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2018年3月 8日 (木)

【読書・鑑賞案内】気分だけでも華やかに?〜「序曲」と呼ばれた組曲〜レパートリーを広げるヒント(3)

日本のサラリーマンにはゴルフが必須だったように、ベルサイユ宮殿に集まる貴族たちにはダンスが欠かせませんでした。ベルサイユ宮殿で祝賀の行事が催されるたび、大規模な舞踏会が催されたのでしたが、ベルサイユ宮殿の広間であっても、踊れるスペースはそう広くはなかったらしく、あるときには300人を超える出席者を前に23のカップルだけが踊って、大半の出席者は踊れなかったようです。
踊るのは身分の高い順、トップバッターは王と王妃で、王妃は次に身分の高い男性ともう一度踊り、この男性はまた、次に身分の高い女性と、というふうに、踊る人はみな二度ずつ踊ったとのことです。巧みな踊り手は賞賛される一方、せっかくお披露目の機会を得ても、一度惨めな失敗をすると、その後長いこと周りの人に嘲笑われ、大変な屈辱を味わったもののようです。(浜中康子『栄華のバロックダンス』p.13-19参照 音楽之友社 2001年)
・・・私なんかも初めてゴルフをさせられたとき空振りの連続で大いに笑をとってしまったものですから、それきりもうゴルフをやろうだなんて気は起こしませんでしたけれど。

17世紀後半〜18世紀、ヨーロッパの宮廷として最も華やかだったベルサイユでも、かく手狭だったのだそうですから、ドイツ辺りはどうだったのでしょう?

さらに重ねて、フランスでは貴族たち自身が踊る舞踏会はもちろん、先に見て来たように、バレとして演じられる宮廷芸術としての踊りも大変愛好されました。オペラの序曲として用いられたウヴェルテュール Ouverture も、元は踊り手の入場のゆったりした音楽(アントレ)に速いテンポの舞曲が続いた形のものでした。
リュリの名声とともにドイツに移入したOuvertureは、オペラやバレの入口の音楽としてではなく、フランスでは「序曲」の役割を果たしたアントレ〜早い舞曲、に続けて数曲の舞曲が続くかたちで、沢山の作曲家に手がけられることとなりました。

バッハの有名な4つの「管弦楽組曲」も Ouverture と名付けられています。

こんにちではPartitaとかSuiteと呼ばれる音楽も「組曲」と訳されていますけれど、Suiteとなると、Ouvertureの序曲に相当する部分は含まれない、みたいな感覚で捉えられていたフシがありますし(「いくつかの”Ouverture”と”Suiten”からなる12の音楽的”Concert”」というタイトルの作品があったそうです。佐藤望『ドイツ・バロック器楽論』p.200参照 慶応義塾大学出版会 2005年)、Partitaは本来は「曲集」程度の中立的な意味で用いられたようです(同 p.10参照)。
「序曲と舞曲」の繋がりがOuvertureで総称される場合には、ドイツの音楽家達は、そこにフランスの風情を感じとっていたかと思われます。

ひとつの、あこがれだったんでしょうかね。

様式の話は難しいので深入りしませんが、このフランス的な風情を目指した作品としてのOuvertureは、独立した器楽作品としては、もっぱらドイツ圏で産み出されています。

たくさん作られているうちに、ドイツのOuvertureの、文字通りの「序曲」部分は、幅の広い最初の部分に次ぐテンポの速いところは舞曲ではなくフーガに変わってしまいました。1706年には既に、ニートという理論家の説明はこうなっています。
「”Ouverture”一般は、たいてい偶数拍子の16、20、24小節、あるいはときどきそれ以上の長さの部分で始まり、この部分が繰り返される。その後偶数拍子から3拍子あるいは(最初の部分より)快速な拍子に移る。その部分はフーガで継続される。このフーガは50から80、100小節かそれ以上である。最後には再び偶数拍で、最初の繰り返し部分よりさらに遅い拍子に入る。」(佐藤著 p.245)

