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2009年2月17日 (火)

プロオケの財政(大阪センチュリー助成金問題を振り返って)

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でもって、その収録時のことが2月12日9時から、日本テレビ「誰も知らない泣ける歌」(21:00〜)で放映されました!・・・ちょっと短かったな。。。映像が載せられるかどうかは検討します。


Crazyopera先日、大阪センチュリー交響楽団があやうく府からの助成金を打ち切られそうになり、クラシックファンとしてはヒヤッとしたものでした。(今後の存続に向けての署名のための頁には、上記リンク記事から進めます。)
助成金は日本だけでなく、本場のヨーロッパでも楽隊の存続には非常に重要な収入なのですが、それはオーケストラ成立の歴史と非常にかかわりが深いことです。
貴族の私有と保護が出発点であったオーケストラは、しかし、貴族の没落後もなぜ命を永らえたか(実際には貴族所有のオーケストラから直接に民衆のオーケストラに移行した団体は殆どないのですが、それにも関わらず、新設してでも)オーケストラ文化は保持されなければならない、と、市民革命の担い手達、その支持者達である一般人が考えたからこそ、「赤字事業」が常識であるオーケストラと、そこで働く音楽家達はみんなに守られてきたのです。
日本のオーケストラは、そんなヨーロッパ文化からの「(無形の)輸入品」であるために、そこにこめられた「民主主義の象徴かつ古代からの文化の正当な継承者」であるという価値は、おそらく認識されきってはいないものと思われます。
ですが、ヨーロッパの音楽文化を採り入れるにあたっては、「明治」と「太平洋戦争の敗戦」という、前者は一般民衆にとって、後者は「旧貴族・財閥」を含めた日本人全体にとっては主体的な理由からではなかったものの、やはり市民革命を経験しているのです。
そして、その成果の象徴として欧米音楽が取り入れられ、いまでは伝統音楽のほうが目立たなくなるほど、日本人自身が作り、歌う音楽の韻律は「欧米化」してしまっています。・・・それでも伝統文化の大切さが(一時は大変粗末にされましたけれど)見直されている、ということについては、触れてしまうと話題が逸れますので、今回は迂回します。

いずれにせよ、「革命」だなんて言葉が出てくるとビックリしちゃいますが、なにも「自国民の意思で」ギロチンや絞首刑や銃殺刑が集中しなければ「革命がなかった」ということにはならず、日本にもそれは確かにあった、ということ(どんな思想・主義に基づいて、ということは関係ありません)、オーケストラは、そうして得た民衆の新文化である点で日本の長い歴史の中でも特別な価値を持っていること、は、前提として理解しておかなければなりません。
だからこそ、市民が支出(実際には公的団体が民衆から預かって払っている)を続け、ささえてきたのであり、新設してでも「もっといいものを」求めつづけてきたのでもあります。

日本のプロオーケストラの「経営データ」を取りまとめた書籍は、残念ながら、18年前の書籍『ザ・オーケストラ』(芸団協出版部、1995、発行:丸善(株)出版事業部 この出版は冒頭に上げた大阪センチュリー交響楽団が出来て6年後です)しかないのですが、とある「助成側」に近い筋の方と以前雑談したり、(そんな大規模ではないのですが、それでも堅実で筋のいい)プロモーション経営に携わった方に教えていただいた状況からすると、大枠はさほどの変化がないと思われます。

そこで、極めて大まかに丸めなおした数字ではあるのですが、18年前の書籍に載せてある「参考的な収支表(これ自体がすでにかなり大雑把なところしか分かりませんから、そのまま正確に載せても構わなかったんですけれどね!)を整理しますと、次のようになります。(2000年のデータについては総支出と事業収入に関してのみ、大木裕子『オーケストラのマネジメント』2004年 文眞堂 196頁に一覧化されています。同書ではアメリカのオーケストラについても161頁に類似の表があります。総収入が不明であることから、『ザ・オーケストラ』程度の明細も把握できず、計数を観察するには初歩的な欠陥があります。それでも彼女の最新著作よりは客観性が高い本で、貴重な文献ではあります。)

収入の部
・事業収入=60%(チケット売上、出演料収入【依頼講演で、のでしょう】、協賛金、広告収入、権利収入)
・公的助成=30%(NHKも算術平均に含む。東京は16%、地方は35%)
・民間助成=10%

支出の部
・人件費=55%(費目不明だが、おそらく、労務費、福利厚生費)
・事業費=40%(出演費【エキストラを含むかどうか不明】、音楽費、文芸費、広告宣伝費、印刷費 等)
・管理費=5%(これも費目不明)

いわゆる企業的な財務諸表は少なくとも書籍には掲載がなく、大袈裟に言えば国の歳入と歳出みたいな財務管理をしているのでしょうね。それというのも、「社団法人」・「財団法人」・「任意団体」のほぼ三種に分かれるプロオーケストラで、文化庁の助成条件に「法人格を有する」ことが含まれますから、前二者の割合が高く、この二者を統合して財務状況を見るには、単純ながら上記の方式で見ていくしかない。・・・アマチュアもこの形式で収支をつけている団体が殆どでしょうが、この資料(他の記載も含めて)では、この方式では「赤字」でも「黒字」でも、繰越分は「管理費」にいっしょくたにされてしまっているので、おそらくは諸般の事務手数料である管理費がほんとうに実質上5%で済んでいるのかどうか、が全く分かりません。すなわち、赤字幅が大きいほど、管理費は見かけ上小さくなります。(たとえば、本当は10%の固定的な事務コスト・・・給与計算だとか光熱費だとか練習場の賃借料【これは事業費に含めている可能性も皆無ではありませんけれど】・・・がかかっていても、赤字が5%相当額なら、その分が減額されて、見かけ上の管理費は5%になります。)

ですから、上の数字から、プロオーケストラの本当の経営状態というのは実は漠然としか見えてこないのです。
いえることは、プロのオーケストラに所属する演奏家さんたちは(収入額はオケだけではまかなえていない、というのが別項で示されていますけれど、とりあえず度外視するとして)、自分達のはたらく分に限って言えば、その活動によって5%の収益を上げるだけのことは出来ているらしいこと、が第1点。
ところが、内容がよく分からない「音楽費」だの「文芸費」だのというもの・・・おそらくは貸譜料や著作権関係費用でしょう・・・で持ち出しが収益の8倍に達してしまう、という厳しい現実が第2点。
事業維持のために欠かせない「文化表現のためのツールの維持コスト」により大きく足を引っ張られる図式です。

それなりに聴衆の安定が図れれば広告宣伝費は削ることが出来ますし、そうでなくても日本のオーケストラは広告宣伝費にはおそらく財政事情から最小限に抑える努力はしているはずですし(プロモート料金が高ければそうはいきませんけれども)、印刷費も、高級感にこだわらなければ、節約が可能です。でも、これもおそらく、節約したところで、文化表現手段の確保コストに比べれば、焼け石に水なのではなかろうかと推察します。

絶対金額が分からないのも難点ですが、通常の、いわゆる「古典的な」交響曲が固定メンバーで演奏できる人数を少し多めに見積もって70名とし、1名あたりの(オーケストラだけでの)年収平均を500万円として(安めですみません、ただし一般会社員と違って副業が認められるのが普通だと思いますので、それで各個人のかたの年収不足分は補っているものと想定します。大木氏著作によっても、このくらいの所得層が平均的であるように見受けます)、上のパーセンテージを仮に金額に置き換えておきましょう。

上に述べた赤字部分は助成で補填されているものとし、したがって管理費は5%とします。年間公演数のうち、最大規模で30名までのエキストラを賄わなければならない演奏会が10%【定期演奏会回数相当分】あるとし、また、福利厚生費は固定団員については、高めですが5割増であるとします。エキストラは、福利厚生費は付加されないものとします。
この前提の上で、金額は概算数字に丸めます。

人件費は、(500万円×1.5×70名)+(500万円×10%×30名)=52,500+1,500=54,000万円

これだと簡単に計算しにくいので、これに1千万円乗せて55,000万円を計算の基準値とします。

収入の部
・事業収入=60%=60,000
・公的助成=30%=30,000
・民間助成=10%=10,000
合計:100,000万円(10億円)

支出の部
・人件費=55%=55,000
・事業費=40%=40,000
・管理費=5%=5,000
合計:100,000万円(10億円)

・・・公演にもいろいろな性質があるので、ホントにこれだけでは済んでいないかも知れない、とは思いますけどね。。。
まあ、とにかく、最低維持費が、10億円。

10億円が高いか安いか・・・

以下、東京は特別ですから除外して考えなければなりません。
上に見たように、東京は他地方に比べると楽団にとって助成金を貰わなければならない割合が低いのですが、これは人口や聴衆の平均所得の高さの要因からコンサートのお客が動員しやすいという事情がある、とのことです。

100万都市くらいが「公的助成」を丸々行なっていると前提して考えましょう。年令層も統計なんか取っていると面倒くさいので、0歳から79歳までの人しかおらず(・・・お年寄りを早死にさせる意図ではありません、無理やりモデルを作るための仮の想定だとご斟酌・ご容赦下さい!)1歳刻みの人口数が皆同じ(ちと無理のある想定ですがモデルですから計算しやすいようにします)、助成金への支出ができる年令が25歳から49歳までだとすると、79歳までの全人口のなかでこの年令層が占める人数は全人口の約30%。
すなわち、単純な数字にしたから単純計算出来ちゃうわけですが、30万人。
この人たちが一人当たり支出する年間の助成金は、ですから

3億円÷30万人

で、なんと、

1,000円/1オーケストラ

であります。

これが最低レベルの金額であることは、念頭において下さい。

かつ、総人口はもっと少なく、人口分布が高齢者側にシフトしている最近の地方都市になればなるほど、一人当たりの負担額はかなり増えるでしょうし、
「あたしゃクラシックなんか縁がないから払いたくない」
という人もいることを考慮すると、
「支出してもいい」
と思っている人の数は実はぐんと減ります。
先の書籍のデータから判断すると、10%がいいところです。
それだけで、負担額は10倍に増える。100万都市の一人当たり1万円でも、生活水準によっては、高いか安いかの判断は微妙な金額です。
くれぐれも、以上の数字には、モデルにした元の値に(意図的にそうしたわけでは決してないことを誓いますが)トリックがあることは、考慮しなければなりません。
で、これがかりに公的機関に預けて支払うものだとしても、公的機関を通す以上は、特別な立法や条例がない限り、「租税」の一環となることも、申し添えておきます。

これ以上は、あえて断定的なことを申し上げません。


収支の表示がこの方式なのでありがたいのは、19世紀のフランス・イタリアオペラの極めて大まかな収支状況との比較が可能であることです。19世紀の資料を掲載した文献は一般人でも入手できますので、掲載された断片的ないくつかの情報から、いちばん詳しい例を見てみましょう。(ミヒャエル・ヴァルター『オペラハウスは狂気の館』春秋社 2000)

フィレンツェのペルゴーラ劇場の、1831年の損益計算書を先ほどの方式に書き直します。順番も分かる範囲で揃えます。金額の単位はリラで、当時の物価を鑑みての円換算が出来ませんので、構成比のみ記します。(なお、私の手持ちである第1刷では表の「収入の部」と「支出の部」のタイトル部が入れ違いになってしまっています。)

収入の部
・公演入場料=25%
・舞踏会3回分入場料=14%
・事業収益=34.5%(併設されていた、いわゆるカジノの収益です)
・(国家)補助金の当年割当分=18%
・宮廷からの下賜金=0.5%
・宮廷より補助金=7%
・その他=1%

支出の部
・夜間給与=22%
・音楽=20%(残念ながら内容は不明だそうです)
・バレエ=14%
・台本=0.5%
・舞踏会=5%
・舞台美術=5%
・衣装賃借料=12%
・照明=5.5%
・厩舎=0.5%(本文に明記されていませんでしたが、賓客用駐車場、の類いでしょうか?)
・雑費=5%
・繰越=10.5%

いかがでしょうか?
この年は、辣腕のマネージャ、ラナーリという人物が経営している最中でしたが、実は彼がこの劇場を経営し始めた1823年から前年の1830年までは(助成金に当たるものは度外視して、なのかもしれませんが)この年の公演料収入の2.5倍強の累積赤字がありました。したがって、繰越の割合が助成金からの補填分を含んだとしても、実質上は50%程度の赤字を抱えていたことになります。助成金に相当する割合は25.5%です。従って、国家や宮廷からの補填なかりせば、7年間に累積した赤字の目減りはこの程度では済まなかったわけです。かつ、「事業収益」も公認賭博により収入ですから、ある意味で助成金の一部であり、その意味では1831年の助成金割合は実質上6割に達していたと見なせます。

オペラファンが大量にいた19世紀イタリアにしてこういう状態です。
それでもオペラが廃れなかった事情を、最初の方に記したことどもと併せてご考慮頂ければよろしいかと思います。


入り口としては、三つの側面から考えなければならないでしょう。

一つは、音楽家の立場から。
もし、職業音楽家(中でも、自立して活動するか、音頭取りをする人および作曲家)が
「大衆への迎合ではなく、本物を!」
とお考えでしたら、じゃあ、本物って、どんな音楽なのでしょう?
迎合しなくても構いませんが、では、音楽家が迎合しないのは何故でしょう?
かつ、どんな職業であれ、飯を食い上げれば続けることは出来ません。
迎合しない、かつ、少なくとも飯を食い上げる「本物の音楽」って、どんなもの?

