://www.amazon.co.jp/dp/B077KJP8BK

ついでながら、ホフマンスタールは綺麗な詩を書いた人です。
今日の最後には、その翻訳(川村二郎訳、岩波文庫『ホフマンスタール詩集』赤457-2)から抜き出して載せておきましょう。モリエールの喜劇精神にも通じるものがあるように感じましたので。

  おびただしい運命が わが運命のほとりではたらき
  存在の手にかなでられ すべては入り乱れたしらべを歌う
  そして その中でのわたしのかかわりは この人生の
  かぼそい焔やひびきかすかな琴よりも 甲斐あるものなのだ

  (Manche freilich.... 邦題「もとより中には・・・・」)


*1:このCDに収録されたアンテルメード等は次の通りです。
   「恋は医者」〜序曲(シャコンヌ)・終景
   「魔法の島の歓楽」第2日:エリードの王女:第1アントルメード抜粋
   「ジョルジュ・ダンダン」〜羊飼いたちのエール 他2曲
   「プルソニャック氏」〜第2アントルメード後半、第3アントルメード
   「パストラル・コミック」〜第1アントレ、第2アントレ
   「町人貴族」〜トルコ人たちの儀式
   「気前のいい恋人たち」〜序曲、田園劇、
     牧神と森の精のためのメヌエット、
     アポロンのアントレ(ルイ14世が踊るはずだったもの)

   なお、フランス古典喜劇でのモリエールの位置づけについては
   ロジェ・ギシュメール『フランス古典喜劇』(文庫クセジュ 820 )
   を読んでみて下さい。

*2:リンクのドキュメントは『町人貴族』の各場面を理解するのに有益です。引用や参考で引かれたフランス語も(日本語訳もついていますし、語彙も)分かりやすいものです。ただし『3−4.第二幕第四景」に出てくるラテン語は、デュオニシウス・カトーという人物に仮託された二行詩の格言集にある言葉です。三世紀頃の書物だと推測されていますが、中世ヨーロッパでは道徳教材を兼ねた初歩のラテン語テキストとして著名でした。エラスムスが最初の校訂本を出版している由。説明の中の「母音字で終わる語の後に母音で始まる単語が来た場合、前の語末 の母音字は読まれず」という説明はelisionというものですが、正確にどう発音されたかについては実際には諸説あるようです(國原吉之助『ラテン詩への誘い』p.22参照)。チョーサーの『カンタベリー物語』にも言及があるそうです。デュオニシウス・カトーという人のことは何も分かっていないようですし、単に仮託するために産み出された人名である可能性もあるようです。

*3:収録されたリュリのアンテルメードの音楽の構成を、参考までに載せておきます。(怪しい訳です! 間違いはあとで調べます!)
  1.序曲
  2.リトルネッレ
  3.第1インテルメード:エア〜サラバンド〜ブレ〜ガイヤール〜カナリ
  4.仕立て屋たちの第1エア〜第2エア〜トルコ人の儀式のためのマーチ
  5.第3エア
  6.書物の寄付〜スペイン人のリトルネッレ〜スペイン人の第2エア
  7.イタリア人のリトルネッレ
  8.スカラムーシュの入場
    〜スカラムーシュ・トリヴェリン・アーレクィンのシャコンヌ

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2018年2月17日 (土)

【読書・鑑賞案内】なぜ演奏会をやるの?:『メディチ家の祝祭』&『オーケストラは未来を作る』

音楽とは何か、について、古代人の言葉にヒントを貰ってみたのでした。
こんな感じでしたね。(出典は前回を見て下さいね。)

司馬遷の影武者さん:「楽は心の動きであり、声は楽のかたちであり、調子は声の飾りである。君子はその本(心)を動かし、そのかたちを楽しんでその飾りを治めるのである。」

プラトンさん:「すぐれた語り方と、すぐれた調べと、様子の優美さ(気品)と、すぐれたリズムとは、人の良さに伴うものだ」

で、まず、じゃあ、その音楽というものを、なぜ私たちはやるのか?
「そこに山があるからだ」
と同じみたいな答えでいいんじゃないかなぁ、と、私は最近思うようになりましたが、どうでしょうか?

でも、一人それを楽しむのではない、同好者だけが集まって楽しむというのでもない、お客さんに集まってもらって、演奏会をやりたい、となると、
「なんで演奏会なんかやるの?」
と、また別の問いが出てきます。

今回も、この問いに私なりの答えを用意する、というふうにはしません。私自身も考えなければなりませんから。

で、もしロックなんかでも抵抗がないのでしたら、お暇なときに、こんな映画も見て下さい。

https://www.amazon.co.jp/dp/B0027WLYN6/

宮藤官九郎さんが監督した『少年メリケンサック』。
宮藤さん自身もパンクロックのバンド活動をしているからでしょう、「なんで人前でやるの、やんなくちゃいけないの」が映画全編に炸裂していて、もうめちゃくちゃです。これについてはそれだけ言って、あとはWikipediaの記事に譲ります。あるいは関連する記事をネットで探して下さいね。いろんなこと考えるより、ぱっと答えが出るかも知れません(笑)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%91%E5%B9%B4%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%B1%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AF


以下に紹介するのは、音楽を職業にした・している人の実践の例です。
演奏会をやる、ということの究極の姿は、職業でそれをやっている人の方が見出しやすいかと考えて、そうしました。
ルネサンス〜バロックの端境期のものからひとつ、現代のものからひとつ、採り上げてみましょう。


Medici 1589年5月2日、メディチ家別邸(wow!!!)で、ひとつ喜劇が演じられました。舞台は古代ギリシャのデルフォイ(デルポイ)神殿をかたどっていたそうです。喜劇は5幕から成り立っていました。・・・今は、でも悲劇そのものが本題ではありません。
気晴らしのためだったそうですが、5幕の途中途中にひとつずつ、そして劇の最後にも「幕間劇 Intermedio」というものが演じられるのが当時の慣例になっていて、このときも6つのインテルメディオが演じられました。
インテルメディオのひとつひとつは独唱・重唱・合唱・器楽と、音楽によって構成されていました。
この1589年の祝典のときのインテルメディオ6作は、2年後に楽譜として出版されました。そのおかげで、いまでも再現演奏を聴くことが出来るわけです。
ひとつひとつは10分弱から15分前後、と、さほど大きい規模ではありません。
けれども基本的には1作を一人の作曲家ではなくて二人以上の作曲家が手がけたのが、大きな特徴です(例外もあります)。
6作の多くの部分に曲をつけたのは、マルヴェッツィ、マレンツィオ、という名前の人でしたが、ほんのわずかしか関わっていないカヴァッリ、ペーリ、カッチーニのほうが、いま音楽史ではビッグネームになっています。カヴァッリは最初のオラトリオと言われる『魂と肉体の劇』を、ペーリはこれまた最初のオペラと言われる『エウリディーチェ』を、それぞれ1600年に発表しましたし、カッチーニは『新音楽』という書物と言うか歌集と言うかを出版した作曲家として有名になっています。

もし興味を持って下さるなら、これら6つのインテルメディオを続けて聴いてみて下さい。
何種類か録音されていますが、私が好きなのはこれです。
https://www.amazon.co.jp/dp/B014Q29CJC
(タヴァナー・プレイヤーズ リンク先でサンプルが聴けます。)

ここではYouTubeから、ひとつだけ埋め込みます。

第4インテルメディオ「黄金時代が予言される」(上にリンクしたCDとは演奏が違います。)

10分ほどの短いものながら、3人の手で作曲されています。
・ソプラノ独唱曲(「天から月を落せる私は 高い所にいて天全体を見ている」etc.)はカッチーニ作
・続くシンフォニア(器楽曲)と6重唱(「このふたつの偉大な魂が」)はマルヴェッツィ作
・最後の「暗い地獄の哀れな住人たちよ」という5重唱はバルディという人の作です。

3人の「共」作だとは思えないほど一体化して聞こえますけれど、実態はむしろ「競」作というべきです。
名人芸で歌わせるカッチーニに、マルヴェッツィは緩く始め、浮き立つように変化をつけることで対抗し、バルディはしっとりと決着を付けて、全体を締めくくっています。
(実際にはバルディの作った歌のあとに、音楽のない劇がさらに演じられたもの、と考えられていますが。)
埋め込んだ音声くらいで、どれほどのことが伝わるか分かりません。
それでも、この例に見る「競い合い」を、じかに見た人、聴いた人が、どれだけ歓びの興奮を抑えられなかったか、を、想像してくれたら嬉しいです。

