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2017年3月 9日 (木)

【音楽史読書】1.シュメルの神話のなかの音楽(3) 楽器

さて、前回の疑問を確かめていくと、驚きの実態も浮かび上がってくるのでした。

古代音楽関係の図像は、大型本『人間と音楽の歴史 Musikgeschte in Bilden』シリーズに掲載されていて重宝するはずなのでしたが、新刊当時はかなり高価でしたし、いまは古書でしか入手できません。『メソポタミア』の巻(スービ・アンワル・ラシード著 原著1984年 訳書昭和60年 以下『人間と音楽』)は新刊時8,800円、古書でも3,000円台でした。古い時代の編年が最近のものとズレていますが(*1)、日本語で読める啓蒙書としてはメソポタミアの音楽を荷なった楽器、歌手や奏者の社会的背景などについて、専門にまとめたものは、今でもこれしか見当たりません。
また、コンパクトながら、U.ミュルス編『図解音楽事典 dtv-Atlas zur Musik』(日本語版監修 角倉一朗 白水社 1989年)が、古代の四大河文明地域の音楽について、まとまった情報を提供してくれます(編年は『人間と・・・』と同じです)。これらを覗いてみますと、特に楽器について、前回コメントした推測が正しくないことが分かりました。

そこで、最初に、シュメルの楽器について見直しておくことにします。


【管楽器】
『集成』に登場したのは、「フルート」・「笛」でした。

「フルート」
01flauto フルートについては『人間と音楽』に言及があります。そのまま引きます。
「ウルクで発見され、近年、ハンス・イェルク・ニッセンによって公表された粘土製の容器状フルートは、ウルク時代末期(*2)のものである。このフルートは、中心に気道がある型のフルートの歌口を示しているが、上端は吹口まで折れてなくなってしまっている。また指孔は2つ開けられている。」(p.22)
指孔こそかなり少ないですけれど(そういう点では、土製であることからもオカリナのほうが幾分近いようでもあるのですけれど・・・オカリナのほうがまだ孔が多いですね)、音を出す原理が現在のフルート、日本の横笛(あるいは尺八)、もしくはリコーダーのいずれかと近かったことが窺われ、現代語でフルートと呼ぶのは錯誤ではないことになります。シュメル語ではなんと言ったのでしょうか? この拙い記事をご覧に頂いた中にご存知のかたがいらしたら、教えて頂ければ幸いです(*3)。
竪(たて)型のフルートについては鮮明ではないながら円筒印章の印影にその姿が確認できました。猿が竪型フルートを吹いているとされる図版(『人間と音楽』図版25)は、小林『シュメル』p.218に印影があります。

「笛」
02pifa フルートではないものをさす訳語ですが、私は原語を知りませんので、蓋然性は分かりません。発見されている遺物からすると、『人間と音楽』が次のように述べている楽器のことかと思います。
「ウルの王墓で、指孔のある銀管の破片が発見され、それはシュメールの王ウルナンムの石碑の背面に描かれているような双管オーボエ・タイプの双管楽器と推定されている。」(p.22)
ただし、この遺物の図版の解説では、研究者の中に、これがフルートなのかダブル・リード楽器なのか確認することは出来ないと考える人もいると述べられています。シュメル人王朝時代の双管オーボエの図版は『人間と音楽』の図版には無く、アッシリア期のものが載っていました(図版122)。とはいえ、ダブル・リード楽器は古代ではほとんど例外なく2本一組で用いられたとのことですから、より以前とはいえ、シュメル人王朝時代も例外ではなかったのではないしょうか。

岡田明子・小林登志子『シュメル神話の世界』(中公新書1977)には、神を祝福して迎える場面に、ティギ笛という名称が登場します(p.118、『イナンナ女神とエンキ神』)。(26)にあらわれるティギ太鼓という聖歌用の太鼓は、別の神話にも登場しますので、この笛も聖歌用、そして場面から推測するに祝儀用の楽器だったと思われます。具体的にどんなものだったかは分かりません。(→「太鼓」)