一つは、受容者の立場から。
最初の方で述べただけの「無形文化的価値」を、受け手である私たちは認めることができるでしょうか?
それだけのものにでしたら、可能な限り支出しても構わない、と考えるでしょうか?
それはしかし、継続的になされなければなりません。それに耐えられるだけの経済環境が、私たちには保持できるでしょうか?
なによりも、「文化」というものは、日常生活にとっては単純視すれば余剰品に過ぎません。でも、私たちはなぜ、その余剰品を必要としてきたのか、を、ちょっとでもお考えになってみたことがあるでしょうか?・・・別にクラシック音楽である必要はありません。とにかくなにかしら、私たちは「市民」として、何らかの余剰品の恩恵にあずかっているのは、現代社会ではあたりまえである、ということをよくよく顧みてご覧になってみて下さりはしないでしょうか?

一つは、助成金をみんなから預かってオーケストラに支払う公的機関の立場から。
「文化的価値を支持する人たちがいるからこそ払うのだ」
という明確な意識があるでしょうか?
あるいは、単に
「文化的価値など誰も支持しているはずがない」
という単純な即断で助成を打ち切ることは正義でしょうか?
「歴史」・「文化」を受け継ぎ、その価値を啓蒙する上での役割・義務を・・・その伝達方法はいったん措くとして・・・きちんとお勉強なさり、感じながら「文化事業」をなさっているでしょうか?
それが金銭のやり取りになった場合、その金銭は、世の中の人々のすべてから「預かった」お金であることを認識していらっしゃるでしょうか? どこかの知事さんのようにアタマがよろしくて、強い支持をする非公式広報マンがいらっしゃったりすると、とかく「他人に耳を貸さず」がご信条だったりすることが災いして、
「世の中を可能な限りあまねく見渡す」
よりは
「(ご自分の信じる)正義」
を<守る>ことに熱中しておられるようです。・・・為政者はいつの時代、どこの時代でも、どうも自分が「最高の義務履行者」であるという本質は心の何処かに持ちつつも、「であるからこそ最高の権利行使者」であるという<矛盾律>の中で政治的生涯をお送りになりますので、それにお倣いになっていらっしゃるのでしょうが、ご自身がその<矛盾律>とどこでどのようにご自身と戦うのか、までをよくよくご考慮いただきたいと思っております。

さらに、音楽家のかたには、延長として考えて頂かなければならないことがあるとも思っております。

・適切なマーケティングを行なっているかどうかは、前にご紹介したことのある本、ジョアン・シェフ・バーンスタイン『芸術の売り方』(英治出版 2007)に豊富な事例が載っています。

・マーケティングと関連しては、日本人の作品も演奏も、一般に、CD化、DVD化されても相対的に高価です。売り出し方法を含め模索なさっている団体もおありです(そういう団体のCDは安かったりしますね)。そのあたりは、レコード時代よりも「権利収入」の上で非常に大きな収益阻害になっていないかどうか・・・発売元さんと腹を割ってのお話し合いなどなさってみていらっしゃるでしょうか? 実情がわかりませんので、なんともいえませんが、素朴に疑問には思っております。(前出、大木裕子氏著作などもご覧下さい。最新書よりこちらの方がよろしいかと思います。『ザ・オーケストラ』でも大木氏著作でも、助成金の割合は収入の3-4割程度であることが示されていますが、大阪センチュリー交響楽団は2000年には71%でした。但し、絶対額では4億円であり、上記のモデルと同等金額です。パリ管はパリ市の助成金が収入の80%近くになっていますが、あの超一流のオーケストラにしてこの背景はなんなのか、なども、助成を受け続ける上で良く参考にすべく、調査が必要だと感じます。なお、大木氏著作の表の問題点は、NHK交響楽団がNHKから13億もの助成を受けている事実を示しておきながら、公的助成率を0%としていることです。「公的」という修飾を外せば、NHK交響楽団の受けている助成金の割合は事業収入を若干下回るだけであり【事業収益のほぼ9割相当額】、この一事をとっても、各オーケストラを公平に評価するには材料が不足していることは明らかです。)

・組織形態として、オーケストラのような組織は、一般雇用とは違う方式も考え得ると思います(登録制にして自由な人的交流による柔軟な人員の調達など)。・・・ただし、メンバーのためにいかに生活を支援できるかへの充分な考慮が必要です。すなわち、いざ
「本当は支持したいんだけど、このひどい不景気の中で、とてもお金を出すゆとりはないんだ」
という人たちを口説き落とせるだけの、しかも、高飛車ではなく低姿勢な「営業」が、とくに「経営」を握る人、あるいはスポーツで言えば代表選手にあたる人に、やるだけの覚悟と根気が持てるでしょうか?


すべては、「クラシック音楽」が、将来にわたって「日本の(民主的な)市民文化」という認識を、私たち日本人が持ちつづけていくのかどうか、したがって、そういう意識付けができるだけの「音楽」とは、果たして、たとえば書物でどう語られたらいいのか・・・不思議なことに、こんなに赤字事業なのに、オーケストラ曲の入門書の類いは馬鹿みたいに多いのです。なのになぜ赤字で助成金を貰うのがあたりまえ、のままの認識でも自分達は許される、と考えてしまっているのか・・・、世の中が大変な時期だからこそ、やはりお稼ぎになる当事者として、エキストラの方を含めて多くの楽員さんを「養わなければならない」責務を負ったかたにはご一考を願いたいところです。

一小市民の、果たして、お届けしたい方に届くかどうか分からない、ささやかなメッセージではありますが、文としては長くなってしまいました。文のヘタさで意味が通りないところが目立ちますので、表記の誤りを含め、一部取り急ぎ修正致しました。(2012.7.16)

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2009年2月 6日 (金)

音楽美の認知(11):音の「受容野」

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さて、だいぶ空きましたが、セミール・ゼキ博士『脳は美をいかに感じるか』の後半を読んでいってみましょう。

「イデア」についての誤認はあったものの、これはたどっていくと既に中世のカトリック学者達にまで遡る誤認、さらには案出したプラトンでさえ、ゼキもその中から言葉を求めた彼の『国家』の中では、すでに『メノン』で最初にたどりついた本来的なその意味をあまりに敷衍しすぎ、自らごまかされているのでして、その責任をゼキに帰すことは出来ません。・・・晩年のプラトンによって具象化され過ぎた「イデア」論については、弟子、アリストテレスが既に危機感をもって猛烈な反駁を加えていますけれど、その読解はかなり難しいものでして、私も(日本語訳によっても)まだまだ理解出来切れませんから、それは機会があれば別の問題として採り上げることにしましょう。

世の中、何でも「脳」で語る風潮が強くなったことに対しては反論書も若干出るようになりました。
ですが、いまだに、<脳科学者>と称する中のホンの一部の(本当に、一部に過ぎません)、科学的根拠の薄い本が書店の棚を埋め尽くしていて、ガッカリします。
究極的に「脳がすべて」であることが、単に実験科学だけではなく論理でも、さらに形而上学的にも解明された後ならば、いくらそう語ってもらっても構わないのではありますが、現実に「脳」がどこまで「知覚」を支配しているか、を証明できる事実は、複雑に入り組んだ社会の中では、ほんのわずかなことがらについてしか解明されていないのが現状だ、ということを忘れてはなりません。

ゼキ著の偉いところは、最初から「脳がすべてを解明できるとは、私は未だ言い切れない」という態度で出発していることで、生理学上でも扱える抽象画に素材を限定しながらいよいよ具体的な記述に入る第2部では、彼の客観性が存分に発揮されています。

これを音楽とどのように対比できるのか、が、奇妙な言い方ではありますが、「どのような音楽創造がこれからの音楽ビジネスを形作りえるのか」を検討する出発点となるもの、とみなしても良いのではないでしょうか?

さて、第2部の最初は第11章の標題である「受容野」そのものの、脳に於ける視覚像の受容野についての概説から入っています。
具体的な内容は次章からとなるのですが、ここで彼は、視覚に関わる脳の「受容野」が、各担当領野ごとに、特定の色、特定の線の角度、特定の向きへの運動等にしか反応しない事実を明示しています。
抽象的美術を語る上では、たしかにこれで充分である、との印象を受けておりますが、こうしたデータ例を元に、ゼキは
「形を本質的な構成単位に還元しようと試みた画家の作品と、すべての形の構成要素が脳内で以下に表象されているかという問いの答えを脳の単一細胞の反応の中に求めた科学者の発見との間に、類似点があるかどうかを」見ていくと述べ(198頁)、それで本論(12章以下)に入るのを待たず、咲きに結論を次のように明示しています。
「生理学者と画家は脳について同じような問いを発して来たのである・・・画家が形の普遍性を抽出することに成功したかどうかを最終的に判断するのは・・・画家と鑑賞者の脳なのである。そして脳が下した決定は、何百年もの進化の過程の産物である脳の生理学的構造に基づいているはずであり、この進化の結果、脳はほぼ無限に存在する形を、共通する特定の側面から認知できるようになったのである。」(198頁)
この結論により、ゼキはなお
「モダンアートの価値を単一細胞の反応という観点からのみ説明できるというつもりはない」(203頁)
という慎重な姿勢を保ちながらも、実質上は美術家と生理学者=脳科学者を同列に置いています。

この同列関係は、果たして、正しいでしょうか?



音に関する受容野で、音楽に関わるものとしては、聞こえる周波数帯域によって、いくつかの受容野が順序良く並んでいて、特定の範囲の周波数の認知を司っていることまでは分かっています。
ですが、(音量・リズムの問題はとりあえず措くとして・・・とくに後者は運動を司る領野と密接な関係をもっているはずですから、ゼキの論との対比は可能になることでしょう)音色についてとなると、もしかしたら広い世界の論文の中には研究発表されたものが存在するのかも知れませんが、少なくとも公にされるほど一般的に発表し得る研究結果は存在しないように見受けます。・・・もし存在するようでしたら、ご教示下さい。

詳細は、ゼキが「色彩」を具体的に取り上げる際に検討することとしますが、仮に、音高(周波数帯域)だけでなく音色・リズムまでの問題が解決したとして、それは音楽がもたらす「情動」と・・・これは演奏家の上に起こるものと聴き手側に起こるものとで一致・不一致があることも考えられます・・・どのように結びついているか、までの解明は、果たして、どこまで可能なのでしょうか?
なおかつ、そのようなことが「科学的に」解明されなければ、音楽の「価値」というものは<客観的に>とまではいわなくても、美術品がそうであるように「オークションでの価格付けが可能になる」までに至ることはあり得ないのでしょうか?



以下は、まるきり「神話的寓話」ではありますけれど、特に哺乳類の子宮内での生育過程を観察しますと、そもそも感覚器官というものは、発生をたどればすべて触覚の延長と鋭敏化から分化したものであることは、既にどなたもご存知の通りです。その生物の目的によっても順番は異なるはずですが、それは、五感として現在人間が理解している限りにおいては触覚-->嗅覚-->味覚-->聴覚-->視覚と、おおよそそうした順番で出来上がってきたもので、生命維持本能に近いものから順に発達が始まった一方、後に来るものほど高度な機能・精密な構造を持つようになった、と言えるでしょう。
嗅覚や味覚は、言うまでもなく、肉体の維持にとって毒となるか否かを判別するために早くに成立し、聴覚は、どちらかといえば外敵の接近を回避する必要に起こって、さらには種の保存本能のために同種および異性の存在を確かめるために高度化して行ったのではないかと思います。

すると、聴覚という感覚の目的にとっては、「音楽」という創造物は、副次的なものに過ぎない。
視覚にとっての美術も同様ではあるでしょう。(もっと言うなら、高級料理の「上品な美味しさ」もまた、味覚にとっては副次的なものに過ぎません。)

そうすると、なぜ、そのような副次的な目的物(音楽作品、美術作品)を人間は求めだしたのか、という根本的な問いが、まず存在しなければならない。

ですが、議論はむしろ多くの場合、逆方向をたどっています。
「音楽こそすべてを律する」
「美術の崇高さの前に我々はひれ伏す」
本来は結果論であるはずのこうした主張の方が、まず大前提とされてきたのが、じつは生理学者のほうではなくて、「芸術家・あるいは芸術の理論家」と称してきた人々だった。とくに音楽については、古代の神話が前提もなく「人を律するものだ」と語っている例は、豊富に目にすることが出来ます。

問題なのは、そうした古代から決別すべく客観的な議論を試みるたてまえから出発したはずの「自然科学者」の末裔が、出発点をまたもや振り出しに戻し、自分が体感した事実からのみ
「音楽こそすべて」
のようなことを平気で書いて、しかもネームバリューで大量に売ってしまうことにあります。

音楽に限った話ではない。
そもそも「科学」と称しているものがなぜ、主にヨーロッパにおいて、中世末期には「哲学・神学」から分離と訣別を開始したのか、それがまたなぜ、20世紀後半から、少なくとも「哲学」とは融合したがり始めたのか、を明らかにしなければ、人の「生業(なりわい)」は将来如何にあるべきなのか、を人間自身が見失っていくことになるのです。

それを思うと、自己の見解にも慎重で謙虚さを保っているゼキ博士ですら、「美術家の考えてきたこと=生理学者の考えてきたこと」という等式を成り立たせてしまっていることに対しては、私は疑問を感じざるを得ません。

どのような意図をもって、ゼキはこんな等式を成立させるところから具体論に入っていくこととしたのか、は、したがって、本書を読み、読者なりに考察を加えていくにあたっては、極めて大切なポイントとなってくるはずです。
結論とまではいかなくとも、最終章でゼキがモネの絵を採り上げて語る際に、私たちがその続きを考える上での大きなヒントを見出すことができるでしょう。

趣旨をお汲み取りいただければ幸いに存じます。


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2008年12月15日 (月)

音楽美の認知【番外】:「プラトン問題」・「イデア」・「普遍」

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大宮光陵高校管弦楽部がSONYのウォークマン"Play You"のCMに12月13日から出演しています!