「我こそ真正の音楽を誠に知るもの也」

みたいな気概がぶつかりあって、それをスポーツのゲームを観戦するのと同じようにみんなに見て聴いてもらって、自分(自分たち)の表わすものの価値を分かってもらう。音楽そのものと、それと共に生きる人と、どちらも、の存在価値を訴える。そのために演奏会をやる、というのは、今でも目立つ、ひとつのかたちではないかな、と思っています。(どんな例があるか、類推してみて下さい。)


Orchestramakesfuture もうひとつは現代の例です。
「なぜ演奏会を?」なる、とんでもない問いをテーマに掲げてしまって、はたと困って、なにかいい参考になるものはないかなあ、と探しまわって見つけた、1冊の本です。

『オーケストラは未来をつくる』
(マイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の挑戦)
潮 博恵著 アルテスパブリッシング 2012年
https://www.amazon.co.jp/dp/4903951596/
ご著者による本書の視点の紹介もあります。

・・・この本、もっと早く知っていれば良かったな!
私などもアマチュアオーケストラの団員として、どっぷり弾くことだけに浸かっていますが、それだと外の世界が見えていないもんなんでしょうか。私の視野がもともと狭いのではありますけれど。

そう、自分が、とくに職業としてではなく愛好家として音楽を演奏する立場になると、音楽を聴く耳・見る目が、どうしても演奏している人の姿に集中してしまうんですよね。素晴らしい音楽家だ、と感激して、少しでもその音楽家さんに近づこう、と願うことも、悪くはないとは思います。

でもねでもね、自分を感激させてくれる音楽家さんが、なぜ感激させてくれるだけの創作や演奏を続けられているか、には、ご本人の努力だけではない、たくさんの背景があるはずです。日常生活・家族・友達・お金・環境・・・いろいろ。
それらはけれど、ふつうは外からは見えない。

オーケストラは大きい組織で運営が大変だけに、内情を分析して見せてくれる本も、けっこう出ています。ですので、野次馬するにはいちばんいい材料です。
とは言っても、昔のヨーロッパのオーケストラで団員さんのお給料はいくらだったとか、最近の日本のオーケストラの財政事情はどうだとか、という話が読める程度かな。
一方で、「このオーケストラは素晴らしい」を語っちゃうと、運営の大変さは少しは触れられていますけれど、素晴らしい演奏をすることの大切さをアピールするほうが強くて、あんまりよく分からない。

この本が目についたとき、いままでと同じような情報しかくれないかもなあ、タイトルが明るい分、なんか良さげなことばかり都合良くアピールしてるんじゃないかなあ、と、疑心暗鬼で手にとりました。

めくって、ちょっとアメリカっぽい本の構成に「おやっ?」と思わされて・・・「本書の構成は以下のとおりである」と、各章の主旨を紹介するところから始まっています・・・、第1章がサンフランシスコ交響楽団の、オーケストラの規模の紹介だけでなく、資金調達をどうしているか、そもそもサンフランシスコ周辺はどんな特徴をもつ地域なのか、みたいな流れなので、またビックリしました。オーケストラ本は、資金調達がどうかなんてことはまず書かれていないのが普通だし、拠点の地域がどんなところか、なんていうのは「あなた、読む前に知っといてね」って言われているような印象を受けることの方が多いのです。
これは、と思って、とうとう買って帰って最後まで読み通してしまいました。

ご著者のHP
http://www.sfs.ushiog.com/index.php?FrontPage
オーケストラアンサンブル金沢についても書かれた方なのですね!

読み通せば何か得られる、と私に思わせた決め手は、第1章に早々と出てくる、次の箇条書きでした。
サンフランシスコ交響楽団が掲げた長期経営計画だそうです(p.55 いつ策定したのでしょうね)。勝手に番号を振ります。

1. 偉大なオーケストラになること
2. 偉大なオーケストラであると認識されること
3. コミュニティに貢献すること
4. これらすべてを財政的に履行可能な方法でおこなうこと

ご著者はサンフランシスコ交響楽団の百年史に目を通されて、この条文を見つけ出されたようですが、「よくぞ拾って下さいました!」と、個人的にはたいへん興奮しました。
が、興奮は、抑えましょう。(^^;

アマチュア活動をしていて、自分たちのしていることが何となく閉鎖的に感じられる(自分たちも、お客層も、ひろがっていく気がしない)ことがたくさんあります。
なぜひろがっていかない感じがするのか、って、あらためて考えてみると、2から4までがないんですね。
私たちはとりあえず「偉大な」でなくていいんです。1,2の条文の「偉大」は、「楽しい」とか「面白い」とか置き換えがききますよね。「オーケストラ」というところも「私たちの小さなサークル」みたいに、いろいろ変えられます。そんなふうに置き換えてみたら、どうか。・・・まだそこまでイメージしながらは読めていません。が、続く章で、これらの長期経営計画がどう実現するように考えられて来たか、どう実現したか、この先どうしていくのか、を、この本は具体例で示してくれていて、それがとても私を引き込みました。

あとで見ましたら、Amazon.co.jpでもレヴューがオール5ですね。
私もレヴュー入れるなら当然5です。(恥ずかしいので入れませんけど。)
私も含む素人(失礼!)がみんな支持している。素晴らしいことです。
(ただし少なくともレヴューを入れている中のおひとりは、本書が出来るにあたってもお力添えなさったかたで、ブログでも本書を紹介なさっています。 http://mariyoshihara.blogspot.jp/2012/10/blog-post_14.html

この素晴らしい成功例に感激して、自分たちも身近に挑戦したい、と私たちが考え出すのもいいでしょう。

そしてそのとき心に留めておかなければならないことも、本書のインタヴューに登場するかたが、しっかり、具体的に語って下さっています。

「・・・成功にせよ失敗にせよ、どこかの都市の事例を他にそのままあてはめて考えることには慎重でなければならないと考えています。都市の事情はそれぞれが大いに異なっていますし、違いはどんどん大きくなっています。」(ブレント・アッシンク氏へのインタヴューのなかから。p.228。アッシンクさんは、そんな中で何を大切にして挑戦して来たか、をこの前後で語っていらっしゃるので、それを併せて読んで下されば嬉しく思います。

この言葉で思い知らされるのは、人の芝生の青さに引かれるのもいいけれど、自分の芝生は自分で青くしようと、まず自分の周りをぐるりと見渡す必要があるんだ、ということです。

サンフランシスコ交響楽団は、いまや「難しい」作品の演奏会にでも子供さんまで来て聴き入ってしまうのだとか。
同じくインタヴューから、これは団員さんのお話からの引用ですが、芸術監督のティルソン・トーマスがこう言ったそうです。

「なぜあんなに多くの人が野球などのスポーツ観戦に行くのか。それはルールを知っていて自分でもやったことがあるからだ。だからクラシック音楽も、多くの子どもたちに体験の機会があれば、自分の分かっているものとして身近な存在になる」(p.254)

いろんなトライアルを重ねたサンフランシスコ交響楽団とティルソン・トーマスさんですが、ちょっとはそれを追体験できないかな、と店を探しまわって、本書でも紹介されているオーケストラ版オープン・エデュケーション「キーピング・スコア」(p.147〜)シリーズから、なんとか2タイトル見つけました。
本の方の紹介によれば
「『キーピング・スコア』の各コンテンツは、学校の先生がクラスルームでそれを素材にして授業を展開することが可能なようにデザインされている」(p.162)
のですが、どれどれ、どんなものかな、と、買って来たショスタコーヴィチ交響曲第5番のDVDを見ましたら・・・これはすごい!
ロシア革命やスターリン、時代を彩ったデザインの数々、その中での若い日のショスタコーヴィチの生きた姿、そしてティルソン・トーマスや楽団員さんの作品を巡るフランクな座談が、映像で次から次に場面転換して繰り広げられる。締めくくりが団のセカンドヴァイオリンさんの、とても易しいメッセージなのも、涙なしに見られない思いでした。英語のまま載せます。

Shostacovich’s 5th shymphony, to me, it’s a mirror which represents the life and the era in which he lived. He was the messenger. And I think his music is a hymnal to all of us who lived, survived and passed on. (Zoya Leybinさん・・・団員さんからのこういう語りかけがあるのが、本シリーズの素敵な特徴です。)

もう一タイトルは「幻想交響曲」です。これからじっくり見ます!

