« 【読書・鑑賞案内】デュファイ ミサ “Se la face ay pale (私の顔が蒼いのは)” | トップページ | 【読書・鑑賞案内】ヴィヴァルディ『四季』雑談続き/バートン編『バロック音楽』 »

2018年2月 3日 (土)

【読書・鑑賞案内】ヴィヴァルディ「春」(『四季』をめぐって)

前回は、典型的な「線の音楽」を聴いてみてもらいました。作りをもう少し詳しく説明した方が良かったかも知れませんが、まずは、こういう音楽があるんだ、ということを知ってもらえたなら嬉しいです。

で、また別のを聴いてみてもらおうと思います。

Manze タイトルでもう分かっちゃうのですが、誰でも知ってる「春」〜ヴィヴァルディ『四季』の最初のコンチェルトです。
YouTubeから4つほど埋め込み(ひとつはできませんでしたのでリンク掲載)ますが、10分程度のコンチェルトなので、時間を見つけて4つとも聴いてみて下さい。
時代は前回のデュファイから300年下ります。日本だと、おおよそ、足利将軍の時代(室町時代、能が花開いた時期)からお犬様(江戸時代元禄期)とか暴れん坊将軍(同じく享保期、歌舞伎が花開いた時期)くらいの隔たりです。正確じゃないですけど。それでピンと来なければ、AKBや乃木坂の今(それより新しいの知らなくてスミマセン!)と江戸歌舞伎が始まった頃とほどの時間的隔たりがあったわけです。音楽にも、そんな時間の差がくっきり反映されています。

聴く前から気付いてもらえるでしょうけれど、ヴィヴァルディの音楽には、ほとんど「線の音楽」らしいものは聴き取れません。その点で、初回に紹介した皆川達夫『バロック音楽』にある、当時の音楽は線の音楽だ、という説明は、かなり便宜的なものだ、ということが分かります。
「じゃあ、バロック音楽って、ほんとうは何が大きな特徴なの?」
ということについては、次回に回します。
次回に回す前提として、「春」をいくつか聴いてみてもらおう、と考えました。

皆川『バロック音楽』にも書かれていたとおり、日本ではヴィヴァルディ『四季』が第2次大戦敗戦の15年後くらいに盛んに聴かれ出したことが、その後のバロック音楽愛好に火をつけました。

火付け役になったのがイ・ムジチによる演奏だったことを、知っている人も少なくないでしょう。・・・いや、もう知らないかな?

その端緒となったステレオ録音(先にモノラル録音があったそうですが、私は聴いていません)が、1959年、フェリックス・アーヨのソロヴァイオリンによるものです。YouTubeに全部上がっているのを見つけましたが、全曲になるので、リンクのみ載せます。
https://www.youtube.com/watch?v=zdyHhddZy5k&t=73s
いまでもCDで手に入ります。
DECCA UCCD-51075 1,700円+消費税
https://www.amazon.co.jp/dp/B01MT7SHHY/

ずっと下って、1988年のイ・ムジチの演奏による「春」がYouTubeにありますので、それを埋め込んでおきます。最初は関係ない音がしますし、途中広告がはいったりするので、スキップして聴いて下さいね。

いまでもそうなのかは分かりませんが、中学校の鑑賞教材になっていると、イ・ムジチのこの感じで聴かされたんじゃないかと思います。

イ・ムジチの演奏の仕方は、今でも『四季』演奏のプロトタイプになっていて、最近に至るまで沢山のヴァイオリニストがコンサートで弾いたり録音したりしていますが、みんなイ・ムジチが下敷きになっているように、私には聞こえます。
なかでもアンネ=ゾフィ・ムターは1984年、1988年にも録音していましたが、2007年にも新たに録音しています。
その、ムターの演奏による「春」。新録音頃の演奏でしょうか?
埋め込みができませんので、リンクを貼ります。

https://youtu.be/N_Yq34w_1CY

https://www.amazon.co.jp/dp/B01GW03NTG/

・・・あえて感想などは述べませんが、2楽章のヴィオラについてだけは、もう少しなんとかならなかったものか、と言いたくて仕方ありません。まあ蛇足です。

日本人も何人かCDを出しています。2009年に千住真理子さんのものが出て話題になりました。
https://www.amazon.co.jp/dp/B001NDR6SC/