05trmp 他に、トランペットと呼ばれている、ツィンク状の管楽器も図版に見出すことが出来ます(図版37)。また、シュメル人の記したものの中に、ホルンが公的広告のために使われたとあるとのことです。トランペットはメソポタミアでは前2600年には使われていたことが証明されていて、これはエジプトのどの例よりも古く、トランペットの発祥はメソポタミアに求められるべきだ、とのことです(同上図版解説)。第3ウル王朝の経済文書に、「(金や銀の)長い管」を表わすgi-gídという名称があり、これが裏付けとなる、と主張されています。


【絃楽器】

リラのみが『集成』のテキストに登場しました。

「リラ」
03lyra リラはウル王墓から9台分の残存部(『人間と音楽』による。古代オリエント博物館編『シルクロードの響き』では8台とされていました)が発見された上に、内5台が復元に成功していますし、シュメル人の残した奏楽の図版にも大量に登場します。
「リラはシュメールの国民楽器といえ、すでに前4000年紀末に描かれている。・・・弦の数は図像では4、5、7弦で、また出土品には8弦11弦のものもある。」(『図解音楽事典』p.161)
前1000年紀の楔形文字資料に見える、9本弦の楽器の弦(sa)の名前が、ひとつは7弦のみにとどまり、ひとつは5弦まで数えたところで「後ろから○番目」となるところから、専門家によって
メソポタミアの音楽が少なくとも前1000年紀以来7音の音組織に基づいており、第8弦は第1弦に対してオクターヴ音を形成しているという解釈」がなされているとのことです(『人間と音楽』p.20~p.21)。ウル王墓出土のリラの弦の数はこれに符合するように感じます。7音の音組織だったことについての資料には、もっと古く前2000年紀末のものもあるとのことです(同上)。
リラについてはいくつか細かい情報があります。
ウル王墓出土のものはすべて、縦1メートル程度・横1メートル程度、と大型です。中でも<黄金のリラ>は、楽器上部の横木の幅が1.4m、高さが1.2mあります。楽器下部の共鳴胴は横幅65㎝・高さ33㎝・奥行8㎝です。大型のリラは座って演奏したもののようです(『人間と音楽』図版8)。
有名な「ウルのスタンダード」で描かれているものは手で持っていますが、持っている人物の背丈の半分くらいと、決して小型とは言えません。この「ウルのスタンダード」のリラの絵には、楽器下部の響版前部に小さな三角が描かれており、これは響版で音をより響かせるために開けた孔ではないか、と推測されています(『人間と音楽』p.30~p.32)。
リラは、楽器上部の横木には、調律のためと思われるレバーがあります。楽器前部に、雄牛・雌牛・仔牛・鹿など動物の顔の像が付けられていますが、この動物の違いがそれぞれの楽器の音域を特徴付けていて、シュメル人が高度な和声法を持っていたのではないか、との推測もあるそうですが、証明するものはありません(『人間と音楽』図版45の解説)。最古の音楽の楽譜として発見され、1972年に解読されたという粘土板について、その音を再現したというものがあって、3度、4度、もしくは6度をとる2声部になっていることでよく知られていますが、とりあえず私は読めませんので、何とも言えません。 http://commonpost.info/?p=97555

絃楽器としては、リラの他にハープ、リュートの類いもあったとのことです。

04arpa 『人間と音楽』掲載の<プー・アビーのハープ>(ウル王墓出土、図版9)は11弦です。ウル第1王朝期のテラコッタに描かれた、ロバの楽隊が持っているハープは、7弦の楽器であると分析されています(図版30)。図版に横型(弓形)のハープもありますが、これはシュメルのものとは異なり古バビロニア(前2000年前後)のもので、しかもインダス文明との交流を証するものだそうです(図版75)。ついでながら、テラコッタに描かれている古バビロニアのハープの弦数は7弦に見えます。ハープの、シュメルでの呼び名は balag (バラグ)だったようです(p.12)。

テラコッタに見える像からは、リュートについては、古い時代のものについては、おおまかな形と演奏の仕方以外は何も分かりません。前14世紀とされているテラコッタの浮き彫りのもの(図版105)では4弦くらいに見えます。
サギッダ・サガルラの語が『集成』では絃楽器と関連づけられていましたが、ポテロ『最古の宗教』や岡田明子・小林登志子『シュメル神話の世界』(中公新書1977)の中では歌唱の様式を指すと捉えられています。サギッダとサガルラは絃楽器の伴奏を伴う歌唱様式だったのかとも思われます。これは、原語を知らない私には、推測以上のことは出来ません。


