ヘンデル

2009年3月13日 (金)

ヘンデル:「王宮の花火の音楽」のスコアを読む


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・・・是非、お目通し下さい。



Handelfireworkseulenburg有名作曲家で、没後250年を迎えるのが、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(ジョージ・フレデリック・ハンデル、1685-1759)です。

ドイツでの少年期を天才として過ごし、イタリアではベテラン陣を尻目に自作オペラをヒットさせ、1711年以降はイギリスに定着して前半生はかの地で英語ならぬイタリア語のオペラで稼ぎ続け、それが下火になると、今度こそ英語でのオラトリオ作曲に本格的に精を出す、しかも、どの時代にも素晴らしい成功作品を残した、という、もの凄い音楽家でした。
イギリス定住後はすぐに王室の信頼も獲得し、王室のための宗教音楽・祝賀音楽も豊富に書き残しました。
人間的にも、
「すました顔で人を笑わせる術を心得ていた」
というのですから、タフなたちだったのだろうと思われます。

大規模な作品では、「メサイア」や「サウル」・「エジプトのイスラエル人」などのオラトリオ、「水上の音楽」と「王宮の花火の音楽」といった祝典用器楽が主として絶えることなく愛されたのに対し、彼の主要ジャンルであったオペラは、当時の習慣に則って、物語よりも歌手の技巧を引き立てるために作られたと言ってよく、そのため、現代の私たちには退屈に感じられる傾向も併せ持っているため、しばらくの間は殆ど埋もれたままになっていました。・・・ただし、これも、むしろオペラが現代演出家によって非バロック的に演出(ただし、伴奏するオーケストラはオリジナル楽器が慣例化)するようになって、かえってその面白さが再認識され、現在では盛んに復活上演されるようになりました。一般に、このような形態でのバロックオペラの上演は演技と音楽がボタンの掛け違いをしているようでしっくりこないのですが(アーノンクールの伴奏によるパーセルの「アーサー王」などは、個人的には目が耳に追いつかず、非常な失望感を覚えましたし、ラモーの「優雅なインド人」の映像にも同じ印象を受けましたが)、ヘンデル作品は登場人物が背広姿だのパンク姿で現れた方が、ヘタに当時を再現するよりも面白い、というのは、考えれば奇妙なことです。このことは、機会をあらためて考えてみられたらいいな、と思っております。



ともあれ、今年記念年の作曲家の中では、昨日のメンデルスゾーンと共に、ヘンデルに注目してみたいと思っておりました。

今日、たまたま、娘のレッスンに付き添ってスタジオの表で待っている間、そこのお店に「水上の音楽」のスコアが二種類置いてあるのに目が行き、つい、じっくり見比べてしまいました。
というのも、ふたつを見比べながら、あらためて
「楽譜を読むということ、それを校訂するということも、古典文学や外国文学翻訳のように、<解釈>という制約から私たちは自由ではないのだな」
ということを、つくづく感じたからでした。

版は決して新しいものではありませんでした。
一方は、音楽之友社が昭和26年(すなわち1951年に発行して刷り直し続けているもので、もう一方は最近になって全音楽譜出版社が日本版を発行し始めたオイレンブルクのスコアですが、翻訳されている校訂者ロジャー・フィスケのレポートは1970年の執筆でした。

「水上の音楽」は、1715年から1717年にかけて、イングランド王室の信任を得て間もないヘンデルが、ジョージ1世(先のハノーヴァー公)の船遊びのために作ったとされる作品を集めたもので、現在ではホルンの活躍するヘ長調、トランペットが華やかなニ長調、「これは水上用ではないのではないか」と感じられる、フルートが加わったト長調(これは前のニ長調の組曲と一体で捉えられることもあります)から成っていることが明らかになっています。

