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2016年7月

2016年7月21日 (木)

【恥を忍んで】アマオケのコンマスについて

7月の3連休、10年来Y市がなさっているイベントオケにお邪魔させて頂いて、僭越にもコンサートマスターなるものをさせられ・・・もとい・・・させてまで頂けて、まあヤバかったのでありますが、ご一緒した某先生がちょっとおだてて下さいまして、考えなくちゃあなあ、と思いましたので、標題のようなことを少しだけおしゃべりします。

私はプロではありませんから、プロのことは分かりません。
アマチュアのオーケストラと言っても、プロの方をコンマスにお招きしているところがたくさんありますが、当然、そういう立場でもありません。本職の方に比べたら、弾く技術は、様々な面で劣っています。
それから、オーディションをなさるような、周りが「バリバリ演奏できる」団体のメンバーでもありません。
上のような団体のケースには、私の申し上げることは当てはまらないと思いますので、そういう団体にご所属の方には鼻で笑って頂きたいと存じます。

3項目だけで、簡単に、と致します。
もっと突っ込んだことが言えるくらい賢いといいんですが・・・(>_<)

1)なんで第1ヴァイオリンのやつがコンマスなのか
・・・オケの中で、統計的に、いちばんたくさん音符が書き込まれているからなんでしょうねぇ。だから曲全体で他のパートのメンバーよりもまんべんなく「曲のフォロー」が出来るし、裏返せば、そういうフォローを望まれるから、なんでしょう。
でも、ヴァイオリンのないところではそれは出来ないわけですから、そんなところにまでしゃしゃりでるのかどうかは時と場合によります。これはひとまとめにはできないので省きます。

2)んで、なにをするのか
どんなに優れた指揮者さんでも、曲のニュアンスまで指揮しなければならないとなると、拍を振っているとは限りません。そういうときの、あいまい拍・緩急のフォローが初歩なのかな。そんだけといえばそんだけです。
アマチュアの場合、オーバーアクションのほうがいいようですね。ただし指揮者のなさることを逸脱してはいけない。これが難しいかも知れません。(指揮者が絶対、と言いたいのではありませんので、ご勘案下さい。・・・と、この言い方もなんだか厄介! なによりも、信頼関係は絶対に必要です!)
で、アクションは、ニュアンスもやんないと周りに叱られます。
単純に拍をとる動きをするのでは、単純な例で言うと、たとえば穏やかな場所で、トンガった、はっきりしすぎる動きをするのではNGです。・・・でも、これはわりと「やっちまう」ので気をつけなければなりません。

3)最も気をつけなければならないのは
まず自分のパートの「あたしより弾ける人」ですね。
なぜか。
コンマスもヴァイオリンを弾いてるんだけど、ヴァイオリンのパートをしっかり弾くこと、が、アマオケの場合はコンマスのお仕事ではありません。
(プロさんだったら当たり前にできるのですが、アマは自パートを弾くことに気をとられると、コンマスまで努めなければ、となったら、能力的にオーバーフローします。)
んで、あたしのような能無しの場合、全体を気に留めようとすると、まず自分の弾く部分については落ちまくります。それを、「あ、落ちた」と周りに・・・団員さんにも、お客さんにも・・・見破られてはなりません。ですから、曲から外れないように、つっかえずに動き続けます。
こんなとき、自分のパートについては、おまかせしっぱなしに出来る人がいるのが、たいへん心強い、ということになります。
でも、弾ける人は、弾けるだけに、放っとくと、突っ走って行っちゃうんですよ。
そのへんが、プロ団体だとちょっとありえないことなんですけれど、アマオケは全体にもたもたしておりますので(って、メンバーさんごめんなさい!!!)、突っ走りは「おお、あの人すごい!」となってしまって、全体がそれで壊れることには誰も気付かないことがよくあります。これは、せっかく巧みに弾いて下さるそのメンバーさんに、実はいちばん申し訳ないことだと思っています。
弾ける人が弾いて下さることを大事にするときに、その人が「曲」を置いて先に走り去ることは、ほんの1音符であっても、絶対に防がなければなりません。
いちばんミクロなことなんですけれど、ここをなんとかしておかないと、悲惨なことになります。
それでも短期決戦の(数日、数時間の練習で本番に至る)時は、他にもう手が打てないので、
「そこはまかせる!」
流れで行くのがよろしいようです。
「もう、バリバリ先に行って!」
では矛盾するようですが、抑えようと思って引っぱってもいいことはありません。弾ける人の細かい音符は「立つ」ので、主要部分ではだいたいみんなそれに引っ張られます。
走られて混乱する兆しがコンマ1秒でもある時は、早めに悟って、こちらのアクションで、 なんとしてでも抑えます。そのときだけアクションする、そういう時に限ってアクションする、ということで、コンマスとしては、アクション自体を全般に抑え気味で設計しておく必要に迫られます。・・・これ、とっても大事です。なかなか「うまくいったなぁ」と思えることがありません。
長期決戦(の練習回数が多い)ときは、ポイントをちゃんと協議しお互い納得しあえるかどうか、にかかっていますが、私はあんまり協議する方ではないので、まあ、いけませんですねぇ。心を入れ替えなければならんと思っております。でも身内のメンバーさんはみんな素直でいいかたなので、あんまり心配になったことがないんですよね。
で、以上のことをした上で、弦の他パートに向けても、木管パートに向けても、距離の遠い金管パート、打楽器セクションに向けても、バリバリの人にどうノビノビしてもらえるか、一方でどう抑制もしてもらえるか、を、常に考えていなければならんわけですが・・・
そのためには「曲全体」の地図を自分の頭の中になるべく細かく書き込んでおく必要に迫られるのであります。
私の場合のそのへんを喋ってしまうと、底の浅さがバレバレになるだけですので、どうぞ、追求せんといて下さい。
なので、対他パート編は、いずれなにか具体例を見つけるまで、述べずにおきます。

・・・こんなんで分かるかしらん?