他も、と思って探して、YouTubeでチャイコフスキーの交響曲第4番がアップされているのを見つけました。正当なものではないのかもしれないけれど。ただ、DVDの構成からすると、これでも一部分に過ぎません。

https://youtu.be/YqGJv4SVBp4

ベートヴェンの第三交響曲(エロイカ)からの抜粋の方が短いので、こちらを埋め込んでおきます。

他に、ストラヴィンスキーの『春の祭典』、コープランド、アイヴズのタイトルがありますから、私は出来たらチャイコフスキー、ベートーヴェンも含め、それも見てみたいな、と思っています。

Keeping Scoreサイト
http://www.keepingscore.org/

Amazon.jp
https://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&url=search-alias%3Ddvd&field-keywords=Keeping+Score

「なぜ演奏会をやるのか?」から、なんとなく大きく脱線してしまいました。
バロック中心路線からもはずれましたけれど、ご容赦下さい。
「なぜ演奏会を?」は、小さい問いです。そこから見ると、『オーケストラは未来をつくる』は、とても広い範囲のことを扱っています。それでも
「では、私なら、私たちなら、どう考えるべきだろうか?」
「つきつめたら、なぜ、なんで、私たちは演奏会をするのだろうか?」
を、本書は、あとからじわじわ考えさせてくれる、いい材料なのではないかな、と思って紹介した次第です。

貧弱な私の英語力では、聴き取れる内容は全体の10分の1にもなっていないんじゃないかな、と恥じ入るばかりですが、ショスタコーヴィチ「交響曲第5番」版の最後のティルソン・トーマスさんの言葉が心にしみましたので、今回の最後にはそれを載せておきます(字幕に頼りました!)。

The music’s purpose is to reach you.
Inevitably, it will mean different thing to different people.
(略)
What’s left with you when the last note is played?
In the end, the choice is yours.

(Michael Tilson Tomas from “Keeping Score” series,Shostakovich Symphony no.5)

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2018年2月12日 (月)

【読書・鑑賞案内】音楽とは何か〜本:上尾信也(あがりおしんや)『音楽のヨーロッパ史』

連休にかこつけて、来週にしようと思っていた記事をアップしちゃいます。


最近の一連の記事は、ご一緒した文教大室内楽のみなさんに「演奏している曲の背景理解、今後の選曲のヒントになれば」と思って始めたのでした。
なかなか、その主旨に沿った方向に行きません。

文教室内楽さんの演奏はバロックが主でしたが、クラシックに括られている音楽って、実は、たくさんのジャンルがひしめき合っているんですよね。いまのジャンルと比べて言えば、映画音楽(オペラ・劇音楽)・ダンス音楽(舞曲類)・ジャズ(室内楽)・演歌(古典歌曲)・フォーク(民俗歌曲)、などなど・・・言われてみれば「なるほど」でしょう? バロック音楽は特にそれを身近に豊かに味わえる宝庫です。

こういう言いかたは初めてしましたけれど、こうしたことを感じとって、誇りも持って、のちのち外の人へも自分たちを楽しく宣伝もらうのに、土台になればと、まずは音楽の背景にある歴史や特徴を知ってもらうように考えてきました。

いままで、分かりやすい本〜ちょっと難しい本〜CD・演奏の紹介(バロック合唱曲のオムニバス〜ルネサンスからデュファイ〜バロックから『四季』)と進んでましたが、それでほぼ上に考えた流れに沿って来たかな、これで次から選曲のヒントへ、と流れ込めばいいかな、とも思っていました。

でも、そのまえに、やっぱり
「音楽って何? 演奏会はなぜやるの?」
みたいな問いに答えられる用意は、どうしても必要なんじゃないか、という気持ちから、離れることが出来ません。これらは音楽なさるときに、いちばん最初に考えるべきことではないか、とも、常日頃感じています。
なので、汗顔の至りですけれど、それらについて、駄弁をあと2回上積みします。


先に申し上げておくと、本だの録音録画だのは、ご自分の心をいちばん捉えた、どれか一つを、まず徹底して見たり聴いたりすればいいのです。あくまで、そこへ行くための「おせっかい」として綴って来ています。ですから、どれもこれも、とは決して思わないで下さいね。


今回は、またひとつ本をご紹介することから始めて、後半に、そもそも「音楽とは何か」を人間は古代どう考えたか、2つの本からの引用でご覧頂きます。

Ongakunoeuropianhistory 西欧のことに限っても、
「音楽が人間にどう受け止められて来たか」
の全体像を教えてくれる本って、実は日本語で読めるものは皆無と言ってもいいんです(外国語のがどうかは知りませんが)。わりと守備範囲の広そうなものでも、音楽の話だと音楽の垣根の内側にとどまっていて「だからなんなの」と言われたらおしまい、な面もあります。
そんな状況の中で、次の本だけは例外でした。

上尾信也『音楽のヨーロッパ史』(講談社現代新書1499)
(これ、Amazonで1円から買えるんですね!
 https://www.amazon.co.jp/dp/4061494996
 いま絶版なのでしょうか? だとしたら残念です。
 http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784061494992

もし関心があったら、これを図書館から借りるのでも古本で手に入れるのでもいい、読んでみてもらえたら嬉しいです。
普通の音楽史の本とは趣きが違いますから、ちょっと読みにくいかも知れません。
でも、上尾さんが本書のプロローグでお述べになっている言葉は、本書を貫く上尾さんの強いメッセージになっていて、「音楽が人間にどう享受されて来たか」ということだけにとどまらず、そもそも「音楽とは人間にとって何なのか」を考えるとき、たいへんな魅力を持っています。

「音や音楽は人心を掌握する極めて優れた手段である。そしてそのことを歴史は記している。戦争と平和、いずれの時代にあっても、音や音楽は時代を映す鏡であり、時代を動かす杓杖であったのではなかろうか。」(p.7末尾)

この問い(問いとして読むならば)への実証的な回答は、本書の内容を読むことで得られます。

いちおう、目次の大見出し、中身の(私なりの)要約を載せておきます。

Ⅰ 古代の支配する音(古代人の祭祀・戦争での音楽の役割)
Ⅱ 天使の奏楽(中世キリスト教への古代音楽の流入)
Ⅲ 凱旋と祝祭(十字軍以降の戦争を通じての音楽の浸透と規模拡大)
Ⅳ 音の宗教改革(宗教改革期の時代趨勢による民衆への道徳的音楽の浸透)
Ⅴ 戦争と音楽(帝国のお飾りとしての音楽の劇場化)
Ⅵ 国歌と国歌(帝政の衰退による劇場的音楽の担い手の市民国家化)

ここ3回ほど、デュファイとヴィヴァルディの、それぞれの作品の特質の違いを見て、少なくともルネサンス期の音楽は内輪向けっぽくて、バロック期の音楽は劇場向けっぽい、という違いが明らかになったのでした。
それぞれの音楽が生まれた時代を、上尾さんの本に照らし合わせて見てみると、この違いは、世の中の違いをしっかり反映していることがわかります。すなわち、デュファイは上尾さん『音楽のヨーロッパ史』の「Ⅲ 凱旋と祝祭」、ヴィヴァルディは同じく「Ⅴ 戦争と音楽」で描かれた時代の中を生きていたわけです。そしてまさに、その時代の要請する音楽を、それぞれの音楽家は作っていたのです。


時代と追いかけっこをして音楽が産み出され続け、歌われ、奏でられ続けるのは、いったいどうしてなんでしょう。考えたことはありますか?

