クラシック音楽

2017年9月25日 (月)

意味とは何か〜2台ピアノ邦人作品公開録音を聴きながら

「意味とは何か」なる問いかけが、何の意味もなさそうだ、ということは、読んで受けて頂く印象のとおりでしょう。いま別段、こんな問いを哲学的にしようと言う考えでもありません。過日、ピティナ・ピアノ曲事典のための公開録音を拝聴しながら、もくもくと胸に涌き上がって来たのが、この問いだった、というだけです。

ピティナさんが精力的に築いている「ピアノ曲事典」は驚嘆すべき事業ですが、そのライブラリに2台ピアノ邦人作品が加えられることになり、9月20日に浦壁信二さん・大井浩明さんを奏者に迎えての公開録音がなされました。

ピアノのピの字も分からない私が、ご縁でこうした会を傍聴したこと自体、縁の不思議さです。私の生きている日本の同時代作品に接することが出来るようになったことそのものが、もともと、今回の奏者の一方でいらっしゃる大井さんに出会えた不思議なご縁でからでした。そんな話はもういくらでもしたので、いいでしょう。

浦壁さんと大井さんのデュオでは、これまで主に渋谷の公園通りクラシックスで、20世紀に至るまでのロマン派の交響曲・大規模管弦楽曲の編曲を中心とした作品群が2台ピアノではいっそうディテイルの面白さを浮き出させることを強烈に印象づけられてきました。その重要な編曲者でいらっしゃる米沢典剛さんの手になるストラヴィンスキー『婚礼』(米沢さんの手になるものはどれも、なのですが、これもまた驚嘆すべき編曲です)を冒頭に置いて始まった公開録音でしたが、2曲目以降はピティナさんの用意なさったとおりの「現代日本人2台ピアノ傑作選」でした。米沢編曲を含む、演奏された9作品のリストは、末尾に掲げます。

1968年生まれでベルリン在住の西風満紀子さんの新作を2・4・9曲目にプロムナード代わりにちりばめながら演奏された一柳慧・西村朗・篠原眞・湯浅譲二・南聡作品は、構成感も色彩感もそれぞれに異なる、主張の強いものばかりでした。3曲目の一柳作品、休憩前の5曲目の西村作品は、それぞれの作曲家さんのお若い頃のものでしたが、一柳作品はゆらゆら、西村作品はがんがん、の、いまそれぞれの作曲家さんに僕ら素人が抱くイメージを、万年素人の私には再認識させてくれる面白さがありました。感想としては、玄人さんが抱くようなものは、とても持てませんので、これくらいに申し上げておきます。そういう点では、前半はイージーリスニング系にまとまっていて(作曲家さんに失礼でないことを願っております、充分に尊敬していますので)、演奏会としてもいい構成だったかと感じました。
目を剥かされたのは、後半の3作品でした。
真ん中に置かれた湯浅作品は、大井さんの内部奏法の妙技を久しぶりに目の当たりにさせてもらえたこともありましたが、浦壁さんという絶妙の耳の持ち主がペアでいらしたことで、他の楽器では絶対に得られない響きの強烈さが、いっそうくっきりしたかと思います。
そして、篠原さん、南さんの、おのおの長大な作品が、「意味とは何だろう」の問いを私に浮ばせた最たる存在でした。
玄人さんなら、これまた「滔々とした流れが強烈な隔絶を迎えまた更に豆腐の角に頭をぶつけるさまの何とも例え様のない沈着と混乱と静粛」とか、素晴らしいことをいくらでも仰れるのでしょうが、私はただ、これら2作がまったく違う個性でありながら
「古典ばかり聞いている耳には馴染まない流れが、しかし古典を彷彿とさせる枠の中で、しかも古典の形式に縛られているのではなく、作者自らの、なにか定まった発想の中で、しっかりと律されて聞こえてくる」
不思議さを覚えることしか出来なかった、と打ち明ける以外に術がありません。
篠原さんの作品は、独奏ピアノ作品を初めて拝聴したときにも感じたのでしたが、一つ一つを丁寧に積み重ね、それで連綿と絶えない(「急」に対して「緩」を挟むのでも、見せかけがどのようであっても、断絶がない)トータルなフォームを形作られる面白さがあります。したがって、聴くときには「要素」にいかに耳を傾けられるか、こちらも試される思いがします。この件に関しては、私の耳は失格です。ただ総体として、レンガの上を滑らかに美しく外装した印象を受けます。
南作品は、素人でもそうなんだとはっきり分かる2部構成で、前半の饒舌と後半の発作的鎮座の対立には、ぼんやりしていても感づけるものです。こういう明快さは、やっぱり南さんがいろんな作品でいつも体現なさっていることのように思います。ただ、この2部構成がまた、ちっとも古典的ではない。前半に対して「おお、こうなのか」ではなく「なぜこうなの?」という後半が置かれているせいなのでしょうか。

篠原作も南作も、ふだんカラオケに馴染む歌謡耳の僕らに親しいドレミのメロディやクッキリしたリフレインは一切ありません。
歌謡耳には、いわゆる古典(西欧クラシックに限らず、謡曲や雅楽などでも視野に置いて)ですらも、メロディやリフレインを楽しむ余地はないものですが、とくに今回の篠原さん、南さんの作品には、表面上、古典の持つシンプルな音階組織やリフレインはほとんど痕跡をとどめていません。その点、古典なら馴染める古典耳には、理解の余地がありません。
この、歌謡耳にも古典耳にも認識しがたい、最小限でも音律・反復の2要素を果てしなくボカしつつ編み出されるような音響が作り出されるようになったことを、「音楽は終わった」と表現する人の絶えないことが、創作者と聴き手の断絶を生んでいる事態は、いつ解消されるのだろうか、と、これまで常々思っていました。
いやーその発想もちょっと違うのかな、と、今回拝聴しながら、思えて来たのでした。
なんとか聴きおおせようと一生懸命耳を傾けているうち、結局は爆睡してしまった、ようなことになってしまっても、少なくとも今回並べられた作品の内容が既存の枠でないことはハッキリ認識できます。
だからといって、そこに、歌謡耳、古典耳がそれぞれの耳に認めて来た何らかの音楽の意味が、まったく断絶して存在しないわけではないのです。
南さんの形式感は最も容易にそれを思い知らせてくれます。人間の営みの中には日常的に二部構成があって、それは夜と昼・くつろぎと緊張・私生活と仕事、のように、なにかにつけて分たれている。それらそれぞれが別に南作品の二部構成と直接つながっているわけでも何でもありませんが、南作品の上に(南さん自身はこの作品に石井真木さんの思い出を重ねているのでしたが)日常の二部構成を重ね合わせる卑近な聴き方だって充分許容してくれる。
篠原作品の連綿はまた、そうは言いながら、命の続く限り何もかもごっちゃごちゃに繋がった時間の中で「あれはこうだったかそうではなかったか」と血迷い続ける自我に耳を委ねさせてくれる自由を、もしかしたら定型をはっきり聴かせる類いの音楽よりずっと豊かに持ち合わせていたりする。

してみると、こうした作品を通じて、私たちはいかに、普段から自分の中に「断絶した意味の破片」を追い求めつつ、破片の姿にだけとらわれながら、今はそうでなくてもいい瞬間を、意味の杭でせき止めようと試みているものか、と、もう絶望的に思い知るしかないのです。

作品そのものがどうだった、ということより、今回こんなことを重たく胸に抱えながら、私は帰路についたのでした。

綴る前は、もう少し人生論的な展開で喋ることになるかな、と思っていたのでしたが、人生論なるおちゃらけは、また別途とします。違うことも考え合わせなければなりませんから。

ともあれ、メロディやリフレインではないものを創作家が専ら追求するようになって、享受者はしかしまだそちらに踏み込む嗜好がない。意味の変貌を求めてはいない。世の趨勢を見るにつけ、もしかしたら、このあたりがせいぜい人間の限界なのかな、という絶望と、それでもそれを飛び越えようとする思いが誰かには湧き続けるのだなあ、という希望とが、ないまぜになる時間を、私は過ごさせてもらえたのだ、と、いまつくづくと反芻しています。

作品のことには触れませんでしたが、西風さんが自作解説に書かれたお言葉を借りれば、「聴衆が受け身的に音を待つのではなく、立ち上がる音と共に歩むように聴く、そのような聴き方」が促され得る何かが確立したとき、また違った地平が新たに立ち上がってくることもあるのでしょう。人間とは意味を追い求め、意味に縛られる生きもののようですが、意味とは何か、は所詮、言葉での思考に縛られ続けている。立ち上がってくる新地平は、果してまた意味付けを僕らに強いるのか、意味とは何かなどと感じも考えも思いつきもさせずに済む、ただ真っ平らな線や面のみを示してくれるものなのか。そこでは、絶望だの希望だのと感じる余地など何もなくても、「それでいいのだ」とバカボンのパパの如く立ちはだかってガハハと笑っていればいいものなのか。・・・そうであったら面白いなあ、とはまた、夢のような願望に過ぎないのではありますけれど。

9月20日 ピティナ公開録音プログラム
1. ストラヴィンスキー『婚礼』(米沢典剛編曲)
2. 西風満紀子『melodia-piano Ⅰ』
3. 一柳慧『二つの存在』
4. 西風満紀子『melodia-piano Ⅱ』
5. 西村朗『波うつ鏡』
(休憩)
6. 篠原眞『アンデュレーションB 「波状」』
7. 湯浅譲二『2台のピアノのためのプロジェクション』
8. 南聡『異議申し立て-反復と位相に関する2台のピアノのための協奏曲:石井真木の思い出に Op.57』
アンコールは武満作品でした。

ちゃんとした、まともなことは、詳しくは大井さんのブログで。
http://ooipiano.exblog.jp/27397266/

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2017年8月22日 (火)

ブラームス「交響曲第1番」つくりのさわり

『ブラームスはお好き』なる小説には食指が伸びたことがないのです(サガンですね)。
でも、ブラームスの交響曲は好きなんです。
悪口で「まるで室内楽ぢゃん!」とか言われたとか言われなかったとか言いますけど、その室内楽的なところに魅かれたのが、大学オケで初めて弾かせてもらった、十九歳か二十歳そこそこの頃。4番だけは学生のうちに演奏経験できなかったのですけれど。それでも、世間の狭い私にとって、たった一人、交響曲の全曲演奏を制覇できた作曲家がブラームスなのであります。・・・制覇だなんて! 大勢の弦楽メンバーのなかの砂の一粒だっただけだわさ。