その大宮光陵高等学校第23回定期演奏会(12月14日)は、無事終了致しました。

リンク:(0)(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)

・・・どうも、ボケが進んでいるのか、今日ネタにしようと思っていた元ネタの本が見当たりません。
年齢のせいではないと信じていますが。。。

仕方がないので、いちばん肝心の部分は、間接資料を用いながら綴ります。・・・それでも、その資料からの引用の方が、私の「読み」よりは適切でしょう。

今日の話題は、久々に一般的なものではありませんので(いや、いつもか!)、ご容赦下さい。ご興味のない場合は読みとばして頂いて結構です。



エミール・ゼキ博士『脳は美をいかに感じるか』の読みを中盤で止めておいたのは、そもそもゼキの「イデア」(同書第5章が発端)の提示方法に疑問が湧いたからでした。
その疑問を、第5章の読みのところに、以下のように綴っておきました。

ゼキの提示したイデアは、次のようなものでした。
「人間の主観の中には経験を重ねる過程でさまざまな「像」の蓄積が出来る。人がものを「見る」ときには、その蓄積=イデア(というのが、端的に言えばゼキ見解です)として、その「もの」が何であるかを判定する。」

これに対して、私がすぐに抱いた疑問は、次のようなものでした。
「私たちは、自分達が未経験な事物・事象に出会ったときにでも、感激を覚えることがあるのではないか? そのときには、自己のうちには依存すべき原像がないはずであり、ゼキ定義の<イデア>ではこのケースの感激を説明することが不可能である」

では、プラトン(プラトーン)自身による「イデア」とは、どのようなものなのか?

竹田青嗣『プラトン入門』(ちくま新書190)198-199頁に、その要約が記されています。

「----『善のイデア』(『真のイデア』ではなく)こそ、一切の事物の本質(=イデア)を照らし出すその根本的根拠である----(中略)プラトンにおいてこの『善のイデア』は、一切の事物の本質を照らす根拠であるとともに、人間の魂の欲望の真の対象として性格づけられている(小略)・・・知の普遍性とは、あらかじめ何らかの絶対的真実を設定し、一切の考えをここに帰着させるというようなことではない。それは、各人のさまざまな『思わく』(各人の準則)における食い違いから出発して、そこに新しい共通理解を見出そうとする言葉の努力それ自体だが(じっさい言葉なしにこのことは不可能である)、この努力の根本動機となるのは、すでに何らかの『正しい知』をもっていること、ではない。それは人間間の確執や矛盾に際して、これを調停し争いを宥め解決を見出そうとする心意、つまり『善きこと』を求めようとする魂の欲望以外にはありえない。(以下略)」

<真のイデア>という部分は、とりあえず考慮しないでおくことにしましょう。プラトンは、人間にとってのイデアは<真のイデア>よりも<善のイデア>を上位においているからでして、とりあえず
「では、真のイデアとは?」
という問いは、今回考えたいことに対してさほど本質的な意味を持たないからです。

見当たらなくした肝心の本・・・プラトンの『メノン』という著作は、まだイデアという言葉はありませんが、「徳」とは何かについてソクラテスとメノンという人物が延々と、その「本質」を見出そうとしては論理の矛盾や仮説の偽が証明されていくばかり、でもって最後には結論が示されずに終わる、という、対話自体が狐につままれたような感じの、読むとタヌキにバカされた気がしてくる、不思議な書物です。但し、岩波文庫版は厚手ではない上に訳文が非常に良く、おそらく本対話編に続く『饗宴』および『パイドーン』で確立する<イデア論>の本来の意味を知る上では、絶対に読み解いておくべき作品でもあります。

竹田著の記述からの引用は、省いたところに本質を述べてある箇所もあるため、かえって難解なものにしてしまいましたけれど、ここで語られていることは、そのまま『メノン』の記述に通じます。すなわち、<(善の)イデア>というものは、何らかの「かたち」として思考されているのではなく、「求めるべきものを如何に得るか」という、むしろ精神そのものの姿勢を指している。・・・従って、本当は、必ずしも「結論としての<かたち>」を必要としていない。
それが、後代の人々にあたかも「イデア=理想像」的な解釈を受けるようになった原因は、『メノン』以後の著述の仕方が、より具体的に「姿形を伴ったものを通じてイデアを探求する」ようになっているからで(最も総合的で顕著な例は『国家』【岩波文庫では2分冊】に頻出します・・・『国家』には「音楽についてはイデアをどう考えるべきか」の対話も含まれています)、プラトン自身が<イデア>をどう人々に伝達するかでずいぶんと苦労したことが伺われるのですが、プラトンの苦労がかえって、<イデアとは形を持った抽象物、あるいは数に還元し得るもの>(ちなみに、『パイドーン』で死刑の毒を仰ぐ前のソクラテスの前に集まって<魂の不死>を議論する登場人物は、すべてピュタゴラス派の人物であり、プラトン自身の経歴にもピュタゴラス派との深い関わりがあります)という発想へと人々を縛り付ける結果となってしまった、と思わざるを得ません。(いちはやくその危険性に気づいたのはアリストテレスではないかと思いますが、彼の危惧はこれまた後代の人々からは逆手にとられて、ルネサンス期には非科学の象徴にされてしまいました・・・詳しくご紹介できるほどの理解力も力量もありませんが、プラトンの記述した方法での<イデア>ではいかんのだ、という危機感を、プラトンの名やイデアについては明記してはいないながらも、アリストテレスの著作(政治学・倫理学関係や形而上学)には色濃くにじみ出ていて、それはそれで、著者の苦悩を感じさせるものとなっています。)



以上のことから、ゼキの持ち出した「イデア」は、プラトンが本来考えた「イデア」とずれていることが確認出来ました。
すなわち、プラトンの言うイデアは、決してゼキが思ったような「経験を重ねる過程でさまざまな『像』の蓄積」ではない、のでした。

では、ゼキだけが「イデア」をこのように捉えているのかというと・・・全然違う話題の際に頂いたコメントから必要を感じて上っ面だけをニワカ勉強したのですが、言語学、とくに「生成文法」とその延長としての「普遍文法」を考える際に<プラトンの問題>というのがあることを知りました(町田健『チョムスキー入門』183頁以下参照、光文社新書244)。子供が生まれたあとの言語経験には不足があるにも関わらず、その子供は「完全な」言語を獲得する、というものです。「生成文法」じたいは、英語という特定の言語について発案されたものであり、町田氏は上掲著書の中で、日本語にも英語同様の「生成文法」が成り立つという見方を、懇切丁寧に解析しながら否定しています。「生成文法とは何か」を語れるほど私は理解できたわけではありませんが、誤りを恐れずに要約しますと、

・(言語における)文の構造を主語や述語という一般的な学校文法よりもさらに突っ込んで、構成素に分解し、それぞれの構成素に名前をつける。すると、一般に文法規則とされているものよりも実用上の言語に適応性の高い言語解析がなし得、かつ、それらがどのように「まとまるか(句構造標識化できるか)」についての解析が可能になる

といった具合でしょうか?
これに対する町山氏の疑問提示は『チョムスキー入門』でお読み頂くとして、この「生成文法」の発想の究極に、やはり、「形態化されたイデア」としての「普遍文法」なるものを追い求める、言語学のあるひとつの派を見出すことができます。さらに、これは、発想者チョムスキーをずっとさかのぼり、現代的な言語学の創始者であるソシュールの、言葉が伝える意味とは何か、についての探求にその淵源をみることも可能なのではないかと思います。ソシュールはそれを言語(単語)の「体系」とか「連合関係」として捉えており、後年のチョムスキー(句構造)に繋がる発想としては「連辞関係」なるものを考えています(同氏著『ソシュールと言語学』講談社現代新書1763)。
ところが一方で、ソシュールは「言語には恣意性がある」ことを認めています(言語の恣意性について私のような素人にも易しく理解させてくれるのは、黒田龍之助『はじめての言語学』講談社現代新書1701です)。言葉を記号として捉えた場合には、それは表示部(音素の構成)と内容部(意味)を有することになるのですが、この二つの部分は常に固定的に結びついているわけではない・・・すなわち、日本語の単語の例で言えば(これは上掲書に記載されているものではありませんが)「自由(ji-yu-u)・・・正しい音韻記号が使えなくてすみません)」というのは鎌倉時代には今で言う「勝手」とか「わがまま」という意味を表していました。あるいは、「気の毒(ki-no-do-ku)」という句の意味は、江戸時代を通して、「自分の心がいたい」から「困る」という意味を経て、現代に近い、他人への同情を示すものに変遷している例が有名です。もっと短い刻みで単語の意味、言い回しの変化が起こっていることは、私たちみんなが日常経験していることです。
これは、(極端すぎる表現ですが)「言語にも『かたちとしてのイデア』が存在するはずだ」との「普遍文法」の発想あるいは仮説には反する現象です。

このほかに、物理学と、おそらくはプラトンがピュタゴラス派と関係が深かったことの延長でしょうが、数学とを抱き合わせて、生理学生物学とは違った自然科学の領域から著されたロジャー・ペンローズ『心は量子で語れるか』(講談社ブルーバックスB1251)のような本もあり、この論も結局は「プラトン的世界」というものを思考上「物質的世界」と置換することの可能性から「認知」の世界を扱っていて、「イデア」に対する捉え方はゼキの生理学、チョムスキーの言語学と同一のものだと見なし得ます。



プラトンの発想した元来の<イデア>が、かたち・概念へとより固定化された「イデア」に変質したところから人間世界が観察されている(特に欧米で)、という事実は、ですから、私たちはよくよく銘記しておかなければなりません。
このことをまとめるにあたってヒントを下さったかたのコメントには「普遍楽典があったらいいのですけれど」とありました。
理想を言えば、そうしたものがあることによって誰にとっても「ああ、これは音楽だ」と認めうるものが出来るのであれば、それは素晴らしいことだと思います。ですから、コメントを頂いた時には、正直言って「うーん、いい発想かも知れないなあ」と思う反面、お答えのコメントには「でも、そういうものがあったら、ずいぶん内容が限られたものになるでしょうね」といったニュアンスのことを綴らざるを得ませんでした。

『ドレミを選んだ日本人』(千葉優子、音楽之友社)という、非常に興味深い本がありまして、それによれば日本人が現在のように西欧音楽を違和感なく受容するまでには、明治政府の政策で洋楽が推進された(これは実は正しい言い方ではありませんで、明治の音楽教育の確立に尽力した伊沢修二を中心とした音楽取調掛の記録・・・東洋文庫に収録されています・・・を読むと、当初は邦楽と洋楽の併行による国楽を意図したにもかかわらず、路線がどんどんズレていっている様子が手にとるように分かります)にもかかわらず、大正期を過ぎてもなおすんなりいっていなかった実情がはっきりと分かります。音楽史で戦国時代を話題にした際には確認しきっていなかったのですが、当時あくまで西欧式の音律にこだわろうとしたイエズス会に対し、戦国大名たちは正統にも、日本の伝統に馴染もうとしないまま一方的に自分たちの音楽文化を押しつける修道士に抗議していたという事実も記されていて、日本人の今の音楽享受環境を(ビジネスとしても)見直す際には、そういった経緯をよく見直す必要があると感じております。

すなわち、決まりきったかたちとしての「イデア」は、音楽においても、本来的な「イデア」でもなければ普遍性を持つものでもない。
「善いもの」を目指す精神の姿勢こそが<イデア>という語の元来示しているものだ、という再認識から仕切り直すことが、「ルックスを売る」・「スタイルを売る」類いの、必ずしも「音楽そのもの」が売りにはなっていないビジネスシーン、音楽生活に、もっともっと、あるべき深みを与えていくのではないでしょうか?