バッハの管弦楽組曲4作はもちろん、文教大学室内楽の皆さんが演奏した経験のあるフックス(Johann Joseph Fux 1660-1741)のovertureも、テレマン(Georg Philipp Telemann 1681-1767)の「ドン・キホーテ」も、序曲の主部はフーガになっています。舞曲を伴わない、本来的な意味での序曲であるオラトリオ「メサイア」の序曲でも、ヘンデルは同じように主部をフーガに仕立て上げています。

Ouvertureの作例には優雅なものも豊富にあり、探してみたら面白いと思います。

北海沿岸のフリースラント出身で、ドイツ中央部のテューリンゲン方面で宮廷楽長をしていたというエルレバッハ(Philipp Heinrich Erlebach 1657-1714)のト短調のOuvertureは、主部はニートの説明通り3拍子ですが、フーガになってはいません。


I. Ouverture
II. Air Entree
III. Air Gavotte
IV. Air Menuet qui se joue alternativement avec le Trio - Air Trio
V. Air La Plainte
VI. Air Entree
VII. Air Gigue
VIII. Chaconne

Ouvertureの次にあらためてAir Entree(エア・アントレ)と入場の音楽が持って来てあるところ、実際には踊られた音楽ではなかったかも知れませんが、舞台を意識したのかなあ、と感じさせられます。

名前がまるでイタリアのものであるジュゼッペ・アントニオ・ブレシャネッロという人にもOuvertureの作例があります。この人はボローニャ出身ではありますが、ミュンヘンのバイエルン選帝侯のヴァイオリニストを皮切りにシュトゥットガルトでカペル・マイスターを務めた人です。この例では序曲主部はフーガです。

単にOuvertureとだけ称するものが断然多数を占めるのですけれど、興味深いのは、「ドン・キホーテ」同様、Ouverture一作でひとつの物語なり世界観を形作るものも見られることです。

本当はそうした例をなるべく拾って記事にしたかったのですが、タイミング悪くインフルエンザで寝込んで仕入れ作業が出来ませんでした。
ですので、手元にあるCDからだけご紹介をしておきます。

51fa6ze730l “Don Quixote in Hamburg”
Elbipolis Barockorchester Hamburg 2005年 RAUM KLANG

Amazon.jpで残念ながら「再入荷見込みがたっていない」と出てくるのですけれど、Naxosで聴けます。

http://ml.naxos.jp/album/RK2502D

これには標題的なOuvertureが4つ収められています。

うち2作がテレマンのもの、そのうちひとつが「ドン・キホーテ」で、もうひとつは「争い好き」というタイトルを持っています。
ほかにマッテゾン(1681-1764 ドイツの有名な音楽理論家で、ヘンデルと仲良しだった人)の「カスティーリャ・イ・レオン王エンリケ4世の秘密の事件」とかいうOuverture、コンティ(Francesco Bartolomeo Conti 1681-1732)の「シエラ・モレナのドン・キホーテ」というOuvertureです。
ただし、コンティの作品は、実はヒットした彼のオペラから編みなおされたOuvertureですから、ちょっと毛色が違います。なぜこのかたちでOuvertureが編まれているのか、私には経緯が突き止められません。とはいえこの人も、イタリア人でありながらハプスブルク家に雇われてウィーンで活躍した人ですから、こうなる必然性はあったのかも知れないなあ、と思います。このCDには、同じく「シエラ・モレナのドン・キホーテ」からバレエ音楽を6曲抜き出したものも収められています。
(”Don Chisciotte in Sierra Morena”で、YouTubeでオペラ全曲も検索することが出来ます。)

テレマンには「証券取引所」というOuvertureもあります。
http://tower.jp/item/4570887/

もう少しいろいろ見つけたかったのですが、今回は、こんなところですみません。

ともあれ、こうやって探していて思うのですけれど、ドイツでOuvertureを作った人たちは、実際の踊りはどれだけ見たのでしょうね・・・

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