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2016年7月10日 (日)

「アルルの女」組曲とストーリー

訳書(岩波文庫 1958年改版 1987年第3刷)の具体的ページとの対照をしましたが、それではさっぱり分かりませんので、2つの組曲の各曲(関連する劇音楽【のみ】を含む)と劇の筋書きとの関係を記しておきます。
前回は9日の練習前に、とアワを食って記しましたので、その際拾い落としたことについても、気付いた限り補います。

組曲の各曲を劇中に配置されている順番について、ざっとまとめると、
第1幕・・・・・・第1組曲第1曲
第2幕第1場・・・第2組曲第1曲
第2幕第2場・・・第2組曲第2曲
【間奏曲】・・・・第1組曲第2曲
第3幕第1場1・・第1組曲第4曲
第3幕第1場2・・第1組曲第3曲
第3幕第2場・・・第2組曲第4曲
となります。
よく知られている通り、第2組曲第3曲のメヌエットは、劇音楽「アルルの女」には含まれていません。

序曲〜第1組曲第1曲(前奏曲〜劇音楽第1曲)
   王様の行進(第3幕で歌われる)
   中間部(サキソフォンの旋律=劇中「ばか」が治っていくジャンのモチーフ)
   最終部へのつなぎ(木管とハープ〜純粋な愛のモチーフ、とでも言うべきもの?)
   最終部(アルルの女に焦がれるフレデリによって起こされる悲劇の象徴のモチーフ)

第1幕
第1景
フランセが下僕のバルタザールに、愛孫フレデリの婚儀が整いそうな旨を嬉しそうに話す。
その傍で、フレデリの弟で幼児の知能のままのジャンが、おとぎ話をバルタザールにせがむ。
(劇音楽第2曲〜ジャンのモチーフ)
三ヶ月前にアルルの女に一目惚れしたフレデリは、母ローズの骨折りで彼女との縁談がうまくまとまりそうになっていた。が、フランセから話を聞いたバルタザールは、せっかちに縁談が進むことに危機感を持つ。
第2景
フランセの去った後、バルタザールは、女手ひとつで子どもを育ててきたローズも、その父フランセも、フレデリばかりを溺愛して、知能の幼いままのジャンをかえりみないことを嘆く。
ジャンはバルタザールにおとぎ話の続きをなおもせがむ。
(劇音楽第3曲~ジャンのモチーフ:劇中ここで語られるおとぎ話は、作者ドーデが『風車小屋便り』の中で書いた「スガンさんのヤギ」です。『風車小屋便り』には戯曲「アルルの女」の元となったお話も書かれています。)
第3景
そこへ、村娘ヴィヴェットがやってくる。
(劇音楽第4曲〜純粋な愛のモチーフ)
バルタザールが昔恋したルノーばあさんの面倒を日頃みているヴィヴェットは、じつはフレデリに恋していることをジャンにばらされる。
第4景
ヴィヴェットは、そこにやってきたローズの話から、密かに恋していたフレデリに結婚話が進んでいることを知る。
第5景〜第7景
婚儀の整う見込みがいよいよ立ち、フレデリが満面の笑みで帰ってくる。
第8景〜第10景
皆が前祝いで盛り上がろうとする矢先、ある男がやってきてフランセと密かに面会、フレデリと結婚しつつあるアルルの女が、実は自分の愛人であることを告げて、証拠の手紙をフランセに渡して去る。
第11景
戻ってきたフランセに証拠の手紙を見せられたフレデリの失意で幕が下りる。
(劇音楽第6曲、悲劇の象徴のモチーフ)

第2幕
第1場
第1景幕開け〜第2組曲第1曲(パストラル、ただし幕が開いてのちに聞こえる中間部は合唱、最初の部分に戻らない)・・・劇音楽第7曲にあたる。
第1景〜第3景
ローズとヴィヴェットは、未の牧草を刈るため蘆の繁みにいるはずのフレデリを探すが見つからない。その間、ローズはヴィヴェットにフレデリとうまく恋仲になってくれるように、とけしかける。
二人と入れ替わりにバルタザールがジャンを連れてきたところへ、・・・(劇音楽第9曲・・・ジャンのモチーフの切片【前回触れませんでした】)
第4景
うるさい女たちを避けていたフレデリが姿をあらわす。
(劇音楽第10曲、悲劇の象徴のモチーフ)
バルタザールは、いっそ死にたいと思っているというフレデリに、自分の長い片恋の物語を聞かせる。(ここのバルタザールの恋語りも、『風車小屋便り』中の「星」を用いたものです。)
(劇音楽第11曲、第2組曲第1曲中間部最後のモチーフ、牧童のエコー)
第5景
バルタザールが去ったあとに残ったフレデリのもとへ・・・
(劇音楽第12曲、悲劇の象徴のモチーフ)
第6景~第7景
ヴィヴェットが現れ、なんとかフレデリの目を自分の方に向けようと懸命に話すが、フレデリは怒って走り去ってしまう。泣いてしまうヴィヴェットのところへローズが駆けつけた、ちょうどそのとき、フレデリが走り去った方角で銃火がひらめいた。鴨撃ちに失敗した銃のものだと分かったものの、女たちはフレデリが自殺するのではないか、と不安に駆られる。