音楽史的なことに再チャレンジしようと思って、古代エジプトを始めたところで、メソポタミアと同じスタンスでは取り組めないのに気付いて、はた、と止まって、それっきりになっていました。そっちはまたその気になったらやります(エジプトじゃない材料は、狙いの分の半分ほど書き出してあるんですけどねぇ)。
んで、音楽への回帰は、今度1月に所属アマオケでやるブラームスの第1交響曲にします。
・・・そんなにブラームスの交響曲が好きではない、というお友達にも、ちょっとだけ興味を持ってもらえたら、との思いがあります。


この曲の解析みたいなのは、全音版のスタディスコアで野本由起夫氏が言い尽くしているし、あるいはフリッシュ『ブラームスの交響曲』で微に入り細にわたって語り尽くされていますから(私は訳書を紛失して手元には英訳版しかありません泣)、それに重ねて言えることは私ごときにはございません。高度なことをお知りになりたいかたは、それらをご覧下さい。
今は、もしかしたら、高度なことを知りたい、と思ってもらえる架橋くらいにはなるかな、程度のことを、ざっとお喋りします。
曲にまつわるブラームスのクララ崇拝だとかベートーヴェン第十だとか、ゴシップ的な話はしません。


1)なんだか知らんが上昇志向。

全曲が「ドミソ#ド」構成になっている。
すんごくざっくり言うと、まずこれです。
第1楽章〜ハ短調。ハ=ド(固定ドで)
第2楽章〜ホ長調。ホ=ミ(おなじく)
第3楽章〜変イ長調。変イ=嬰ト、ト=ソ(またまたおなじく)
最終楽章〜ハ長調。ハ=ド(またしても!)
変イと嬰トは厳密には違う音ぢゃん!・・・とか、硬いことは抜きにしておいて下さいね。
4段階になる調の構成を「ド〜ミ〜ソ〜ド」の上昇指向(志向ではなくてね)にしている。上昇指向は、それだけでは足りなくて、「ソ」には#(’シャープ)を付けとこうね、あ、それだと楽譜が見づらくなるから(嬰ト長調はシャープが八つぢゃないといけない! そんなの書けるのかっ! Fダブルシャープ使わんといかん!!! 書けないっ!!!)、異名同音でラのフラットね、そうすればフラット4つですむけんね!、なんてことまでしている。
そうだからなのか、そんなことはどうでもいいのか、長い長い全曲を聴いていると、だんだん体がふわっと浮いてくるような気がする。・・・しませんか? しませんか。そうですか。。。


2)全編全パートがメロディック

まあ初めてこの曲を聴くときに、上みたいなことを先に考えることは、まずないでしょう。
最初は
「どこを聴いても流れるように旋律的ね〜」
で、も少し凝って聞き出すと、たとえば
「あら、ヴァイオリンの伴奏してるヴィオラもメロディックね! あら、チェロの伴奏してるヴィオラも! でもヴィオラは結局伴奏ばっかりかいorz」
となってくる。
それもそのはず、どこもかしこも和音のズンチャカ(ホモフォニックに)ではなくて、メロディが蔦のように絡み合って(ポリフォニックに)音符が並んでるんですね。一見和音でメロディを伴奏しているふうなところも、よく注意すると、和音のそれぞれの音が・・・いちばん上の音は前や後ろのいちばん上の音と、二番目の音はまた二番目の音同士、三番目は三番目同士・・・で、別の綺麗なメロディをこっそりと作り合って、お隣同士お向かい同士でニッコリ笑い合っているんですよね。これ、印刷された楽譜を見るまでもなく、聴けば「そうかな」って感じて、聞こえるんです。
和声で帳尻合わせをしない伴奏は、明らかにブラームスを規範にしたドヴォルザークもチャイコフスキーも完璧には書けてはいませんで(地場の民族音楽のリズムに縛られたところがあるからだと思います)、むしろプーランクの「牝鹿」あたりに面白いサンプルがある等、フランス近代に引き継がれるものになって行った気がしますが、気のせいかもしれません。お詳しいかた、ご教示下さい。
ともあれ、このシンフォニーでは、嘆き節のところでも、号泣の場面でも、実は音同士は微笑みを交わし合っている。聴き重ねて行くと、そんな音同士の笑顔が見えてくる気がするんですよね。・・・「やだ〜変態!」ですか。そうですか。変態ですみません (ToT)
まあこれは第1交響曲だけではないのですけれど。
それでも第1がいちばん、派手なアピール抜きであるように思います。


3)あとにつながっている

各楽章自体の、繊細なモザイク造りに感嘆させられる、という話もあるのですが、それはざっくりとは言えないので、もし別の機会がありましたら。第1楽章がそれを典型的に見せつけてくれるのですけれど、そのあたりは全音版スコアの野本さんの解説で充分に語られています。しかしモザイクの最小部品であるモチーフにはちょっと問題があります。弦楽器にとってはブラームスの交響曲は先人の作品に比べてけっこう弾きにくかったりするのですが、それは第2楽章が彼のピアノ作品に通じるような音構成でオーケストレーションしているところから理由が分かります。ブラームスはピアノでこ交響曲を作曲したんですね。(ベートーヴェンでも全部をピアノで作曲したのではないように思います。ピアノで全部、というのはシューマンを嚆矢とするのではないでしょうか。)
それに加えて、第1交響曲の面白さは、そこここのテーマが、ブラームスのこのあとの交響曲に繋がっていくところにあります(これは残念なことにあんまり言われていないと思います)。
第4楽章の有名な主題は、第2交響曲の第1楽章の主要主題にも変身しますし、さらには第3交響曲の終楽章の主題にも変貌します。
第3楽章の中間部は、リズムを変えてではありますが、第3交響曲の第2楽章中間部へと発展します。
第1楽章の速くなったあとの、切り立つようにに厳しい増六度の下向は、第3交響曲では4度〜3度の交錯に、そして第4交響曲では3度に和らげられて、それぞれ第1楽章の主要主題となります。第4交響曲では、反転した完全6度の上昇音型と組み合わされまでするのです。
第1楽章冒頭の上昇音型は、第2交響曲第2楽章のチェロの冒頭主題に寸を詰め下向きに変えられ、波状攻撃風に展開されて行きますし、さらにまた、第4交響曲終楽章のパッサカリア主題へと結晶して行きます。
どう該当するかは、ちょっとイメージしてみて下さい。譜例を載せるまでもなくお気付き頂けると思います。

この他については、楽しんで発見して頂けたらいいな、と思います。


最後がちょっと隠微な表現になりましたけれど、これがいちばん面白いかもな・・・むふふ。。。

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2016年7月10日 (日)

「アルルの女」組曲とストーリー

訳書(岩波文庫 1958年改版 1987年第3刷)の具体的ページとの対照をしましたが、それではさっぱり分かりませんので、2つの組曲の各曲(関連する劇音楽【のみ】を含む)と劇の筋書きとの関係を記しておきます。
前回は9日の練習前に、とアワを食って記しましたので、その際拾い落としたことについても、気付いた限り補います。

組曲の各曲を劇中に配置されている順番について、ざっとまとめると、
第1幕・・・・・・第1組曲第1曲
第2幕第1場・・・第2組曲第1曲
第2幕第2場・・・第2組曲第2曲
【間奏曲】・・・・第1組曲第2曲
第3幕第1場1・・第1組曲第4曲
第3幕第1場2・・第1組曲第3曲
第3幕第2場・・・第2組曲第4曲
となります。
よく知られている通り、第2組曲第3曲のメヌエットは、劇音楽「アルルの女」には含まれていません。

序曲〜第1組曲第1曲(前奏曲〜劇音楽第1曲)
   王様の行進(第3幕で歌われる)
   中間部(サキソフォンの旋律=劇中「ばか」が治っていくジャンのモチーフ)
   最終部へのつなぎ(木管とハープ〜純粋な愛のモチーフ、とでも言うべきもの?)
   最終部(アルルの女に焦がれるフレデリによって起こされる悲劇の象徴のモチーフ)

第1幕
第1景
フランセが下僕のバルタザールに、愛孫フレデリの婚儀が整いそうな旨を嬉しそうに話す。
その傍で、フレデリの弟で幼児の知能のままのジャンが、おとぎ話をバルタザールにせがむ。
(劇音楽第2曲〜ジャンのモチーフ)
三ヶ月前にアルルの女に一目惚れしたフレデリは、母ローズの骨折りで彼女との縁談がうまくまとまりそうになっていた。が、フランセから話を聞いたバルタザールは、せっかちに縁談が進むことに危機感を持つ。
第2景
フランセの去った後、バルタザールは、女手ひとつで子どもを育ててきたローズも、その父フランセも、フレデリばかりを溺愛して、知能の幼いままのジャンをかえりみないことを嘆く。
ジャンはバルタザールにおとぎ話の続きをなおもせがむ。
(劇音楽第3曲~ジャンのモチーフ:劇中ここで語られるおとぎ話は、作者ドーデが『風車小屋便り』の中で書いた「スガンさんのヤギ」です。『風車小屋便り』には戯曲「アルルの女」の元となったお話も書かれています。)
第3景
そこへ、村娘ヴィヴェットがやってくる。
(劇音楽第4曲〜純粋な愛のモチーフ)
バルタザールが昔恋したルノーばあさんの面倒を日頃みているヴィヴェットは、じつはフレデリに恋していることをジャンにばらされる。
第4景
ヴィヴェットは、そこにやってきたローズの話から、密かに恋していたフレデリに結婚話が進んでいることを知る。
第5景〜第7景
婚儀の整う見込みがいよいよ立ち、フレデリが満面の笑みで帰ってくる。
第8景〜第10景
皆が前祝いで盛り上がろうとする矢先、ある男がやってきてフランセと密かに面会、フレデリと結婚しつつあるアルルの女が、実は自分の愛人であることを告げて、証拠の手紙をフランセに渡して去る。
第11景
戻ってきたフランセに証拠の手紙を見せられたフレデリの失意で幕が下りる。
(劇音楽第6曲、悲劇の象徴のモチーフ)

第2幕
第1場
第1景幕開け〜第2組曲第1曲(パストラル、ただし幕が開いてのちに聞こえる中間部は合唱、最初の部分に戻らない)・・・劇音楽第7曲にあたる。
第1景〜第3景
ローズとヴィヴェットは、未の牧草を刈るため蘆の繁みにいるはずのフレデリを探すが見つからない。その間、ローズはヴィヴェットにフレデリとうまく恋仲になってくれるように、とけしかける。
二人と入れ替わりにバルタザールがジャンを連れてきたところへ、・・・(劇音楽第9曲・・・ジャンのモチーフの切片【前回触れませんでした】)
第4景
うるさい女たちを避けていたフレデリが姿をあらわす。
(劇音楽第10曲、悲劇の象徴のモチーフ)
バルタザールは、いっそ死にたいと思っているというフレデリに、自分の長い片恋の物語を聞かせる。(ここのバルタザールの恋語りも、『風車小屋便り』中の「星」を用いたものです。)
(劇音楽第11曲、第2組曲第1曲中間部最後のモチーフ、牧童のエコー)
第5景
バルタザールが去ったあとに残ったフレデリのもとへ・・・
(劇音楽第12曲、悲劇の象徴のモチーフ)
第6景~第7景
ヴィヴェットが現れ、なんとかフレデリの目を自分の方に向けようと懸命に話すが、フレデリは怒って走り去ってしまう。泣いてしまうヴィヴェットのところへローズが駆けつけた、ちょうどそのとき、フレデリが走り去った方角で銃火がひらめいた。鴨撃ちに失敗した銃のものだと分かったものの、女たちはフレデリが自殺するのではないか、と不安に駆られる。