ともあれ、長くなりましたが、ゼキの後半部を読むにあたっては、こうした点に留意して、美術と音楽を対比し、音楽に有益なものが見い出せないかどうかを探りたいと思っております。
都合の良いことに、ゼキが後半部で扱っているのはモダンアートであり、最後の締めに持って来ているのはモネが何枚も描き続けた「ルーアン大聖堂」です。

・・・ああ、だけど、ド素人の私には、これはあまりに荷が重いかな・・・


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2008年11月29日 (土)

音楽美の認知番外01:バカ田大生・愛の告白なのだ

心臓移植への応援の願いサイト「大樹君を救う会」
http://savedm.web.fc2.com/
・・・是非、お目通し下さい。



大宮光陵高等学校第23回定期演奏会(12月14日)のご案内を掲載しております。

Bakata先般亡くなった漫画家、赤塚不二夫さんの最高傑作「天才バカボン」に、こんな一節があります。
物語は、バカボンのパパがママにひとめぼれしてアタックする、というものなのですが、パパはバカ田大学の先輩のアドバイスで、まずラブレターを届けにいきますが、次のアドバイスは「百万円をプレゼントする」というもの。そんなお金はとてもないパパ。それでは、というので、「じゃあ、レコードを3枚買ってこい」と言われます。で、せっかく買って来たその3枚のレコードを、先輩がそれぞれ3つに切ってしまう。
「なにをするのだ」
と驚くパパ。
先輩は、その3つに切ったレコードを貼り合わせて、
「世界に1枚しかない歌のグランプリ」
のレコードを作ったのです。
・・・これが、パパの、ママへのプレゼントになります。
ちくま文庫「バカ田大学なのだ1?」に収録)

さて、こうして作った世界でたった1枚のオリジナル、果たして、ママにウケたでしょうか?

そこのところは描かれていません。

では、3枚のレコードを3分割してまた1枚に貼り合わせ直したレコードって、果たして、どんなふうに聞こえたのでしょうか(無事に再生できたとして、の話ですが)。

残念ながら赤塚作品に出てくるこの場面での曲の音声を持ち合わせていませんので、
「じゃあ、クラシックで試してみよう」
と試した見た結果が、これから聴いて頂くようなものです。ただし、聴いた人にまで私の「バカ」が伝染するといけませんので、1分間程度に留めました。

・貼り合わせ音楽(アバウトですが、貼り合わせの間隔は33回転を想定)

なお、レコードを貼り合わせたことによって出ただろう、針のとぶ音(レコードはキズが付くと、その場所でカチッとかブチッとかいうノイズが入りました)までは再現できませんでしたが、とにかく、3曲を貼り合わせてみました。いちおう、たくさんの人が知っているはずの曲を貼り合わせましたので、素材にした曲名は明かしません。・・・お知りになりたい場合はお問い合わせは受け付けます!

で、バカ田大学的に、大真面目に考えてみたい、というのが、番外編の入り口です。

※ 上の貼り合わせ、音楽に聞こえますか?
 ・音楽に聞こえる場合:なぜ音楽に聞こえるのでしょう?
 ・音楽に聞こえない場合:なぜ音楽に聞こえないのでしょう?



こんな試みをしたきっかけは、私と違って「バカ」ではないので「ヒントを頂いた」とここでお名前を出してしまうのが失礼にならないよう祈りますが、最近当ブログに寄せて下さったnabesinさんのコメントが、私の整理しかねていた「これから音楽を観察していくべき方法」に道を開いてくれた気がしたからでした。
nabesinさんは、言語学の例を引いて、音楽にも「普遍文法(チョムスキーの想定しているもの)」みたいなものがあるんじゃないか、と仰って下さいました。
それが刺激になって、コメントへの御礼を綴ってから、言語学のにわか勉強を始めました。ただし、入門書どまりの浅い勉強で、それも今時点では目標の3分の1です。

言語学は、学生時代に挫折した口で、ちゃんと勉強したことがありませんでした。
ですが、今回、そんなことで見直してみますと、「普遍文法」なる概念の陰にも・・・いや、そもそも近代言語学の祖であるソシュールの考え方の後にも、いま思うところあってその読解を前半で中断しているゼキ(『脳は美をいかに感じるか』)の論と同様、古代ギリシャの哲学者プラトーンが提唱したイデアについての近・現代自然科学者たちに共通する<解釈>が起点に据えられていることが透けて来ます。
「言語学よ、おまえもか!」
ってかんじです。

・上の貼り合わせ音楽(ここに再掲します)

を聴いて、音楽と感じるか感じないか、というところには、この<イデア>観の是非を問う大きな課題が孕まれているはずだ、と、今、私は勝手に考えているところですが、その課題とは何か、をかいつまんで述べますと、それは

・人間はどのような音の連続に「意味」を感じるのか
・「意味」とはそもそも、なぜ感じられるのか
・「意味」というものは、科学者が考えているような「イデア」的なものなのか?

といったようなところでしょうか。

それにはまず、「イデア」とはどんな概念なのか、ということをきちんと見据えなければなりません。
ただ、あまりに「きちんと」にとらわれると、それだけで、時間が足りなくなってしまいますので、本日の「貼り合わせ音楽」を素材にし、ほんのちょっとだけ、プラトーンその人がどういう過程を経て「イデア」を着想したのか、それは元来どのようなものだったのか、ということと照合して見たいと思います。

以下、<音楽美の認知番外>の次回に試してみることにしましょう。

それまでのあいだに、上の「貼り合わせ音楽」が音楽に聞こえるかどうか、その理由はどんなものなのか、でお感じになったことがあれば、極力「お感じになったそのままのこと」をどなたからでもお伝え頂ければ幸いに存じます・・・まあ、そんな「バカ田大学」OBはいらっしゃらないかもしれませんが、一人でもいらして下さることを、本当に切実に願っているというのが、私のホンネです。


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2008年10月29日 (水)

音楽が「とどまる」とき

「音楽とは音そのものである」
に、もう少しこだわってみましょう。

「音楽とは音そのものである」ならば、どんな「音」でも、「音そのもの」であれば「音楽」たりえるのか、ということについては、果敢な挑戦をした人たちもいましたし、その挑戦のありかたを強く否定した人たちもいます。

「N響80年全記録」に出てくるエピソードですが(立読みなので間違っていたらゴメンナサイ)、日本でシュトックハウゼン作品の記念碑的な演奏会が行われた時、臨席したかの名指揮者サヴァリッシュ氏が突然大声で、
「これは、断じて音楽ではない!」
と叫び、同じ会場にいたドイツ人たちもそれに唱和して大騒動になった、ということです。

シュトックハウゼンの音の扱い方が、サヴァリッシュ(やその共感者たち)にとっては、音楽とはいえなかった・・・それが何故だったのか、までは、同書には記していなかったと思います。

昨日<イデア>について見直した通り、それは決して「ほんとうの何物か」をさすのではありませんでした。むしろ「ほんとうのものとは何か、を追い求める精神のあり方」こそが<イデア>なのでした。
<音楽のイデア>というものもまた例外ではない。シュトックハウゼン・サヴァリッシュ対決事件とでも呼ぶべきこの事件は、そのひとつの現れだったと見ていいのではないでしょうか? 当時もてはやされた割には、シュトックハウゼンの作品は忘れられたに等しく、その名前だけが20世紀中葉の一大エポックとして記憶されているに過ぎない現状、この対決はサヴァリッシュに軍配が上がった、とみなすのは簡単なことです。かつ、シュトックハウゼン作品が今なお聴き直され(CDは今なお豊富に出ています)、CD、聴き手によって「ああ、やっぱり音楽ではない」と判定されるようであれば、やはりそれは音楽ではなかった、と言うことも、同じく簡単です。
「音楽をめぐる、ひとつのフロー(流れ)に過ぎなかった!」



別にシュトックハウゼンの肩を持つ、という意図からではなく、素朴な疑問から、私は問いたいと思います。
「では、シュトックハウゼンが作品化する過程にあったものも、『音楽』ではなかったのか?」
シュトックハウゼンの思考の過程では、それは「音楽」だったことに間違いないのではないか、とも思います(これは、私が彼の作品を好きだとか認めているとかいうこととは違います)。ただ思考する、その時純粋に「音楽」というものを追い求める、その営みこそが、<イデア>であった。それが具象化した時に、残念ながら、それはサヴァリッシュたちにとっての<イデア>とはまったくズレていたことがあらわになってしまった・・・本質的には、そういうことではないかと考えたいのですが、如何でしょうか?

とはいえ、そこに<イデア>同士の激しい対峙がある限り、否定したサヴァリッシュも、否定されたシュトックハウゼンも、決していっときの「流れ」に足下を救われることはないでしょう。勝負は、なんて、こんなことで勝負なんかに持ち込むのは本意ではないのですが、まあとにかく、勝負は「音楽の評価についてのさまざまなイデア」(なんだかまた妙な言葉をほざいてしまっています)という流れの中に、出来るだけ大きな石、 もしくは岩として、流されずに<限りなくイデアに近い音楽>ヅラをし続けられるのはどちらか、という土俵の上でなされ続けるでしょう。



最近、「オーケストラの経営学」という本が、カラヤンの真の友だったともいえるある大企業の社長経験者の讃辞を綴った帯付きで出ました。私のひねくれた目で評価すべきではないのですが、しかし、いくらオオモノさんが帯で讃辞を捧げていても、私には少なくともいまのところ、この本は魅力的ではありません。
なぜだか突然私も音楽を「ビジネス」なんぞという範疇で括り出し、脳神経と音楽の関係を云々するにあたってもビジネスと言う範疇を外すことがないのは、本来<音楽のクオリア>などというものは否定されるべきだ、との思いが入り口になっていて、それがだんだんに<イデア>などという話題にまで入って行くのだから、甚だ似つかわしくないことです。ですが、おそらくなんでそんなマネをするか、という精神においては・・・相手は大学の経営学の先生である上に上のような帯まで著作に付けてもらえるのですから、こっちはそれに比べれば蛙のションベンにもならないのですけれど・・・「オーケストラの経営学」をお綴りになったご著者と、実は共通した思いがあるからだと感じてはいます。

「音楽は、ほんとうは<財>なのである」

とでも要約したらいいのでしょうか?

ですが、私はオーケストラにせよ他の音楽にせよ、それらを扱う上で「経営」は存在しても「経営学」があるとは、全く信じられません。
まあ、そうした断言は、しかし、「経営学」を拝読してからしなければならないことでしょう。
それでもひとつだけ言えるのは、同じご著者は4年前に、オーケストラの「財政」について、きちんとデータを掲載した本も出されていて、そちらは素晴らしいと感じているのです。今回のご著書の方には、具体的なデータがありません。あるのは<オーケストラの経営のイデア>の、言ってみれば仮想図ばかりではないか、というイメージがあり、それで、まだ手を出す気になれません。

残念ながら容易に手に入らなくなってしまったのですが、あるプロジェクトの方たちが精魂こめてまとめた「ザ・オーケストラ」という本があります。1995年に出たものです。複数の筆者によるこの本の文章部には、筆者によっては強い主観もあり(って、その点ではこちらも負けませんね)、割り引いて読まなければならないことも沢山あるのですが、それにもまして、95年当時としては非常に努力しなければ集められなかったと思われる生データは、もう13年前のものとはいえ、現在にもつながる貴重な情報が詰め込まれていて、活用の仕方によっては、ヘタな理念を並べ立てるより、よっぽど
「音楽は財である」
ことを広く世間に認めてもらえる「経営」の舵を私たちに与えてくれるはずです。



「経営」に関する細かな話はいずれ述べる時が来ると思いますので、ただ印象を述べるだけにとどめますが、要は、それぞれの「経営」の本に対する私の善し悪しのイメージに関わらず、「音楽」が「財」としての確かな位置づけを持つためには、ただ音楽に留まらず、「経済」と、それを「営む」ということの原点に帰らなければならない、という危機感は、音楽を愛する人たちには共通して持たれているものではないかと感じているのです。
昨今の「市場」が端的に示しているように、過去にいかなる「経済学」や「経営学」が高く評価されて来たとしても、評価の物差しが「金銭」以外にあり得ない現在、この物差しさえちっとも絶対的ではあり得ず、「人の思惑」や「貨幣の横流し」がバランスを崩せば一挙に何の目盛としても役に立たない、「平均台上のヘボ選手」でしかない。フロー(流れ)がストック(財の確実な形成)にキチンと裏打ちされなければ、<ほんとうに限りなく近い財の価値>などというものは、所詮誰にも分からず、ただ
「これはいい、あれはダメ」
という空騒ぎの中でのみ相対的な評価を受けるしかない。
そういう「経済」の「営み」の中では、少なくとも<音楽>のほんとうの価値は測れない。
たとえば、ストラディヴァリには5億の値が付くので驚かれますが、もし中東の遺跡から「有史前後の貴重な楽器群」が完全な形、損なわれていないコンディションで現れたら、それらは文化財保全の立場から決して演奏されることはなくても・・・いや、皮肉なことに、演奏されないからこそ、ストラディヴァリの2、3倍、あるいは想像を絶する値段で取引されるかもしれない。つまり、歴然と「文化財」として、悪く言えば骨董的な価値が確立して初めて、モノはほぼ固定した、あるいは不況知らずに上昇する値段で、確定的に値付けされる。・・・実際に演奏されるが故に、保有することが「売り」にもステータスシンボルにもなり得るという、未だ「フロー」の渦中にあるストラディヴァリは、「骨董品」だったら、とても今の値段ではおさまらないはずなのだそうです。
・・・なお虚しいのは、これはあくまで「楽器」という「手段」の価格であって、価値なのではなく、さらに重ねて言えば、音楽の手段のホンの断片に与えられた価格に過ぎず、「音楽の価値」そのものには程遠いのです。


ならば、「音楽は財である」ということを、いかなる根拠から私たちは言明することが出来るのか?