皆川達夫さんもご著書『バロック音楽』の最初に「音楽とは何か」を書きかけていらしたのですけれど、これは音楽を好きになってしまった人にとって、そうではない人から「なんなのよ」と訊かれても、案外答えようのない、困った問いではなかろうかと思います。

少しは自分なりに答えを用意しておいてもらうために、そもそも古代の人は音楽を何だと思っていたか、について紹介します。

神話や伝説や歴史記録を拾って、楽器はどうだったのか、楽譜のようなものはあったのか、どんな場所で、どんな人たちが歌い奏でたのか、などと探る手もあります。でも、まとめるのは自分の主観頼りになってしまうので、あんまりいい方法とは言えません。(このブログの別の記事で素人なりに数回試みていますし、続きをやるかも知れませんが、今は振り返りません。)

そこで、代表選手に登場してもらいます。
東からは、中国の司馬遷(の影武者)さん。
西からは、プラトン(プラトーン)さん。
この二人は、音楽とは何か、に対する、東西の違いを際立たせる、それぞれにはっきりした言葉を残しています。

ちょっと煩わしいかも知れませんが、お目通し下さい。


まず、東の、司馬遷さん『史記』。
この中に「楽書」というのがあるのはご存知ですか? 題のとおり、音楽とは何かを滔々と記した巻です。ただし、司馬遷のオリジナルは無くなってしまったそうで、いま読めるのは『礼記(らいき)』とか『韓非子 十過篇』とかいう書物を材料に、影武者さん(私の勝手な呼び方)が補ったものなのだそうです。そのへんの詳しいことは知りませんし、立ち入りません。ともあれこの「楽書」が、幸いにしていま、現代日本語訳で読めます(ちくま学芸文庫『史記 2 書・表』小竹文夫/小竹武夫訳 1995年第1刷 以下はこの訳書からの抜書き)。
司馬遷の影武者さんは、こんなことを言っています(行分けや記号付けは、私がしました)。

「およそ音楽がおこるのは、人の心から生まれるのである。
人心が動くのは、外界の物が動かすので、物に感じて人心が動き、それが音声にあらわれるのである
音声はたがいに応じ合って変化を生じ、変化して方(文章 
あや、いわゆるsentencesではなくて、飾りや模様のことをいう)をなす。これを音というのであって、音をならべてこれを歌とし、干・戚・羽・旄(漢字読めなくていいですよ! どれも舞うときに手にするもの・・・したがって「舞」の意味)に合わせる。これを楽というのである。
楽は音によって生ずるもので、その本(もと)は人の心が物に感ずるのにある。
したがって
・哀しく心に感ずれば、その音ははやくてあとが消え、
・楽しく心に感ずれば、その音はゆったりとゆるやかに、
・喜ばしく心に感ずれば、その音はあがって外に散じ、
・怒って心に感ずれば、その音はあらくてはげしく、
・うやうやしく心に感ずれば、その音はまっすぐでただしく、
・愛らしく心に感ずれば、その音はやわらかでやさしい。
この六つは人の性(さが)ではなく、心が物に感じて動いたのである。」
(p.27)

とても自然な内容だと思います。いかがでしょうか。
「楽書」では、この前後にいろんな尾ひれがついて、音楽は特にまつりごとの善し悪しにも大きな影響を及ぼす、と綿綿語り続けられます。それがまとまっているところを引きましょう。注として加えられている部分は省きます。

「楽は心の動きであり、声は楽のかたちであり、調子は声の飾りである。君子はその本(心)を動かし、そのかたちを楽しんでその飾りを治めるのである。」(p.41)

いい君主(文中では君子)が、いい音楽プレイヤーだ、と言っているわけです。「いい君主であるためにはいい音楽が奏でられないといけない」説です。古代の音楽観は為政論との結びつきが強いのです(あとに見るプラトンさんも似ています)。

どんな楽器、どんな音程が、どんな効果を持つのか、についても、様々語られています。でも意外に漠然としていて、深く突っ込んでいません。
いかなる場合に音楽は弊害となるか、どうしたらそうならないか、にも触れています。司馬遷(の影武者)さんのお考えの究極は、これでしょうか。

「楽(がく)は楽(らく)である。それゆえ、これを貪ろうとするのは、人情のかならずしも免れぬところである。楽しめばかならず声音に出、動作にあらわれるのが常で、声音・動作は心術の変化の果てである。ゆえに人は楽しまないではおれず、楽しめば外にあらわさないではおれぬのである。あらわれて道によらなければ、乱れないわけにはいかず、先王はその乱れるのを避けるため、雅頌の楽をつくって人を導き、その辞句を論じてやまないようにし、その音調の曲折・緩急を、人の善心を感動させ放恣の心や邪悪の気が近づけないようにしたのである。」(p.43)

司馬遷(の影武者)さんに言わせれば、音楽が産み出され続けるのは人々の心を安定させるためであって、もともと音楽とは人々の心の正直な発露であり、正直さが激しすぎるときには逆に、それを抑えて穏やかにする、心への働きかけの力も持ったものなのだ(古代の理屈で言えば、上に立つ者の徳の発露だから)、とでもなるのでしょう。


では、西のプラトンさん。
『国家』第3巻で、音楽について、ソクラテスさんに少しだけ、でも詳しく議論させています(岩波文庫の『国家』上巻が引用元です。藤沢令夫訳)。叙事詩の作り・演じられかたの延長であるため、言葉や文芸と切り離されずに話されています。

「・・・歌というものは三つの要素、すなわち言葉(歌詞)と、調べ(音階)と、リズム(拍子と韻律)とから、成り立っている・・・そして調べとリズムは、言葉に従わなければならない。」(398D p.232)

「すぐれた語り方と、すぐれた調べと、様子の優美さ(気品)と、すぐれたリズムとは、人の良さに伴うものだ」(400E p.239)

「そういうことがあるからこそ、音楽・文芸による教育は、決定的に重要なのではないか。なぜならば、リズムと調べというものは、何にもまして魂の内奥へと深くしみこんで行き、何にもまして力づよく魂をつかむものなのであって、人が正しく育てられる場合には、気品ある優美さをもたらしてその人を気品ある人間に形づくり、そうでない場合には反対の人間にするのだから。
そしてまた、そこでしかるべき正しい教育を与えられた者は、欠陥のあるもの、美しく作られていないものや自然において美しく生じていないものを最も鋭敏に感知して、かくてそれを正当に嫌悪しつつ、美しいものをこそ誉め讃え、それを歓びそれを魂の中へ迎え入れながら、それら美しいものから糧を得て育くまれ、みずから美しくすぐれた人となるだろうし、他方、醜いものは正当にこれを非難し、憎むだろうから」
(401D-E p.242)

言っていることは『史記』楽書と似て見えますが、音楽は心から出るものだ、との発想は、プラトンさんにはありません。引用しなかった部分に、実に細かい、旋法やリズム(詩の韻)の区分が入り込んでいて、しかもそうした旋法やリズムは、人の心がどうであるかとはまったく別に、いわば先験的に存在しているものだと見なされているかのようです(まさにイデア論ですね)。
プラトンさんにとって、音楽は人の心から出るものではなく、人以前に存在する、あるもの、なのであって、それが(自然の一員である)人にとって規範的だったり非道だったりするので、結果的に人の心にも(だから、プラトンさんはそうは思っていないのですが、アニミズムに戻っている現代の価値観からすると、人でないものの心にも・・・モノにも心があるのだとすれば!)強く働きかかる、と見ているのです。(モーツァルトを聴かせたお酒は美味くなる、みたいに!)
別の箇所で
「音階の調和をかたちづくる高音・低音・中音の三つの音」(第4巻17、443D p.367-8)
という言いかたをしていることにも気をつけておかなければなりません。

東西の違い、なんとなく分かってもらえましたか?