第2場
第2組曲第2曲(舞台上は夜明けの農家内部の設定)・・・劇音楽第15曲にあたる。
第1景〜第7景
ヴィヴェットは失意のあまり去って行こうとしていたが、ローズがフレデリの自殺を心配し招集した家族会議の場へ、バルタザールに呼ばれて現れたフレデリが、ヴィヴェットを嫁に、と乞うことで、劇はいったん、めでたし、めでたし、となる。
(劇音楽第16曲、第2組曲第2曲の素材による。)

間奏曲〜第1組曲第2曲(メヌエット)・・・劇音楽第17曲にあたる。

第3幕
第1場
祭のために飾り付けられた農家の前庭の設定。
第1景幕開け~第1組曲第4曲(カリヨン、中間部を含む)・・・劇音楽第18曲にあたる。
第1景〜第2景
バルタザールが昔の恋のことでからかわれ、怒り心頭に達する。
(劇音楽第19曲1・・・第1組曲第4曲中間部の旋律)
そこへ、祭の祝いに招かれたルノー婆さんがやってくる。彼女がバルタザールの恋の相手だった。二人は晴れて抱擁しあう。
(劇音楽第19曲2・・・第1組曲第3曲)
一同退場したところへ、・・・
(劇音楽第19曲3・・・第1組曲第4曲中間部の旋律)
フレデリとヴィヴェットが連れ立って現れる。フレデリはヴィヴェットに自分の気持ちを移しきったと装い、ヴィヴェットはフレデリをすっかり信じる。
(劇音楽第20曲・・・第2組曲第2曲の旋律)
第5景
しかし、折悪しく、そこへアルルの女の愛人と称する男がやってきて、そこにまたやってきたバルタザールに、先に渡した証拠の手紙を返せ、と迫る。自分をごまかしきれなくなったフレデリは男に殺意を抱いて半狂乱で飛びかかるが、バルタザールに制止される。外から、人々の踊るにぎやかなファランドールが聞こえてくる。
(劇音楽第21曲・・・第2組曲第4曲のファランドール部分)

第2場
第1組曲第3曲が、幕開けに奏でられる。(劇音楽第22曲)
続いてファランドールが聞こえてくる
(劇音楽第23曲1・・・第2組曲第4曲のファランドール部分)
さらに、ファランドールに重なって「王様の行進」の歌も聞こえる。
(劇音楽第23曲2・・・第2組曲第4曲の「王様の行進」と重なる後半部分)
第1景〜第3景
養蚕室にひとりたたずむローズの元に、疲れきった表情のフレデリが「おやすみ」を告げにくる。ローズはフレデリの気持ちに探りを入れるが、フレデリはそれをかわして寝室に去る。ひとり不安に苛まれるローズの耳に、ふたたび「王様の行進」が響いてくる。
(劇音楽第24曲・・第2組曲第4曲の「王様の行進」)
第4景
そこへジャンがやってきて、兄フレデリのことでいやな予感がする、とローズに語る。
(劇音楽第25曲・・・純粋な愛のモチーフ)
第5景
知能を年相応に取り戻したかに見えるジャンにローズは喜びを覚えるが、これが不幸の始まりになりはしないか、と、いっそうの不安に陥る。(知能が回復する、すなわち当時の認識で「白痴が治る」のは不幸の始まりである、反対に一家のなかに「ばか」がいると幸せがもたらされる、との俗信があった、と昔教わりましたが、いわれは分かりません。)
第6景
夜中に階段に現れたフレデリは、自分の中にあるアルルの女の不義の影にとうとう狂乱し、呼び止めるローズを無視して階段の戸口を閉め、とびおりて死んでしまう。

劇音楽としての「アルルの女」は、諸資料に共通して書かれているところでは、次のような編成で演奏されたとのことです。

フルート2(1本はピッコロ持ち替え)
オーボエ1
クラリネット1
バスーン2
サキソフォン1
ホルン2
タンブール1
ティンパニ
ヴァイオリン7丁
ヴィオラ1丁
チェロ5丁
ダブルベース2
ピアノ

録音では、数種類出ているらしい劇音楽全曲盤では、ミッシェル・プラッソン指揮トゥールーズ・カピトール管弦楽団のもの(ERATO 現Warner WPCS-23116 1985年録音)が入手しやすくなっています。タワレコやHMVのサイトで品番で検索してみて下さい。ただし音響的にはオリジナル編成であるようには感じられません。
初演当時の編成を再現しての演奏は、ホグウッド指揮バーゼル室内管弦楽団が録音しています(ARTE NOVA 82876 61103 2 2004年)。メンバー表を確認すると、人数を完全に再現しているようです。これはぜひ聴いてみて頂きたいと思います。

今回のために調べなおしていてビックリしたのが、
「アルルの女組曲は第1、第2ともビゼー自身によるピアノへの編曲がある」
とも解釈できる記述を、NAXOSの”BIZET Complete Music for Solo PIano”の売り文句に見つけたことでした。
第2はビゼーの死後に有人ギローが組んだ、というのが普通の記述ですから、これが事実なら組曲成立の事情も時期も違っていることになります。
で、第2組曲第3曲のメヌエットをビゼー自身が「アルルの女」に釣り合う音楽だと考えていたことにもなってしまいます。

ちょっと焦って、NAXOSのこのCDの現物を確認してみました。
ケース裏には
“Georges Bizet’s L’Arlècienne Suites are seldom heard in the composer’s own piano transcriptions.”
とあります。
これはヤバい、と思ってリーフレットを読みましたが、解説には曲の構成についての説明しかなく、ビゼー自身の編曲だとはひとことも書いていませんでした。
いまのところ、なんかの間違いだろう、と思うようにしています。

なにせ、日本でビゼーの伝記は出てないんだよな・・・

さらに調べる価値があるようなら、調べなくてはなりませんが・・・

以上、資料等の現物へのリンクはとりあえず貼っていません。すみません。

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2015年3月 7日 (土)

モーツァルト、消えてほしい都市伝説

モーツァルトをめぐって、どうしても消えてほしい都市伝説が、ふたつあります。

1)○○にモーツァルトの音楽を聴かせて熟成させるとおいしくなる
2)天才モーツァルトの書いた楽譜に手直しはない。流れるように美しい。

1)「○○にモーツァルトの音楽を聴かせて熟成させるとおいしくなる」
は、ネットで「モーツァルト 日本酒」とか「モーツァルト 牛肉」とか、そんなキーワードで検索すると簡単に出てきます。個々をどうのこうの言っても仕方がないので固有名詞は上げません。どうぞ検索なさってみて下さい。否定的な意見も同様に検索に引っかかってくると思います。

で、こちらは、肯定だとか否定だとか以前に、こういう発想が出てくる背景にあるだろう「モーツァルトの音楽は心地よい」的観念が相対的なものに過ぎないことを私たちが承知しておくべきだと申し上げるだけでも、充分に都市伝説を消し去れるものと思います。
ベートーヴェンの作品がベートーヴェンの生前には前衛で聴き手の失笑・冷笑をかった話の方はよく採り上げられます。
前衛であったことにかけては、モーツァルトはベートーヴェンの偉大な先輩でした。このことはあまり承知されていません。
ほんとうはどこかでそんなことが言われているのを目にしたり耳にしたりしているはずなのですが、「モーツァルトの音楽は心地よい」との先入観にはばまれてスルーしているだけなのではないかと思います。
煩雑な伝記を読むまでもなく、中公新書から訳書のでたロビンズ・ランドン『モーツァルト 音楽における天才の役割』(石井宏訳 原著1991年 モーツァルト没後200年)に次の記述があります。
「(略)さらには、モーツァルトの音楽がウィーンの人たちには難しくなり過ぎたということもあるであろう。多くの人が”不協和音“という四重奏曲K465は聴き辛い作品であると思っていた。(中略)典型的な逸話として伝えられているのは、これが裕福なボヘミアの貴族のグラサルコヴィッツ公の家で演奏された時のことで、第一楽章が終わると、公は怒って楽譜を破いてしまったということである。この話は事実ではないとしても、当時の空気を良く伝えている。」(p.160 モーツァルトのウィーンにおける凋落)
モーツァルトの成熟期の音楽が同時代人に「難しい」と受け止められていた、とは、同書に限らず、まっとうな伝記ならば必ず言及されている事実です。そんな音楽が今の私たちにとって聴きやすかったり心地よかったりするのだとしたら、聴き慣れたせいだ、あるいはほかにもっと難しいものも増えた、ということしかなく、かつ、人間が聴き慣れたからと言って他の生き物にとってまで聴き慣れうるものかどうか保証は全くない。したがって「モーツァルトを聴かせればおいしくなる」伝説は、人間の思い込みを日本酒や肉牛に押し付けているに過ぎない。
まあ、人間の考える「価値」だなんて、何をとっても、こんないい加減さから生み出されるものがほとんどなのかも知れません。

2)では、モーツァルト生誕250年の年に、某有名オーケストラに属する某奏者さんがモーツァルト自筆譜のファクシミリを何点もかついでテレビにゲスト出演なさった際、レギュラーメンバーから
「モーツァルトの書いた楽譜は手直しがなくてきれいなんですってね」
と質問されて
「はい、そうです」
とお答えになったのを見て、あいた口が塞がらなくなったのでした。
いったいどうしてあんなことを言ったのですか、と、不躾承知でメールしましたら、お返事はきちんと下さいまして、テレビの要請に応えざるを得なかったから仕方なく、とのことでした。
お返事頂けたことは望外の喜びでしたが、胸には納得のいかないものが残り続けました。
あとで何度も考えましたが、良心を持った音楽家なら、テレビ番組の要請がどんなであろうと、ご自分がしっかり分かっていらしたはずの「事実ではないこと」をきちんと否定して、それで番組が成り立つようにと努力すべきだったのではないか、と思えてなりません。
音楽家さんが「そうです」と言えば嘘でも平気でまかり通る悲しい別事例を、その後もいくつか見ました。
クラシック業界にとって、こういうのは非常な汚点ではないでしょうか? これでは他の人に「クラシックも好きになってちょうだい!」とはとても言えないことになり、一愛好家としてたいへん残念だ、とずっと思っております。