前掲「N響80年全記録」にある2つのエピソードが、とりあえず、そんな疑問を抱き続ける私の胸に強い印象を刻み込んでくれています。

ひとつめは、N響1000回記念講演のとき、ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」を推す事務局に対し、サヴァリッシュが
「いや、日本はキリスト教国ではないのだから、その点に配慮すべきでしょう。宗教色の薄いものを」
ということで、当時の日本ではほとんど知られていなかったと言っていいメンデルスゾーンのオラトリオ「エリア」を選んだ話。この選曲に周囲は客寄せにならないのではないかとの危惧を抱きましたが、結果的には大成功だったのです。・・・なぜ、日本で認知度の低い曲が大きな成功をおさめたのか、については、本の上にはそれ以上、理由付けの記述を見出すことは出来ませんでした。サヴァリッシュのほうが、日本と言う国の本質とは何かを考え抜いていたからこそだった、とだけでもひとことあれば嬉しかったのですが。

ふたつめは、ギュンター・ヴァントが年末にベートーヴェンの「第九」を「5回も振るだって? とんでもない!」と拒否して譲らなかった話。
「第九」が西欧の近・現代文化上どういう重みで捉えられて来ていたか、日本の「第九」認識とのあいだにどうしてヴァントがこのような拒否をするだけの大きな差があるのか、は、日本には「第九」に関する出版物があるので、それらを本気でひもとけば、サヴァリッシュのケースより明瞭に理解できるでしょう。
ロマン・ロランが、長編とは言えないまでも決して短くはない思索を「第九」1作に捧げたこと、ヒトラーもスターリンも「第九」で称揚されることをこの上ない喜びとしたこと・・・でありながらかの「ベルリンの壁」崩壊の時に高らかに歌われたのも、チェコが旧ソ連からほんとうの開放を勝ち得た時に熱狂的に演奏されたのも、同じ「第九」だったこと・・・

サヴァリッシュも、ヴァントも、「財」としての西欧クラシック音楽とは何か、の要諦を身にしみて知っていたからこそ、上のように振る舞って来たのです。



日本は・・・武満徹が亡くなっても国葬になりませんでしたし、そうでなくても、日本人作曲家の作品を中心とした演奏会はほとんど催されません。
N響がもっとも飛躍を遂げた時期に、日本人作曲家の作品特集の演奏会を催したとき、聴衆の拍手がお義理に聞こえてたまらなくなった故・岩城宏之は(だいたいこんな意味合いのことを)叫んだそうです。(これも「N響80年全記録」で読んだ話です。)
「みなさん、本当に良いと思ってくれたら、その時拍手してくれればいい! つまらなかったら、拍手なんか、いっそしないで下さい!」

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2008年10月28日 (火)

「すみれ」と「老婆」:科学的<イデア>観の誤謬

(標題に掲げたモーツァルトの歌曲は、あとでこの文章に必要な「資料」として実際に聴いて頂きます。)



<イデア>という言葉には、愉快な思い出があります。
大学に入学したての日のことです。哲学なんてまったく知識が無かったに等しい私は、同級生になるはずの連中と会話しようがなく、たいへん困りました。なにせ、話題が哲学者の名前の羅列だったのです。・・・いま思うと可愛いもんで、出てくる名前はせいぜい「カント、ショーペンハウエル、ニーチェ」程度のものだったのですが、それでも私にはさっぱり分からない。で、高校の倫理社会の時間にきかされた話(男と女は最初はひとつだったのが、ゼウスの電撃で二つに割れて、出っ張りが残った方が今の男に、くぼみの残った方が今の女になったんだ、という、プラトーンの対話編『饗宴』のアリストファネスの上げたエピソードをさらに戯画化したものでした)の記憶くらいしかありませんでしたので、それまでの会話に名前が出て来ていないことをいいことに、
「プラトンがいちばん面白いよ!」
と見栄を切ったのでした。

そうしたら、最初の日の講義が終わったあと、自転車置き場に向かう僕の後をついて来たヤツがいました。なんでだろうか、変な奴なんじゃないか、と怪しく思って腰が引けました。
とっても天気のいい日でした。駐輪場に着くと、自転車1台1台の陰が、地面にくっきり映っています。
そのとき、後をついて来たヤツが、口を開きました。
「<イデア>って、もしかしたら、この自転車の陰みたいなものなのかな・・・」
・・・
「あのさあ、オレ、急ぐから、また明日な」
私はとっととその場を逃げ出しました。



今になって思うと、ヤツは多分、以前にプラトーンの『国家』を読んだことがあって、そのなかの有名な「洞窟の比喩」が強烈に脳裏にあったのでしょう。・・・ただし、意味は逆に捉えていたことになります。「洞窟の比喩」でプラトーンが述べているのは、(生まれながらに)洞窟の中に手足を縛られ、洞窟の奥の壁しか見られない者は、背中の方にある本当の光(太陽)と、それに照らされている事物そのものに気づくことが出来ず、それに照らされた実物の方ではなく壁に映った方の影を事物の本質だ、と信じ続けるだろう、というものです。・・・この先が重要なのでしょうが、いまはここまで述べておけば充分でしょう。詳しくは、今日の記事のテキストにした竹田青嗣『プラトン入門』178頁をご覧下さい。


いまでも私はプラトーンを含め「哲学」についてはちっとも分かってはいないのです。
ですが、(繰り返しになりますけれど)多くの名音楽家が
「音楽は音そのものであって、他の何者でもない」
と明言していることと照らし合わせ、同時に「音楽の美しさ」をむりやり「脳へのいい影響」に理屈で結びつけようとする考え方が絶えないことには嫌悪の気持ちも強く、脳の捉えられる「美」の限界を示すものとして非常にいいなあ、と感じたエミール・ゼキ『脳は美をいかに感じるか』に巡り会った時には有頂天になりました。この本は美術を対象としていますし、それに対する脳の反応がどこまで明確に分かり、どこからは明確に分からないかもはっきり記しているのにはたいへん好感を持ちましたので、せっかくだから、ゼキの記述を音楽とも対比させてみられないものか、と1章1章丁寧に読んでみようと試みて来ました。

ところが、第5章に至って(初めてさらりと読んだ時にも記されていること自体には気づいていたのですが)ゼキがプラトーンの『国家』からのひとつの比喩を、あたかも<イデア>の根本であるかのように考えている誤謬を抱いていることを自覚してから、この尊敬すべき書物の記述を読むのにも、懐疑の精神を忘れてはならないことを徐々に思い知らされました。(気づいた誤謬の内容についてはリンクした記事をご覧下さい。)



ここで、モーツァルトの手になる有名な歌曲2作を聴いて頂きましょう。

・「すみれ」

・「老婆」

エリー・アメリンク/ジェラール・ムーア EMI CC30-9018

・・・さて、これらを、二つとも「美しい」と思ってお聴きになるでしょうか?

作曲者モーツァルトについて創作心理を推測しますに、仮に彼に音楽の「美」の標準(イデア全体ではなく)があったとして、後者は明らかに「美しくない」ことをもくろんで作ったはずでしょう。

では、それにもかかわらず、聴き手としての私たちは、どちらの歌をも「美しい」と思って聴くでしょうか?
答が「ノー」であれば、それはモーツァルトの創作心理に近いものでしょうから、それ以上言うことはありません。
「イェス」であったとすれば、話が違って来ます。
「美しくない」はずの歌と「美しい」歌を同列に「美しい」と評価するのであれば、そこには、聴き手の中に介在物としての何らかの「美の標準」が、また別個に存在するだろうからです。
それをたとえば「モーツァルトの作品であれば全て美しいのだ」(それにしては「音楽の冗談」なんて作品もあるのですが・・・脇に逸れっぱなしになるから、よしましょう)という「美の標準」だとする。それは、<イデア>というもの=<事物の理想像>であると前提してしまっている時には、<イデア>の一部分を構成することにもなり、同じ聴き手が「でも、武満徹の作品だって、武満徹の作品であれば全て美しいのだ」と別の「美の標準」をも併せ持っていたとすれば、<イデア>は異質のものの集合体であり、そこからある定型的な<事物の理想像>を引き出すことは不可能である、と見なすほかありません。



ここで我流にプラトーンの対話編を拾い出して読んでも、理解力が付いて行きませんので、私が最近、プラトーン哲学の最も優れた要約かつ総括であると感じた竹田青嗣『プラトン入門』(ちくま新書190、1999)から、そもそも<イデア>とは何であるか、についてまとめたものを数ヶ所拾い出すことで、上の<イデア>理解の誤謬を明らかにしておきたいと思います。・・・で、同書が体系立てた記述で明らかにしてくれていることは、まず、初期のプラトーンの哲学には<イデア>という言葉がまだ用いられていない、<イデア>はプラトーンが経験と洞察を深めて行った過程で初めて術語化されたものであることで、もしプラトーンの対話編そのものを読む場合には、その対話編がプラトーンの生涯のどの時点で書かれたかが非常に重要であることを示唆しています。ちなみに、有名な『ソクラテスの弁明』や『クリトン』は初期、『パイドン』『国家』・『饗宴』は中期のものでして、私の呼んだ浅い経験でも、そう言われてみれば、前者に<イデア>の言葉を見た覚えはなく、後者は逆に<イデア>を巡ってさまざまな「比喩」が飛び交う書物です。・・・これは、ご参考までに、ということにしておきます。

以下、竹田著の詳細はだいぶはしょりますので、これだけでは勘違いされるか、浅くしか読み取って頂けない危険性が99%ありますけれど、あとは「本当に興味があれば」竹田著そのものを読んで下さるようにお願いする他ありません。私の引用が、いかにこの本の全体像を捉えるには不十分すぎるか、は、よく分かって頂けるはずです。

私は今、ただゼキの<イデア>理解、すなわち科学に敷衍しようとして限定的な意味を付与されてしまう<イデア>像では、プラトーンが本当に言いたかったことが曲げられていることを見ておきたい、という目的だけで引用を行なうのですが、竹田氏は実際には<イデア>を巡る諸問題を現代哲学にまで広げて懇切丁寧に説明してくれています。

「哲学者たちがかくも熱心にものごとの『原因』を探求してきたその理由は何か(中略)・・・おそらく、『善く』生きたいとか『ほんとう』に触れたいという人間の欲求の本性が、それらの問いを作り出しているのだ。だとすると、真に探求すべきなのは、これまで哲学者が問うてきた『原因』それ自体であるより、むしろこの問いを動機づけている人間の欲求の本性それ自体ではないだろうか。/おそらくこのような考えから、プラトンにおいては、自体的なものとしての『原因』の概念(中略)という発想は捨てられ、『善』なるものの『本質』を端的に捉えようとする新しい探求の道が開かれたのである。」(167頁)

「プラトンは、あらゆる人間の欲望は最終的に『本当の美』へ向かうべきだ、といいたいのではない。むしろこうである。/人はさまざまなものに対する欲望をもつ。その欲望の形は千差万別だ。しかしそれにもかかわらず人間の欲望には、つねに より美しいもの より善いものを求め、ついにその対象を、何かこの上ない『ほんとうのもの』という形で思い描かざるをえないような本来的な性格がある、と。」(232-3頁)

「注意すべきはこの『本質考察(注:=思考が共通了解を得る上での哲学的な基礎付けの試み)』の原理が、論理の使用法を厳密に規定するという発想とはまったく違っているという点だ。論理学主義は、正しい判断や正しい認識という概念を前提とし、結局『真理』という概念にむすびつく。しかし本質考察という方法はあくまで『普遍性』という言葉を生かすものであって、いわゆる『真理』という概念にはつながらない。」(279頁)

「事物とは、むしろ知覚と事物の相関性において現象するものであって、知覚(あるいは感覚)も事物もそれ自体『不変な存在』ではない。つまり、感覚的な事物の存在本質は『生成』ということなのだ。事物が『何であるか』は人間のさまざまな立場や状況に応じて変わる、つまりそれはつねに『〜にとって』という本質を持つからである。」(286頁)

