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2017年2月

2017年2月27日 (月)

【音楽史読書】1.シュメルの神話のなかの音楽(1)

ブログでリハビリに夢中になっていた頃、世界音楽史のようなものが知りたいと毎日調べては懸命に綴っていたこともありました。ずいぶん慌ただしかったので、満足な中身ではありませんでした。

それで、仕切り直しをしたいと思っています。
出来れば概説書ではない資料・史料を、月1冊程度読みながら考えて行くことにします。
時代の古いものから順に、なるべく洋の東西を問わず目を通していきますが、読めるものの制限から、偏りはできるかもしれません。

なぜ音楽史なのか、の能書きは、いずれあらためてとします・・・もしそんなものがあれば!


文字で歴史を記した人たちをベースに、人間は音楽をどう捉えてきたか、を、素朴な目線で読み取って行きたいと思います。音楽の起源までにはとうてい遡れないのですけれど、読み取っているうちに、いままで漠然と感じたり思い込んだりしていたことに、少しは、はっきりした答えや展望も産まれてくるのではないか、と期待しつつ、進めて行きます。

手始めは、紀元前2000年前後に文明を拓いたシュメル、ということになろうかと思います。

使った言葉が分かっている世界最古の民族、シュメル(※)の人々が粘土板に記していた神話に、音楽に関わる文が豊富にあります。杉勇・尾崎亨訳『シュメール神話集成』(2015年 ちくま学芸文庫)に頼り、それを見ることによって、人間の文明が音楽をいかに産み出したのかを推測できればと思います。

起源が未だに不明なシュメル人は、ペルシャ湾河口から北西に広がる肥沃な三日月地帯で灌漑農業を大きく発展させ、紀元前3000年紀には王朝を拓き、「神殿共同体から都市国家に至る政治形態、法典に基づく司法と行政、楔形文字、宗教生活の形態」(小川英雄『古代オリエントの歴史』29頁)など、メソポタミア文化のほとんどを創造しました。シュメル人の王朝は前2004年(前2006年?)にすべての都市を破壊されて終焉を迎えましたが、後続の国々が、その崇めた神々を同化吸収し、文字を独自に引き継ぎ、言葉を聖なるものとして秘伝的に継承したのでした。
『シュメール神話集成』(以下、『集成』)の解説によると、シュメル語で書かれた膨大な粘土板文書の95%以上は経済行政文書で、残りが王碑文、語彙集、文学テキストなのですが、それでも文学テキストは一万点近く出土しているとのことです。『集成』は、そうしたテキストから碩学の故・杉勇さんが1978年に全集本のなかで刊行した翻訳を尾崎さんが若干訂正して文庫化したものです。

原語に初歩的な知識すら持ち合わせませんので、この『集成』の日本語訳が頼りです。

『集成』の訳文から、音楽に関わると見られるものを拾い集めます。
長くなるので、今回はまず収集までにし、そこから垣間みられるシュメル人の音楽については次回(一週間後かな?)まとめたいと思います。

抜き出した文は、以下の約束事にしたがって記します。
分かりやすさ等、参考のために注や解説を参照して補ったことは[]内に示します。
()は原訳文にあるものです。
<>は原文難読部分の原訳文における翻訳です。
〔 〕は原文に欠損のある箇所です。欠損部分に音楽に関わる語のみがある場合は拾い出しません。(「ウルの滅亡哀歌」102行〔哀歌〕のみ。)
「○行」は、その物語等の訳文の何行目にあるかを示します。原文の行番号に忠実なものだと思われます。同じ表現が複数現れるときは、最初に現れる行の文のみを拾い、他は行のみを記します。

引用誤りや、拾い漏れもあるかと思います。ご興味のある方は、ぜひ『集成』そのものをお手にとってみて下さいね。


「人間の創造」
①~解説[この物語が書かれている粘土板文書の左欄(中略)この欄には、’aa-a-a-a-a’とか’ku-ku-ku-ku’、’maś-maś-maś’などと楔形文字で書かれている。これが何を意味するのか、まだ不明であるけれども、おそらくは音符あるいは時には歌い方の指示であろう。](p.246)

「農牧のはじまり」~とくになし。

「洪水伝説」~とくになし。

「エンキとニンフルサグ」
(01) 楽手[宗教儀式等の際の聖歌隊]が(葬送)曲を演じることもない 29行

「イナンナの冥界下り」
(02) 玉座の間で太鼓を私のためにたたきなさい。 35行 [嘆きの行為? 神々の招集のため?]
(03) 三日三晩が過ぎ去ってから/彼女の使者ニンシュブルは/[2行略]/(丘の上で)彼女のために嘆き/玉座の間で太鼓を打ちならした。 169〜174行
(04) 彼[エンキ神]は彼の爪から垢を取り出してクルガルラ[泣き女?]を作り/彼の赤く(そめ)られた爪から垢を取り出してガラトゥル[祭儀で聖歌を歌う人]を作り出した。 219〜220行
(05) [ニンシュブルは]太鼓を玉座の間で私のために打ちならしてくれたし 303行
(06) 歌を唄う人、私のシャラは 319行
(07) 彼ら[冥界の手先のガルラ霊たち]は牧人[イナンナの夫の牧神ドゥムジ]に彼女の前でフルートや笛を吹かせない 337行
(08) 浄らかなエレキシュガル[冥界の女王神]よ/あなたの讃歌(を歌うこと)はすばらしい 断片B 14〜15行

