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2017年3月24日 (金)

【音楽史読書】1.シュメルの神話のなかの音楽(5) 演奏した人々のことなど

日本語で、わりと手軽に読める本などを通じて、人が音楽をどう捉えてきたか、を見て行けたら、と、まずシュメルを入口にしてみたのでした。テキストは『シュメール神話集成』(杉勇・尾崎享訳 ちくま学芸文庫 2015年)でした。テキストのオリジナルは紀元前2000年前後のもので、見てきたのは、その頃のメソポタミアの音楽事情ということになります。

(1)音楽に関係する文を抜き出し(2)内容を区分し、それから(3)楽器(4)様式、と見てみましたが、しめくくりに、ではどんな人が、を見たいと思います。
『集成』のテキストは実際には広い幅の年代に成立したもので、その内容を同一平面で見てきたために、「傾向が漠然と分かる」以上のことは出来ていません。
これは『人間と音楽の歴史 メソポタミア』(スービ・アンワル・ラシード 音楽之友社 1985【昭和60】年)の遺物写真と解説で少し補充できます。「どんな人が音楽を?」は、こちらによりたいと思います。『人間と音楽』はアッシリア~パルティア期までの遺物を掲載してくれています。そのうち古バビロニア時代まで(前1600年頃まで)によってみます。

音楽の担い手として『集成』から拾い出した人々は、これまで見てきたことをも併せて考えると楽手歌手男女の神官・そして自ら都市神の祭祀を行なえる市民(?)およびにまとめられます。

『人間と・・・』を、遺物の古い方から見て行くと、演奏する人の社会的位置づけまでは分からないものの、担い手や楽器・奏法の変遷を感じることが出来ます。感じたことは、解説によって補強が出来ます。

【奏者たちの変遷】
リラの現物が9台も発見されたウル王墓遺跡は前2600年頃のものです(小林登志子『シュメル 人類最古の文明』の年表による)。ここで幅も長さも1mを超える大型のリラがいくつも発見された傍に、シンバル[それ以外は解説になく分かりませんが]など楽器を携えた4人の女性楽手が眠っていました(『人間と・・・』図版1解説挿図)。別の墓にも女性楽手の遺骨があり、なかにはハープの弦に手を置いて亡くなっていて、死の瞬間までハープを弾いていたことが分かる遺骨も見つかっています。ちなみに、殉死は葬儀時に毒杯か麻酔薬をあおって行なわれたもののようです。抵抗のあとはまったくなく、おそらくすすんでなされたらしく、後年の私たちが抱くイメージとは精神構造が違っていたかと思われます。
Lira 大型のリラは、すわって演奏されたものらしく、また、支える人もいたかのようで、ロバがすわって指でリラを奏でている脇で、たった熊がそれを支えている図が残されています(『人間と・・・』図版8)。
大型のリラは作りの豪華さからも儀式用の特別なものだったようで、おなじ王墓地域から発掘された有名なウルのスタンダードの図では、人の背丈の半分くらいの中型リラが男性の立奏者に手持ちされています(→(3)楽器)。この大きさのものは、しかし、他の図版を見ると、立奏ではなく、椅子に腰掛けて演奏するのが普通だったようにも見受けます(『人間と・・・』図版41~43)。中型リラ座奏の図版はしかし、ウルのスタンダードより100年くらい時代が下るものとされています。神殿への古めの奉納板に描かれているのは、やはり立奏姿です。
王墓での楽手の発見状態やウルのスタンダード他に描かれた場面からは、楽手は王族貴族に属していたかのようです。しかしながら、ウル第Ⅰ期の文書によると、祭礼音楽に関わる女性はガラ神官やナル祭司という神職に就いていたことが分かっている、とのことです。ラガシュ市の俸給表には、176人もの女性ガラ神官の名前があらわれているとのことです(『人間と・・・』p.36)。ラガシュは前2500年頃から、初期王朝時代の中核となった都市国家です(『集成』解説p.264他)。
こうしたことから、祭祀の音楽は女性が大きな役割を担っていたこと、演奏の場は神聖な場に位置づけられていたことが推測され、音楽が神事と不可分だったかと考えさせられます。
ウルのスタンダードに見るとおり、しかし、楽手には男性もいました。その後ろの歌手とおぼしき人物は、『人間と・・・』では髪型から女性と見なされています。けれども小林『シュメル』によれば、カストラート(去勢歌手)で、これはマリ遺跡から出土したカストラート歌手像と類似の姿であるところから判明するもののようです。このカストラート歌手が「ガラ神官」と呼ばれていたのだ、と、『シュメル』では述べています(p.122)。