自筆譜ファクシミリをいくつもお持ちのかたなら、モーツァルトの自筆譜にはたくさんの訂正があることを絶対にご存知のはずです。ご存じないのならファクシミリをちらっとも開いてご覧になったことがなく、ただプライドを飾るためだけにそれを持っている、恥ずかしい精神の人だと言わざるを得ません。

たくさん、というほどではありませんが、私は貧しいながらもモーツァルト大好きであるために、初期の弦楽四重奏曲、2つのピアノ協奏曲、『ドン・ジョヴァンニ』のダイジェスト、『魔笛』全曲、ハフナー交響曲にジュピター交響曲くらいの自筆譜ファクシミリは手元にあります。これらのどれを見ても、モーツァルトが考え直して抹消をしたり、音符に訂正をほどこしていたり、をまったく行なっていない楽譜はありません。
ハフナー交響曲やジュピター交響曲については例を以前ブログに掲載したことがあります。
ここでは『戴冠式』協奏曲と呼ばれているK.537の自筆譜ファクシミリにある例を少しお目にかけます。同時に、モーツァルトの手書きは決して美しくもなく、丁寧に書かれたものでもないこともはっきり分かっていただけることになるでしょう。

自立から死に至るまでのウィーン時代のモーツァルトにとって、自作ピアノ協奏曲をひっさげて演奏会を開くことは大事な収入源で、自分の演奏のための総譜は「書きかけの断片をためておき、必要が生じたときに、それに手を加えて素早く仕上げる」(西川尚生『モーツァルト』p.241 音楽之友社 2005年)方法で書いたことが明らかになっています。K.537の自筆譜もモーツァルトのそんな作曲方法がはっきり読み取れるものになっていると思います。そして、「素早く」が決して滑らかにではなく、格闘するような「素早く」だったのではないかと見られる箇所が、ふんだんにあります。
いまはパブリックドメインでも見られるようになっています。
http://imslp.org/wiki/Piano_Concerto_No.26_in_D_major,_K.537_(Mozart,_Wolfgang_Amadeus)
冊子もDoverの廉価なモノクロ版ですので入手も容易です(購入した2006年6月には2200円ほどでした)。廉価版であるにもかかわらず、アラン・タイソンによるつっこんだ解説があります。専門的なことはそんな解説をお読み頂ければいいだろうと思います。

モーツァルトは、最初はオーケストラとピアノ独奏のおもなアイディアだけ書いておいたのでしょう。モノクロでもインクの濃淡でそれがはっきりわかります。第1楽章の4葉目裏では、最初にあらかじめ書いておいたのはヴァイオリン、ヴィオラの一部(上から2〜4段目、これはこの画像からだけだと濃淡が分かりにくいところがあります)と低音部の一部(下から2段目、2〜3小節目、5小節目)、ピアノ独奏部(下から4~3段目)です。トランペット(最上段)とティンパニ(最下段)は、左端の連桁があとで上下に広げられたのが見て取れますので、他の管楽器と同時に後から付け加えられたのだと判明します。

P8

6葉目裏から7葉目表にかけては独奏部が抹消されて、あいた上の段を使って書き換えがほどこされています。7葉目表にいたっては1小節をまるまる抹消しています。この抹消された小節には独奏部以外まったく何も書かれていませんので、オーケストラ部が後で書き加えられたことの裏付けがとれます

P13

9葉目裏から10葉目表では、あとで書き換えられた方のピアノ独奏部が抹消されています。後日の加筆や書き換えでもモーツァルトは単純にではなくアイディアに悩みながら作業を進めていた、ということになるのでしょう(ガラケー写真でスミマセン)。

P1819

19葉目裏から20葉目表にかけては、こんどはオーケストラの書き込みまで(後日)されていながら、大きく抹消されています。20葉目裏はまた普通に書きこまれていて、これはモーツァルトが最初のアイディアを書き留めた時でも全部を一気に書いたのではない可能性を示唆しています。使用されている用紙の解析によると、第1楽章の16葉目までと第2楽章の6葉目までが同じ時期製造の五線紙を使っていて、第1楽章の17葉目から20葉目は別の時期製造のもの、以降さらに21〜24葉目と25〜最終までとが異なる時期の用紙なのだそうです。(第3楽章についての用紙の解析はDover版の解説表には載っていません。)

P3839

第2楽章は総譜で修正だとはっきりわかるのは5葉目(モーツァルトはこの作品では楽章ごとにあらたにページ番号を1から書き始めている)の1カ所にしかありませんが、これはモーツァルトが「頭の中で完成している」音を一気に書けば済んだ、ということを意味しません。第2楽章については主題がスケッチされていたことが分かっていて、そのスケッチはなんと日本の前田育徳会財団の保有に帰しているというオチまでついて、Dover版ファクシミリに写真も掲載されています。

P65

第2楽章で面白いのは、独奏部の左手が全く書かれていないことです。緩徐楽章なので、演奏会には即興で間に合ったのでしょう。そしてまた、書かずに演奏会に臨んだということは、協奏曲の仕上げを極力急がなければならない状況下で、モーツァルトは即興で済む部分は省き、他はバタバタと作業した、みたいな様子を推測させてくれます。
ドタバタ状況下だった第3楽章(Finale)の書きぶりが、それでもモーツァルトの天才にいちばんふさわしいと言えます。
筆跡は前の2つの楽章に比べてずいぶん荒っぽく、オーケストラ部の省略表記も多く(9葉目裏、18葉目表裏に走り書きのイタリア語で「最初の時と同じに」と書いているほか、3葉目の木管、7葉目の第2ヴァイオリン【(第1ヴァイオリンの)オクターヴ下、の指示】、最終21葉目表のトランペット(第3楽章では10葉目以降で下から4段目になっています)などへの記入省略が見られ、省力化の意図を伺うことが出来ます。その一方で、最終的に一気に書かれたと見えるしめくくりの18葉目裏のおしまい2小節以降、第21葉目までは、独奏部とオーケストラがほぼ同時進行(オーケストラの、とくに管楽器には後からの記入もあるかと思われますが)で書かれていたと見えるにもかかわらず、音符そのものの訂正はまったく見られません。これをずいぶん急いで書いたのであろうことが、インクや線の烈しい乱れからよく察せられますので、訂正のないことはやはり驚嘆に値すると思います。

P104

第3楽章の例から、モーツァルトの天才は間違いないものだと認めることが出来るのですけれど、それは
・神業のような美しい筆跡から判明するものではないこと
・先行楽章から読み取れる通り、日々の生活の糧を得るどん欲さから生まれて来た工夫(あらかじめアイディアを準備しておく・省略で済むところは省略する)、いよいよ出番となるときの懸命な見直し努力(第1楽章の書き直しの例)のように人間的な営みの積み重ねに裏打ちされていること

なのだと、モーツァルトを素材に何かを語りたい芸術家さんには、あらためてしっかり認識しておいていただきたい、と、ひたすら願う今日この頃です。

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2015年1月31日 (土)

チャイコフスキー第5演奏小史~フルトヴェングラー、カラヤン、チェリビダッケそしてムラヴィンスキー

私の属するアマチュアオーケストラ(東京ムジークフロー)では、次回、チャイコフスキーの交響曲第5番をとりあげます。
それにちなんで、ちょっとした聴き比べを思い立ちました。


クラシックを聴き始めた45年前頃、EMIで出していた交響曲のLPにカラヤン/フィルハーモニアのシリーズで有名作を2つずつカップリングしたものがあって、渡辺学而さんが解説を書いていました。
チャイコフスキー『悲愴』について書いたものの中に、たしか
「前の日カラヤンがチャイコフスキーの第5を振ると、フルトヴェングラーが翌日(対抗心から)同じ作曲家の第4を振った」
みたいな話があったような気がします。それは互いの激しい競争意識からだった、といった内容でした。
これが事実だったのかどうか、最近いろいろドキュメントを探してみましたが、上演歴を目にすることが出来ませんでしたので、結局確認出来ませんでした。
けれどもフルトヴェングラーがカラヤンへの壮絶な嫉妬に燃えていたのは周知のことですから、チャイコフスキーをダシにしたこんなシーンがあったとしてもおかしくないし、本当だったのなら順番・・・カラヤンが先でフルトヴェングラーが後・・・もおそらくこのとおりだったのだろうと思います。

二人の敵対関係の真ん中ではベルリンフィルをチェリビダッケが指揮していたのでした。

3人とも、1950年前後にチャイコフスキーの第5交響曲を演奏したときの録音が残っています。
まもなく死んでしまったフルトヴェングラーには望むべくもないのですが、カラヤンとチェリビダッケについては、それぞれの晩年にチャイコフスキーの第5交響曲を演奏した録音が残されています。
二人の晩年の狭間に、当時ソ連だったロシアの指揮者ムラヴィンスキーの第5演奏が忽然と現れたのでした。

以上をふまえて、この人たちが指揮したチャイコフスキー第5の演奏がどんなものか、を比べてみます。


まず、それぞれの演奏時間をご覧下さい。

フルトヴェングラー 1952年6月6日 トリノ放送響(ライヴ)
ADD MR2117/8
第1楽章 14:32
第2楽章 13:17
第3楽章 06:39
第4楽章 10:26

カラヤン      1953年2月27日 トリノ放送響
ADD MR2258/9
第1楽章 15:40
第2楽章 13:29
第3楽章 06:27
第4楽章 10:53

チェリビダッケ   1948年7月5~9日 ロンドンフィル
ADD LC12281 CD6
第1楽章 16:16
第2楽章 15:00
第3楽章 06:23
第4楽章 12:43

ムラヴィンスキー  1977年10月19日  レニングラードフィル(来日公演)
第1楽章 13:44
第2楽章 11:51
第3楽章 05:34
第4楽章 11:39

ムラヴィンスキー  1978年6月12~13日 レニングラードフィル(ウィーンライヴ)
Altus ALT287
第1楽章 13:27
第2楽章 11:35
第3楽章 05:26
第4楽章 11:12

カラヤン      1984年3月 ウィーンフィル
Deutche Gramophone 439 019-2
第1楽章 15:53
第2楽章 13:40
第3楽章 06:31
第4楽章 12:05

チェリビダッケ   1991年5月 ミュンヘンフィル
(ライヴ〜演奏時間はつなぎの沈黙部分を含む)
WARNER WPCS-23012
第1楽章 18:15
第2楽章 16:34
第3楽章 06:35
第4楽章 14:18