「『普遍性』とは、異なった信念の間から了解の共通項を見出すための原理をめがけるものだ。それは、現代の思潮が主張するような、『一切の事柄について唯一の正しい考え方がある』という絶対的思考と、むしろ本質的に対立する。」(316頁)



プラトーン自身の言葉ではなく、そこから竹田氏が引き出したものだけの引用になってしまいましたが、以上のことから、ちょっと考えただけでも、ゼキが<イデア>について脳神経科学から絶対的な何かを取り出せると発想していることは、概念としての<イデア>本来が目指す方向とは正反対に向かっていることはご了解頂けると思います。

これは蛇足になるのでよそうと思っていましたが、ちょっと最後に付け加えます。

ウィトゲンシュタインにとっては、と、突然持ち出すのも妙だと思われるかも知れませんが、彼は論理の追求者であり、その限りにおいては<イデア>という概念自体は、彼の提示している
「原始記号の意味は解明によって明らかにされうる。解明とは、その原始記号を命題において用いることである。それゆえそれらの記号の意味がすでに知られているときにのみ、解明は理解されうる(3・263)」
ことよりもさらに包括的であり、
「pがqから帰結するならば、『p』の意味は『q』の意味に含まれる」(5・122)
ということよりもさらに巨視的でありながらさらに微細であって、ウィトゲンシュタインの『論理哲学考』を解説したラッセルの弁によれば
「哲学は科学よりも上に、あるいは下に位置しなければならない(とウィトゲンシュタインは考えていた)」
すなわち哲学は科学のカヴァー仕切れない領域について思考するためのものだ、という理念をもってこのような結晶化を成し遂げて来た帰結をもってしてなお、「原始記号」だとか「意味の包含」という以上にフォローできなかった広がりを持っている・・・おそらく彼はまだ、そういう「世界」を信じることを続けていたし、出来ることなら論理を超えてその世界にまで達したいとの思いを抱いていたのではないか、ということも充分想像できるのです。



「音楽とは音そのもの」である、と、およそ音楽家の信念として述べられ続けていることが、それでは果たして、ゼキの後半部(第二部、第三部)で科学との接点が見出せるかどうかは、あるいは、ウィトゲンシュタインがまだ見ていた夢をフォローすることにもつながるのではないか、であれば、ゼキの読書と考察はなお続ける意義があるかもしれない、と、以上のことから考えている次第です。

本来は門外漢ゆえ、プラトーンやウィトゲンシュタインについて誤った認識を持っての再スタートになるのかも知れませんが、そのあたりはご指摘頂きながら、またゼキの続きに取りかかって行くことと致します。


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2008年10月22日 (水)

音楽美の認知(10):捉えられなかったものは永遠に分からない

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ゼキ博士『脳は美をいかに認知するか』も、第10章をもって<第一部 能と美術の役割>を終えます。
第二部<受容野の美術>で、彼は主に抽象絵画やキネティックアートにたいする具体的な脳神経の反応をもって、「知覚と美術」の世界に、より明るい光を当ててくれるでしょう。
私の、本書を音楽と関係づける講読を、ここまでで一段落させておき、第一部で思いに任せてランダムに綴ってきたことを、再度読み返し、整理しなおしてみておかなければならないでしょう。そのことによって、第二部でゼキ博士が美術のずっと細部まで見通せるほどにあててくれる光の恩恵を、音楽の上にも与えてもらうようにしなければなりません。



ところで、ここまで読んできた部分では、「美術」が「形、色、運動」に関係してくること、それが知覚されるか、その知覚が疎外されるか、ということだけが問題として採り上げられ、したがって、音楽との対比も具体的に行なうことが出来てきました。

ところが、ゼキは、第10章を、フランスの外科医モローの驚くべき証言を引くことで締めにかかっています。
「外科手術により視覚を取り戻した患者が外界を見ることができると考えるのは間違いである。目は確かに見る力を獲得するが、その時点から、この力の使用法を・・・まったく最初から習得しなくてはならないのである。」(モローの言のゼキ引用、186頁)
・・・つまり、生まれてこのかた「もの」を見ることが出来なかった人は、仮に視覚能力を回復しても、「形、色、運動」が知覚できない。モローの発言の前に掲げられているある少年のケースでは、2つ3つのものの形を覚えるだけでも何ヶ月もの訓練を受けなければならず、しかも、二年後にはそうやって苦労して身につけたはずのことを、ほとんど忘れていたというのです。
同じように、先天性の白内障で視力を失った、といった類いの患者さんが手術で視力を獲得したとたん、たいへんな混乱に陥り(14歳の少女の例)、
「どうして前より幸せになれないの? 見るもの全てが私を不愉快にするの」
と叫んだそうです。(185頁)

ゼキは、実は第10章にこうしたエピソードを挟み込む前に、第5章でしっかり伏線を張っています。マグリットの「これはパイプではない」の絵をご記憶でしょうか? それについてゼキが記述する際、前提としてゼキが掲げていたのは、「人間の主観の中には経験を重ねる過程でさまざまな『像』蓄積が出来る」ということこそがプラトンの<イデア>の脳神経的な裏付けである、ということでした。
第10章は、ゼキが自らの<イデア>観、を脳神経生理の症例から、実に鮮やかに裏付けているのです。かつ、第6章以後で彼が述べて来たことも、第5章と第10章を繋ぐための周到な準備段階だったのです。
ゼキは、<プラトンのイデアとヘーゲルの概念の病理学>と題したこの章を、
「プラトンのイデアは、脳とは関連がなく、外界に理想形があるとしている点で神経生理学的に欠陥がある。」(181頁)
と、胸を張って述べることで始め、第6章では実作の上では必ずしも実らなかったキュビズムを主張した美術家の言をあらためて採り上げ、
「キュビストたちの発言は結局のところ直感的なものであり、過大評価に注意しなくてはならないが、彼らの発言のうちにみられる神経科学的正確さには驚嘆せざるをえない。たとえばグレーズとメッツァンジェは、絵画における線の関係について述べた文章で、ある状況においては、『私たちが認識するものと私達の中に先在するものとの間に知覚される類似性で、それ以上通分できないものの総和、すなわち質が具象化されている』と述べている。」(193頁)
このような引用をなすことで、6章以降見てきたことから、視覚脳の特定の領野に病巣をもつ人々が、視覚世界の他の属性を見る能力はそのままで、ひとつの属性を見る能力の味を喪失しうることを示してきたことが、プラトンが(ゼキの想定によれば)考えていたであろうような、総合的な対象としての<イデア>というものは成立し得ないのだ、と、控えめながら堅実な口調で重々しく語り、第一部を総括するのです。

「神経科学的に言えば、『美術はもうこれ以上対象なんていうものとは関わりたくないのである』というマレーヴィチの言葉は正しかったと言えるだろう。」(194頁、第10章の最後の言葉)



まったく音の聞こえなかった人が聴力を回復した時にどうであったのか、の症例をひとつも知らない私には、ゼキの「視覚におけるイデア論の欠陥」に付いての記述に反論できる余地は全くありません。
「光を取り戻した人が、取り戻した故に、かえって光によって盲目にされる」
ということが事実として存在する以上、ただそのことに驚嘆し、説き伏せられ、聴覚においても同等なのであろう、と、想定する他に術がありません。

かつ、聴覚を失っていない人でも、自分の<イデア>に存在しない「音楽」を受け入れられなかった例には、音楽史のカテゴリで戦国期の日本を扱った時に出会っています。当時日本に来たヨーロッパ人は
「(日本の音楽は)単音がきしきしと響くだけで、ぞっとする」
と言い、日本人の方は
「(協和音や調和は)かしましい、といって好まない」
というのでした。

・・・いや、この例を<イデア>(この用語を用い続けることが、そもそも妥当性を欠くことになるのかも知れませんが、それでも<クオリア>という時系列的には終点に位置する現象で知覚を理解するよりはより人間、あるいは生命の本質により近く接していること、また、いまのところ代替出来る用語を知らないこと・・・少し面倒くさく言えば「定義域を持つ<名>」こそが論理学上では<イデア>に代わった記号と見なしてもいいのでしょうが【恐縮ですが、この件についてはいったん忘れて頂いてもいいかと思いますので、今は詳述しません】、では「名」とは何か、というところ突き詰めなければならず、それについては私はまだ何の手も加えていません)を「持たない」ものは「受容され得ない」ひとつの証拠としてあげてよいのかどうか。

知覚のひとつの局面・・・視覚なら視覚のみ、聴覚なら聴覚のみ・・・だけに注目するならば、<イデア>は(ゼキの理解によれば)プラトンの考えたような総体的なものとしては人間の前には存在しない、ということは、真理なのかも知れません。

ですが、省みてみると、まず第5章で私は「ゼキの前提には、対象に対する<枠>がはずれているのではないか」という意味合いの疑問を持ちましたし(その時の文そのものでそういういい方はしていません、今読みなおすと、そういうことだったんだなあ、という話です)、第6章、第7章、第8章ではゼキにおける知覚把握の<枠>概念の不在についてさらに突っ込んでみて来たわけですし(とはいえ、浅いものではあったでしょう)、第9章では「視覚」と「聴覚」が捉えるものの相違点と、それがあってもなお存在する「共通項」が知覚として連動し得る可能性をイメージするところまでたどりつきました。

<クオリア>=<心にあるもの>という等式が成り立たないことは、既にゼキの実証したところです。
第一部については、このことが確認出来たことで満足しておけば充分かも知れません。

ただ、<クオリア>という用語を一度も用いることは無かったものの、ゼキはそれを否定する材料としてプラトンの<イデア>を、プラトンの表現したまま・・・すなわち、報告し、自己の裏付けをとる材料としては最新のものを上げながら、総括するべき概念としては<否定されるべき総体的イデア>とでも言うべきものを持って来ている、さらに言えば、古代人が考えるにはギリギリであったろう概念を、現代のものに完全に補正・置換する過程を経ることなく、古代人と同列なままで「知覚の科学」に援用している点には、さらに検討すべき大きな課題が残っているのではないか、と、まだ漠然とではありながら、それでも強く感じざるをえません。



ゼキの症例に相当するものを、当然、音のサンプルとして掲げることは出来ませんが、最後にチャールズ・アイヴズの最も有名で最も分かりやすいと思われる7分ほどの作品をお聴き頂きながら、拙文をお読み頂いたかたにもご考察頂き、もしアドヴァイス頂けることがあればご指導を乞うことで、今日は終えておこうと思います。

この作品について簡単に言い添えておくならば、誰にでも「音楽」であると認識(認知、ではなく)されるであろうものは、弦楽が最初に奏で始める原初的な音階です。そのあいだに、トランペット、フルートの「句」が、それぞれ決して重複することなく挟み込まれるのですが、これもまた「音楽」として認識し得るかどうか・・・そのあたりにご傾注頂ければよろしいのではないかなあ、と思います。

・「答のない質問」

M.Gould(cond.)/Chikago Symphony Orchestra, 1966 RCA TWCL-4004

はてさて、何で、こんなことを考え続けるのが「音楽ビジネス」と直結するのでしょうね?

今時点でひとつだけ言えることは、
「音楽そのもの、がきちんと<売り>になっているマーケットは、日本にはまだ存在しない・・・いや、世界の中でもどうだろうか?」
ということを、歴史と科学の、少なくとも二つの面から可能な限り確かめてみることによって、「音楽」の価値とは何であるか、を見直すいい契機になる可能性はあるのではないか、と、そんなバカな妄想を、私は抱いている、ということくらいでしょうか・・・



なお、下にいつもリンクしているsergejOさんが、タイムリーに(って、私にとってたまたまそうだったということで、先を越されちゃってたのですがアイヴズの特集を記事になさっています。音楽という意味では、そちらをご覧頂いた方がよろしいかと思います。

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2008年10月20日 (月)

音楽美の認知(9) 色彩と運動、その把握についての課題

「音楽のような」映画をDVDで見ましたので(とはいえ、その映画を「音楽のようだ」と思ってみる人は少ないと思います。私の感覚、ちょっとヘンかも知れませんから。監督した人も「音楽みたいに作った」とは一切思っていないようです)、そちらの話を、ほとんど記事を綴っていない「映画」のほうに載せたかったのですが、その話題にも絡んでくるので、「脳」シリーズを先にします。



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「色合い」と「動き」に関しては、音楽と美術を同列で考えてよいのか?
・・・これには、少し戸惑いを覚えます。

ゼキ第9章は<視覚美のモジュール性>というタイトルになっているのですが、扱っている主要な内容は、
・色覚を失った場合でも形態は知覚できる(168頁)
・運動を知覚できなくなると、移動したり量が増減したりする対象を知覚できなくなる(174頁)
ということを巡っての考察です。