第2場
第2組曲第2曲(舞台上は夜明けの農家内部の設定)・・・劇音楽第15曲にあたる。
第1景〜第7景
ヴィヴェットは失意のあまり去って行こうとしていたが、ローズがフレデリの自殺を心配し招集した家族会議の場へ、バルタザールに呼ばれて現れたフレデリが、ヴィヴェットを嫁に、と乞うことで、劇はいったん、めでたし、めでたし、となる。
(劇音楽第16曲、第2組曲第2曲の素材による。)

間奏曲〜第1組曲第2曲(メヌエット)・・・劇音楽第17曲にあたる。

第3幕
第1場
祭のために飾り付けられた農家の前庭の設定。
第1景幕開け~第1組曲第4曲(カリヨン、中間部を含む)・・・劇音楽第18曲にあたる。
第1景〜第2景
バルタザールが昔の恋のことでからかわれ、怒り心頭に達する。
(劇音楽第19曲1・・・第1組曲第4曲中間部の旋律)
そこへ、祭の祝いに招かれたルノー婆さんがやってくる。彼女がバルタザールの恋の相手だった。二人は晴れて抱擁しあう。
(劇音楽第19曲2・・・第1組曲第3曲)
一同退場したところへ、・・・
(劇音楽第19曲3・・・第1組曲第4曲中間部の旋律)
フレデリとヴィヴェットが連れ立って現れる。フレデリはヴィヴェットに自分の気持ちを移しきったと装い、ヴィヴェットはフレデリをすっかり信じる。
(劇音楽第20曲・・・第2組曲第2曲の旋律)
第5景
しかし、折悪しく、そこへアルルの女の愛人と称する男がやってきて、そこにまたやってきたバルタザールに、先に渡した証拠の手紙を返せ、と迫る。自分をごまかしきれなくなったフレデリは男に殺意を抱いて半狂乱で飛びかかるが、バルタザールに制止される。外から、人々の踊るにぎやかなファランドールが聞こえてくる。
(劇音楽第21曲・・・第2組曲第4曲のファランドール部分)

第2場
第1組曲第3曲が、幕開けに奏でられる。(劇音楽第22曲)
続いてファランドールが聞こえてくる
(劇音楽第23曲1・・・第2組曲第4曲のファランドール部分)
さらに、ファランドールに重なって「王様の行進」の歌も聞こえる。
(劇音楽第23曲2・・・第2組曲第4曲の「王様の行進」と重なる後半部分)
第1景〜第3景
養蚕室にひとりたたずむローズの元に、疲れきった表情のフレデリが「おやすみ」を告げにくる。ローズはフレデリの気持ちに探りを入れるが、フレデリはそれをかわして寝室に去る。ひとり不安に苛まれるローズの耳に、ふたたび「王様の行進」が響いてくる。
(劇音楽第24曲・・第2組曲第4曲の「王様の行進」)
第4景
そこへジャンがやってきて、兄フレデリのことでいやな予感がする、とローズに語る。
(劇音楽第25曲・・・純粋な愛のモチーフ)
第5景
知能を年相応に取り戻したかに見えるジャンにローズは喜びを覚えるが、これが不幸の始まりになりはしないか、と、いっそうの不安に陥る。(知能が回復する、すなわち当時の認識で「白痴が治る」のは不幸の始まりである、反対に一家のなかに「ばか」がいると幸せがもたらされる、との俗信があった、と昔教わりましたが、いわれは分かりません。)
第6景
夜中に階段に現れたフレデリは、自分の中にあるアルルの女の不義の影にとうとう狂乱し、呼び止めるローズを無視して階段の戸口を閉め、とびおりて死んでしまう。

劇音楽としての「アルルの女」は、諸資料に共通して書かれているところでは、次のような編成で演奏されたとのことです。

フルート2(1本はピッコロ持ち替え)
オーボエ1
クラリネット1
バスーン2
サキソフォン1
ホルン2
タンブール1
ティンパニ
ヴァイオリン7丁
ヴィオラ1丁
チェロ5丁
ダブルベース2
ピアノ

録音では、数種類出ているらしい劇音楽全曲盤では、ミッシェル・プラッソン指揮トゥールーズ・カピトール管弦楽団のもの(ERATO 現Warner WPCS-23116 1985年録音)が入手しやすくなっています。タワレコやHMVのサイトで品番で検索してみて下さい。ただし音響的にはオリジナル編成であるようには感じられません。
初演当時の編成を再現しての演奏は、ホグウッド指揮バーゼル室内管弦楽団が録音しています(ARTE NOVA 82876 61103 2 2004年)。メンバー表を確認すると、人数を完全に再現しているようです。これはぜひ聴いてみて頂きたいと思います。

