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2018年1月13日 (土)

【読書・鑑賞案内】金澤正剛『中世音楽の精神史』

さて、この前言ったような共通常識喪失も、決して悪いことではなくて、以前はどちらかというと「権威に右習え」だった近代日本人にとっては、「ものを自分なりに見る」必要に誰もが迫られる絶好の機縁が訪れた、と捉えることも出来るのです。
その機縁を活かすことが、しかし私たちにとっては、なかなか困難です。
また歴史の本を引き合いにすると、網羅的な通史に前ほどお目にかからなくなり、細かく分れた主題や話題を掘り下げたものが増え、主題がどんな空間・時間のひろがりのなかに位置するのか、を見極めにくくなりました。
そうした中、著作物は、掘り下げることと、その外にあるひろがりを読者に予兆することとの狭間で、格闘を繰り広げながら書かれることになります。

そのあたりを念頭に置きながら、引き続き、中世ヨーロッパ音楽にまで視野を広げたいときのお薦め本をご紹介します。

Kanazawa 金澤正剛(まさかた)さんの『中世音楽の精神史----グレゴリオ聖歌からルネサンス音楽へ』(河出文庫 1,100円+消費税、はじめ講談社選書メチエで1998年刊)は、こんな格闘の、とても良心的な成果です。ちなみに金澤さんは皆川さんに次ぐヨーロッパ古楽史の泰斗、1934年のお生まれとのことですから、御年84歳。皆川さんと並んで元気でご活躍なのが幸いです。

https://www.amazon.co.jp/dp/4309413528/

金澤さんの『中世音楽の精神史』は掘り下げが深くなっていて、先に採り上げた皆川達夫さん『バロック音楽』に比べると読むのが難しい本です。皆川さんによる『中世・ルネサンスの音楽』が平明なので、そちらに目を通してから金澤さんのご本を手にとるのが良いかも知れません。まず皆川さんのご本を紹介してもいいのですが、前回紹介した『バロック音楽』が面白ければ自ずと手を伸ばすことになるでしょうから、あえて触れません。

金澤さん『中世音楽の精神史』は、難しさを乗り越えて読むなら、たいへん面白い読み物です。

目次を見てみましょう。

プロローグ
第1章 中世の音楽教育
第2章 ボエティウスの音楽論と中世知識人たち
第3章 オルガヌムの歴史
第4章 ノートルダム楽派のポリフォニー
第5章 アルス・アンティカの歴史的位置
第6章 アルス・ノヴァとトレチェント
エピローグ

見ただけで、馴染みの薄い用語の連続ですね。
例によって、その意味などは、やはり中身をご覧になって感得してもらえたら嬉しいです。
まずは、内容の難しさを理解しようとして頓挫するより、分からないままの斜め読みをお勧めします。

以下、ページ番号は河出文庫版のものです。

本当は、第4章に登場するノートルダム楽派の音楽を耳にしたうえだと面白さが増すのですが、本書を読んだ後で、いつか聴いてみて下さっても良いでしょう。
この楽派の音楽を(いまの作曲という考え方とは違うのですが)作り上げたレオニヌスやペロティヌスが、さすがに顔や性格までとはいかないけれど、どんな社会的役割を果たして生きていた人だったか、を活き活きと推測しているあたり、まずは音楽史の範疇を超えて楽しめます。

音楽そのものの関心からは、適切な分量の譜例で、現代譜のガイドによって、中世の音符たちそのものの読みかたを知り得ることが、素人の私たちにとって非常に大きい意義をもっているものと感じます。

また、第2章で、中世の大切な音楽観であるムジカ・ムンダーナ(宇宙の音楽)、ムジカ・フマーナ(人間の音楽)、ムジカ・インストゥルメンターリス(器具の音楽)について、中世最大の音楽理論家ボエティウスおよびランベルドゥスの述べているところそのもので説明を記してある(p.57-58、p.81-85)のも有り難いことです。ボエティウスはムジカ・ムンダーナとムジカ・フマーナについては実はほとんど何も述べていないに等しい、との事実には、卒倒しました。
いずれにせよ、中世の音楽観は、
「『ムジカ』に関して重要なことは、根本的に数の関係上に成り立った『調和』であるということに尽きる。そのような『調和』が存在するならば、それが未だ鳴り響く状態ではなくとも、すでしそれは『ムジカ』なのである。」(p.84)
との文に明解に要約されているとおりかと思います。

