« 歌の本懐〜青木純さんのカンツォーネ(ライヴ 10月3日 青山 Barにて) | トップページ | 【読書・鑑賞案内】皆川達夫『バロック音楽』 »

2018年1月 4日 (木)

【読書・鑑賞案内】入口として

年末に文教大学室内合奏団の皆様とご一緒させて頂き、新鮮で楽しい思いをさせて頂きました。
この団体は、日本で最も早い時期にヴィオラ・ダ・ガンバ演奏に取り組まれ、武蔵野音楽大学の楽器博物館に深く関わっていらした菊地俊一先生の一貫したご指導のもと、バロック以前の音楽から近年の合奏教育用の弦楽アンサンブル曲を豊富に採り上げ続けています。
もともと教員をめざす学生さんたちによって創設された経緯もあるのでしょうか、学生になって初めてヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ・コントラバスに接したかたも多く、皆さんどんな気持ちや考え方で合奏に加わっているのか、私には理解してあげられたことが少ないかもしれません。しかしながら先日は、採り上げているプログラムは決して「初心者向け」ではない、という点は、学生さんによく分かって頂き、かつ、誇りにしてもらえればいいなあ、と、強く感じながら共演していました。

学生オーケストラも、その延長としてのアマチュアオーケストラも激増している昨今、19世紀から20世紀中葉にかけての管弦楽作品は難度の高いものまでがアマチュアに演奏されるようになった一方で、バロック以前、ハイドンやモーツァルト以前の音楽は「古楽」として隔てられ、アマチュアの(そして大手プロの)演奏の俎上に乗ることが無くなり、私が十代二十代の頃とはまた別の偏りを示していて、つまらなくなったなあ、と感じることも増えました。
本当は、たとえばストラヴィンスキーの中期後期に興味を持つのであっても、バロック以前の音楽を知っているのと知らないのとでは面白さに雲泥の差があるのですけれど、かなり音楽好きの人でも、そういう興味の広げかたはあまりなさっているようには見えません。

・・・知っている、ということは教養・知識で隅々まで分かっている、ということではなくて、「ああ、そういえば、こんなふうだよね」で充分なのです。けれども、洋楽邦楽を問わず、「掘り下げなければ分かったことにならない」・「知ることとは神聖なことだ」のような意識が、指導なさるかたにも指導される側にも、いまだに根強くあるように感じます。

いま、直接には、ご一緒した文教大学室内合奏団のかたがたの顔を思い浮かべながら綴り始めているのですけれど、上のようなことから、できれば学生さんでも手にとりやすい文庫本を中心とした、音楽史的な読み物や、そこから興味を引かれるであろう作品の録音を、私の視野の狭さからくる限界はありますが、ちょっとずつ紹介したいと考えています。

文教大学室内合奏団が年末に採り上げたジャンルをおおまかに区分すると、
・ルネサンス期(合唱曲?を弦楽合奏で)
・バロック
・近代の教育用弦楽合奏曲
といったところで、古典派期がなかったかたちになります。
最後のものはとくに私は何も知らないので、片手落ちにはなりますが、まずは2番めの「バロック」から、最初の1冊をご紹介するつもりです。

「○○期」という時代区分には時系列を不必要に分断するとの議論も、音楽史に限らず盛んになっています。断層のない理解をすることが、音楽を愛する上では不可欠だと考えている昨今なのですが、それでも過去の書籍が時代区分を採用しているのも分かりやすさの上で大切でもありますので、とにかく出版されているままにご紹介してまいります。
なあんだ、そんな本、とっくに読んだわ、ということも少なくないかと思いますが、「オッサンはこう読んだ」と参考にして頂き、ご自分なりの読みをしていただければと願っております。

では、次回から。

|

« 歌の本懐〜青木純さんのカンツォーネ(ライヴ 10月3日 青山 Barにて) | トップページ | 【読書・鑑賞案内】皆川達夫『バロック音楽』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/208675/66241741

この記事へのトラックバック一覧です: 【読書・鑑賞案内】入口として:

« 歌の本懐〜青木純さんのカンツォーネ(ライヴ 10月3日 青山 Barにて) | トップページ | 【読書・鑑賞案内】皆川達夫『バロック音楽』 »