これだけの中に、次のことが読み取れます。
1)1950年代のフルトヴェングラーとカラヤンのあいだに、どの楽章も演奏時間の違いはほとんどなかった。ただし、終楽章はスコアにない繰り返しをしていて(74小節以降212小節までを彼は呈示部だと考えたようです)なおカラヤンよりも短い演奏時間なので、この楽章だけはとてつもなく速い、と言ってもいいかもしれません。
2)50年代既に、チェリビダッケのテンポの遅さが際立っている(第3楽章だけは前2者と似た演奏時間)。
3)60年のスタジオ録音(ステレオ)で突然西側市場に現れたムラヴィンスキーの演奏は、第1〜第3楽章はこれまでの3人よりもテンポが速かった(スタジオ録音のものは第1楽章は14分40秒ではあるのですが)。
4)カラヤンは定評通り、晩年の演奏でも若いときとほぼ同じテンポを保っている。けれども終楽章は少しゆったり気味になった。
5)チェリビダッケは遅さに拍車がかかった。・・・ただしライヴのため楽章間の沈黙も時間に加わっているので、数字から印象づけられるほど過剰に遅くはないのですけれど。


演奏時間だけからではみえないことがあるので、それを述べておきます。

1950年代のフルトヴェングラーとカラヤンは、奇しくもなのか企てられたものだったのか、同じオーケストラを指揮した演奏です。CDのカヴァーに「フルトヴェングラーの最悪演奏とまで酷評されることのある(チャイコフスキーの後期三大交響曲)唯一の録音ですが・・・決して駄演ではない」と言い訳が書かれているもので、ノイズをだいぶ除去して売り出されました。カヴァーのいい訳にもかかわらず、演奏内容は決していいとは言えないと感じます。他の作曲家、とくにベートーヴェンやブラームスの交響曲を指揮したときのように、フルトヴェングラーはチャイコフスキーの第5においても、楽譜に指定がなくてもクレッシェンドで急勾配のテンポアップをし、ディミヌエンドでは幅の広いルバートを施しているのですが、ベートーヴェンやブラームスのときとは違って、この方式が緊張感を高めたり情緒を揺さぶったりする成果を上げていません。第4楽章を独自に解釈してスコアにないリピートを加えていることも、曲の流れを壊し緊張感を失わせる逆効果をもたらしています。オーケストラのレベルを考慮せず436小節からのMolto vivaceでこれも指定にないアチェランドをかけることで、本来重量感の欲しいこの部分が軽く浮いてしまっていたりもします。第3楽章のロシア風ワルツも、イタリアのオーケストラの演奏でありながらドイツ的なリズム解釈が祟って鈍重です。CDのカヴァーに「フルトヴェングラーの深刻な芸風にぴったりなチャイコフスキーの作品群」とも書かれていますけれど、少なくともこの第5に関する限りはフルトヴェングラーには向いていなかった、もしくはフルトヴェングラーはチャイコフスキーの音楽を消化し起きれていなかった、と言わざるを得ないと思います。

カラヤンの1953年録音は、第4楽章序奏部がワーグナー的なレガートなのが最も面白く思われます。レガートはカラヤン終生の得意技ではありましたけれど、チャイコフスキー第5に関する限り、5回行ったというこの曲の最後の録音となった1984年のウィーンフィルとの演奏に至って、第4楽章序奏部ではレガートではなくなっています。他には第1楽章の、たとえば124小節にあるクレッシェンドの後のsffなどが極端な鋭角を描いていますが、これも1984年ではより自然な方法、クレッシェンドの頂点にふさわしく聞こえる程度に際立たされ、続くディミヌエンドを緩やかに行なう方式に改められています。全般に、カラヤンはどの曲を演奏しても若いときと年齢を重ねてからとでテンポがあまり変わらなかったことで有名です。しかしながら、同じようなテンポ感にもかかわらず、中身はこんなふうに大きく変わっています。演奏としての評判は84年盤は先行するベルリンフィルとの円熟期のものよりは低いのですが、充分に安心して耳を傾けられるものにはなっています。自然さへの研究と努力をそこに聴き取っても良いでしょう。そしてその研究の過程には、あとで上げるムラヴィンスキー/レニングラードフィルの演奏を耳にしたことなどもあったのではないだろうか、と想像したいところです・・・が、これは想像に過ぎず、事実はまったく不明です。
カラヤンについてはこの曲にこんなエピソードが残っています。
「チャイコフスキーの《交響曲第5番》の緩徐楽章にはとても目立つホルンの独奏がある。彼はかつてウィーンでこの曲を録音したとき、緊張のあまり神経質になっているホルン奏者を休憩時間に自分のもとに来させ、この箇所を彼に練習させた。練習が終わると彼はホルン奏者に、この箇所の録音は明日にしようと言って安心させた。だが録音の終わる直前に突然彼は、緩徐楽章を録音する時間がちょうど残っていると言い出した。ホルン奏者はびっくりして神経質になる暇などなく、録音は一発で成功した。」(シュテレ『指揮台の神々』訳書p.331 音楽之友社 2003年)

チェリビダッケの1948年ロンドンフィル指揮の演奏が、実はフルトヴェングラー、カラヤンと比べてもいちばんノーマルな仕上がりで、フルトヴェングラーにみられる急激なテンポのアップダウンや、カラヤンにみられる極端なアクセント付け(第1楽章でめだつ)はなく、スコアの指定を・・・前半楽章ではチェリビダッケ特有の「遅すぎるほどのテンポ」が第1楽章主部冒頭や第2楽章全体にあるものの・・・もっとも忠実に守っているのが興味深く思われます。そのせいでしょうか、前二者と近似テンポになっている第3楽章、第4楽章には際立ったものが感じられません。けれども晩年のライヴ録音にはすべての楽章にわたって48年盤の演奏よりもピンと張りつめたものがしっかり感じ取れます。聴く立場としてチャイコフスキーの音楽に求めたい華やかさはなく、艶消しのきいた音になっているところ、カラヤン流とは対極にあるかと思うのですが、同じ曲でもこんなに違う流儀どうしが違うなりにいい感じで受け止められる、というところが、クラシック系ならではだと思います。晩年の演奏の緊張感にも、カラヤン同様、ムラヴィンスキーらから与えられた衝撃がチェリビダッケにもあったと想像したい衝動に駆られます。しかしこれもまた妄想でしかありません。

1960年にグラモフォンのスタジオ録音で突如クリアな演奏により聴き手を震撼させ4543638002870 たムラヴィンスキーは、日本、ウィーンいずれのライヴにおいても、ここまでの三者に比べて第1、第2、第3楽章がさらさらと速いにもかかわらず、レニングラードフィルの音色の力強い重々しさにより、ずっしりのしかかってくるような響きがします。
そしてそのずっしり感は、フルトヴェングラー・若き日のカラヤンに比べると「ゆったりめ」に構えた第4楽章(彼らより1分前後遅い・・・ただし青年時のチェリビダッケよりは速い)で最もよく発揮されています。
第3楽章までをテンポ面ではさらりと、しかしながら芯の強い鳴りにすることで輪郭を明確に仕上げておき、終楽章はドイツ系の人たちよりもおおむねゆとりのある幅広いテンポで奏でることにより、この交響曲の構成感をくっきりと聴き手に印象づけたのです。
ロシアの音はこうなんだ、と言わんばかりの演奏を、果たしてカラヤンやチェリビダッケが耳にしたかどうかは分かりませんが、二人ともロシアの音を経験した衝撃が円熟期の演奏にしっかり刻まれているのを、カラヤン1984年の第4楽章(1分半遅くなった)、チェリビダッケ(第3楽章を除き2分程度遅くなっている)のテンポ変化にみてとりたい、というのが、先ほどからの妄想の淵源なのでした。


余談ですが、この交響曲の第4楽章、序奏が終わってクレッシェンドしてAllegro vivaceになるところ、序奏部最終の57小節でティンパニだけが残り、これがクレッシェンドするのですが、スコアはAllegro vivaceに入ったところでティンパニはmf(管楽器弦楽器はf)で、あくまで漸次長いクレッシェンドを続けます。
これが、実演上は多くAllegro vivaceに入ったその瞬間、ティンパニが強い音で一発ドン、と叩くのです。
どうしてそう演奏するようになったのかは分かりません。
いつから、誰がそうし始めたのか、も分かりません。
この4人の指揮した演奏の中で、若き日のチェリビダッケとカラヤンがティンパニの一発ドンをやっていますチェリビダッケの方がいくぶん控えめなのがご愛嬌だったりします。
逆に、スコアに真正に忠実なのはムラヴィンスキー指揮の演奏だけです。
(以前聴いた中では、他にはルドルフ・ケンペがスコアに忠実でした。)
残りはどうしているかというと、一発ドンこそやりませんけれど、ティンパニをAllegro vivaceに入ったところでfになるように、序奏部最後の小節のクレッシェンドを急勾配にしているのです。そしてAllegro vivaceで再度ティンパニのディナミークをmpくらいまで落として、クレッシェンドの仕切り直しをするのです。
カラヤンは一発ドンのもたらす効果には未練があったのでしょうか、晩年録音では一発ドンこそやりませんが、クレッシェンド仕切り直し組に踏みとどまっているのです。
これは、チェリビダッケまたしかり、なのでした。
この現象、興味があるのですけれど、調べても多分「誰から、いつから、なんでまた」の謎は分からない気がします。

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2015年1月12日 (月)

という夢をみた。〜三輪眞弘(「いま」を聴く〜ありえたかもしれない音楽)

さあ、面白いから次は三輪さんだ、と思っていたのでしたが、いざとなったら、どう取りかかっていいものか、とても難しかったのでした。

・・・う~ん、三輪さんの作品を「面白い」と思うかそうでないか、が、『現代音楽』を標榜する響きを「面白い」と思えるかそうでないか、の、分かれ道のひとつにはなる気がします。全部、ではないのですけれどね。

著述にみる三輪さんのお話は、音楽にとって根源的なことで、読んでいると強い共感を覚えます。けれど、次のように引用してみると、どうでしょう? 読み取れるまでに少し時間がかかってしまうと感じませんか?