今回のために調べなおしていてビックリしたのが、
「アルルの女組曲は第1、第2ともビゼー自身によるピアノへの編曲がある」
とも解釈できる記述を、NAXOSの”BIZET Complete Music for Solo PIano”の売り文句に見つけたことでした。
第2はビゼーの死後に有人ギローが組んだ、というのが普通の記述ですから、これが事実なら組曲成立の事情も時期も違っていることになります。
で、第2組曲第3曲のメヌエットをビゼー自身が「アルルの女」に釣り合う音楽だと考えていたことにもなってしまいます。

ちょっと焦って、NAXOSのこのCDの現物を確認してみました。
ケース裏には
“Georges Bizet’s L’Arlècienne Suites are seldom heard in the composer’s own piano transcriptions.”
とあります。
これはヤバい、と思ってリーフレットを読みましたが、解説には曲の構成についての説明しかなく、ビゼー自身の編曲だとはひとことも書いていませんでした。
いまのところ、なんかの間違いだろう、と思うようにしています。

なにせ、日本でビゼーの伝記は出てないんだよな・・・

さらに調べる価値があるようなら、調べなくてはなりませんが・・・

以上、資料等の現物へのリンクはとりあえず貼っていません。すみません。

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2016年7月 9日 (土)

「アルルの女」速報!

さて、手前どもの冬のコンサートでは『アルルの女』もやることになりました。
音楽周りのトピックは、また別に記すことにします。

ご存知の通り、これ、元々は劇伴なのですが、IMSLPにその楽譜がピアノスコアとして上がっています。このピアノスコアには、音楽が劇中のどのセリフに対応するかが(フランス語で!)書き込まれていますので、それを翻訳で出ている岩波文庫版(桜田 佐訳、1987年の第3刷を使用。いまは古本でしか手に入らないだろうなあ)と対照したものを掲載します。
・・・何かの参考になるかなあ。ならんかなあ。
・・・ストーリーとの兼ね合いは、この次少し触れるかも知れませんし、触れないかも知れません。

CDでも劇音楽全曲盤がいくつか出ていますが、いちばん入手しやすいプラッソン盤と
IMSLPのピアノスコアとの目立った対比について少し触れました。CDそのもののことについては、今回は省略します。

IMSLPにあるピアノスコアに基づく、劇と音楽の関連
http://imslp.nl/imglnks/usimg/e/e8/IMSLP89052-PMLP08871-Bizet-ArlesienneVSFc.pdf
1.  Ouverture    ・・・第1組曲第1曲と同じ(最末部一部和声が違う)

第1幕
2.  Mélodrame    ・・・第1組曲中間部の旋律
 第1景(岩波文庫8ページ 「・・・」部は省略を示す。以下同じ)
  フランセ・ママイ「ローズは・・・」
  ばか 「ねえ、じいや・・・」
  フランセ・ママイ「それに、こんな大事な時は・・・」
  ばか 「ねえ、じいや、おおかみが・・・」

3.  Mélodrame    ・・・第1組曲中間部の旋律
 第1景〜第2景の場面転換(岩波文庫12〜13ページ)
  バルタザール「へえ、へえ…承知しました…/かわいそうなばか・・・」
  ばか 「ね、話してよう、・・・」
  バルタザール「うむ、そうだ・・・」

4. Mélodrame    ・・・第1組曲中間部と最末部繋ぎ部分のの旋律
 第3景(岩波文庫15ページ)
  ばか 「『ウォー! ウォー!』これ おおかみだよ」
  ヴィヴェット「かわいそうに!・・・」
  バルタザール「皆、だめだっれいうんだ。・・・」

5. Chœur et Mélodrame・・・組曲に無し

6. Mélodrame et Chœur Final・・組曲に無し(第5曲の素材による)
  合唱の終わったあとに第1組曲第1曲最末部の旋律
  終幕部

第2幕
第1場
7. Pastrale       ・・・第2組曲第1曲
(舞台音楽では中間部は合唱、冒頭部への回帰無し)
(岩波文庫は32ページ以下。「正面はひろびろと限りない地平線。」)

8. Mélodrame    ・・・組曲に無し
 第2景〜第3景の場面転換(岩波文庫38ページ最終行〜39ページ第1行)

9. Mélodrame    ・・・組曲に無し

10. Mélodrame    ・・・第1組曲最末部の旋律
 第3景〜第4景の場面転換(岩波文庫40ページ最終4行〜41ページ8行目)
  ばか 「あっ!」
  バルタザール「どうした?」
  ・・・
  フレデリ 「・・・あの女たちはうるさくて。・・・」