さて、あなたにとって音楽は、心から生まれ出て来たものだったでしょうか。それとも、天から舞い降りて来て心をとらえたものだったでしょうか。
日本民族は『古今和歌集』仮名序の「ひとのこころをたねとして」のほうかな。
いずれにせよ、聴覚は触覚に近いだけに、直接に人の感性を動かすのが音楽だ、ということは出来るのかな、と、私は思います。
それが人の内から出るとなると、内蔵感覚的ですね。外からならば理念的です。日本の能なんかは、謡も舞も内蔵感覚的ですね。
で、日本の中世の世阿弥さんの言葉なんかも紹介したいのですけれど、主旨からズレるので、当面、東洋の方には以後触れません。

ただ、「音楽って何?」について、いいだしっぺの古代人たちの東西での着眼点の違いが、その後のそれぞれのエリアの音楽の展開の道筋、とくに大通りを、(太い交流が生まれるまでのあいだ)別々に方向づけた点は、意識しておいてもいいかな、と思います。
とりあえず、西洋は理念的、というところは、これからまたいろいろ見て行くときには鍵になるかもしれません。そういう話も先にはするかしれませんし、しないかもしれません(笑)。

またまた、だいぶ長くなりました。
今回は音がなくてすみません。

この次は、非力ながら、「なぜ演奏会をやるの?」を考えたいと思います。
(まだ考え中です。)

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2018年2月 9日 (金)

【読書・鑑賞案内】ヴィヴァルディ『四季』雑談続き/バートン編『バロック音楽』

ヴィヴァルディ『四季』の話を続けます。

このあいだは「春」の聴き比べをしてもらいましたが、「夏」のことを通して、楽譜について少し述べます。

『四季』はたいへんなロングセラー作品ですが、同じトップセラーの「『メサイア』やモーツァルトの『レクイエム』、ベートーヴェンの第九(これらは作曲者の自筆譜が残っています)と違って、原典資料がほとんどない」、と、高名な学者で優れた音楽家だった故クリストファー・ホグウッドが述べています。
『四季』はヴィヴァルディの自筆譜が発見されておらず、20世紀になって出版されるようになったスコア(全部のパートが書いてある楽譜)は、どれも、1725年に印刷されたパート譜(Le Cène ル・セーヌによる)を元にして作られたものです。幸いにして、このパート譜は現在ネットでダウンロードできます[IMSLP http://imslp.org/wiki/Il_cimento_dell%27armonia_e_dell%27inventione,_Op.8_(Vivaldi,_Antonio) ]。
このパート譜には、現在私たちが手に入れることのできる現代版総譜に書き込まれているコメントが既に全部入っています。
コメント、というのは、たとえば「春」の第2楽章でのヴィオラに “Il Cane che grida”(吠えている犬)とあり、ヴァイオリンのソロに “Il Capraro che dorme” (まどろんでいるヤギ飼い~羊飼いじゃないんだわ!)とあったりするように、「春」に付随するソネット・・・おそらくあとから作られたのでしょう・・・の、前回引いた翻訳だと11行目の「忠実な番犬をかたわらに、羊飼いはまどろむ」が音楽の中ではこのヴィオラとヴァイオリンで表わされているのが分かる仕掛けになっています。伴奏のヴァイオリンは「草木のやさしいささやき」になるわけで、これも “Mormorio di Frondi, e piante” と、ちゃんとコメントされています。

こうした情景的なコメントの他に、演奏の仕方に関わるものが稀に出て来ます。
中でも「夏」の第1楽章のヴァイオリンソロ(31小節目)にある “tutto sopra il Canto” は大変重要なものです。

Estate

この箇所、(鳥の)カッコウがけたたましく鳴くさまを描写しているのですが、日本語版の全音のスコアを見ると、“tutto sopra il Canto”はカッコウの歌を指すかのように読めてしまいます。たしかにCantoはイタリア語では「歌」を表わす語彙です。
ところが、37小節目まで進むと、今度はヴァイオリンソロのところに “sopra il Cantino” というコメントが、あらためて入ります。これはいったい、前のコメントとの兼ね合いを、どう理解したら良いのでしょう? 「Cantinoの上で」?。
辞典を引くと(イタリア語のね!)、Cantinoは弦楽器の第1弦を表わす語彙です。してみると、“sopra il Cantino”は「第1弦で弾く」、すなわち、ヴァイオリンならばE線で弾く、ということになります。その前の“tutto sopra il Canto”が有効な場所(31~36小節は、したがって、E線では弾かないわけです。すると、Cantoは、奏法の観点から書かれたコメントだとすると、どうやら「歌」を表わすものではない。
ベーレンライター版スコアでは、“tutto sopra il Canto” は ”all on the A string” と英訳されています。これが正解です。31~36小節は2番線で弾くわけです。残念ながら、日本版スコアでは、このように弾く旨のコメント訳はついていません。

Baroque_2 この箇所の、この弾きかたについて、ヴァイオリニストのアンドルー・マンゼが『バロック音楽 歴史的背景と演奏習慣』(アントニー・バートン編 角倉一朗訳 音楽之友社 2011年第1刷 3,000円+消費税)という本の中の執筆担当箇所で触れています(p.98)。https://www.amazon.co.jp/dp/4276140625/

「・・・ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの4本の弦は(低い方から)basso、tenore、canto(直訳すれば「歌声」)、cantino(「小さな歌声」)、ないしはそれらと似た名前で呼ばれた。」(p.101)

この『バロック音楽』、3冊のシリーズ物で、他に『古典派の音楽』・『ロマン派の音楽』が出ています。
それぞれの時代に音楽やその演奏法がどうとらえられていたか、を広く知るには絶好のものです。ほかにこの手の解説をしてくれている本は、日本語ではまずありません。学生さんには少し高いかも知れませんから、文庫や新書のように気軽に勧められるかどうか、と迷ったのですが、『バロック音楽』の巻だけでも、せめて共同出資して回し読みするのでもなんでもいいので、いちど目を通してもらえたらいいと思っています。
3つのどれもが同じ構成で、「歴史的背景」~「記譜法と解釈」~「鍵盤楽器」~「弦楽器」~「管楽器」~「歌唱」~「原典資料とエディション」という章立てになっています。歴史的背景と原典資料の章はもちろん必読ですが、「私は弦楽器しか弾かないから」あとは弦楽器の章だけ読めばいい、と済ませるのではなく、どうぞ、全部の章をお読みになって下さいね。
『バロック音楽』からいろいろ拾い出したいことがあるのですが、あまりに多岐にわたるので、今回は諦めます。音楽というものの全体像にもう少し話がひろがったときにしますね。すみません。

戻って、『四季」をめぐって、もう少しだけ話があります。
長くなりますが、次へのつなぎに大切なことですので、喋らせて下さい。
(あ、目で聞くおしゃべりですから、シャットダウンは自由にできてしまうわけですけれども。)
上のマンゼが説明している「夏」の部分の演奏法(それはしかもベーレンライター版スコアにも明記されているし、『四季』の最初の印刷譜に、おそらくはヴィヴァルディ本人の要求として記されている)を、いくつも聴いた『四季』の録音の中で実施しているのは、残念ながら、とても悲しいことに、マンゼだけです。マンゼの演奏で聴くと奏法の狙いをはっきり感じとることができますので、出来たらこれも是非耳にして下さいね。CDは前回紹介しています。

実は、『四季』には、パート譜出版の翌年にヴィヴァルディのお父さん(!)によって書かれた手書きパート譜があって、そのことはベーレンライター版スコアの解説でも触れられています。その筆写譜を研究して新たに作られた版での演奏、というのもCDがあり、これがもう、聴くとなんなんだか訳が分かりません(笑)。ヴィヴァルディはたいへんな技巧の持ち主だったようで、この筆写譜には、印刷されたパート譜よりもはるかに複雑で難しいソロが書かれているそうです。新版での演奏というのの録音が、しかし、ごく普通の部分でも従来とはかなり違った激しい演奏をしているので、筆写そのものをどれだけ再現して聴かせてくれているのか、皆目見当がつきません。先ほどの「夏」の箇所は出版されているスコアの指示には従っていません。そのへんもなんかよく分かりません。

このCDです。

            Vivaldi: The Four Seasons & Concertos RV.221, RV.311, RV.496, RV.501<期間限定盤>ラ・セレニッシマエイドリアン・チャンドラー

http://tower.jp/item/4627671/

4947182111994 なんだかんだ言って演奏も面白いのですが、ついている解説がまたすこぶる面白く、バロック音楽とは何であったか、を、ヴィヴァルディに即してよく教えてくれますので、今回の最後に解説のその部分を訳してみます(すぐ誤訳するから英語のまま載せた方が良いのかもですけど!)。