視知覚上の色彩は、文字通り、「赤」・「青」・「黄」・「緑」等々、具象的な<色>を指します。で、<色>によって光の波長が明確に区分けされます。

同じく、運動は、物体(の境界線)が上下左右にあるスピードで<動く>ことを指します(位置の運動)。

聴覚上、「音色」と呼ばれるものは、同一の周波数であっても、音波の波形が異なれば、違う<色>として捉えられます。かつ、いかに音叉から発せられる「純音」に対してであっても、私たちは通常、「純音とはこういうものだ」という音色感を持っています。
音叉の金属音や、放送の時報のようなパルス音は、まずアナログ的な正弦波か、デジタル的な擬似的正弦波としてのパルス波かを聞き分けられます。
アナログ的なものならば、時間の経過とともに減衰・・・すなわち音量が小さくなっていく・・・のに対し、パルス波には、その発生源が一定である限りは減衰が生じないことも、先験的に知覚できると推測し得ます。

また、聴覚上の運動は、「音」という、目には見えない対象が
・「右から左へ」とか「上から下へ」とかに移動して「聞こえる」こと(位置の運動)
・ある高さの音が、ある時間の経過後に、より高いか、より低い、別の音に移動すること(波長の運動)
という、それぞれ違う<動き>を複合的に捉えているものです。

したがって、視知覚的な「色彩」・「運動」と聴知覚的な「色彩」・「運動」は、(回りくどい言い方で恐縮ですが)「色彩」・「運動」という同じ<大きな集合>に属するものであっても、その<大きな集合>の中で、明確に区分される部分と重なり合う部分がある、ということを、まず念頭に置かなければなりません。



ゼキの著書に挙げられている、「脳の損傷によって色彩を知覚できなくなった」画家の絵(169頁)は、悲しいものです。そこにはバナナの形も、リンゴの形も・・・心が荒れているからでしょうか、線は荒っぽいものの・・・しっかりと捉えられています。陰になっている部分が塗りつぶされているのを見ると、おそらく、明暗までの知覚は出来ているのでしょう。ですが、この画家さんは、色彩を失った後、それまで愛したフェルメールの絵を振り返ることもなくなり、ギャラリーへ出かけることも無くなった、ということです。

音楽は、「まったく聞こえない」ということを除いて、果たしてこの画家の例と同じような「色彩の喪失」を私たちに経験させるでしょうか? 上の純音の例を見ても、完全に、というわけには、どうもいかなそうです。
が、「単色」の濃淡だけにすることは可能です。

一つ、例をお聴きください。

・ブラームス「交響曲第4番」2台ピアノ版・・・第1楽章(立体感を消す為にモノラルにしました)

ラ・マルティース/ケーン NAXOS 8557685

ここには、最後に聴いて頂く、オーケストレーションされたあとの豊かな色彩は、確かにありません。
この2台のピアノ版は、ブラームス自身が交響曲を公衆に発表する前に、自分を理解してくれる友人を集めて披露するために編曲したものです。このときの友人達の反応が、興味深いのです。
ブラームスともう一人の人物がこれを弾いた後には、長い沈黙が待っていた、というのです。
・・・おそらく、いくらブラームスを理解している友人達でも、いわば「モノクロ」のこのヴァージョンからは、ブラームスが頭の中で何をイメージしているのか理解できなかったのでしょう。
作品自体は、通ならば「仕掛け」が分かるようになっていて(音を3度ずつ下げていく音列を、4音目で一見上昇したかに見せる)、このことは、即座に分かってはもらえたらしいのです。ですが、誰も、一言も発することが出来なかった。最後に、まだ歳若かった指揮者リヒターが、気まずい沈黙を破ろうとして
「一人くらいは大声で『ブラヴォー!』って叫ぶと思ってたんで、若輩者の僕は遠慮してたですが」
と発言したことで初めて場が和み、次の楽章の演奏に進むことが出来たのです。

何故そんな事態に陥ったか・・・秘密は、ブラームスがこの作品の評価を乞うた長年の友人エリザベート・フォン・ヘルツォーンベルクの
「これは(とても素晴らしい作品だけれど)普通の人たちにとっては難しすぎる」
との発言が物語ってくれます(ただし、エリザベートは正式のオーケストラスコアを見て発言したかも知れません。それでも、曲のイメージを頭の中で掴む上では、ピアノ版を聴くのと大きな差はなかったと思われます。以上は、フリッシュ『ブラームス 4つの交響曲』音楽之友社、絶版・・・英語版は容易に手に入ります、および同社版のスコアの解説を参照しました。)

ところが、オーケストレーションを施された正式版が大衆を前に演奏されたとき、作品はエリザベートたちの憂慮を見事に裏切り、大喝采を浴びた。

やはり、さまざまな楽器で音楽が明確に「色分け」されることによって、印象が平明になったのですね。

この例をみるかぎり、ピアノにはピアノの音色がある、とは言いながら、視覚とは意味合いにズレがあるものの、音楽にも「色彩」が作品を豊かにするとの事実は、厳然として存在することがわかります。

しかしながらもう一方で、音楽作品は、「音色が存在するのに、音色を聞き分けられない」という症例を見出すことが、出来たとしても非常に困難でしょう。「音色」には同一の周波数でも別の色がついている、ということが当たり前にあるのですから。
それと同時に、音楽作品には、本来的に、先ほど挙げた、音楽上の意味合いでの「運動」は、具象的な物体とは異なり、必然的について回る。
難聴にいくつかの種類があるとして、ある種類の波長は聞こえない、ということは、あるかもしれない。
ですが、聞こえない波長は、私の知る限りでは、途中の音域が抜けている(低音と高音は聞こえるが、中間の音は聞こえない)という非連続性を示すことが無い。物体の移動の知覚とは違うのです。ですから、波長の変化については音楽では「運動」なのですけれど、視知覚としては「色彩」の問題と同列に扱われるべきものになる。



ゼキの挙げている「運動の知覚障害」症例の中に、音との連動を扱ったものが現れないのを、非常に惜しく思います。
音もまた、知覚の世界では、音を発することを伴う「物体の移動」を知る際に大きな手がかりを与えてくれるのは、誰でも体験していることです。
では、ステージの右側で歌っていた歌手が、歌ったままで走って左側に移動した場合でも、運動を知覚出来ない視覚の持ち主は、やはり歌手を見失うのでしょうか?

さしあたって「運動失認」患者さんには物が場所を変えることが理解できない・・・液体の量が増えても、その液体と空間の間の線が認識できないので、お茶をこぼれないように注ぐことも出来ない、ということもあるそうです・・・のがもっとも重大なことですから、歌手の移動などという悠長な例で「視覚の運動失認」を考えるなど、もってのほかなのかもしれません。
ですが、もし「位置の移動」が視覚では知覚できない場合でも音で知覚できるのでしたら、音を使ってそういう患者さんの手助けになる工夫が見出せる可能性もあるのです。

そうした実用面はさておいても、興味深いことが把握できる入り口を見出し得ることになります。
五感のうちの少なくとも「視覚」・「聴覚」は、もしかしたら密接に連動して機能しているのかも知れない!

「色聴」と呼ばれる感覚を持っている人たちがいることが分かっていますけれど、これは特別なものか病的なものか、まだ判明していない、とされています。

私は、自分自身は自覚的な色聴の持ち主ではありませんが、色聴は特別なものでも病的なものでもないと思っております。

映画の、とくに印象的な場面転換の際によく使われる音を、思い浮かべてみて下さい。

突然真っ暗闇に陥る場面では、非常に低い音が使われます。
反対に、これもまた突然に燦燦と光がさす場面では、高い音が使われます。

これらのことだけで、どの高さの音がどんな色か、というディテイルは措いても、「色聴」は世間の誰もが持っていることは、自ずと明らかになるのではないでしょうか?
(ここであえて聴覚障害者を含めないのには考えがあるのですが、それをお披露目するチャンスがあるかどうか分かりません、ただ、いま、ここでは上手く述べられません。)



光の波の「波長」は、音の「波長」とは比べ物にならないくらい細かいし、光と音では物理的に異なった性質を示してもいます。
ただ、「波」である、という点では、一致している。

そうすると、知覚は、
「音とはどんな成り立ちの物理現象で、光とはどんな成り立ちの物理現象である。故に、別々のものとして捉えられる」
などという割り切った原則を立てるよりは、光にも音にも共通する「波」という性質のへの類推から、違った感覚器官でも、「波」という共通性質を抽出し、近似させ得るものは近似させて、相互補完しあっている、ということも想定したって決して変なことではないと思うのですが・・・
・・・やっぱり、変かなあ。



ブラームスの「交響曲第4番」第1楽章がオーケストラ版で演奏されたものをお聴き頂きながら、今日は最後の引用になってしまいましたけれど、ゼキの見出したいくつかの事柄で本章に採り上げていることがらのまとめを、どうぞ、お読み下さい。

・カルロス・クライバー/ウィーンフィル(1980)

Deutshe Gramophone UCCG-70020


「色は(中略)脳の構築物であり、外界に色が存在しているのではない。このことは、はるか昔にニュートンが気づいていたことである。ニュートンは次のように述べている。『正確に言えば、光線には色はついていない。この色やあの色の感覚を呼び起こす一定の力と性質があるだけなのである』と。」(171頁)

「視覚性物体失認には制約はあるものの、不思議な点も認められる。認知できる物体と認知できない物体があったり、検査によって同じ物体が認知できたり、認知できなかったりすることが認められるのである。この違いの背後に潜む謎はまだ解き明かされていない。」(177頁)

「色の美しさ、肖像画の美しさ、風景画の美しさなどという言葉は、美しさに独立した複数のカテゴリーがあることを暗黙のうちに示している。」(180頁)


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2008年10月15日 (水)

音楽美の認知(8) 「理解する」とは?

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どんどん溝にハマッて・・・アクセス数を落としております。 (^^;

専門家さんから見れば、素人考えなんか別に視野にも入りませんでしょうし、もしご好意をもって覗いて下さっても、議論がチャンチャラおかしいか、徹底していないでしょうし。。。

アマチュア仲間にとっては「なんでこんなことに熱中するのか」、キチガイ沙汰でしかないでしょうし。
第一、世間様でこんなことに興味を持つ人も少ないでしょう。
要するに、私は実に取るに足りない、無益なことに熱中している。
しかも、人様が敷いて下さった線路の上を歩きながら、価値のない石ころを拾いつづけているようなもんです。

まあ、懲りずに続けます。



さて、この曲、賛美歌のメロディーのアレンジですが、元のメロディが分かりますか?


ゼキ氏が第8章<見ることと理解すること>で注目しているのは、「失認症」と呼ばれる疾患です。脳の一部欠損によって起こる視知覚の「狂い」で、たとえば「部分」はどこもかしこも見ることが出来ても、それを「全体像」として捉えることが出来ないとか、自分の肉親を他人と並べて座らせると識別できない、とかいうような症例です。 が、ゼキの興味は、そうした症状を持つ人は「何が分からないか」ではなく、「何ならわかるのか」のほうに向けられている点で、従来の発想とは逆転しています。 「全体像」として把握できない人でも、風景は見事に写生出来る。・・・それが何であるかを説明は出来ないにも関わらず、彼の絵には、すべてがしっかりと描かれている。(訳書154〜156) じっと並んで座った肉親を同じ列に並んだ他人と区別できない人も、みんなが一斉に走れば、その途端に 「あ、あれが私の妹です!」 と即座に答えることが出来る。(158頁)

・・・この、「出来る」ことのほうに、注目した。
(他に色彩の失認についても採り上げていますが、今回は省略します。)

そこで脳の領野にどのような変化があったか、ということは、前章と読み比べればすぐに推測できることです。
すなわち、ゼキたち最先端の研究者によれば、視覚を司る脳は連繋プレイはしているものの、決して統合されているわけでもなく、統合するための特定の司令塔となる領野も見出されていない。
「一定の色」・(まだ前章には出てきませんが)「一定の傾き」・「一定の動き」等々を時間差をもって知覚する領野だけが存在し、視覚像が知覚される瞬間には、それらはそのままの時間差をもって受け止められているのであって、私たちがあるひとつの視覚像を「統合されている」と思い込むのは、各々の間の時間差が短いからに過ぎない・・・すなわち、視覚像のうちの特定の特徴を知覚するシステムは、各々「自律的に」活動している。
「見ることは知覚することであり、理解することなのである。そして見ることには(中略)仮定が含まれているのである。」(165頁)
これは、ゼキが直接触れることは一度もなく終わるのですが、<クオリア>を知覚の究極とする感覚・感性論とは、大きな一線を画するものです。
私たちの知覚は、統合されてはじめて「知覚」となるのではなく、したがって、<クオリア>と呼んでいるものに生理的なもの以上の「知覚としての」価値を見出すことには、何か誤謬があるのではないか?・・・それは、本来の<クオリア>というプロセス的な「ある一連の」生理的現象を、「知覚」が「記憶」に変じるまでの時間をあえて無視して、旧来の「知覚」に対する捉え方をそのまま<新しそうにみえる>言葉で<美人さん>にお化粧直しをさせただけなのではないか?

「全体」だけを考えることに固執すると、「一部一部では何が出来ているか」を見失う、という例でして、「森を見て木を見ない」ことにも「木を見て森を見ず」と釣り合うだけの<論の欠陥>があることを、<「失認症」でも出来ること>の確認例から、私たちは充分思い知ることが出来るのではないでしょうか?