11. Chœur - Mélodrame ・・・楽譜にはMélodrame部がみられない。第2組曲第1曲中間部の動機をテノールとバスでこだまのように響かせる。
 第4景〜第5景への移行部(岩波文庫45ページ 「(舞台裏で合唱が聞こえる)」

12. Mélodrame    ・・・第1組曲第1曲最末部最初の旋律
 第5景終末部(岩波文庫46ページ最終7行目〜5行目)

13. Mélodrame    ・・・組曲に無し
 第5景終末部(岩波文庫46ページ最終4行目以降)

14. Mélodrame    ・・・組曲に無し
 第1場終結部(岩波文庫52ページ ローズ・ママイ「・・・さ、おいで…」

第2場(プラッソン盤では「第3幕」)
15. Entr’acte     ・・・第2組曲第2曲
(岩波文庫52ページ以下。『・・・夜明け・』)

16. Final     ・・・第2組曲第2曲の素材による。
ここで前半の幕がおりる(岩波文庫67ページ最後)

間奏曲
17. Intermezzo  ・・・第1組曲第2曲(メヌエット)

第3幕第1場(プラッソン盤では「第4幕」)
18. Entre Acte   ・・・第1組曲第4曲(カリヨン〜中間部。繋がり方が組曲のようには整えられていない。プラッソン盤ではカリヨンの部分だけ演奏。)
(岩波文庫68ページ以下。第1幕第1場と同じ情景だが祭の装い)

19. Mélodrame    ・・・第1組曲第4曲中間部〜第1組曲第3曲〜第1組曲第4曲中間部)
 第3景(岩波文庫73ページ4行目〜76ページ9行目まで。その後第1組曲第4曲中間部が第4景への場面転換で演奏される)

20. Mélodrame    ・・・第2組曲第2曲の主旋律
 第4景終末部(岩波文庫79ページ)
 フレデリ 「では今、おれがおまえに・・・」
 ヴィヴェット「そう言ってちょうだい!」
 フレデリ 「ああ! 可愛いやつ!」

21. Farandole     ・・・第2組曲第4曲主部
 第1場終結部(岩波文庫83ページ、フレデリが半狂乱になりバルタザールに抑えられる)

第2場
22. Entr’acte     ・・・第1組曲第3曲

23. Chœur      ・・・第2組曲第4曲(ファランドール、王様の行進:合唱で)
 第2場幕開け部の遠景として(岩波文庫83ページ)

24. Chœur      ・・・第1組曲第1曲の「王様の行進」、合唱で
 第3景の外の景色として(岩波文庫90ページ)

25. Mélodrame    ・・・第1組曲第1曲終結部最初のやわらかい動機
 第4景、「ばか」の長ゼリフ(岩波文庫91〜92ページ)
 「白痴が治ると周囲に不幸が起こる」との俗説を背景に、「ばか」が兄フレデリの不幸を予言する。

26. Mélodrame    ・・・第1組曲第1曲終結部
 ピアノスコアでは前半は組曲にない旋律。プラッソン盤では演奏されていない
 第5景のローズ・ママイの独白部(岩波文庫93ページ)

27. Final(ピアノスコアではだいぶ短い。プラッソン盤は複合的な要素で組み立てられたものを演奏。原典確認できず。)
 第6景最後
 バルタザール「・・・あれをごらん! 恋で死ぬ男もいる!…」

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2016年7月 2日 (土)

【ディスコグラフィ】古典的前衛ベト8!〜(税抜)1,000円台のCD

この冬、所属アマオケでベト8〜ベートーヴェンの交響曲第8番をやることになりました。
んで、団内のかたへの資料提供をダシに、(消費税別)1,000円台のCDのご紹介をしたいと思います。

【前置き】〜また面倒になってしまいましたので、流して下さい。(>_<)Zap2_g1680226w

ベートーヴェンの交響曲第8番は、聴くと均整のとれた曲のような気がするのですが、どっこい、書法はなかなかの前衛です。
・第1楽章がppまでへのディミヌエンドで終わる(『田園』でさえそうではない)。
・そんなことよりもなによりも、最初に第2主題とか副次主題とか言われる柔らかなメロディが出てくるところの転調が複雑怪奇(前ふりは調性感の薄い変ロ長調〜登場1回目二長調〜登場2回目ハ長調)で、その後に続く無調感がじつにハンパない!
・んでこれまた、再現部がどっからかがうまいことボカされている
・第2楽章はバロック的なリズムぼかしを全然バロック風にでなくやりとげている。して、よく言われるように緩徐楽章ではない
・メヌエットもどきはトランペットとティンパニがすっとぼけたタイミングで入り、主部のおしまいのところでは木管群もすっとぼける
・ロンド形式だかソナタ形式だか、どっちにもとれるくせに、でもロンドソナタ形式ではない終楽章
などなど、もうマニアックに言い出したらきりがないのですが、詳しくは音楽之友社版のスコアの、すんごくむずかしい解説(沼口 隆さんによる)を頑張って読んで下さい。
あ、ただし演奏用楽譜はベーレンライター版になるので、練習用のスコアとしてはそちらが必要です。

ベートーヴェンの前衛ぶりは、ピアノソナタが最高に、次いで弦楽四重奏曲が際立っていて、ご存知の通り第1から第9まで前衛のネタは尽きないはずの交響曲は、聴いてみるとしかし、そんなふうにも思えません。後輩たちがこぞって真似をしたからなのかな。そうしたわけで、第8の前衛っぷりには、あまり気付かれてこなかったのではないでしょうか。どんなにこねくりまわした書きっぷりであっても、「歪み」のない構成が安定感を生み出していること、オーケストレーションが実に巧みであることが、私たちの目ならぬ耳をくらましてきたからなのかも知れませんね。