Invention、またはInventioというのは、修辞学上の5分野(※記事末尾参照)のひとつでした。画家はこの概念をその絵画作品へ霊感を描きこむのに使いましたし、作曲家は同様の手順を「形態(フィグーラ、音楽上では「音型」のこと)」を発展させて着想や情緒(アフェクト)を似通った方法で表すための手段としたのでした。おそらくこの技術を、ヴィヴァルディは「調和(アルモニア)と発想(インヴェンツィオーネ)の試み」なるタイトルで引き合いに出したのでしょう。そのように見てみると、ヴィヴァルディのオペラ作曲者としての手腕が『四季』には加味されている、と明らかになります。『四季』の諸作に含まれるたくさんの主題(テーマ)は、バロックオペラのアリアの類型の中に見出せます。鳥(春(1)、夏(1)・・・括弧内は楽章)、嵐(春(1)、夏(1-3) )、眠り/まどろみ(春(2)、秋(2)、冬(2))、狩り(秋(3))、そして戦争(冬(3))。これらに加えて、聴衆と理解し合うための工夫としてオペラ作曲者が(感覚に相対して)用いた様々なアフェクトや概念も見出せます。自然さ、穏やかさ、信仰、愛、憂鬱、希望など。これらのアイデアで、ヴィヴァルディは、よりいっそう、この協奏曲集全体にオペラ的音響構成を施し得たのです。
(Adrian Chandler リーフレットp.7から)

じっさいヴィヴァルディは10以上のオペラを残しています。残念ながらオペラそのものを私は聴いたことがありません。それでも、『四季』のうちの「春」の冒頭部分が彼の手になるオペラ “Dorllia in Tempe”(全曲がYouTubeに上がっているようですが、ちょっと聴き通す時間がありません https://youtu.be/mByETAFibBQ) の序曲の最後に現われるのを耳にして、『四季』とオペラの密着度を知ることは出来ました。

序曲を埋め込んでおきますので、最後の45秒くらいを聴いてみて下さい。


ウケます?
なんか、とってつけたようですね。でも、当時はウケたんでしょうね。これ、オペラの冒頭の合唱・・・やっぱり「春」のメロディになっている・・・に続くんですね。

以上はヴィヴァルディの場合についてでしたが、バロック音楽全般が、Chandler氏の解説の通用するような様相を示していた、と言うことは出来るかと思います。
すなわち、ルネサンス期の、内輪向け的な響きの音楽に対して、バロック音楽の最大の特徴は、劇場的であったことではないか、と私は思うのです。
これは、バロック音楽がオペラの誕生とともに始まる、と音楽史の本に書かれていることとも軌を一にするかと思いますし、その証拠としてモンテヴェルディの作品をあげることも出来るのです・・・が、この次はそこからいったんずれて、古代人の音楽観に触れてみるつもりでいます。ルネサンス〜バロック以降、という枠から当面そんなに離れるつもりはないのですけれど、「音楽とは何か」という、そのおおもとのところを、私たちはよく見つめておくべきではないか、と考えているからです。
懲りずにつき合って下さいますように!

【追加】
上で触れた「手書きパート譜」によって、いままで耳慣れていたのと最も違うのでビックリする箇所のスコアを載っけておきます。
Primavera 分かります?
このとおり実行した演奏を、上のCD以外にまだ知りません。
ご存知のかた、ぜひ教えて下さいね!


※:発見(inventio)、配置(dispositio)、表現法(elocutio)、行為(pronuntiatioまたはActio)、記憶(memoria)
ロラン・バルト『旧修辞学 便覧』(沢崎浩平訳 みすず書房 初版1879年 新装板第1刷2005年 原著1970年)の順番によりました。バロック音楽当時までの修辞学全般の歴史や内容について日本語で読める唯一の本と言っていいと思います。修辞学に興味があったら覗いてみて下さい。音楽上の修辞学というものは限定的であることに気付くかと思います。版元品切れの状態らしいですが、運が良ければ本屋さんで新装版が手に入ります。もしくは、もっと安く古本で買えます。
https://www.msz.co.jp/book/detail/07127.html
後日また参照するかも知れません。

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2018年2月 3日 (土)

【読書・鑑賞案内】ヴィヴァルディ「春」(『四季』をめぐって)

前回は、典型的な「線の音楽」を聴いてみてもらいました。作りをもう少し詳しく説明した方が良かったかも知れませんが、まずは、こういう音楽があるんだ、ということを知ってもらえたなら嬉しいです。

で、また別のを聴いてみてもらおうと思います。

Manze タイトルでもう分かっちゃうのですが、誰でも知ってる「春」〜ヴィヴァルディ『四季』の最初のコンチェルトです。
YouTubeから4つほど埋め込み(ひとつはできませんでしたのでリンク掲載)ますが、10分程度のコンチェルトなので、時間を見つけて4つとも聴いてみて下さい。
時代は前回のデュファイから300年下ります。日本だと、おおよそ、足利将軍の時代(室町時代、能が花開いた時期)からお犬様(江戸時代元禄期)とか暴れん坊将軍(同じく享保期、歌舞伎が花開いた時期)くらいの隔たりです。正確じゃないですけど。それでピンと来なければ、AKBや乃木坂の今(それより新しいの知らなくてスミマセン!)と江戸歌舞伎が始まった頃とほどの時間的隔たりがあったわけです。音楽にも、そんな時間の差がくっきり反映されています。

聴く前から気付いてもらえるでしょうけれど、ヴィヴァルディの音楽には、ほとんど「線の音楽」らしいものは聴き取れません。その点で、初回に紹介した皆川達夫『バロック音楽』にある、当時の音楽は線の音楽だ、という説明は、かなり便宜的なものだ、ということが分かります。
「じゃあ、バロック音楽って、ほんとうは何が大きな特徴なの?」
ということについては、次回に回します。
次回に回す前提として、「春」をいくつか聴いてみてもらおう、と考えました。

皆川『バロック音楽』にも書かれていたとおり、日本ではヴィヴァルディ『四季』が第2次大戦敗戦の15年後くらいに盛んに聴かれ出したことが、その後のバロック音楽愛好に火をつけました。

火付け役になったのがイ・ムジチによる演奏だったことを、知っている人も少なくないでしょう。・・・いや、もう知らないかな?

その端緒となったステレオ録音(先にモノラル録音があったそうですが、私は聴いていません)が、1959年、フェリックス・アーヨのソロヴァイオリンによるものです。YouTubeに全部上がっているのを見つけましたが、全曲になるので、リンクのみ載せます。
https://www.youtube.com/watch?v=zdyHhddZy5k&t=73s
いまでもCDで手に入ります。
DECCA UCCD-51075 1,700円+消費税
https://www.amazon.co.jp/dp/B01MT7SHHY/

ずっと下って、1988年のイ・ムジチの演奏による「春」がYouTubeにありますので、それを埋め込んでおきます。最初は関係ない音がしますし、途中広告がはいったりするので、スキップして聴いて下さいね。

いまでもそうなのかは分かりませんが、中学校の鑑賞教材になっていると、イ・ムジチのこの感じで聴かされたんじゃないかと思います。

イ・ムジチの演奏の仕方は、今でも『四季』演奏のプロトタイプになっていて、最近に至るまで沢山のヴァイオリニストがコンサートで弾いたり録音したりしていますが、みんなイ・ムジチが下敷きになっているように、私には聞こえます。
なかでもアンネ=ゾフィ・ムターは1984年、1988年にも録音していましたが、2007年にも新たに録音しています。
その、ムターの演奏による「春」。新録音頃の演奏でしょうか?
埋め込みができませんので、リンクを貼ります。

https://youtu.be/N_Yq34w_1CY

https://www.amazon.co.jp/dp/B01GW03NTG/

・・・あえて感想などは述べませんが、2楽章のヴィオラについてだけは、もう少しなんとかならなかったものか、と言いたくて仕方ありません。まあ蛇足です。

日本人も何人かCDを出しています。2009年に千住真理子さんのものが出て話題になりました。
https://www.amazon.co.jp/dp/B001NDR6SC/

以上は、最近の言いかたで言うと「モダン」ヴァイオリンによる演奏です。

そうではない、「バロック」ヴァイオリンによる演奏も、しかし決して遅くはない時期に録音が出始めました。アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの録音は1977年になされています。
(モダンの演奏ではついているシャープがついていなかったり、その他にも数ヶ所違いがあります。下記のマンゼ盤のほうがいっそう違うのですが、この件については楽譜の問題が絡むはずですが、いまは触れません。)
テルデックから出たCDを、これはこっそりアップしたものでしょうか? ピッチがオリジナル録音より高いようです。

https://www.amazon.co.jp/dp/B00005HIDX/

アーノンクールらの演奏を、イ・ムジチやムターの演奏と比べてみると、・・・ざっとした言いかたですみませんが・・・抑揚がくっきりしている、と感じませんか?
バロックヴァイオリンとモダンヴァイオリンの違いを私はきちんと知っているわけではないので、大きなことは言えませんが、これは楽器の性質によると言うよりも、演奏への取り組みかたの差から生まれてくるように思います。

