宮藤官九郎

2013年9月28日 (土)

『鈍獣』〜にわかクドカンふぁん

ごめんなさい。

にわかクドカンふぁんになりました。

Amachanmemories 『あまちゃん』が終わってしまいました。
ドラマには滅多にはまらない・はまれないオッサンなのですが、はまっておりました。
ごめんなさい。
んで、言われてる『あまロス』から脱却するには
新しい朝ドラにいっそうハマる
小泉今日子とか薬師丸ひろ子を聴きまくる
能年玲奈橋本愛福士蒼汰松田龍平その他の写真集などに埋もれる
・いや、『あまちゃん』関連商品に埋もれる
・もう、仕方がないからひきこもる(ブルーレイもDVDも出たし。)
などなど、いろんな手段があるんですが。

いっそ
「宮藤官九郎にハマる」
のは、どないだろうか。
ためしにハマってみることにしました。
ここ2、3週間のことですからたいしたことありません。

オールマイティな人なんで、盛りだくさんなんですよね。
(リンクはただのリンクで、アフィリエイトとかではありません。)

本:
エッセイが文春文庫で二冊出てます。入口としてはおすすめです。
『いまなんつった?』は官九郎さんが耳にとめたドラマや仕事
『俺だって子供だ!』がいままだ半分くらいですけど通勤の友ですごく慰められてます。
エッセイの口調は明るくて軽いので好きになってしまいました。
次は単行本の『え、なんでまた?』(文藝春秋 2013年3月)がカバンに控えています。

映画:
DVDを借りたりして3本見ました。
Mericensack 『少年メリケンサック』
『舞妓haaaaan!!!』
『真夜中の弥次さん喜多さん』
このへんより前の『木更津キャッツアイ』の劇場公開版なんかも見たいのですけど、近所のレンタル屋さんに置いてませんでした。『中学生円山』も未見。
新品は店頭では入手しにくいのですが、書店でツタヤ仕様で売ってるのがいくつかあります。

バラエティ:
『あべ一座旗揚げ公演』
面白いのか? と言われると、いまいちだったかもしれないのですが、阿部サダヲ・阿部寛とあべ静江を軸に素人あべさんを一堂に集めただけで二時間バラエティをやっちゃう、しかもNHKホールで、というのが笑えます。朝のニュースのアナウンサーである阿部渉さんが往年の斉藤清六を彷佛とさせるノリなのにはのけぞりました。就職試験にはみんな落ちたのに、あべ一族のオーディションにだけ受かった人もいて、「あべさん」にとってはたいへんな救済劇だったりしたみたいです。

ロック:
グループ魂のパンクロックも聴かなくちゃ、でもタワレコに並んでいたアルバムを眺めつつ、とっかかりは地元でCD探そう、と思って地元に帰ったら、グループ魂のCDなんかひとつも売ってませんでした。なんだこりゃ。どうせなら『1!2!3!4!』のDVD付きがいい、と注文したのはいいけれど、まだ手元に届かず、聴けていないのであります。

テレビドラマのディスクは枚数が膨大になるし『あまちゃん』ブルーレイを見るのでとりあえずパス。・・・じかの舞台もフルスクリーンも放送タイムリーも未経験。このあたりがにわかのにわかたる由縁です。

いろんなことやってるけど、全部ひっくるめて、彼は舞台の人だ、と、ずっと思っています。

歌舞伎:
故・中村勘九郎(勘三郎)さんの肝いりで歌舞伎にも入り込んだんですよね。その最初である『大江戸りびんぐでっど』も、なんでだかDVDを持っているので、何度も見ました(単品では12月発売予定)。