音楽とは、才能ある人が抱いた思想や激情や繊細な感覚の揺らめきを聴衆に伝えるためのものなのだろうか? その例をぼくは無数に知ってはいるが、そんな一方的で趣味的なものでは決してない、といつも思っている。そうではなく、人間ならば誰もが心の奥底に宿しているはずの合理的思考を超えた内なる宇宙を想起させるための儀式のようなもの、そこには自我もなく思想や感情もない、というより、そこからぼくらの思考や感情が湧き出してくる、そのありかをぼくらの前に一瞬だけ、顕わにする技法ではないか? もし、音楽がそのようなものでないのなら、J.S.バッハの音楽などに感動できるはずもないし、現代では音楽など単なるイケテナイ娯楽でしかない。(『三輪眞弘音楽藝術 全思考一九九八-二〇一〇』p.156 アルテス)

引用した文章の読み取りにくさは、三輪さんが周到に言葉を選んでいるために起こっているのであって、読み取れてみると趣旨はわりと明快です。作品も同性格で、この明快さまで聴き手の耳が素直にたどり着けるかどうか、が、三輪眞弘作品の受け止め方を決めるように思います。

Zap2_g5694073w 音楽に対する考え方の他に三輪さん自身による作品解説を集めた『三輪眞弘音楽藝術 全思考一九九八-二〇一〇』によりますと、三輪さんは21世紀にはいって「逆シュミレーション音楽」というのを編み出しています。

「逆シュミレーション音楽は地球上の古代人や未開民族が行なっていたかもしれない、あるいは行なうことが可能であったような音楽(これを『ありえたかもしれない音楽』と呼ぶ)を空想し、主にコンピュータ・シュミレーションによって検証しながら新しい音楽を生み出す試みである。」p.73

というもので、たとえばCDで聴ける「村松ギヤ」ですと次のような由緒が「逆シュミレーション」として生み出されています。

《村松ギヤ》は、明治中期まで北海道北東部一帯に居住していたと伝えられるロシア系先住民ギヤック族によって行なわれていた祭事と言われ、幕末期に北海道(当時の蝦夷地)で先住民族の現地調査を行なっていた松前藩の村松勇作(幼名、勇太)の報告によって現在に伝えられている奇習である。
・・・大幅略・・・
一見、多数の女性(この儀礼では男に対して三・四倍)の間を蝶が舞うように渡り歩く少数の男性の動きは、現代人にとってあるいは非道徳的で面白おかしくも見えるが、それは厳しい大自然に生きる少数民族の日常、部族間の抗争はもとより、後の大和民族の侵略まで続く、村の恒常的な男性不足という民族の過酷な歴史を物語るものだという。

という夢をみた。

(p.89〜91)

実演の一例です。〜別途CD収録例は下記のリストをご覧下さい。
京風 村松ギヤ

http://youtu.be/Wj4q03pXWMs

どうでしょうか?

さて、私のような傍流リスナーはCDとYouTubeしかその試みを拝聴できません。
で、CDですと今手に入るのは次のような作品群です。Zap2_g5694077w

・村松ギヤ(春の祭典) FOCD2573
 弦楽のための、369 B氏へのオマージュ
 逆シュミレーション音楽「村松ギヤ(春の祭典)」広島風
 オーケストラのための、村松ギヤ・エンジンによるボレロ

・復刻 三輪眞弘 「赤ずきんちゃん伴奏器」「東の唄」 FOCD9570/1(2枚組)
 赤ずきんちゃん伴奏器
 ディデュランプ
 夢のガラクタ市ー前奏曲とリート
 歌えよ、そしてパチャママに祈れ—ボリビアの歌に寄せるふたつの物語
 ・・・
 2台のピアノと1人のピアニストのための「東の唄」
 ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのための「私の好きなコルトレーンのもの」
 ピアノ・アンサンブルとコンピュータのための[東のクリステ]
 カウントダウン
 「東の唄」徹底解説

http://tower.jp/artist/285554/三輪眞弘

私は三輪眞弘作品として初めて出会った「東の唄」が大変気に入ったのでした。
いまは「赤ずきんちゃん伴奏器」がわりと好きです。

「赤ずきんちゃん伴奏器」は、歌手の声の高さや強弱を読み取ったコンピュータが歌を自動的にピアノ伴奏する、という作品なのですが、この伴奏がどこかヘテロフォニックで日本人としては馴染みやすい響きで、音楽の根源にちょこっと思いを馳せさせてくれる楽しさがあるように感じるのですが・・・こういうのが後年の三輪さんの「逆シュミレーション音楽」につながったのかどうかは定かではありません。

さて、三輪眞弘さんのピアノ作品が、細川俊夫さんのピアノ作品とともに、この1月25日(日)に大井浩明さんのPOCで演奏されます。どうぞお出かけ下さい。

【ポック[POC]#20】~細川俊夫/三輪眞弘全ピアノ曲
2015年1月25日(日)18時開演(17時半開場)
両国門天ホール (130-0026 東京都墨田区両国1-3-9 ムラサワビル1-1階)
JR総武線「両国」駅西口から徒歩5分、大江戸線「両国」駅A4・A5出口から徒歩10分
3000円(全自由席)

http://ooipiano.exblog.jp/22321199/

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2014年12月27日 (土)

「ベートーヴェンの8つの交響曲による小交響曲」(「いま」を聴く〜古典を入口とする場合)

クラシック音楽ファンはどうしても「1945年以前」の呪縛から抜け出せませんよね。

売り場を飾るCDやDVDは、アーティストこそだんだんに新しい人は加わりますが、作品は、オーケストラものだとモーツァルト、ベートーヴェン・・・ブルックナー、マーラー、という感じ。
「ショスタコーヴィチはもっとあとの年代ではないか」
と言われるかもしれませんが、いまだにいちばんよく聴かれる交響曲第5番は1937年の作品ですし、彼の交響曲は第9番までが1945年以前作です。

そのうえ、交響曲と名付けられるこの曲種じたい、学者さん評論家さんたちが揃って
「20世紀で終焉を迎えたか、役割を終えつつある」
と述べている類いのものになりました。(*)

室内楽やピアノ音楽、声楽のファンだと事情は異なってきますけれど、オーケストラ音楽ファンは、学者さんや評論家さんがなんと言おうと、どうしても「交響曲」と名がつくものに食指が伸びます。

「現代音楽」作家にも「交響曲」はないのか。
これまた、交響曲がお好きな方はご存知の通り、無くはありません。
新しいものは新しいものなりに高く評価なさっている方も少なくないかと思います。

ですが、いまは、新しいものにはどうしてもまだ、と思っているかたのほうを前提にしますし、何を隠そう私自身にその気が無いとも言えませんので、ちょっと毛色の違うものを採り上げてご紹介します。

19世紀の交響曲作家・作品を取り入れた新作交響曲に、ヴォルフガング・リーム(1952年生)Symphonie “Nähe fern”というのがあります。全曲は2012年初演、CDは2013年に出ています。バリトン独唱の入った短い第2楽章(リームの旧作の、やはりブラームスの引用をふんだんに行なったものに基づく・・・Amazonの内容紹介文も参照)の他は、近過去、とでも言うのでしょうか、ブラームスの4つの交響曲からのモチーフをちりばめて独自に仕上げてあるので、ブラームス作品に馴染んだ人には面白く聴けるかもしれません。オーケストレーションも美しいと思います。(http://www.amazon.co.jp/dp/B00A6U5BL2

いやあ、やっぱりどうもこんな、(ロマン派好きとしては)馴染めない響きでブラームス像が歪められるのはなぁ、とお考えになるようでしたら、20世紀前衛の中でも大家と言われていた一人、ルチアーノ・ベリオ(1925〜2003)による、シューベルト未完作の、わりと素直な編作(1990)をお聴きになってみるのもいいでしょう。

ニ長調交響曲(D936a)は、シューベルトが1828年に手がけ始めたものの、彼がこの年のうちに亡くなってしまったため完成に至らなかったものだそうですが、どの程度まで書かれていたのかは私のような素人の手元資料では分かりません。補筆版はたとえばブライアン・ニューボールト(Brian Newbould)という人が第3楽章までを仕上げ、ネヴィル・マリナー指揮Academy of St Martin in the Fieldsが第10番として録音したものが出ていたりします(マッケラス指揮でも出ている由)。

ベリオの編作も同じ第3楽章までのものです。
が、ベリオの面目躍如なのは、各楽章の、おそらくシューベルトが書き上げられなかった部分に対する処理方法です。そうした箇所になると、とたんにオーケストレーションを近代的にし(チェレスタが入ったりする)、音模様ももやもやとぼかして、聴き手に
「ここはね〜、残念だけど、シューベルトの原稿には無いんだよ〜。だから夢で聴いてちょうだい」
と、やんわり伝えてくれるのです(この言い方であっているのかどうか知りませんけど)。シューベルトの未完部分の規模がどうやって推測されたのかは分かりませんが、ベリオがそういうぼかしを施している箇所は楽章の冒頭部だったり(第2楽章)、再現部にあたるはずなのになぜか復元されていなかったり(第1楽章)、で、長短様々です。あるいは個別パートを細かく追いかけていくとパートの中もぼかしが聞き取れたりするかもしれません。(http://www.amazon.co.jp/dp/B0009JAENK/ リンクしたシャイーの指揮によるCDはベリオのOrchestral Transcriptionsの集成ですので、他にパーセル、バッハ、ボッケリーニ、ブラームス作品にベリオが施した音響【すでに聞こえていたもの、ベリオが編作の過程で内的に聴いたもの】を味わうことが出来ます。)

ちょっとベリオが長くなっちゃいましたが、「未完成部分は整った美しさで補完しなければならない」みたいな従来の補作の考え方へのアンチテーゼであるところに「いま」らしさがあります。補完姿勢は従来のものが現状も(例としては古めですがモーツァルト「レクイエム」のバイヤー版などのように)踏襲されているのが一般的ですから、ベリオの見せている「いま」は、むしろ音楽創作の全般に現れている思潮の色合いが濃いと見るべきでしょう。
ベリオによるこのSchubertのrendering for orchestraはYouTubeにいくつか演奏例がアップされていますので、ひとつ埋め込んでおきましょう。

Aldo Ceccato/Orquesta Sinfónica de Radiotelevisión Española  1995
37分19秒

http://youtu.be/gzAj5wm2c6E

いやいや、編作ではなくて、やっぱり「古典」を活かした新作がいいんだ! ただ出来ればリームみたいに重たいのじゃないほうがありがたい! という場合。
とどめの逸品が日本人の作にあります。

2007年にいずみシンフォニエッタが「第九」をやるとき、その序曲に出来るような新作を、というので西村朗氏に委嘱し、出来上がったのが、ユニークで楽しい、
「ベートーヴェンの8つの交響曲による小交響曲」
でした。
日本人のベートーヴェン交響曲好きの急所をよく突いた明るい浪花のおっさんの音楽になっています。
タイトルから分かる通り、この小交響曲は、第九を除くベートーヴェンの8つの交響曲、そのすべてからモチーフを引用した4つの楽章から成り立っています。第九の前座だから第九は入らない、というだけでも、委嘱の意図を充分汲み取り、聴きにくるだろうお客さんのニーズにも応えた、心憎いまでのマーケティングを施してあります。
この先がしかし、創作として凄みがあります。
第1楽章には、ベートーヴェンの8つの交響曲の、各第1楽章からしかモチーフがとられていません。
第2楽章には、同じく各第2楽章からしかモチーフがとられていません。
第3楽章、第4楽章またしかりです(「田園」第5楽章のモチーフは第4楽章にはめ込んであります)。
さらに心憎いことに、第3楽章と第4楽章は切れ目無く続けて演奏されます。・・・ベートーヴェンが第5、第6で打ち立てた創作方法を踏襲してみせているわけです。
こんだけふんだんに、しかも適所にベートーヴェンからのモチーフ・方法を配置していながら、出来上がった音楽の構成がまったくユニークになっている。しかも演奏時間11分程度。
この密度の濃さが作品を聴きやすく親しみやすくもしながら
「ああ、なんだか昔聴いたはずなのに新しい!」
という奇妙な満足感を聴き手にもたらしてくれます。個人的にはリームを凌駕してるんじゃないかなとヨイショしたい気持ちでいっぱいであります。
ここまであげてきた中で、いち押しです。
日本のベートーヴェン交響曲フェチなら必聴です。
音を載せられないのが残念!