【聴く準備?】

で、アマチュアの演奏の手本には、この曲の場合、安定感のある演奏が望ましい気がします。
じっさい、いろいろ聴いてみると、第2楽章以降は、そんなにこねくりまわされた演奏はありません。
第1楽章には「やらかしポイント」が幾つかあるので、選ぶときには、そこがミソかな。そうでもないかな。とくに冒頭主題の「(移動ド読みで)ミソ・ド・ミレ・」でためてしまうのは、どうかなぁ、と思います。
第2楽章でわざとあんなに規則的で句切れの分からない均等リズムを採用した作曲法を考えあわせると、「やらかしポイントでやっちまう」ようなデフォルメはベートーヴェンは望まなかったのではないかと思います。「やらかす」なら第3楽章こそ、なのですが、これが面白いとまで思う演奏はないし、面白さを実現するのはかなり難しいと思うし、「やらかし」ていなくても、まあいいか、ではあります。

ベルリンフィルとウィーンフィルの録音を聴くと、この二つはオーケストラとしての性能がダントツだなあ、と感じます。これはとくに、木管アンサンブルの響きやトランペットの鳴らし方、とくに第3楽章のトリオ相当部分(「トリオ」とは書かれていない)の、ゴキブリがはうような低音(!)の伴奏の上に悠々と鎮座ましますホルンとクラリネットの音色の伸びやかさで、もう圧倒的です。
しかしながら、じゃあ他のオケでは話にならないのか、というと、まったくそんなことはありません。むしろ、上記二大オケでも、あかんもんはあかんかったりします。結果的には、いろいろ聴いてみると、二大オケではないところのもののほうに多角的な魅力を感じます。

それぞれに、必ず受ける印象であろうことを簡単に記しますので、選択の際の参考になさって下さい。

【演奏時間比較】〜値段と品番は個別紹介のところでします。
         PC以外ではレイアウトが崩れます。ごめんなさい。
  みなタワレコ新宿店で買いあさり、一昨日現在補充がないのを目撃してきました。
  他のお店で見つけるか、新宿店さんの補充を待ってね。(ToT)
  おのおおの、タワレコさんのサイトのリンクは載せておきます。

指揮者  プフィッツナー  カラヤン     アバド
オケ   ベルリンフィル  ベルリンフィル  ベルリンフィル
録音年  1933     1962     2000
第1楽章 07:49    09:18    08:42
第2楽章 03:55    03:54    03:56
第3楽章 04:16    05:54    05:32(ただし総リピート)
第4楽章 08:08    07:07    06:56
*プッフィッツナーは年代がかなり隔たるので、歴史的演奏がお聴きになりたければ、ですね。
 呈示部の反復がありませんので、第1楽章は上げた中での最速ではありません。

指揮者  バーンスタイン  ティーレマン   
オケ   ウィーンフィル  ウィーンフィル  
録音年  1978     2009     
第1楽章 09:42    10:22    
第2楽章 03:59    04:15    
第3楽章 04:48    05:24    
第4楽章 07:20    07:50
*ティーレマン盤は2枚組でなおかつ1,000円台ではありませんので番外です。

指揮者  ブロムシュテット       ブリュッヘン     
オケ   シュターツカペレドレスデン  18世紀オーケストラ
録音年  1978           1989
第1楽章 10:00          08:28
第2楽章 03:54          03:50
第3楽章 04:45          04:22
第4楽章 07:53          06:51

指揮者  サヴァリッシュ        パーヴォ・ヤルヴィ     
オケ   ロイヤルコンセルトヘボウ   ドイツカンマーフィル・ブレーメン
録音年  1993           2004
第1楽章 09:39          08:05
第2楽章 03:54          03:50
第3楽章 04:32          05:30(ただし総リピート)
第4楽章 07:39          06:43

      最速               標準
第1楽章  08:05(ヤルヴィ)      9分程度
第2楽章  03:50(ヤルヴィ)      3分55秒程度    
第3楽章  04:16(プフィッツナー)   4分30秒前後
第4楽章  06:43(ヤルヴィ)      7分30秒前後

こんな感じです。「総リピート」は、ダ・カーポ後の主部が反復記号を省略無しに演奏されている、という意味です。


【個別に】

ベルリンフィル

*ハンス・プッフィツナー/ベルリンフィル(1933年)UCCG-90307 1,650円+税
http://tower.jp/item/3279460/
クナッパーツブッシュ指揮による1928年録音のヴァーグナーの管弦楽とのカッUccg90307_2プリン グです。いずれも貴重な録音だといえますが、クナッパーツブッシュの連綿としたヴァーグナーに比べると、さっぱりしているのが面白いところです。曲の性質のせいかも知れません。とはいえ全楽章にロマン派まっただ中のテンポゆらしがあって、今の耳で聴くと違和感が大きいかも知れません。第1楽章の「やらかしポイント」を「やらかし」ています。第3楽章のトリオはなぜかホルンのリズムが楽譜と違います。理由を突き止めていません。音は意外にノイズが少ないです。ステレオ期以降の演奏のどれかと併せて聴くのがよいかと思います。