演劇:
『鈍獣』
Donju 戯曲だけ読もうか、それなら『春子ブックセンター』かな。いや映像だけ見ようか。それなら『蜉蝣峠』だな。どっちも新宿の紀伊國屋書店本店の棚に並んでいるのです。
いやいや、どっちも併せてだな。書かれた戯曲も読んで、実演も(映像でだけど)見てみたい。
すると、揃っているのはこの『鈍獣』しかありません。これは映画にもなっているそうなんですけど(恥ずかしながら知りませんでした)、映画はあとでもいいや。
怖いものを書いてみないか、と提案されて書いたお芝居だそうです。
・・・怖いです。
お笑いなのかという雰囲気で始まる芝居が
「もうおしまい?」
「一杯ちょうだい」
と登場のたびに(クラシック音楽風にみれば通奏低音のように・・・でも声は低音じゃないんですけどね)繰り返される凸川(池田成志)のセリフで、じわじわと恐怖に向かっていきます。
二幕からなりますが、どちらの幕もキオスクのおばちゃんたち(男優陣)と女性編集者(西田尚美)の絡みで始めて、そのニュアンスの違いで先の進行の空気の違いまで暗示させるところ、
「俺は人ひとり殺してんだよ」
という江田(古田新太)のセリフとか、唐突にあらわになる岡本(生瀬勝久)の職業がまた芝居の微妙な伏線になっているところ、などが『あまちゃん』に繋がって行く手法で、興味深く楽しませて頂きました。
本のほうを読むと、戯曲が俳優さんの演技でどれだけ生き生きと命を与えられているかもちらっと見えてきて、ふーん、なるほどそうなんだ、と、ちょっと胸を揺さぶられたりします。
DVDの特典映像には稽古風景もたくさん収められていて、踊るところは官九郎さんの奥さんである八反田リコさんの振付けなので、八反田さんを映像で見られちゃうところもおトクでありました。
『鈍獣』は第49回岸田國士戯曲賞を受賞しています。本に記載されている上演は2004年7月31日〜8月22日(東京)、同25日〜30日(大阪)、9月3日〜4日(広島)、同7〜8日(福岡)、同11〜12日(神戸)。演じたうちの男優陣3人が組んだユニット「ねずみの三銃士」のために書き下ろされた作品で、演出は河原雅彦氏でした。


私はもともと、ドラマとか劇とかは苦手です。どきどきしちゃうから。放送だろうが録画だろうが、ハラハラシーンは見るのが怖いので柱の陰に顔を半分隠して見ます。『あまちゃん』見るのでも例外ではありませんでした。
自分はクラシック音楽のアマチュアですが、以前、音楽も劇を勉強すればもちっと幅が出るんじゃないかと愚かなことを思いつきまして、あるとき劇団の練習を覗きに行きました。そしたら団の人に
「今日から君も同じ釜の飯だ、二足のわらじより同行○人(メンバーの数)!」
とニコニコ肩をがっちりつかまれて、怖くなって逃げました。
それでも戯曲のまねごとくらい書き方を身につけといたらためになるかな、と、見かけた講座に申し込みましたら、講座の途中からしゃしゃり出てきた先生が
「社会の裏を描けなければ劇など書けん!」
と叫び出して、夢の世界に生きがちなあたくしはもうかないませんから、脱走しました。
作られた世界の中でまで血を見なくちゃならないような場面なんか、まったくダメです。
お話を作るとか演じるとか見て味わうとか、が、根っから出来ないんだろうと思います。

むむう、そんなあたしがクドカンふぁんになれるのだろうか?
クドカンさんは、血を見るドラマなんかでもいっぱい書けてきちゃった人だものな。

でも、ハマると決めたんだから、目をつぶってでも作品を見なくちゃな。
そう思って接してみました。
にわかですから、上のように、まだあんまりたくさん、ではありませんでした。

拝見しながら、
「作れる人って、湧いて来るイメージ・アイディアは100%受け入れる精神の強さを持っているのね」
と、強く思い知らされました。
平凡なあたくしは、自分の感情にマイナス影響があることはどうしても受け入れられません。
それが「ドラマ苦手」に繋がっているんだと分かった気がします。
さらには、受け入れたイメージ・アイディアを切り捨てることなく、どこの枠に挟まるか、と、それらの居場所を徹底的に考え続けているんだなぁ、との印象。
『あまちゃん』にハマった人たちがたくさんの深読みツイートをしたことからはっきりするように、そうやって居場所を与えられたイメージやアイディアは、味わう側から様々に憶測されることを決して否んだり拒んだりしません。
クドカンその人が、お客からそうやってどんどん出される深読みに特別ちゃちゃを入れないところがまたいいなぁ、と、ちょっと感激しています。
「それは読み過ぎだよ」
「それは違うんだけど」
なんて、決して言わない。もしかしたら
「え、いまなんつった? え、なんでまた? そりゃ面白い」
なんてことも深読みを読みつつ思っているのかもしれませんが、それを言っちゃあおしめぇだ、なんですよね。

・・・引き続きハマりそうです。どうしましょ。

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