【打楽器】
『集成』には太鼓・タンバリン・ティンパニーが登場しましたが、ティンパニーと訳されたものに当たると思われる楽器のことから始めます。

「ティンパニー」
06drums 古代にティンパニはさすがになかっただろう、と思っていたら、『図解音楽事典』の古代メソポタミア関係のイラスト(おそらくテラコッタからの模写)に「ティンパニ」と称しているものがあったのでした(p.160)。金属製の鍋型ティンパニ、と、ひとこと説明されています。しかし調律が出来たものとは思えません。解説にも調律が出来たとは書いていません。
イラストで、この楽器を叩いている人物は禿頭に見えますので、現物のテラコッタは古い時代に属するものではないかと思われます。模写の元となったものの写真は、こちらに掲載しておきます。

「タンバリン」
『図解音楽事典』では、小さな枠太鼓をこう呼んでいます。現代の私たちがタンバリンと言っているような、回りに小さなシンバルがついていたものではないようです。
他に詳しい記述は見出せませんでした。
旧約聖書で、「出エジプト記」などにタンバリンと訳されている楽器が登場しますが、メソポタミアとの関係を含め、旧約聖書の中の音楽をみる際にでもまた振り返ろうかと思っております。

「太鼓」
『図解音楽事典』のひとこと解説には、メソポタミアの打楽器の中に、
「腹の上に〈直立〉に持ったり、または両面太鼓として〈水平〉に持って両面を両手で叩く小さな円筒太鼓」
「2人の奏者で演奏する両皮の大きな枠太鼓(直径約1.50~1.80m)」
が登場します。前者のイラストはありません。
岡田明子・小林登志子『シュメル神話の世界』(中公新書1977)に紹介されている神話には、次のような太鼓の名称と用途が現われます。
・哀歌用のシェム太鼓(から覆いをはずさせよう。)(p.94『エンキ神の定めた世界秩序』)
・聖歌用のティギ太鼓(を家にしまわせよう。)(同上 →「笛」)
シェム太鼓アラ太鼓(p.118 『イアンナ女神とエンキ神』)
めでたい場面にも登場することから、シェム太鼓の用途は、哀歌用とは限らなかったことが分かります。しかしたとえば、初回の引用文の(03)に登場したのは、もしかしたらシェム太鼓だったのではないかな、と想像してみています。
残念ながら、具体的に、テラコッタの浮き彫りの中に姿の描かれたどの太鼓と、それぞれの名称の太鼓が一致するのかは、知る手がかりはありませんでした。
『人間と音楽』の図版に見る太鼓は、手持ちのものから地面に据える大型のものまで、じつに様々です。

『シュメル神話の世界』には、次の記述もあります。
「シェムもアラも打楽器の一種で、祭礼で盛大に打ち鳴らされ、ティギは礼拝奏楽に用いられることが多い。」

打楽器等としては、他に拍子木(日本の今のそれとは違って屈曲しています)やシストラム類の図版が見られました。シンバルは、全9世紀まで時代が下ったものの図版でした。シュメル王朝時代の存否は私には確認できませんでした。


以上、『集成』の訳文などのテキストから知ることの出来るシュメル王朝期の楽器は多様であるにもかかわらず、テキストに対して遺物から具体像がなんとか描ける楽器は、
(07) フルート〜竪型のもの
(13) ・(28) リラ
(17)・(25) ティンパニー〜現代のティンパニとは異なりますが
くらいでした。
時代の遠さを実感します。

この次は、音楽・・・歌に限られてしまうでしょうけれど・・・の形式や演奏スタイルが、どれだけ訳文から窺えるか、を探ってみようと思います。音楽を演奏した人々の社会的なありかたにまで視野が届けば、そこまでを見てみたいと思いますが、回を分ける必要があるかもしれません。


*1:小林登志子『シュメル』と比較するとウル王朝滅亡からバビロン第1王朝滅亡あたりまでは60年程度遅い時期となっている。カッシート王朝滅亡以降は一致
*2:ウルク時代末期~紀元前3100年頃
*3:「限定文字ギ gi(管)は気鳴楽器のために使われた・・・」(『人間と音楽の・・・』p.12)

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