これについては、古代ローマの思想家で、ルネサンス期の文学者たちに大きな影響を与えることになったキケロ(キケロー)が、著作中の人物に仮託して語ったことばが思い起こされます。長くなりますが、翻訳を引用します。
「【天から聞こえる甘美な音は、恒星の貼り付いた天球や惑星たちの軌道の】互いに不同の、しかし一定の比率で規則的に分けられた間隔によって区切られ、いくつもの環自体の衝撃と運動によって作られる音だ。それは高い音と低い音をほどよく混ぜ合わせて、一様にさまざまな和音を作り出している。(中略)学者はこれを弦や歌曲において描写することにより、この【天国、天界なる】場所へ彼らの帰還の道を開いた(中略)が、人間の耳はこの音によって満たされて、聞くことが出来なくなった。」(『スキーピオーの夢』18〜19、キケロー選集8 p.166の岡道男訳を、山下太郎『ラテン語を読む(キケロー『スキーピオーの夢』)』を参照しつつ補正した。【】は文意の補足。)
古代ローマからつながってくる中世の音楽観では、音の高さと天体が対応関係にあると考えられていた、その理由が、はっきり窺われます。

なお、本書を読むにあたって、古代ギリシャ音楽理論と中世ヨーロッパ音楽理論との歴史的関係をつかむためには、知っておいてもよい背景がいくつかあります。補足として記しておきます。このまま読んでも訳が分からないかも知れません。本文を読んで「おやっ?」と思ったら、思い返してみて下さい。

【アリストテレス思想があとから導入されたわけ】
第5章まで読み進みますと、p.185に「アリストテレス思想の導入」の小見出しが出て来て、ビックリするかも知れません。
ヨーロッパの音楽は、古代ギリシャから中世フランス(アヴィニヨン教皇庁時代)まで、必ずしも一直線につながって来たものではありません。ギリシャの音楽理論は古代ローマ世界を経由して中世西欧に入ったものです。
以下、極めて大雑把に言えば、古代ローマに受け入れられていたギリシャ哲学はプラトンの系譜を継ぐもの、また地域に根付いていたピュタゴラス派の影響の色濃いもので、これが音楽理論の背景となりました。
先述のキケロの書簡などを通じてみれば分かりますが、古代ローマ時代のギリシャ世界は、南方はローマへとつながっていました。このギリシャ南方世界で繰り広げられていた哲学が、プラトン系のものでした。
北方はそれに敵対する内陸東部との繋がりが濃く、アリストテレス系の哲学はそちらに進路を求めたのでしょう、ローマには入らず、アラブ世界で大事にされたのでした。アリストテレス哲学は、そんな事情から、西欧へは逆輸入されることになったのです。

【アリストテレス思想の導入による音楽観の変化とは】
ところで、アリストテレス思想の導入で音楽観がどう変わったか、は、本書ではよく分かりません。私には本書の記述からの推測しか出来ないのですが、おそらくその最大のものは、量の明確化指向ではなかったかと思います。
「軽いものは重いものよりゆっくり落ちる」としていたアリストテレスに対し、ガリレオ・ガリレイが「重いものも軽いものも落下速度は同じ」を証明して悪口をいったとかで、こんにちアリストテレスの旗色は一般的にたいへん悪いままなのですが、彼の思想は師匠のプラトンの「頭の中で考える」を重視する傾向に対し、実際の観察を通じた合理性で一線を画した(これまた大雑把過ぎる言いかたなのはお許し下さい)のでした。中世音楽がルネサンスに移行する直前に「音楽教育の熱心な地域においては、理論よりも実践を重要と考える音楽家たちを生み出す基礎が固められつつあった」(p.278)ことも、アリストテレス思想導入の反映だったかも知れません。なによりも、アルス・ノヴァ(フランス)とトレチェント(イタリア)の違い(第6章)、すなわち、アルス・ノヴァでは音の長さに対する考え方が厳密で複雑になった・・・長い音を短く分けるとき、三つに分けるのか(完全分割)二つに分けるのか(不完全分割)、と発想されたもので、後代には不完全分割の方が生き残って「二分音符」だの「四分音符」だのと言われるに至ったのです・・・のに対し、アリストテレスなんか気にしなかっただろうイタリア側のトレチェントでは「長いと短いがあればいい、あとは好きに飾るのさ」式だった、この差に音楽観の新旧を読み取れるのではないかと思います。間違っている可能性が高いので、お気づきのときはどうぞご指摘・ご教示下さい。

【ピュタゴラスが協和音の発見者だとされていることについて】
実は、ほぼ間違いなくピュタゴラスその人の思想だ、と思われる古代の記述の中には、本書第2章(p.60以下参照)で述べられているような、ピュタゴラスが協和音を発見したという話は、私が家捜しした限りではまったく見当たりません。ピュタゴラスが発見した、とされる背景には、おそらく確かにそれがピュタゴラス派の伝承があったのだろう、とは思います。しかし確証がありません。
古代ローマに流入したプラトン派の哲学は、地域的にピュタゴラス派と密接な関係がありました。そしてそのピュタゴラス派は、「オルフェウス教」と密接な繋がりをもっていました(白水社から出ている文庫クセジュの中に『オルフェウス教』という本もありますから、興味があったら読んでみて下さい)。オルフェウスは、言うまでもなくギリシャ神話最高の音楽家です。たぶんそのあたりが起源ではなかろうかと思っています。

内容がだいぶ面倒くさくなったので、次回はCDで実際の音楽作品を鑑賞するご案内を致します。

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