*カラヤン/ベルリンフィル(1962年2月)UCCG-5304 1,200円+税
http://tower.jp/item/3834911/
第7をフルトヴェングラー盤(モノラル)で聴いたとき、より新しいクリュイタンスUccg5304 盤(ステレオ、全集)のベルリンフィルの音とあまりに「同じ」だったのに仰天した記憶があります。それで、響き作りに伝統があるのかな、確かめてみたいな、と思って聴いたのが、これではなく1967年録音のカラヤン指揮盤の第8だったのですが・・・残念ながら、伝統の片鱗はあるものの音が濁っていて、ガッカリしました。より前の62年録音はどうだろうか、と、このチャンスにチャレンジしたのでしたが、これもダメでした。弦の人数をかなり多くしているのが災いしているのではないかなあ(『田園』は決して悪くないんです)。それと、カラヤンは端正な曲には向いていなかったようにも感じています。彼の指揮した古典派ものは個人的には気に入ったものがあまりありません(ロマン派ものはいいなあと思うのですよ)。カラヤン好きなら、ベト8は、もしかしたら67年盤のほうがいいかも。こちら(1,000円+税)は、記憶では第2楽章についてはたいへんきれいな音でした。

*アバド/ベルリンフィル(2000年3月)UCCG-50004 1,800円+税
http://tower.jp/item/2852169/
クリュイタンス盤(1967年)から30年以上隔たっているにも関わらず、こちらのほUccg50004 うがカラヤンとの演奏に比べてクリュイタンス、ひいてはフルトヴェングラーと共通の音色を持っています。この音色の維持には舌を巻くよりほかありません。とはいえ指揮しているアバドは、勉強熱心な人だったのでしょう、彼の指揮したベートーヴェンの交響曲は古楽スタイルなどを意識したもので、スコアの指示に対しても古楽畑の人たち同様極端なほどに「忠実」を誇示するところがあり、それがベルリンフィル伝統の音響の中でなされることは聴き手に強烈な違和感を呼び起こすことがあるかも知れません。かつ、古楽の成果を取り入れたという意味では、そちらのスペシャリストと目しても良いパーヴォ・ヤルヴィたちの演奏にお株を奪われてしまっているようにも思います。第1楽章にバラけを感じますが、全般にはアバドの指揮らしい、飛び跳ねるようなイキイキさをもった演奏です。


ウィーンフィル

*バーンスタイン/ウィーンフィル(1978年11月)UCCG-90526 1,500円+税
http://tower.jp/item/3917723/
ティーレマン指揮のものは2枚組でしか見当たらず番外としましたが、これが第1楽Uccg90526 章の「やらかしポイント」をやらかしているうえに、全楽章にテンポの揺れがあるので、新しめ(7年前)でこんな20世紀前半的なことをいまどき・・・ウィーンの人たちはこういうのを喜んでいるのかしら、と、ビックリしたのでした。ライヴのようですが、演奏の集中度は若干「?」でした。
ラトルの旧全集(2,000円!)の中のベト8はYouTubeで聴け、わりとノーマルで締まりも良くて素敵なのですが、第1主題後半で1回目はわざとディナミークを落としてクレッシェンドを聴かせたりしています。ナマで聴いたら面白いのかも知れませんが、この音声ではちょっと作為的に聞こえて面白くありませんでした。
とはいえウィーンフィルも長い時代を経て昔ながらの音色を維持していて、これも驚嘆に値します。それでやはり長期間の演奏の比べっこをしたい誘惑に駆られたのでした。
バーンスタインがライヴで残した演奏が、もう40年近くも前なのですが、これはノーマルでありながら伸びやか、伸びやかでいながら丁寧なものなので、ウィーンフィルならこちらが断然いいかも、と思っています。バーンスタインのベートーヴェンは時に歌い過ぎだったりゆったり過ぎだったり、で、たぶん聴き手には賛否両論なのですが、この第8に関しては、演奏時間も見てのとおり割と平均的で、極端さが影を潜めています。


古楽系

*ブリュッヘン/18世紀オーケストラ(1989年11月)PROC-1751 1,200円+税
http://tower.jp/item/3896360/
 歴史的演奏法をモダンに取り入れたノリントンを含め、古楽系としてのアーノンProc1751 クール、ホグウッド、インマゼールらの全集のものも聴いてきたことがありましたが、ブリュッヘンのこの演奏が、いちばん安心して聴ける気がします。古楽系は管打が相対的に良く鳴っていて、大型オーケストラに比べて本来の正しいバランスはこうなのかな、と思わされる反面、弦楽器の荷なっている重要なパラフレーズまで管打が隠してしまうこともままあり、その点は疑問に思っています。ブリュッヘン/18世紀オーケストラの録音も、とくに第1楽章にそのきらいがあります。それでも終楽章はとくに、圧巻のクレッシェンドの最中に楽器間のバランスをよく考えていて、なかなか小気味良い演奏となっています。弦楽器も、古楽系の大曲録音では思いのほか巡り会えない「しゃりん!」という響きが、ブリュッヘン盤では随所で聞かれ、奏法のスジの良さに感服させられます。ブリュッヘンの指揮する演奏は、曲の最後の音を他の人なら「ふゎん。」と置くところを「ぽん、」と軽く置くので、そのニュアンスだけは好き嫌いの分かれるところかな。第8では第1楽章、第2楽章の最後の音がそうなっています。


