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2017年4月 9日 (日)

【音楽史読書】2.古代エジプトの音楽(2)

古代エジプトには、その3,000年の歴史の中での文字や図像の不変ぶりから、3,000年のあいだ時間が止まっていたような印象を受けます。
しかしながら、あらためて歴史を勉強しますと、その激動ぶりに驚かされます。
とくに、紀元前900年頃以降は、それまでの古代エジプト語を母語とした王権ではなく、ヌビア〜アッシリア〜ペルシアの侵攻と支配が続き、様式は守られつつも、美術は写実性を帯びたものに、文字は簡便なもの(デモティック)に遷移して行きます(山花京子『古代エジプトの歴史』 慶應義塾大学出版会 2010年)。

『エジプト神話集成』に訳の掲載されたテキストは、年代のわからない「後期エジプト選文集」を除き、外からの支配に置かれる以前のエジプトの状況を反映しています。「後期エジプト選文集」も、文中に現れる神や作物の名まえから、他の作品の書かれた時期(前20世紀〜前12世紀くらいの範囲)に収まるものが大部を占めるものと思われます。

そこで、シュメルのときと同じように、前回拾い出した内容を、【演者・奏者と奏楽の場】・【楽器】・【演奏スタイル】〜またはジャンル〜という具合に分けておきます。期間は800年の長きにわたるものを同一平面に置くことにはなりますが、それでもシュメルとの傾向の違いが、わりと明確になるように思います。・・・今回は出典と年代も付記しておいてみます。文も極力省略せずにおき、分けた項目に関係するものに色をつけてみます。


【演者・奏者と奏楽の場】
(2) これらの女神たちは、踊り手に姿を変えて出発いたしました。(『ウェストカー・パピルスの物語』前20世紀)
(4) 女楽師たちは(今でも)〈宮殿の奥の婦人部屋に〉(坐って)いる。(だが)〈彼女たちの歌うのは、かつて石臼ひきの婢が歌っていたような嘆きの歌なのだ。〉(『イブエルの訓戒』前23~21世紀)
(5) 見よ、七弦琴(も)知らなかったものが(今では)竪琴[ハープ]の所有者だ。自分のために歌うことをしなかったものが(今では)楽の女神を称えている。(同上)
(6) それから領主は、そばにはべらせていたエジプト人の歌い女ティネトネウトを「かれのために歌え、かれの心から心配ごとを忘れさせよ」と言って私のもとに送ってきた。(『ウェンアメン旅行記』前1080頃)
(7) 歌と踊りと香(煙)とは神の食物であり、平伏されることは神の財産である。(『アニの教訓』前1500年代)
(11) われ、汝の美に酔い、楽人の竪琴に手をやりて汝のため歌わん。(『単一神への讃歌』前1300年頃)
(12) (列席した王女たちによる合唱)(『セド祭の碑文』前14世紀)
(13) 首席典礼司祭はミンの舞踊の歌を誦す(『ミンの大祭の碑文』前12世紀)
(14) 庭園にあるミンのための舞踏の歌(同上)
(15) ・・・いま、貴官家の中にじっと坐し、娼婦どもにとりまかれ(『後期エジプト選文集』)


【楽器】
(1) がらがらシストルム(「シヌヘの物語」前1950年前後)
(3) がらがら(『ウェストカー・パピルスの物語』前20世紀)
(5) 見よ、七弦琴(も)知らなかったものが(今では)竪琴[ハープ]の所有者だ。(『イブエルの訓戒』前23~21世紀)
(11) われ、汝の美に酔い、楽人の竪琴に手をやりて汝のため歌わん。(『単一神への讃歌』前1300年頃)
(12) 汝の美しき顔にシストルムを(『セド祭の碑文』前14世紀)
(15) ワル(という)横笛に合わせて歌を口ずさみ、竪琴[リラ]に合わせて吟誦し、ネチェク(木楽器)に合わせて歌う/腹の上で太鼓をたたいたり(『後期エジプト選文集』)


【演奏スタイル】~またはジャンル~
① センウセレト1世への讃歌(「シヌヘの物語」前1950年前後)
② シヌへの心境吐露の詩(同上)
・(付番漏れ)歌、踊り、音楽、喝采、(要するに)王のためになされるようなありとあらゆる物音(『ウェストカー・パピルスの物語』前20世紀)
(9) 夜暗きときうたう(『アメン・ラー讃歌1』前1238頃)
(10) 四回くりかえす。『アメン・ラー讃歌2』前16世紀と推定)
③(解説)讃歌の中心をなす「勝利の歌」は「われは来れり。汝をして………せしめんがために」をくり返すことによって韻律を整え、格調ある詩をつくりだしている。(『トトメス三世讃歌』トトメス三世の在位は前1490~1436頃)
④(解説)最近の研究によれば、古代エジプト人の文章はほとんどすべての場合、われわれにその詳細は不明であるとはいえ、一定の韻をふんでいるとみてよいとのこと(『セド祭の碑文』前14世紀)
(15) 貴官は笛に合わせて歌い、ワル(という)横笛に合わせて歌を口ずさみ竪琴[リラ]に合わせて吟誦し、ネチェク(木楽器)に合わせて歌うことを教わった。いま、貴官は家の中にじっと坐し、娼婦どもにとりまかれ、立ったりはねたり[……]そうかと思うとこんどは(中略)腹の上で太鼓をたたいたりする。(『後期エジプト選文集』)
〜『後期エジプト選文集』に
 *軍歌1編
 ~「この軍は無事に帰ってきた」のリフレイン7節
 *民謡恋歌7編
 *竪琴の歌1編


神の音楽というスタンスが濃かったシュメル(とりあえずのまとめは、http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/15-c263.html)と対比しますと、エジプトはもう同時期に人が音楽の主体だとの観念があったとの印象を受けます((4) や(5) が、既に前2000年前後のものです)。(4) にある「石臼ひきの婢が歌っていたような嘆きの歌」という表現には、それだけで魅き込まれるものがあります。
讃歌は神々の他に王を称えるものであった点は、シュメルと同様で、讃歌というジャンルの起源の古さを感じさせます。
軍歌の発生は、シュメルよりあとのバビロニアあたりから、対比すべきものを探し当てるべきかと思います。
シュメルのときにも感じたのでしたが、楽器や演奏法については、文学には図像ほど豊かな情報はないものなのでしょうか。楽器は文ではその形が描ききれませんし、演奏法は具体性をもって語るのはもっと難しいのですね。これはもちろん今でも事情は変わりませんが。

この時期の音楽を図像を中心に詳しく教えてくれるのは、マニケ『古代エジプトの音楽』(松本恵訳 弥呂久 1996年)で、考古学の成果に依る様々な推測はたいへん貴重なものだと思っています。そちらの参照を、しかし必要最少限にとどめて、図像は『人間と音楽の歴史』のエジプトの巻に重きをおいて、また次から演者や演奏場所や楽器、音楽様式を具体的に観察して、『集成』への読解をちょっとだけでも深めたいと思います。

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