ですが、より古いほうの音楽之友社版は、クリュサンダー版(ヘンデルの全集として権威のあったもの)からヘ長調の組曲(11曲からなります)のうち、20世紀前半イギリスの優れた作曲家で演奏家でもあったハーティが大管弦楽用に編曲したものを中心に、ヘ長調の序曲はヘンデルのものを加え、最後の第10-11曲(ヘンデル自身が、ヘ長調組曲から、トランペット用に移調してニ長調組曲の最初の2曲としたもので、ハーティは移調した方のものを元にして大管弦楽用編曲を行なっています)は省略し、その他の省略も行なって、ヘ長調組曲からの7曲だけを掲載していました。記譜法も、オイレンブルク1970年版と異なって、シンコペーションになる音符はその音価(たとえば2分音符)では書かず、四分音符2個をタイで結んだりしています。かつ、全曲にわたって、通奏低音の数字が付されています。

オイレンブルク版の方は、ト長調組曲以外には通奏低音を付していませんが、理由はもっともなことで、
「屋外で演奏された音楽に鍵盤楽器が伴われたとは考えられない」
ということなのでした。
(この点、誤解があってはいけないのですが、通奏低音が入らなくても数字付き音符は存在することがあるそうです。アンサンブルの中で、主旋律以外のパートが伴奏にまわる時に作曲家が伴奏のほうまでいちいち全てを書かない・・・あるいは、ヘンデル、もしかしたらモーツァルトの頃まで記譜を省略されることのあったヴィオラパートなどについて、「こういう和音を作って欲しい」という指示だけ書きとめる場合、通奏低音と同じように、その和音を示すために、記譜してある他のパートに数字を付けている、という例は、いくつかあるようです。・・・ただし、私は現物にはお目にかかったことは無く、古譜をたくさん研究した人じゃないと目にはしたことがないのかもな、とは思っております。印刷譜になってしまうとこの手のものは必ず正当なパート用に楽譜が作られるか、弦楽パートならヴィオラが入ったかも知れない作品でもヴィオラは「無かったもの」と決めつけられてしまって全く記譜さえされなかったりするので、出会えることはなさそうです。)

オイレンブルク版はまた、音楽之友社版では付されていないトリル記号(おそらく、これはオリジナルとした楽譜にもないのです)がカッコ付きで付されていたり、複付点で演奏されるべき箇所には休符と音符の柄が注記されていたりします。
すなわち、曲の省略の是非もともかく、なのですが、オイレンブルク版は校訂という作業で「原典に近づく」試みをしているのですが、校訂報告によると自筆譜があまりキチンと残っていないそうですから、ここで校訂者フィスケが(自分ではそのような言葉は一切発していないのがこの校訂者のいいところだと感じましたけれど)行なっているのは、

・音符を見やすくする修正
・当時の演奏習慣を「推定」した上での、演奏指示書としても有効な譜面づくり

なのです。



一体、校訂という作業とその結果には幾つかのタイプがありまして、

・自筆譜、それが無ければ最も古い印刷譜から読み取れる記号以上になにものも付さない(現代の「表向きの」原則)

・上記を土台に、当時の演奏習慣についての研究成果を反映し、あるいは作品の前後から推測して作曲者ないしは写譜屋が落としたかも知れない記号を、校訂者が加えたことが、ある程度は明確になるように揃えたり注記したりする(点線付きのスラーなどは、最も目につきやすい例です)

というのが、端的なものかと思います。

これらは、「オリジナルに還る」趣旨で、古い出版譜がもともと作曲者が書いていなかったものを書き足しているならば、それをふるいにかけることを建前とする、現代の「原典主義」においてもなお、自筆譜通りの出版譜などというものは作り得ないことを物語っています・・・何故なら、かなり旧式の校訂方式をとった楽譜、たとえばチェルニー版のベートーヴェンのピアノソナタ譜からチェルニーが加えたものを判別して削除したとしても、「ではベートーヴェンの意図はどこにあったか」を、校訂者はやはり何かしら「書き加え」なければならないのですから、やっていることの「意味論」が転換しただけの話なのです。

なぜ、そのようなことを行なわなければならないのか・・・それは、実は、作曲者自身にしても、必ずしも自分の作品に対して一定した意図・思想を貫いているわけではないからです。