以上は、最近の言いかたで言うと「モダン」ヴァイオリンによる演奏です。

そうではない、「バロック」ヴァイオリンによる演奏も、しかし決して遅くはない時期に録音が出始めました。アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの録音は1977年になされています。
(モダンの演奏ではついているシャープがついていなかったり、その他にも数ヶ所違いがあります。下記のマンゼ盤のほうがいっそう違うのですが、この件については楽譜の問題が絡むはずですが、いまは触れません。)
テルデックから出たCDを、これはこっそりアップしたものでしょうか? ピッチがオリジナル録音より高いようです。

https://www.amazon.co.jp/dp/B00005HIDX/

アーノンクールらの演奏を、イ・ムジチやムターの演奏と比べてみると、・・・ざっとした言いかたですみませんが・・・抑揚がくっきりしている、と感じませんか?
バロックヴァイオリンとモダンヴァイオリンの違いを私はきちんと知っているわけではないので、大きなことは言えませんが、これは楽器の性質によると言うよりも、演奏への取り組みかたの差から生まれてくるように思います。

バロックと呼ばれる時代に音楽家が何を大切にしたか、を典型的に教えてくれるセリフを、イタリアの大ヴァイオリニストだったコレルリが残しています。
「君は音楽が語っているのが聞こえないのか?」
1640年に、別の音楽理論家がこう言っています。
「ときどきヴァイオリンが、まるで人間の口から出たように、アクセントや言葉を表現するのを聴くことがある。」
どちらの言葉も、アントニー・バートン編『バロック音楽 歴史的背景と演奏習慣』(角倉一朗訳 音楽之友社 2011年第1刷)からの受け売りです。実はこの本を是非紹介したいのですが、次回あらためてにしますね。

ヴィヴァルディの『四季』は、ご存知のように、ひとつひとつのコンチェルトにソネットが添えられていて、このソネットが各コンチェルトの表現を、たいへんよく説明してくれる作りになっています。

もうひとつ聴いてもらう演奏の下に、「春」のソネットを載せておきますので、4つの演奏のどれが、ソネットの言っていることを最もよく再現(!)しているか、を、ぜひ感じとって下さい。
感じとってもらえることが、今回の最大の願いです。

アンドルー・マンゼのヴァイオリン
トン・コープマン指揮 アムステルダム・バロック管弦楽団
1993年の録音です。

CDは、ERATO WPCS-16274(日本盤 1,400円+消費税)
https://www.amazon.co.jp/dp/B06XYB18D6/

マンゼは、バートン編『バロック音楽』の筆者の一人です。
この本の紹介を次回にするのは、マンゼが『四季』の中の「夏」について述べているところが大事でもあり面白くもあるからで、今回でそこまで触れるとあまりに長過ぎてしまうからです。
残念ながら、マンゼの弾いた「夏」の演奏をYouTubeでは見つけられません。あらかじめCD買って聴いてね〜、と言いたいところですが・・・

では、「春」のソネットを載せときますね。
マンゼ盤CDの解説にある訳を引用します。原詩は略します。
(この作品のCD解説には、残念ながらソネットまで載っているものは意外にないのです。必ず載せるべきものだと思うのですが・・・名曲解説全集にも載ってないんですよ。)

春がやって来た
小鳥はうれしそうに楽しい歌で春を迎え、
泉はそよ風にあわせて、
やさしいつぶやきをささやきながら流れ出す。

やがて黒雲が空をおおい、
稲妻と雷鳴が春の到来を告げる。
嵐がおさまったあと、
小鳥たちはふたたび楽しそうに歌声をきかせる。

花ざかりの草原に、
草木のやさしいささやきを聞きながら、
忠実な番犬をかたわらに、羊飼いはまどろむ。

輝くばかりのすばらしい春の中に、
ニンフも羊飼いも、ひなびた牧笛の
陽気な調べにあわせて踊る。

(浜脇 大 訳)

このソネットの作者はわかっていません。
ヴィヴァルディその人ではなかったか、との説もあるそうです。

|

« 【読書・鑑賞案内】デュファイ ミサ “Se la face ay pale (私の顔が蒼いのは)” | トップページ | 【読書・鑑賞案内】ヴィヴァルディ『四季』雑談続き/バートン編『バロック音楽』 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 【読書・鑑賞案内】ヴィヴァルディ「春」(『四季』をめぐって):

« 【読書・鑑賞案内】デュファイ ミサ “Se la face ay pale (私の顔が蒼いのは)” | トップページ | 【読書・鑑賞案内】ヴィヴァルディ『四季』雑談続き/バートン編『バロック音楽』 »