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2018年1月27日 (土)

【読書・鑑賞案内】デュファイ ミサ “Se la face ay pale (私の顔が蒼いのは)”

バロックの宗教曲のCDは、聴いてみてもらえましたか?

その最古のものより150年くらい古い、はるかにはっきり「線の積み重ね」になっている、ルネサンス期のミサ曲を、今日は耳にしてもらおうと思います。

Cdimage ルネサンス、という言葉は、気をつけて使われ、読まれるべきものかも知れません。
「暗黒の中世」のあとに訪れた「人間復興」の時代だ、という以前の読みかたは誤りである、と、近年はずいぶん明らかにされていますし、そもそもルネサンスという時代区分はなくてもいいものだ、と見なされるようにもなっています。
それでも、前に紹介した金澤正剛『中世音楽の精神史』を読んだ後だったら、西欧音楽においては、「古代」に対する「中世」、「中世」に対する、しかし近世近代のようなものに先立つ、何らかの目安としての「ルネサンス」と呼んでも良い画期があることを認めてもよい気になるでしょう(*1)。

14〜15世紀になると、西欧は庶民の音楽までを書きとめられる記譜技術を獲得しましたし、そのことで、名前の残る音楽家が、教会の枠を超えて、人々に歌を提供するようにもなったのでした。
ギョーム・デュファイ(c.1400-1474)は、そんな音楽の傾向の集大成を体現したとして名高い人です。

ご紹介する『ミサ曲「私の顔が蒼いのは」』は、集大成具合がはっきり分かる、面白い作品です。

4声で歌われるもので、現代風に直された楽譜は、ソプラノ、アルト(テノール1)、テノール(2)、バリトンと記されています。オリジナルもそうなのかどうかは、残念ながら浅学な私には分かりません。

まずは、17世紀からの、バロックと括られる音楽たちに比べて、線の音楽としての特徴がしっかり出ているところに耳を傾けてもらいたいのですが、その前に楽譜を見てみましょう。

全体の楽譜はネットにあります。
http://hz.imslp.info/files/imglnks/usimg/0/01/IMSLP273024-PMLP259472-IMSLP134922-WIMA.796a-06-01.pdf

小さくてすみませんが、この中から「キリエ」の楽譜を載せます。

Kyriedufay_3  

この楽譜の、テノール(上から3番目)のメロディを、次の楽譜と比べてみて下さい。

Selaface

「キリエ」のほうで2倍に引き延ばされているのに気付けば、同じメロディであることが分かります。

このメロディ、ミサ曲の作者デュファイが、以前作ったシャンソンなのです。
このシャンソンの最初の歌詞が「私の顔が蒼いのは Se la face ay pale 」で、このメロディが「キリエ」だけでなく、ミサ曲のすべての章のテノールで使われているために、このミサ曲もまた ”Se la face ay pale” の名で呼ばれています。
聖なる音楽を形作るのに、大切な素材として、世俗的なシャンソンのメロディを使っているわけです。

なぜ、こんな作り方をしたのでしょうね?

・・・まあ、難しいことは、ぜひ後日、説明してある文章をネットや図書館で探して、調べてみて下さい。調べることを楽しめるかどうか、が、このあたりの音楽を好きになれるかどうかの分かれ道かも知れませんが・・・私はまだあんまり調べてません!

さて、まずは、シャンソンそのものもYouTubeに上がっていますので、お聴き下さい。

このシャンソンの、ソプラノの方ではなく、テノールの方が、先に上げた楽譜です。


この、テノールのメロディが、ミサ曲の各章に現われます。
どう現われるようにするのか、デュファイが指示を書いています。それをCDの解説から抜き出します。(*2)

「(歌い方について原譜に記された指示句Canonは)キリエ、サンクトゥス、アニュス・デイでは<テノールは2倍に拡大せよ Tenor crescit in duplo >、グロリアとクレドでは<テノールは3回歌え、1回目はどの音符も3倍に拡大せよ、2回目は2倍に、3回目はそのままで歌え。 Tenor ter dicitur. Primo quaelibet figura crescit in triplo, secundo in duplo, tertio utjacet.>となっている。」
(アルファベットで記した方の言語は、ラテン語ですね。)
先の「キリエ」は、デュファイのこの指示により、テノールは元のシャンソンの2倍に引き延ばされているわけです。それが、こう聞こえる。(楽譜を順次表示するものを埋め込んでおきます。)

その他の章も、どうぞ楽譜を見て、実際に聴いて、確かめて下さいね。

ルネサンス期の音楽作品には、こうした算術的な工夫が数多く見られます。そしてそれは、大抵の場合、聴いただけでは分かりません。
むしろ、歌うことに参加した人たちの方が、「お、ここにシャンソンの節が使われてる!」とハッキリ分かって、嬉しかったり面白かったりしたものと思います。

理詰めで作って聴き手を悩ませることが、ではなく、歌うことに参加する人の歓びや愉しみに、デュファイやその前後の音楽家の、ほんとうのねらいがあったのではないかなあ、と、私には感じられてなりません。

実際には、「私の顔が蒼いのは」のメロディが現われない部分もありますし、現われるところは上のシャンソンの方の楽譜に振られたA,B,Cからどれかが使われているのですが、いまは「シャンソンの節が使われている」ことを知ってもらえればいいので、これ以上詳しくは述べません(楽譜を読み取れば分かるでしょうし、CD等に解説もあります)。

ミサ曲の各章のことばについては、皆川達夫『バロック音楽』にも載っていたかと思います(この前記事を書いた後、貸し出してしまったので、いま確かめられません)。できればそれを参照してみて下さいね。ミサ曲を聴き比べるのは、言葉が共通で使われているために比べやすい、という大きなメリットがあります。

元のシャンソン、デュファイ以外の人たちがそれをアレンジしたもの(オルガン2曲、管楽アンサンブル1曲)と併せてミサ全曲を聴けるのが、次のCDです。このミサ曲のCDはいろいろ出ているのですが、これをいちばんにお勧めします。

デイヴィッド・マンロウ指揮 ロンドン古楽コンソート
1973年3月録音
ERATO WARNER CLASSICS WPCS-16258

https://www.amazon.co.jp/dp/B01LBJYZ3G/
http://tower.jp/item/4347222/
(どちらのリンクでも、各章の最初の部分を試聴できます。)

マンロウは若くして不幸な死をとげ、非常に惜しまれた天才でした。西欧の古い音楽に興味を持ち始めたとき、いまでも真っ先に聴かれるべき録音をいくつも残してくれています。

・・・次回は、できれば、ここ半世紀くらいの、とくにバロック音楽の演奏スタイルの変化について味わってみてもらえればと思っています。

*1:澤井繁男『ルネサンス再入門 複数形の文化』のご一読をお勧めします。
*2:文中で勧めるマンロウの演奏ではなく、テルツ少年合唱団による1964年の録音のLP/CDについた解説(今谷和徳)に記されています(CDはdeutsche harmonia mundi BVCD38007)。

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