ですから、最近の校訂者の動きは、またさらに一歩突っ込んで、ベートーヴェンのソナタの例でいうならば、
「チェルニー版で加えられたいた記号類は、あるいはベートーヴェン自身の演奏様式を後の人々に伝えたいから付けたのかも知れない、ということまで突っ込んでみたりするようになっていたか、と記憶しております。



ヘンデルから逸れてしまいました。

「王宮の花火の音楽」の方は、幸いにして自筆譜がキチンと残っているそうで、同じ校訂者によるオイレンブルク版が1979年に発行され、これも全音の日本版として翻訳されたポケットスコアが出ています。
ポケットスコアで校訂報告まで読めるのは実にラッキーなことです.。今日は「水上の音楽」ではなくて、既に手元で二種類の演奏の録音を耳にできるこちらを、手にして帰って来ました。

オーストリア継承戦争の終結を告げる「アーヘン講和条約」調印を記念した祝典(1749年4月27日)のために作られたこの作品で、ヘンデルがとてつもない規模の吹奏楽を企図したことは、周知の事実です。彼は最初、そのための音楽にトランペット12本とホルン12本は入れたい、と希望し、それがダメとなると、吹奏楽ではなく、ヴァイオリンも加えることを考え出したことが、当時の関係者の書簡で明らかになっています。

結果的に、初演では、推定で24本のオーボエ、12本のファゴット、1本ずつのコントラファゴットとセルバン、3対のティンパニと2個程度の小太鼓、9本ずつのトランペット、の総勢61名程度のメンバーを動員したと推定されていますが、これはヘンデルが自筆譜に書き込んでいる数字を根拠にしています。

・第4曲「喜び」管楽合奏版

ピノック/イングリッシュ・コンサート ARCHIV UCCA-3154

ところが、ヘンデルはやはり弦楽器群の使用は諦めていたわけではなく、木管(オーボエ・ファゴット)のパートに弦楽器のパート名を上書きしており、第4曲「歓喜 La Rejouissannce」以降では譜表は完全に、上半分がトランペットと打楽器、下半分は弦楽器用になる書きかたをとっているのだそうです(通常、当時のスコアは弦楽器が上部に来るので、この通りなのかどうかは確認しないと正確には言えません。が、ヘンデルが弦楽パートを意識した書き方をとったことは事実として述べられており、オイレンブルクのフィスケ版は3曲目までと4曲目以降で段組みを明確に変えていますので、それを信頼することにしましょう)。

・第4曲「喜び」管弦楽版

ピノック/イングリッシュ・コンサート Deutsch Grammophone F00G 27037

で、この、弦楽器併用の版を、ヘンデルは上の祝典のあと、別の場所(孤児院)での演奏会で演奏しており、最初の出版譜は、こちらの管弦共存型のパート譜という形で行なわれているのです。

楽譜が伝えてくれるメッセージは、校訂報告を参考にしなければ、かように、作曲家の真意や心の動きに関しては、かなり限られた情報しか提供してくれません。

そのあたりの面白さは、ピアノの楽譜ですと比較的味わいやすいのですが、オーケストラ作品のポケットスコアではなかなか巡り会えません。

オイレンブルク版「王宮の花火の音楽」のスコアは、そういう数少ない、「面白い読物楽譜」でもあります。上のような基本的な話の他、ヴィオラの演奏の仕方(ヴィオラは低音と合わせる、とだけあるが、常識化しているように低音域を常にオクターヴ上でなぞるのではなく、音域によっては低音域と同じ音で演奏するのではないか、という問題提起)など、興味深い話題もあり、いざ自分が演奏する時にはどうしようか、と、思いを膨らませることもできます。

お手にとりながら、本作品の管弦楽での演奏と、管楽のみの演奏をお聴き比べになってみるのも、また一興かと存じます。

ただし・・・「どちらが私の気にあうか」とか「どちらが正しいか」ではなく・・・(「王宮の花火の音楽」では既にそんな正解はあり得ないのがはっきりしているのでなおさら)、音楽そのものは、その響きが訴えるものにどれだけ素直にこちらの心が開けるか、によって、私たち自身にとっての真価が決まるものだ、ということは、いつも忘れずに心の片隅に持っておくべきでしょう。


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