バロックと呼ばれる時代に音楽家が何を大切にしたか、を典型的に教えてくれるセリフを、イタリアの大ヴァイオリニストだったコレルリが残しています。
「君は音楽が語っているのが聞こえないのか?」
1640年に、別の音楽理論家がこう言っています。
「ときどきヴァイオリンが、まるで人間の口から出たように、アクセントや言葉を表現するのを聴くことがある。」
どちらの言葉も、アントニー・バートン編『バロック音楽 歴史的背景と演奏習慣』(角倉一朗訳 音楽之友社 2011年第1刷)からの受け売りです。実はこの本を是非紹介したいのですが、次回あらためてにしますね。

ヴィヴァルディの『四季』は、ご存知のように、ひとつひとつのコンチェルトにソネットが添えられていて、このソネットが各コンチェルトの表現を、たいへんよく説明してくれる作りになっています。

もうひとつ聴いてもらう演奏の下に、「春」のソネットを載せておきますので、4つの演奏のどれが、ソネットの言っていることを最もよく再現(!)しているか、を、ぜひ感じとって下さい。
感じとってもらえることが、今回の最大の願いです。

アンドルー・マンゼのヴァイオリン
トン・コープマン指揮 アムステルダム・バロック管弦楽団
1993年の録音です。

CDは、ERATO WPCS-16274(日本盤 1,400円+消費税)
https://www.amazon.co.jp/dp/B06XYB18D6/

マンゼは、バートン編『バロック音楽』の筆者の一人です。
この本の紹介を次回にするのは、マンゼが『四季』の中の「夏」について述べているところが大事でもあり面白くもあるからで、今回でそこまで触れるとあまりに長過ぎてしまうからです。
残念ながら、マンゼの弾いた「夏」の演奏をYouTubeでは見つけられません。あらかじめCD買って聴いてね〜、と言いたいところですが・・・

では、「春」のソネットを載せときますね。
マンゼ盤CDの解説にある訳を引用します。原詩は略します。
(この作品のCD解説には、残念ながらソネットまで載っているものは意外にないのです。必ず載せるべきものだと思うのですが・・・名曲解説全集にも載ってないんですよ。)

春がやって来た
小鳥はうれしそうに楽しい歌で春を迎え、
泉はそよ風にあわせて、
やさしいつぶやきをささやきながら流れ出す。

やがて黒雲が空をおおい、
稲妻と雷鳴が春の到来を告げる。
嵐がおさまったあと、
小鳥たちはふたたび楽しそうに歌声をきかせる。

花ざかりの草原に、
草木のやさしいささやきを聞きながら、
忠実な番犬をかたわらに、羊飼いはまどろむ。

輝くばかりのすばらしい春の中に、
ニンフも羊飼いも、ひなびた牧笛の
陽気な調べにあわせて踊る。

(浜脇 大 訳)

このソネットの作者はわかっていません。
ヴィヴァルディその人ではなかったか、との説もあるそうです。

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2018年1月27日 (土)

【読書・鑑賞案内】デュファイ ミサ “Se la face ay pale (私の顔が蒼いのは)”

バロックの宗教曲のCDは、聴いてみてもらえましたか?

その最古のものより150年くらい古い、はるかにはっきり「線の積み重ね」になっている、ルネサンス期のミサ曲を、今日は耳にしてもらおうと思います。

Cdimage ルネサンス、という言葉は、気をつけて使われ、読まれるべきものかも知れません。
「暗黒の中世」のあとに訪れた「人間復興」の時代だ、という以前の読みかたは誤りである、と、近年はずいぶん明らかにされていますし、そもそもルネサンスという時代区分はなくてもいいものだ、と見なされるようにもなっています。
それでも、前に紹介した金澤正剛『中世音楽の精神史』を読んだ後だったら、西欧音楽においては、「古代」に対する「中世」、「中世」に対する、しかし近世近代のようなものに先立つ、何らかの目安としての「ルネサンス」と呼んでも良い画期があることを認めてもよい気になるでしょう(*1)。

14〜15世紀になると、西欧は庶民の音楽までを書きとめられる記譜技術を獲得しましたし、そのことで、名前の残る音楽家が、教会の枠を超えて、人々に歌を提供するようにもなったのでした。
ギョーム・デュファイ(c.1400-1474)は、そんな音楽の傾向の集大成を体現したとして名高い人です。

ご紹介する『ミサ曲「私の顔が蒼いのは」』は、集大成具合がはっきり分かる、面白い作品です。

4声で歌われるもので、現代風に直された楽譜は、ソプラノ、アルト(テノール1)、テノール(2)、バリトンと記されています。オリジナルもそうなのかどうかは、残念ながら浅学な私には分かりません。

まずは、17世紀からの、バロックと括られる音楽たちに比べて、線の音楽としての特徴がしっかり出ているところに耳を傾けてもらいたいのですが、その前に楽譜を見てみましょう。

全体の楽譜はネットにあります。
http://hz.imslp.info/files/imglnks/usimg/0/01/IMSLP273024-PMLP259472-IMSLP134922-WIMA.796a-06-01.pdf

小さくてすみませんが、この中から「キリエ」の楽譜を載せます。

Kyriedufay_3  

この楽譜の、テノール(上から3番目)のメロディを、次の楽譜と比べてみて下さい。

Selaface

「キリエ」のほうで2倍に引き延ばされているのに気付けば、同じメロディであることが分かります。

このメロディ、ミサ曲の作者デュファイが、以前作ったシャンソンなのです。
このシャンソンの最初の歌詞が「私の顔が蒼いのは Se la face ay pale 」で、このメロディが「キリエ」だけでなく、ミサ曲のすべての章のテノールで使われているために、このミサ曲もまた ”Se la face ay pale” の名で呼ばれています。
聖なる音楽を形作るのに、大切な素材として、世俗的なシャンソンのメロディを使っているわけです。

なぜ、こんな作り方をしたのでしょうね?

・・・まあ、難しいことは、ぜひ後日、説明してある文章をネットや図書館で探して、調べてみて下さい。調べることを楽しめるかどうか、が、このあたりの音楽を好きになれるかどうかの分かれ道かも知れませんが・・・私はまだあんまり調べてません!

さて、まずは、シャンソンそのものもYouTubeに上がっていますので、お聴き下さい。

このシャンソンの、ソプラノの方ではなく、テノールの方が、先に上げた楽譜です。


この、テノールのメロディが、ミサ曲の各章に現われます。
どう現われるようにするのか、デュファイが指示を書いています。それをCDの解説から抜き出します。(*2)

「(歌い方について原譜に記された指示句Canonは)キリエ、サンクトゥス、アニュス・デイでは<テノールは2倍に拡大せよ Tenor crescit in duplo >、グロリアとクレドでは<テノールは3回歌え、1回目はどの音符も3倍に拡大せよ、2回目は2倍に、3回目はそのままで歌え。 Tenor ter dicitur. Primo quaelibet figura crescit in triplo, secundo in duplo, tertio utjacet.>となっている。」
(アルファベットで記した方の言語は、ラテン語ですね。)
先の「キリエ」は、デュファイのこの指示により、テノールは元のシャンソンの2倍に引き延ばされているわけです。それが、こう聞こえる。(楽譜を順次表示するものを埋め込んでおきます。)

その他の章も、どうぞ楽譜を見て、実際に聴いて、確かめて下さいね。

ルネサンス期の音楽作品には、こうした算術的な工夫が数多く見られます。そしてそれは、大抵の場合、聴いただけでは分かりません。
むしろ、歌うことに参加した人たちの方が、「お、ここにシャンソンの節が使われてる!」とハッキリ分かって、嬉しかったり面白かったりしたものと思います。