「いずみシンフォニエッタ大阪 プレイズ 西村朗 沈黙の声(西村朗 作品集 17)」
http://www.camerata.co.jp/music/detail.php?serial=CMCD-28290
http://www.amazon.co.jp/dp/B00GA7GJ20

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* 交響曲の変遷史は大崎滋生さんが精力的で大いに賛美されるべき「文化としてのシンフォニー」シリーズで捉え続け、最近とうとう『20世紀のシンフォニー』で実質の完結を迎えたのではないかと思います。 http://www.amazon.co.jp/dp/4582219667/ これには当然1945年以後の交響曲もたくさん登場するのですが・・・)

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2014年12月20日 (土)

「ためらいのタンゴ」タンゴ・コレクション(「いま」を聴く・・・最初の1枚)

「いわゆる現代音楽ってやつをCDで聴いてみたいんだが、とっつきにくくて・・・」

と、ためらいがおありだったら、最初の1枚にはこれをオススメします。
無心に楽しめるCDです。
とくべつ現代音楽のCDというものではありません。

高橋アキさんのピアノ演奏による51suwlmbal_sx355__2
「ためらいのタンゴ」タンゴ・コレクション1890-2005
 カメラータ CMCD-28105
 http://www.camerata.co.jp/music/detail.php?id=57
 Amazon:http://www.amazon.co.jp/dp/B000E9816C/
 *ダウンロード販売は残念ながら見つけられませんでした。
  とってもいい企画なので、もしダウンロード販売されていないのなら惜しい!

現代音楽の素晴らしいピアニストとして有名な高橋アキさん(http://www.aki-takahashi.net)ですが、繰り返しますけれど、これは特段、現代音楽のCDというものではありません。

いま高橋アキさんがコツコツと録音を積み重ねているのはシューベルトのソナタで、最新の第4弾がこの11月25日に発売になったところです(http://www.amazon.co.jp/dp/B00PG3UO2U/)。
人間が弾けるとはとても思えないリズムも、高橋アキさんは超人的な感覚で明確にこなしてしまうのですが、これまた素敵で自然な歌心があって、シューベルトなんかほんとにピッタリなかたなんですよね。

技術だけの人でも歌心だけの人でもない高橋アキさんならではの、異色のセレクションが、このアルバム「ためらいのタンゴ」です。

何が異色か。

・サブタイトルに「1890-2005」とあるとおり、年代の異なる20曲のタンゴがこのアルバムには集められています。・・・115年も年代の幅のある選曲がされることがまず、そうあることではありませんよね。

・でも決定的にユニークなのは、これらの並べられ方です。最初が19世紀末のアルベニスから始まって、順々に新しいものになっていき、10曲目に最新の2005年作が置かれていて、そこをピークに今度は創作年を遡っていって、20曲目は1904年のサティの作品で終わります。・・・順番に聴いていくと、音楽の合わせ鏡を眺められるのです。

気に入った1曲を抜き出して聴いても楽しいです。
そうして曲に馴染んでおいて、時間が許すときにいちどはこのアルバムを最初から通して聴いてみて下さい。
ちょうど真ん中あたり、折り返し点に、日本の「いま」の作曲家さんたちの手がけたタンゴが集中して現れますけれど、通して聴くと、この「いま」のタンゴたちが自然にスウッと、耳に受け入れられている。そんな自分に、ある瞬間ふと気づくはずです。

素材が「タンゴ」と規定されているので、ごくごく一部を除いては「おお前衛!」の印象がありません。そのおかげで「とっつきやすい」んですよね。

まあ細かいことは言いません(って、ここまででも充分細かいか!)、よろしければ、まずこれをお手に取ってみて下さいね。

ついでながら、締めがサティ、しかもフェイドアウトする、というところが、密かにミソだったりします。
なんといっても、高橋アキさんは、日本でエリック・サティが流行る大きなきっかけを作ったかたですから(これまた最新の演奏が10月25日に発売されていて、これはダウンロードでの購入も出来ます http://www01.hqm-store.com/store/item_new.php?album_no=HQMD-10040)。

曲のリストはこんなです。
(カメラータのサイトから引用し、作品の発表された年を追記しました。)

この中の6曲から引用したサンプルをお聴きになりながらリストを眺めて下さい。
2分です。

[ 1] I.アルベニス:タンゴ(組曲「スペイン」作品165より)1890年
[ 2] S.バーバー:ためらいのタンゴ 
 (組曲「スーヴェニア」作品28より)1952年
[ 3] A.カラン:タンゴ No.1 1971/83年
[ 4] M.サール:流浪者のカフェ・タンゴ 1984年
[ 5] C.ナンカロウ:タンゴ? 1984年
[ 6] ジェイムス・セラーズ:タンゴ・タカハシ 1999年
[ 7] 三宅榛名:北緯43度のタンゴ 1986/95年
[ 8] 近藤 譲:記憶術のタンゴ 1984年(*)
[ 9] 西村 朗:タンゴ 1998年(*)
[10] 佐近田展康:ニュー・センチュリー・ソング 2000/2003/2005年
[11] AYUO:ユーラシアン・タンゴ No.1 1998年
[12] AYUO:ユーラシアン・タンゴ No.3 1998年
[13] AYUO:ユーラシアン・タンゴ No.5
  (ビザンチウム~ペルシャの美)1998年
[14] アストル・ピアソラ:ミケランジェロ 70 1969年
[15] イゴール・ストラヴィンスキー:タンゴ 1940年
[16] ステファン・ヴォルペ:タンゴ 1927年
[17] ダリウス・ミヨー:フラテリーニのタンゴ
  (バレエ「屋根の上の牡牛」作品58より)1919年
[18] ジャン・ヴィエネ:タンゴ 1955年
[19] アンリ・クリケ=プレイエル:タンゴ No.1 1920年
[10] エリック・サティ:ル・タンゴ
  (「スポーツと気晴らし」より)1914年

ギター系のファンには・・・アルベニスもピアソラもあるでよ!
濃いめ系のファンには・・・バーバーにミヨー、えっ? ストラヴィンスキー?
でもってナンカロウでございますから、どんな嗜好の方でもピッタリくるんじゃないかと思います。

この中で佐近田展康さんは三輪眞弘さんと「父親違いの異母兄弟によって2000年に結成された作曲・思索のユニット」フォルマント兄弟を組んで面白い活動をなさっています。
って、私はまだよくわかっていないんですが、ず〜っと前に「ライバルは初音ミク」と言っていた記憶があるんで、これからいっぱい好きになりたいと思っております。
(リンクはりたいYouTubeとかあるんですけど、今回は逸れるからやめておきます。 いちおう、こちら♪ http://formantbros.jp/j/top/top.html


*:近藤譲「記憶術のタンゴ」(http://ooipiano.exblog.jp/22690684/)・西村朗「タンゴ」(http://ooipiano.exblog.jp/23165600/)は、大井浩明さんが今2014年のPOCシリーズで演奏しました。2015年1月は細川俊夫・三輪眞弘作品、2月は南聡作品です(http://ooipiano.exblog.jp/22321199/)。

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2014年12月17日 (水)

「いま」を聴く・・・前置き

このブログを冷かしてくださる方はきっと
「なんだ、おまえんとこには大井浩明って名前ばっかり出てくるじゃねえか」
とお思いかもしれません。

それには、ささやかなわけがあります。

Btop272auto いまから6年くらい前、私はある人から
「これ、ぜひ聴いてみてください」
と1枚のCDを紹介されました。
ベートーヴェンの『月光』ソナタでしたが、自分がそれまであまり興味を持たなかった、フォルテピアノという、ピアノのご先祖様で演奏されたものでした。
どんなものか、と耳を傾けて、最初からなんだろうこれは、と首をかしげて、聴き終わってすぐ・・・私はたまたま「月光」のベートーヴェン自筆譜を複写したもの(ファクシミリ)を持っていたのですが・・・ファクシミリを開いて眺めて、また考え込んで、もういちどCDを聴きました。
それを何度か繰り返して、思わず唸りました。
こんなに楽譜のイメージにぴったりの「月光」を聴いたことがない、と、すっかり感心してしまったのです。楽譜のイメージにピッタリ、というのはどんなものなのか、は言葉にするのがなかなかむずかしいのですが、ベートーヴェンの自筆譜は興に乗ってくると勢いがついて音と音を結ぶ連桁がどんどん先のほうへ傾いていくのです。まさにそんな音がしたのです。堅実でありながらノリがとても豊かだった。このCDのでフォルテピアノを演奏していたのが、大井さんでした。

それから間もなく、ケルンの古楽畑で活躍している旧知の阿部千春嬢がたまたま大井さんと組んでモーツァルトのヴァイオリンとフォルテピアノのソナタを全曲演奏することになり、しかもこのとき大井さんはクラヴィコードによるバッハ『フーガの技法』をCDリリースしていましたから、私は大井さんはてっきり古楽畑の人だと思い込んでいました。このまた2年前に私は家内を亡くして男やもめでおりましたので、子連れでのこのことモーツァルトを聴きに出かけて、またとても満足したのでした。

大井さんが「現代音楽」でたいへんな活躍をしている人だ、と知ったのは、こんなわけで、ちょっと後になってからでした。大井さんを知った筋道としては珍しく、また間抜けだったかもしれません。

20世紀に入ってからの音楽を大井さんが演奏するのを初めて聴いたのは、2010年7月31日、渋谷の公園通りクラシックスで開いた「新ウィーン楽派ピアノ曲集成」でした。これまた子連れで出掛けたのでした。
野々村禎彦さん(現代音楽の評論を積極的になさり、柴田南雄音楽評論賞を受賞)がhttp://www.web-cri.com/review/1007_ooi-NVS_v01.htmでお書きになっている通りの内容で、私も子供たちも新鮮な驚きと感激のうちに帰宅したのが、まだ昨日のことのようです。