<クオリア>について、ここで復習、というより突っ込み直しをしておきましょう。 いちばん純粋に脳を調べる立場から記述している池谷裕二氏の表現は、こうなっています。

「脳波をモニターしながら脳の活動を調べると、(略)先に『運動前野』という運動をプログラムするところが動き始めて、それからなんと1秒ほども経ってから『動かそう』という意識が現れたんだ」(ブルーバックス版『進化しすぎた脳』170頁)
すなわち、この、あとから生じた「意識」をもって、池谷氏は<クオリア>と呼んでいる。脳の働きの上での<クオリア>という言葉の位置づけは、これが最も基本的なものでしょう。
しかし、ゼキは「意識」されてからの「脳の反応」ではなく、前の第7章において既に、受容器官から脳が対象についての信号を受け取った瞬間からの観察を行なっており、その結論(まだ最終ではないことは次回以降見ていくことになりますが)として、先の

「見ることは知覚することであり、理解することなのである。そして見ることには(中略)仮定が含まれているのである。」

の言葉を述べているのであり、そこには信号を受けた脳があらかじめ「仮定」をなすことによって「意識」を形作っていくプロセスまでを追いかけているのであって、結果としての<クオリア>を待つまでもなく、感覚器官は対象から信号(刺激、と呼んだようが、用語上妥当でしょうか)を「理解」している(それがたとえ「誤解」であったとしても)ことを突き止めているのです。したがって、ゼキの得た結果によれば、<クオリア>が池谷氏の言うような「表現を選択できない(149頁)」脳の副産物であっても構わないとしても、<クオリア>すなわち<覚醒感覚>が、少なくとも脳の理解する「全て」なのではないことを示唆しています。
したがって、脳を客観的に観察した池谷氏の記述とは別段齟齬はないものの、それを
「心に見えているものは、クオリアから出来ている」(茂木健一郎「クオリア入門」文庫版37頁)
のようにまで敷衍してしまうのは否定されている、と見なすのは、妥当性を欠いていない、と私は思っております。



さて、聴覚においては、ゼキの観察したような、「部分が分からなくても理解は出来る」現象がみられるかどうか。
最近、最相葉月さんの『絶対音感』を読み始めましたら、やはりいろいろな症例報告があるのだな、ということが分かりましたが、症例の出所がわからず、ゼキがまとめてくれている視覚の例とどう対比させてよいか、に、まだ迷っております。見つかれば、適宜利用はしたいと思いますが、当面は従来どおり、主に西欧音楽の実作例から、聴覚健常者でもゼキの例と似た体験を出来るものを探し出し、お聴きいただいてみる方法で進めようと思います。

今回は、上に挙げた二つの例に必ずしもピッタリ対応しないのですが、次のような選曲をしてみました。



まずは、冒頭に掲げたオルガン曲です。
・バッハ:オルガン小曲集から「いざ来ませ異邦人の救い主よ」BWV599

これの元のコラールはこのようなものです。

同じ旋律だ、と感じ取ることが出来ますか?
バッハのオルガン編曲は、元の旋律を、細かな音符の唐草模様の中に巧みに織り込んでいます。そしてそれは、細かな音符の動きに注意を向けて聴く限りでは、おそらく決して、後者のようなひとつながりの旋律としては聞こえないはずです。・・・後の旋律を知っていて初めて、私たちはバッハの編曲の「骨組み」を知ることが出来る。・・・視覚と異なるのは、「全体像」を知るにもそれなりの「時間」を要することです。
が、その全体像を知る頭ないかに関係なく、バッハの音楽は「知覚」できる。「知覚」と言ってしまうには<クオリア>という言葉が孕んでいた「記憶」の混同を取り払えないのですが、知覚される対象が「瞬時に」捉えられるものかそうでないものかに由来する差異であって、「知覚される絵画」と「知覚される音楽」には<時間が(膨大に)認知を媒介するか>というところに相違点がある限り、同じ線上で観察すること自体に無理があるのでしょうね。

ですので、もう一つ、逆のケースを用意しました。

・バッハ:カンタータ第60番「おお永遠の神、轟く言葉であるお方よ」終曲のコラール

N.Harnoncourt/Cocentus musicus wien TELDEC 2564- 69943-7 Disc18

これをお聴きになってから、次の曲を聴いてみて下さい。バッハの上のコラールの旋律が登場します。・・・ただし、15分ほどかかる長い曲ですので、お時間が許すときになさって下さいね。
ヒントとしては、7分経過したあたりにほうに現れるので、はしょりたければそのあたりまでカーソルをドラッグしてみて下さい。

・ベルク「ヴァイオリン協奏曲」第2楽章(終楽章)

H.Szeryng(Vn.)/R.Kubelik/Bavarian R.S.O Deutsch Gramophone 469 606-2

これはもうご存知のかたには「安直な例」と思われてしまうかもしれませんが、十二音技法で作られた響きの上にバッハのコラール旋律を乗せたものです。しかし、もしあらかじめ何も知らされずに聴いたとき、この曲のなかに「なんとなく馴染みやすいメロディがあるな」と感じたとしても、それを最初から明確なメロディラインとして捉えることが出来るでしょうか?

さらにお時間があるようでしたら、ベルクの方を2、3度聴いてから、次にまたバッハの原曲をお聴きになってみてくださることをお勧めします。そうすると、上に述べたあたりの事情が、少しははっきりと実感されるのではないかと思います。
あるいは逆に、バッハの旋律を明確に認識してしまう手順を踏んだ最初の聴き方では、あとでベルクのオリジナル部分を何度聴いても「分かりにくい」印象を持ったりしませんでしょうか?


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2008年10月13日 (月)

音楽美の認知(7):「涙は脳から出るのではない」

リンク:(0)(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)



このごろ恒例のようにしてしまいましたが、まずお聴き下さい。
その際、お願いがあります。
これを聴いた後でのまとめての印象で、ではなく、最初どのように聞こえ、次にどのように聞こえてくるのか、をメモしてみて下さい。それから以下をお読み頂ければ、大変ありがたく存じます。




ゼキ博士『脳は美をいかに感じるか』第7章<視覚のモジュール性>の主眼とするところをまとめるのは難しいのですが、用いられている専門用語を出来るだけ省略してまとめれば、次のようにでもなるのでしょうか?

「(従来はそこで視覚像が一括して処理されると見なされていた、)網膜の像を受け取る中心的役割を果たす領野(V1)は、実は受け取った像を各種処理を施す特殊な領野へと即座に分配する。特殊な分野は、例えば、<赤なら赤の色にしか反応しない(V4領野の一部)>・<左から右への運動にしか反応しない(V5領野の一部)>等々、像のうちにある、かなり特化された現象だけを処理する。」

しかし、私たちは、そうやって受け取られる像を、一度に知覚している、と信じて生活しています。それでも、種々の実験から、中心領野(V1)から各特殊領野への分配は、35ミリ秒から70・85ミリ秒かかっており、領野によって分配された情報を受け取るまでにかかる時間が早いもの、遅いものがあることが分かっています。
「動きよりも前に形が、形よりも前に色が知覚され、動きに対する色の先行時間は約60-80ミリ秒だった」(142頁)。

それらが統合されて初めて、私たちはその像を見ているのだ、と、果たして本当に思っているのでしょうか、感じているのでしょうか?
「本当に思っている」
というのが、端的に言えば、<クオリア>という、ほんの一事象の呼称を、「脳の受容像の統合された結果こそ知覚である」というところ(哲学的用語)にまで地位を高めさせ、崇拝する立場なのではないか、と、私見では考えております。
ところが(ゼキの本論には全く関係がないのですが)、もし<クオリア>というものがそのような「統合の結果であり、知覚の源泉である」とすれば、視覚健常者と視覚障害者の<クオリア>が違っても然るべきである、という矛盾が生じます。・・・現実は(私自身が経験したところでは)そうではありません。私に「見える」像は、(障害の種類にはよりますが)視覚障害者にとっても「同じ」に見えるのです。
突き詰めれば、たとえ<クオリア>が知覚の究極だとしても、そこにはおそらく人の数だけの差があり、同一なものは存在しない、と言ってしまってもいいのですが、そうしたニヒリズムに陥るのは(それが私のホンネであっても)ここではやめておきます。「類似」という言葉も、半端ですから避けます。あくまで「同じ」、とのみ言っておきましょう。

ゼキの呈示している、脳そのものには、しかし、統合のはたらきが、いまのところ見出されていないのです。
「・・・脳損傷の事例において、脳内の特定の部位の損傷後に、他の知覚システムの機能はそのままで、ある一つの知覚システム(中略)のみが障害されるような証拠が得られており、異なる処理・知覚システムが相応の自立性を持ち、最終的な統一像を生み出す統制領野は存在しない」(145頁)
と受けとめ得る事例が多々あるのであって、
「広義に解釈すれば、非常に短い時間枠では、脳は同時に起こったことを結びつけることはできないとみることができる。したがってリアルタイムに結びついているわけではないのである。」(143頁)



ゼキが追いかけているのは「美術」の世界ですが、音楽でも同じことがいえるのではないか、と私は受けとめています。本章でゼキの採り上げた脳の働きの、どの領野がどういう働きであるか、という細目を捨象すれば、絵を見る「瞬間」と、音楽を聴く「瞬間」に、知覚上の差異はないと思われます。

音楽会の印象をひとことにまとめるのは、曲を聴き終わり、音楽会が終わったあとで行なわれる、まったく別の心のはたらきであって(すなわち、仮に心が脳からしか生み出されないのだとしたら、それは脳の「知覚」とはまた別の段階で行なわれるはたらきなのであり)、音が鳴った・・・それを受けとめた・・・その知覚の瞬間に、音を認知しうるまでには音の各要素について時間差があることは、演奏例を上げてもうまく示すことが出来る自信こそありませんが、聴き手としてでも、またなおさら弾き手としてならば、明確に意識できることを、私は経験していますし、これは「ジャンル」を問わず、好きな音楽をお持ちの方ならやはり同様の経験をもっていらっしゃるはずだと確信しています。

音楽が右脳で受容されようが左脳で受容されようが、いまはそんなはなしはどうでもよろしいのでして(ただし、後日、最相葉月さんのご著書『絶対音感』をご紹介する時にはこの話題にも触れることになるでしょう)、事実として、脳のある部位が損傷することで音色感を失った例がある、という記載が最相さんのご本にあるのを見出したときには、「やっぱり!」と、嬉しくて飛び上がる思いでした。(今日の標題は、最相さんのこのご著書の第七章のものをお借りしました。)

ただ、知覚される「音」の要素は視覚像とどのような類似性で区分できるのか、あるいはどのような相違点があるのかを把握できていませんので、視覚と聴覚の対比を正確に行なうことは、今の私の能力では、手に余ることです。

少なくとも音一つごとに「音の大きさ」・「音高」・「音色」・「持続する時間(時程)」というものが物理的には存在しますが、啓蒙書で見る限り、脳の領野でその受容が、どの部位で・どのような順番で・どのような時間差でなされるのかは、ゼキほど明確に記述したものには、残念ながら素人の私はお目にかかることが出来ていません。
経験的に推測するに、その順番は

・大きさ-->高さ-->音色-->持続時間

(視覚の場合とはずれていますが。視覚では、色-->形-->動きでしたね。)

ではないかなあ、と思うのですが、いかがでしょうか?
微妙なのは、大きさと高さの順番で、これは少人数で演奏するとき、自分がリーダーであれば、まず、相方の音が基準であるべき自分の音に比べて「高すぎる」か「低すぎるか」でストップをかけているような気がします。大きさの問題はその次、なのです。・・・難しいところです。

で、音楽を聴くとき、その響きを最初から一様に「音楽という総合体」としては、私の耳は捉えていない、ということも、しばしば感じます。
本日冒頭に掲げたのは、知名度の割に耳になさったことがある方は少ないのではないかと思いましたので(そうでもないかな?)、選んだものです。
最初にお願いしましたように、これが・・・聴いた後でのまとめての印象で、ではなく、最初どのように聞こえ、次にどのように聞こえてくるのか、をメモしておいて下さったのでしたら、私の「仮定」とお比べ頂き、
「Ken、そいつぁ、ちょっと違うぜ」
なんてお話頂けたら、とても幸せです。

ちなみに、曲は、ワーグナー「ラインの黄金」前奏曲。カール・ベーム指揮バイロイト祝祭管弦楽団の1967年の演奏です。この作品で始まる「指輪」4部作を、就職して初めて買って、居眠りしつつ何ヶ月かでようやく全曲を聴いたという、私にとって思い出のCDからのものです。(PHILIPS 412 475 2)

再掲しておきます。

本来、「時間のズレ」がそのまま「知覚」され、そのまま受け止めている例として「越天楽」も掲載するつもりでしたが、長い(9分!)のでやめました。モノフォニー(グレゴリオ聖歌でCDででるような洗練されたものを除く)やヘテロフォニーですと、この時間のズレがそのまま聴き手として受容できていることがよく分かります。いい事例があれば。。。


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