理詰めで作って聴き手を悩ませることが、ではなく、歌うことに参加する人の歓びや愉しみに、デュファイやその前後の音楽家の、ほんとうのねらいがあったのではないかなあ、と、私には感じられてなりません。

実際には、「私の顔が蒼いのは」のメロディが現われない部分もありますし、現われるところは上のシャンソンの方の楽譜に振られたA,B,Cからどれかが使われているのですが、いまは「シャンソンの節が使われている」ことを知ってもらえればいいので、これ以上詳しくは述べません(楽譜を読み取れば分かるでしょうし、CD等に解説もあります)。

ミサ曲の各章のことばについては、皆川達夫『バロック音楽』にも載っていたかと思います(この前記事を書いた後、貸し出してしまったので、いま確かめられません)。できればそれを参照してみて下さいね。ミサ曲を聴き比べるのは、言葉が共通で使われているために比べやすい、という大きなメリットがあります。

元のシャンソン、デュファイ以外の人たちがそれをアレンジしたもの(オルガン2曲、管楽アンサンブル1曲)と併せてミサ全曲を聴けるのが、次のCDです。このミサ曲のCDはいろいろ出ているのですが、これをいちばんにお勧めします。

デイヴィッド・マンロウ指揮 ロンドン古楽コンソート
1973年3月録音
ERATO WARNER CLASSICS WPCS-16258

https://www.amazon.co.jp/dp/B01LBJYZ3G/
http://tower.jp/item/4347222/
(どちらのリンクでも、各章の最初の部分を試聴できます。)

マンロウは若くして不幸な死をとげ、非常に惜しまれた天才でした。西欧の古い音楽に興味を持ち始めたとき、いまでも真っ先に聴かれるべき録音をいくつも残してくれています。

・・・次回は、できれば、ここ半世紀くらいの、とくにバロック音楽の演奏スタイルの変化について味わってみてもらえればと思っています。

*1:澤井繁男『ルネサンス再入門 複数形の文化』のご一読をお勧めします。
*2:文中で勧めるマンロウの演奏ではなく、テルツ少年合唱団による1964年の録音のLP/CDについた解説(今谷和徳)に記されています(CDはdeutsche harmonia mundi BVCD38007)。

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2018年1月20日 (土)

【読書・鑑賞案内】「ルネサンス宗教曲集」ウェストミンスター大聖堂聖歌隊

Miserere_2 さて、中世〜バロックの音楽作品から、いくつかご紹介して行きたいと思います。

皆川さんの『バロック音楽』には、それまでの音楽が、18世紀以降の和声主体の音楽とは違って、旋律(というより線)主体であったことを示す模式図がありました(p.58をもう一度めくって下さいね)。

ほんとうにそうなのか、耳で確かめるには、中世〜バロック期の作品をまとめて聴けると効率がいいんじゃないかな、と思いました。
が、世の中に出回っている「バロック音楽名曲集」の類いだと、みんなに知られ過ぎている曲ばかりが多くて、初めてではない人には刺激が少ないんですよね。
じゃあ、ちょっとは刺激になるものを、と探すと、どうしても個別の作者や楽派や、狭い時期のものばかりになってしまいます。

どうしようかな、と悩んでいたら、これを見つけました。

『アレグリ:ミゼレーレ/ルネサンス宗教曲集』
(ウェストミンスター大聖堂聖歌隊 DECCA PROC-1352  1,200円+消費税)
https://www.amazon.co.jp/dp/B00RWA9BQU/
http://tower.jp/item/3326225/

価格も安く、収録曲の作曲者が幅広い。作曲者と曲名(日本語訳、CD通り)を列挙しますと、

パレストリーナ     (1525頃〜1594)
   「神に歓喜せよ」・「罪を犯す我」・「汝はペテロなり」
ヴィクトリア      (1548〜1611)
   「十字架につけられ」
ジョヴァンニ・ガブリエリ(1557〜1612)
   「シオンよ、賛えよ」
モンテヴェルディ    (1567〜1643)
   「おんみを崇めん、キリストよ」・「主に向かいて新しき歌を歌え」
アレグリ        (1582〜1652)
   「ミゼレーレ(我を憐れみたまえ)」
カヴァッリ       (1602〜1676)
   「サルヴェ・レジーナ」・・・なんでこれだけ日本語訳じゃないんだ?(笑)
    対訳では「ようこそ女王」となっています。
    ごきげんよう聖母マリア様、というニュアンスです。
ロッティ        (1667〜1740)
   「神に歓呼せよ」

タイトルには「ルネサンス」とあるのですけれど、実はルネサンス末期からバロックほぼ全時期の、イタリアの重要作曲家(ヴィクトリアはスペインですけれど)を網羅しています。
(ルネサンスとされる時期の作品は次回ご紹介します。)

宗教曲を聴く便利さは、言葉と音楽の関係に耳を傾けたいとき、ラテン語を知ってさえいれば済むところにあります。・・・でもラテン語って難しい!
このCDなら、日本での発行なので、歌詞対訳がついています。
まずは、ラテン語の雰囲気だけでも味わって下さればよいです。・・・これ、たとえばフランス語のバロックのシャンソンとかだと、ずいぶん雰囲気が違うのです。

でも、まずは、収録された曲の作られた、ほぼ200年の幅の中で、音楽がどう変わって行ったか・・・カトリックの式典用のものに限られてはいますが・・・、耳ではっきり確かめ、新鮮に感じてもらえれば、嬉しいです。

すべて、イタリアバロックの重要作曲家ですが・・・
二人だけはこの機会にぜひ名前を覚えて下さい。
パレストリーナと、モンテヴェルディです。

ルネッサンス最末期とされるパレストリーナですが、初めて聴くと、音楽の線がとてもすっきりしていて、言葉がわかりやすく聞こえるのに驚きます。でも、「和声の音楽」ではないところが、パレストリーナの名匠たるゆえんです。

パレストリーナに関係しては、次のような伝説があります(史実ではありません)。
強硬な聖職者たちから、複雑なポリフォニー音楽はたいへん分かりにくい、それでは意味がないから、今後一切教会から追放すべきだ、聖歌はひとつのメロディーだけでシンプルに歌われるべきだ、との意見が出されました。音楽好きの枢機卿たちはこの意見に困ってしまって、パレストリーナに「なんとかならないか」と頼み込みました。パレストリーナは粉骨砕身、ひとつのミサ曲を作り上げ、提出しました。その演奏を聴いた強硬派は、ポリフォニーであっても分かりやすく、しかも深い信仰心を呼び起こす、立派な作品が出来るものなのだ、と、以後は納得したそうな。

収録作品のうちの、「汝はペテロなり」は、次のリンクでYouTubeで聞くことが出来ます(演奏者は違います)ので、興味があったらクリックしてみて下さい。聴くときに、最初の方で、Tu es Petrus(トゥ エス ペトルス)という言葉がどれだけはっきり聞こえるかに、ぜひ耳を傾けて頂ければと思います。
tu=You
es=are
だと思って下されば、意味も分かりますよね。

https://youtu.be/H69CQqh6d5A

モンテヴェルディはバロックの最初の花を咲かせた人と言っても良いと思います。オペラに名作を残しただけあって(「オルフェオ」・「ウリッセの帰還」・「ポッペーアの戴冠」)、本CDに収められた掌編も、たいへんにドラマチックです。
モンテヴェルディは可能ならまた別にとりあげてご紹介したいと思っています。

今回はこれ以上細かいことは言いませんので、まず触れてみて下さったら嬉しいです。

収録されている中で、いちばん有名なのは、アレグリの「ミゼレーレ」です。
なぜ有名なのかと言いますと、まず、この曲はヴァチカンの門外不出の秘曲だったことによります。そして、この秘曲を、1770年にローマを訪れた14歳のモーツァルトが、一度聴いただけで完全に楽譜に書き取ってしまった、と騒がれた事件があったためです。実際に聴いてもらえればわかるとおり、この作品、一度聴いて暗記するなんて、私たちにはおよそ不可能なものです! いや、イタリアに行ったモーツァルトが指導を乞うたマルティーニ師から、あらかじめ密かに教わったんだ、とかいう話もどこかにあった気がしますが、どうだったのでしょうね。

次回、ルネサンスの作品をひとつ使って、線の音楽の面白さを、少しだけ具体的に見て頂ければと思っております。

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