「ギルガメシュとアッガ」〜とくになし。

「ドゥムジとエンキムドゥ」
(09)      この物語は交互に歌い合うものである。 144行
②~解説[この物語の冒頭および末尾にある bal(-bal)-e(-dam) という術語によって、この物語は、登場人物に扮する人々が交互に歌い詠む、ないしは演じたものであると思われる](p.272)

「ウルの滅亡哀歌」
(10) それへの返し歌である。 39行、136行、172行、207行、253行、330行、387行、399行、417行
(11) ああ、町よ、お前を嘆く哀歌が激しい。 40行 
 以下62行まで毎行、及び75行に「哀歌が激しい」
(12) お前を嘆く激しい哀歌を、涙する主は、いったいいつまで続けるのだろうか。 63行
 以下、64行、71行、72行に「お前を嘆く激しい哀歌を・・・いったいいつまで続けるのだろうか」
(13) その婦人は、彼女の〔 〕、涙のリラを大地に立ててから 86行
(14) みずからうたう、破滅した家のための悲歌を静々と 87行
(15) 『嵐が私を訪れて----悲歌が私を満たした。 88行、91行
(16) まるで浄らかな太鼓でもあるかのように、彼女は自分の胸を打ちたたき、「ああ、私の町よ!」と叫ぶ。 300行
(17) あなたの祭りの(おこなわれる)家、アウでは人々はもはや全然祭りを祝わなくなった。/心を楽しませる(楽)器の太鼓やタンバリン、ティンパニーを人々はもはやあなたのために奏しなくなった。 355〜356行
(18) あなたの(楽し気な)歌はあなたにとって嘆きの歌になってしまった。いつまで〔 〕。 359行
(19) あなたのティンパニー歌は、あなたにとって嘆きの歌になってしまった。いつまで〔 〕。 360行
③~解説[この哀歌は全体が十一幕に分けられている。今「幕」と訳してみたが、実はシュメール語ではキルグといって、たぶんこれは各章を歌い終わったあとで、それに対して答唱するグループに向けて、または何か、誰かに向けて軽く礼をすることをさしているのだろう。] p.278

「イナンナ女神の歌」
(20)      サガルラ。イナンナ女神の、ティンパニー歌である。 54行
④ 〜解説[この歌は sa-gid-da と sa-gar-ra との二つの部分に分れている。これらは a-da-ab 歌と呼ばれるものに多く現われるものであるが、はっきりその内容は理解されていない。] p.283→「ババ女神讃歌」参照
 *私注:この文以降に様式(ことばの繰り返しかたのパターン)の説明がある。

「ババ女神讃歌」
(21)      サギッダ[「長い絃楽器?」 ここでこれが演じられたものであろう。] 31行〜[私注:器楽独奏?]
(22) 〔その〕サギッダに対する返し歌 33行
(23)      サガルラ[絃楽器の一つ。ここでそれが演奏されたのであろう。「イナンナ女神の歌」にも現われる。] p.228
(24)      ウルビ[サガルラを受けて内容をまとめて強調する意?]。ババの〔アダ〕ブ歌[神々の讃歌に多い類]。 65行

「シュルギ王讃歌」
(25) そこで牛を屠り、多数の羊を<殺した>。
 (そして)太鼓とティンパニーを打ち鳴らさせ 52〜53行
(26) (シュルギ王は)ティギ楽器を楽しく演奏させた。 54行(26) 私の楽手たちはティンパニーとタンバリンを私のために奏した。 81行
(27) <小さな>唄の中で(私の名を)歌って  94行

「グデアの神殿讃歌」
(28) 『(シュメールの)国土のドラゴン』(と呼ばれている)彼愛好のリラを持って----(それは)大きな音を立てる有名な(楽器)であって、<彼とともに熟考する>[神託を与える]ものですが---  Ⅵ24行、Ⅶ24行

「ダム挽歌」〜とくになし。

「悪霊に対する呪文」~とくになし。

「ナンナル神に対する『手をあげる』祈祷文」~とくになし。

「シュメールの格言と諺」
(29) 歌い手がたった一つしか歌を知らなくても、
 彼の<顫音(せんおん)>がすばらしければ、彼はまさに歌い手だ。  p.191
(30) 歌い手の<声>がよければ、彼はまさに歌い手だ。  p.191
(31) <声>のよくない歌い手----彼は並みの歌い手だ。  p.191
(32) 面目を失った歌い手は笛吹きになる。
 面目を失ったガラ神官[儀式で聖歌を歌う神官」はフルート奏者になる。  p.192
 *私注:フルート奏者の方がお気を悪くなさいませんように!
     古代人の言ったことですし、フルートと言われているものも
     たぶん現代的なフルートではありません。


※ シュメルがシュメールと長音になっていることが多いのは、「第二次世界大戦中に(中略)天皇のことを『すめらみこと』というが、それは『シュメルのみこと』であるといった俗説が横行した。そこで、中原与茂九郎先生(京都大学名誉教授)が混同されないように音引きを入れて、『シュメール』と表記された」からだそうです。(小林登志子『シュメル 人類最古の文明』はじめに・・・中公新書1818)

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