およそ300年後、ウル第3王朝が滅びる前の頃の遺物からは、まだ大型の祭祀用リラもあったものの、リラの小型化がだいぶ進んだことも窺われます(『人間と・・・』図版45~48、76~80)。中には全裸の女性が腕の長さ程度の小型リラを立奏している姿の浮き彫りもあります(同 図版59)。この図版の右下には、タンバリン上の枠太鼓を叩きながらコサックダンスのようなものを踊る男性ダンサーの姿もあります。古代の神事は性的なものとの深い関わりを指摘されることが多くありますが、この傾向は古いシュメルの時代の図像に発見例が無く、ウルがバビロニア等の台頭で衰退してから現われた風潮なのかな、と思わされなくもないところです。

リュートや角形ハープは、アッカド王朝期以降の図像に現われ始めるもので、リラや舟形ハープよりは新しく普及し、姿を整えていったものかと思われます。が、シュメルから古バビロニア(~前1600年頃)の遺物にリュートの明確な像は見出せません(円筒印章にある古い例は『人間と・・・』p.62にある)。

Harp1 明瞭に描かれた角形ハープは7弦で、椅子に座って弾くときいちばん手前になる弦は、いちばん向こう側の弦の半分の長さとして描かれていることから、オクターヴの響きが認識されていたように見て取れます。
椅子に座って弾くハープは女性が奏でており、なかには口を開けて歌っているさまを描いたものもあります(『人間と・・・』図版65)。ウルのスタンダードではリラ奏者が歌い手を別に従えていたのでしたから、その対比で興味を引かれます。ただし楽器がずっと小型化していることも関係しているでしょう。

この角形ハープはアッシリアに引き継がれ、それから千年を経て日本にも箜篌として伝わります。・・・箜篌のことは、また触れたいと思っています。

女性たちの神官的な地位について、それぞれの解説になお言及されていますが、図版との関わりが明確ではありません。ただ、角形ハープを弾く女性像の浮き彫りは量産されたもので、複数出土しています。出土の場所・状況が分かれば量産の意味も見えてきて、女性楽手と祭祀の関連がちょっとは分かったかもしれませんね。一切不明なのが惜しまれるところです。

Harp2 角形ハープは男性が歩きながら横抱きに抱えて演奏している姿も浮き彫りにされています(『人間と・・・』図版71~74)。行軍の姿だ、と解釈されています。(同 解説p.82)これは、指で、ではなく、プレクトルム(ピック)を使って演奏されています。古バビロニア期の遺物ですから、シュメル人たちにはなかった奏法かと思われます。軍楽はバビロニアででも起こったものなのでしょうか?
同時期の、弓形ハープを横にしてプレクトルムで演奏している浮き彫りもみつかっていますが、これはインダス文明との繋がりを示しているのであって、楽器自体はシュメルのものではないと考えられています(『人間と・・・』図版75)。・・・古代インドを覗くのが楽しみです。

ティンパニのご先祖さまに当たる楽器の図の、最初の例は、ちょうどウル第3王朝が滅びる頃のものです(『人間と・・・』図版60)。シュメル語でリリス、アッカド語でリリッスと呼ばれた楽器で、胴体は銅または青銅、皮は牛皮、重さは1㎏だった、とアッカド時代のテキストに書かれているそうです。この図ではリリッスが叩かれる隣でボクシングがなされていますが、ボクシングの場での奏楽はずっと遡った図にも描かれています(同 図版35)。何らかの神事と関わりがあったものなのでしょうか?

Lilis以上、きわめて漠然としているところから脱出は出来ませんでしたが、シュメルの音楽は神事と関わりの深い女性が重要な担い手であったこと、それはシュメルの文明が後継者に取って代わられても続いていたかもしれないいこと、時代が下ると性的な要素が強まったかもしれないこと(はっきりは分かりません)、を感じた次第です。
併せて、楽器は小型のものがだんだんに精巧になっていき、持ち歩かれることも増え、おそらくそれにより軍楽も形成されていったように思われます。


テキストにしたり参考にした本は、以下の通りです。こんな拙いブログ記事からでもシュメルに興味を持って下さるようでしたら、ぜひ私なんかより正確にお読みになって、楽しんで下さいね。

・杉勇・尾崎享訳『シュメール神話集成』ちくま学芸文庫 2015年
・スービ・アンワル・ラシード『人間と音楽の歴史 メソポタミア』音楽之友社 1985年
・小林登志子『シュメル---人類最古の文明』中公新書1818 2005年
・岡田明子・小林登志子『シュメル神話の世界』中公新書1977 2008年
・小川英雄『古代オリエントの歴史』慶應義塾大学出版会 2011年
・古代オリエント博物館編『シルクロードの響き』山川出版社 2002年

楔形文字については、この本が易しくて面白いのですが、アッカド語です。今回は勉強しきれませんでした。
・池田潤『楔形文字を書いてみよう読んでみよう』白水社 2006年

シュメル語についての日本語の本も出ているのですが、参照しませんでした。

もし後日メソポタミアの言葉を勉強する機会があり、それで新たに加えられることが出来るようなら、また加えてみたいと思います。
今回まで見てきたことのまとめもしなおしたいのですが、比較できる地域や時代が増えてからの方がいいと思いますので、また別途と致します。

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