野々村さんが上の文章で述べていらっしゃる通り、この演奏会は大井さんにとって、ひとつの決意表明だったのでしょう。
「現代音楽演奏に自主的に取り組む若手は、多井智紀らアンサンブル・ボワ周辺の音楽家くらいしか見当たらない状況で大井が再び重い腰を上げたのは、もう若い世代に道を譲ってはいられないという義務感と、アマチュア時代の試行に決着をつけておきたいということだろう。(中略)来年度のPOCの予告では、彼が青年時代に取り組んでいた現代の古典が並べられており、この日のような踏み込んだ解釈が期待できそうだ。それに先立つ今年度のシリーズが日本人作曲家の特集になったのは、留学後も長らくヨーロッパに居を構えていた彼は、彼地の『現代音楽専門ピアニスト』たちの自国偏重ぶりを目の当たりにしてきたからだろう。日本人だけがコスモポリタンを気取っても意味はない。ただし、かつては東アジアの作曲家を広く取り上げていた彼が今回は日本人に絞ったのは、近年の国際コンクールでは韓国・人民中国のピアニストが台頭しており、もはやお節介は無用という判断なのだろう。」

このPOC(Portraits of Composers)というシリーズの深遠な趣旨も、またこのとき以前のものも、私は知りませんでした。
復活開始したシリーズは、基本的に各1回で1作曲家のピアノ作品全作品を演奏する大井さんの自主企画で、1企画でほぼ半年かけて複数の作曲家を採り上げるのです。言ってしまうと簡単ですが、演奏する方はとても大変です。
これを2010年から・・・別企画で休止した年もありましたが・・・今年まで、大井さんはこつこつ続けています。

私は子持ちやもめなので、日々あちこちで開かれる多様な演奏会に出向くことはほとんど出来ません。それでもPOCシリーズに(行けなかったことは数回ありましたが)ほぼ毎回通うことだけはなんとかできました。「新ウィーン楽派ピアノ曲集成」で受けた感銘からでしょうか、まあなんでだったのか、これは通ってみるべきだ、通ってみたい、と思えてならなかったのでした。

最初は日本の新旧前衛作曲家を特集した2010年のシリーズでした。
2011年はクセナキス、リゲティ、シュトックハウゼンら海外の前衛元祖みたいな人たちの作品を、2012年はケージを真ん中に据えて日本の実験工房の作曲家たちの作品も含めた少し前の世代の作曲家たちのものを、そして昨年のフォルテピアノによるベートーヴェンのソナタ全曲演奏を挟んで今年は2012年シリーズの次世代にあたる人たちの作品を来年2月まで採り上げています。

これに通えたおかげで、それまで現代音楽にあまり関心がなかった私は、たくさんの演奏会に通うよりも多様な音色彩・音造形を味わうことが出来ましたし、価値観もずいぶん変わりました。とはいえ野々村さんのきちんとした穿ちに結びつくような、高度なことは、いまだにまったくわかりません。ただ
「なんだかとっても面白いじゃないか」
という単純な興奮が毎回あるだけです。
それでもこの単純な興奮に、自分自身で驚いています。音楽を好きになったばかりの頃の素朴な興奮といまのこの興奮が、なんだかとっても似ているからです。

以上の経緯や興奮があるので、おのずと大井さんの名前がいっぱい出てくることになりました。

が、こうやって私がずいぶん好きにならせてもらった「現代音楽」、世間の、とくにクラシック音楽好きな人たちからは、思いがけず冷遇されているようです。現代の音楽ですから歴史的位置付けなんか持たないのはまだいいとしても、手軽に読める音楽史の本の中で切って捨てるような扱いをされているのを目にすると、なんだかガッカリしてしまいます。

音楽専門の高校で副読本ともなっていた(4年くらい前のことで、いまは分かりませんが、いい本なのでいまも使われているかな)岡田暁生著『西洋音楽史』からと、近年クラシック音楽関係や歌舞伎関係で読みやすい網羅本を次々出している中川右介さんの記述をひっぱってみます。

「私がここで問題にしたいのは、いわゆる前衛音楽における公衆の不在である。・・・20世紀後半においては、(略)パトロンを喪失した芸術音楽は、一種のアングラ音楽へと尖鋭化【先鋭化を修正してみました】していったのではないか?」(岡田氏)

「現代音楽とは、それまでの音楽を否定し、『これが現代の音楽だ』と主張するものだった。実験的なものも多いし、電気【!】楽器を導入するなど、新しい試みもあった。しかし所詮は実験である。一部のマニアには受けたが、大衆性はまったくなかった。作曲家はコンサートやレコードからの印税収入は期待できないので、奇特なスポンサーでもいなければ、やっていけず、結局は廃れた。経済的な理由もあったが、奇抜なことばかり追い求めていかなければならないので、芸術的にも行き詰まったのである。こうして、『現代音楽はもう古い』ということになった。」(中川右介『クラシック音楽の歴史』七つ森書館2013年。なお、続く記述に「現代音楽の始まりは、前述【中川氏自身の記述】のように第二次世界大戦後とされる。」とありますが、私はド素人ながら、中川さんはたとえばロシア・アバンギャルドなんかご存じないのだろうか、もしご存じならどうとらえていらっしゃるのだろうか、と、首をかしげたのでした。・・・まあ余談です。)

さてしかし、こんなものなのでしょうか?

POCシリーズを聴きに出掛けて私自身が痛切に感じたのは、聴く私の「いま」を聴く熱意と関心のなさが「現代音楽」を私から遠ざけていたのではないか、ということです。
むずかしい、とっつきにくい、意味わかんない・・・そんな思い込み。

実際に物量作戦で聴いてみると、「いま」の音楽作りは響きや色の求め方、扱いかたが多様で、ああそうなのか、を目の当たりにすると、理屈が分からなくても、感覚でかなり愉快に聴くことができます。

私はいまだに理屈はこれっぽっちも分かりません。それでもなお、古典でもたいへんすばらしい演奏をする大井さんが「現代音楽」でまた充実の演奏をし、わけもわからない私のような者がそれに唸らされて、現に「面白い!」と興奮し続けているのです。

このブログを野次馬するかたくらいにはせめて、その興奮をもうちょっと噛み砕いたところを見ていただいて、
「またあいつバカなこと言ってるよ!」
と笑いながら関心を広げてもらえたらいいんじゃないかな、と、思うようになりました。

とはいえ、とくに中川さんが仰っているような外野目線の「現代音楽」、野々村さんがきちんと正面からとらえていらっしゃる、なお生きているそれ、を、ど素人の私が知ったかぶりで述べるなんて、とんでもないことです。
しょっぱなからマトモがいい人は、野々村さんの示して下さっている素敵なディスコグラフィーがありますから、そちらでまっとうな入門をなさるべきでしょう。

http://www2.big.or.jp/~erd4/suisou/mm/gendai/index.html

私は、自分が「いま」にちゃんと耳を傾けてこなかった反省がありますので、現代「の」音楽(ただし主にポップス系ではないもの)を初心で聴きなおすことから始め、読んで下さる方といっしょに楽しみたいと思っています。
おまえは「いま」を聴くのだ、とわが身に言い聞かせつつ、とっつきやすいものから順次、のんきに聴いて感想を言って、読んで下さる方との雑談の種にしよう、と、その程度の考えしか、私は持っていないのです。


※大井さんの名を世間に知らしめたクセナキス「シナファイ」の演奏については、それなりに話がすすめられるようだったら、あらためてご紹介しますね。

ベートーヴェンの「エロイカ」をフォルテピアノで弾いた映像(後半)
2009年8月・9月 NHKのBS1およびBS2にて放映されたものから

http://youtu.be/c1nnAuO7oog

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2014年12月12日 (金)

「スコットランド交響曲」の ロンドン初演稿について

Scottish 星野宏美さんによるたいへんすばらしい本『メンデルスゾーンのスコットランド交響曲』(2003年 音楽之友社)で、この交響曲の成立過程が詳しく究明されていますが、この本、現在は残念なことに古書で、しかも新刊時の倍以上の価格でしか入手できません。
で、なんとか購入していま必死で読んでいるのですが、まだ読了していません。
この星野著に、「ロンドン初演稿」のことが述べられていますが(p.36以下、p.262以下、改変の過程についてはp.268)、星野著がp.36で資料⑧としてあげているパート譜を元にして再構築した改変前の稿による演奏、なる録音がでています(2009年)。
その解説部分を掲載します。

“MENDEWLSSOHN DISCOVERIES”の、クリスティアン・マーチン・シュミット氏による解説、ドイツ語からのからの英訳です。
英語で抄出しておきます。・・・難しいものではないのですが、いま辞書がないし、もともと語彙力がないので、わからない語彙の部分を日本語に出来ません。(><)
リッカルド・シャイー/ゲヴァントハウスによる演奏のCD DECCA 478 1525

Zc1093406  If the preliminary stages of the overture were widely known in academic circles, for a long time there was no tangible evidence of an early version of the symphony, although it was known that Mendelssohn, with his notorious passion for revising, had been altering and correcting it since the winter of 1841-42. It was only research undertaken by Thomas Schmidt-Beste of the Univesity of Wales in Bangor in the course of preparing an edition of the symphony for the Leipziger Ausgabe which revealed that a complete early version did exist — the one performed on 13 June 1842 at the Philharmonic Society concert in London. It cannot be reconstructed solely from Mendelssohn ’s autograph because he combined all the stage of composition in one sheaf of papers. There is, however, a copy made by the Society’s long-serving copyist William Goodwin which is the version of the symphony current at that time. It can therefore justifiably be called the “London version”.
   Compered with the final, published version of the symphony, this “London version” contains thirty-nine bars of new music (bars 483-496 and 530-535 of the first movement, and bars 47-64, 68, and 72-76 of the finale).

この文章から読み取れるように、そして星野著が記している通り(改変の詳しい内容は星野著269~384参照)、第1楽章と第4楽章が、いま聴けるものと少し異なっていて、現行版の完成度の高さがメンデルスゾーンの慧眼でもたらされたものを知る格好の材料となっています。

音は載せませんので、ご興味があれば試しにお聴きになってみて下さい。
このCDには、メンデルスゾーンが「スコットランド交響曲」を着想したときのスケッチをオーケストレーションしたものも収録されています。

メンデルスゾーンの交響曲については「イタリア」も第2〜第4楽章の異稿が演奏、028945915623 録音されたものがあります。これはしかし、「イタリア」初演後にメンデルスゾーンが改訂を試みたものであって、完成前の形をみせてくれる「スコットランド」異稿と正反対の、しかも未完遂の努力をかいま見る材料となっています。こちらは星野さんが解説なさっている「イタリア」(音楽之友社版)のスコアに、メンデルスゾーンの主要な試みについて記載されています。エリオット・ガーディナーがウィーンフィルとともに演奏した録音で、「イタリア」現行版と同時に対比して聴くことが出来ます(1998年 Deutshe Grammophon 459 156-2)。

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