N響の指揮者たち
・・・1,000円台を漁ったら、奇しくもこのような取合せになったのでした

*ブロムシュテット/シュターツカペレドレスデン(1978年2月)KICC 3645 1,000円+税
http://tower.jp/item/3666902/
シュターツカペレ・ドレスデンは技術力も非常に高く、鋭角な響きがし、かつ指揮者Kicc3645 が変わると響きの質まで変えてしまうので、これまたすごいなあ、と、日頃から尊敬するオーケストラのひとつです。ブロムシュテットの指揮はN響を指揮したものは時に淡白すぎてつまらないんじゃないか、と思うこともあるのですが、ノーマルを聴きたいと思ったらこの人、という側面もまたあります。で、この曲に関してはオケと指揮者の相性が抜群ではないかと思いました。ときに発揮され過ぎるシュターツカペレドレスデンの極端な鋭角さがなく、きわめてノーマルでオーソドックスな音響、テンポ、ニュアンスをかたちづくっています。第3楽章のホルンの音が、このオケならではの「いかにも(旧)東独」の、サックス系のヴィブラート豊かなものですので、好みはそこで分かれるかな。あとは終楽章のファゴットとティンパニのオクターヴ音型のユニゾンで両楽器の音色がしっかり混じりあっているのを、この録音でのみ耳にして、これは驚きました。これも好みに反映するかも知れません。

*サヴァリッシュ/ロイヤル・コンセルトゲボウ(1993年12月)TOCE 90272 1,800円+税
http://tower.jp/item/3242021/
ひとことでいうなら・・・もっとも規範的な演奏です。(現在の通常のアマチュアの編成でのモダンの)フルオケにとっては、これ以上の「正しいお手本」は見当たらないのではないかな。例の「やらかしポイント」である第1楽章「(移動ド読みで)ミソ・ド・ミレ・」は、どんなに良い演奏でも丁寧さが失われがちで、それがまた「やらかしたい人はやらかしちまう」理由・・・ここをなんとかしたい良心からなのです・・・になるのですが、「やらかしポイント」の見事な解決法はサヴァリッシュのこの録音でしか出会えませんでした。テンポ内できちん、きちん、きちん、と音を弾ませる。この弾力がたいていおろそかにされるんですよね。アンサンブルもたいへんしっかりしています。ニュアンス作りも微に入り細にわたりたいへん丁寧になされています。すべてきっちりしていながら、しかし窮屈な感じがこれっぽっちもしません。コンセルトゲボウがまた、重厚濃厚。ライヴ録音で、終楽章のコーダ前までおしつまったあたり(調べたら452小節目でした)で第1トランペットさんが音の入りをはずしてしまっているのがご愛嬌。それまでしかし、メンバーがこれだけの集中を保っているのは、見事というほかありません。
地方のテレビで食い入るように見つめさせてもらっていた、サヴァリッシュさん壮年期の凛とした指揮姿が思い出されて、ちと涙ぐみながらこれを綴っているという、とんでもないオマケ付きであります。・・・これは人には貸せないので、聴きたかったら自分で買ってね。

*パーヴォ・ヤルヴィ/ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン(2004年8月)SICC 30022 1,890円+税
http://tower.jp/item/3148208/
ヤルヴィ盤は高音質の2,000円超盤もありますが、ぎりぎり税抜1,000円台のこれもSicc_30022 あります(消費税8%では税込2,000円になるのは1,850円までですので、お財布からの出費は2,000円を41円ほど上回ってしまいますが、まあ良しとしましょう!)
とにかく硬派で快速で、ベルリンフィルがアバドのテンポ作りで露呈してしまったような戸惑いがまったくありません。若々しくて斬新な音色は、まだ耳新しかった時期のノリントンに感じさせられたある種の極端さをも、凌駕してしまっています。古典の演奏が、まだこんなに刺激的な開拓の余地をもっていたことに、感嘆の念を禁じ得ません。それでいて解釈には別段奇をてらったところはありません。ベーレンライター新版が出て以降、ベートーヴェンのメトロノーム記号を尊重しようというので、やたらに快速を標榜する演奏が増えたのでしたが(アーノンクール、ノリントン、アバド、ブリュッヘンらの名誉のために言うと、彼らはベーレンライター新版の出る前に独自の研究からそうしたのでした)、ただ軽く荒くなっただけで、あまり感心できるものではありませんでした。そうではなく、速さのいかんに関わらず、丁寧にやらなければならないものは丁寧に、を貫いた新鮮な演奏がこうして聴けるようになったことには、安堵の念を抱かずにはおれません。

・・・とまあ、また冗長になりました。
・・・こんなところで。

ベートヴェンの第8の第1楽章のコーダは、先に上げた音楽之友社版スコアの解説に丁寧に記されている通り書き直されているのですが、書き直し前の自筆譜の写真がこちらで見られますので、よろしければご覧下さいまし。
http://www.beethoven-haus-bonn.de/sixcms/detail.php?id=15288&template=dokseite_digitales_archiv_en&_dokid=wm174&_seite=1-1

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