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2015年3月 1日 (日)

三津五郎さん

A17shnaetl_sl1500__2 歌舞伎を舞台で一生懸命見たのは、東京に転勤になって1年半経とうとしたときから独身最後までの1年半で、回数も演目も限られます。その間に、十代目三津五郎さんとなる前の八十助さんも何度か必ず見ているはずなのですが、記憶がよみがえりません。平成4年3月歌舞伎座での「身替座禅」の奥方様役がもし当時の八十助さんだったとしたら、あれは当面の最後の歌舞伎見物でしたが、とても面白かった。
「六歌仙容彩(ろっかせんすがたのいろどり)」も、まだお父さんの九代目の芸でした。(でも僕が歌舞伎を見始めたときには勘九郎=十八代目勘三郎がやったりしてたんじゃないかな。)
踊りの名手、と際立って言われるようになったのは三津五郎襲名以後だったのではないでしょうか。踊りの八十助、というイメージもありませんでした。

ですので、三津五郎を襲名してからのいい役者さんぶりは、映像でしか知りません。
先に亡くなった勘三郎さん(この人も私にとっては勘九郎さんでした)と共演しての演技は『今昔桃太郎』でも『鼠小僧』でも抱腹絶倒で、『大江戸りびんぐでっど』でも三津五郎さんの出るシーンは楽しく眺めたのでした。可笑しくて、でもスマート・・・いまはほとんど使われなくなったこのスマート、というのがよく似合う人だな、と思っていました。

踊りの素晴らしさを実感させてくれ、いつか目の当たりにしたいな、と思わせてくれたのは、『芸の神髄シリーズ 坂東三津五郎』というDVDです。2012年8月22日に国立劇場でなさった舞踊公演をおさめたものです。
いま、他の三津五郎さん関係商品とともに、一時的に品切れだそうで、前に手に入れておいて良かったと思っています。
長唄「楠公」なるめずらしい演目では、一人で素顔で楠木正成になって、目線で息子正行(まさつら)との別れから最後の湊川合戦の有様までを踊って他の人の姿をきちんと浮かび上がらせる。初挑戦だった由。
清元『流星』も、これまたひとりで雷とその女房、子供、隣のばあさんを角の付け替えで演じ分ける面白いもので、他にもちらりと長唄の師匠とかお医者を表すところがあるのですが、それぞれのなりきりぶり、一瞬でのキャラクター転換に見ていて興奮を覚えました。
お家芸の『喜撰』もまた、手で表現するものと目線の使い方が唄のことばを存分に具体化していて、八代目の映像をあとで比べてみましたけれど、十代目さんのほうがいいんじゃないかなあ、と思ったくらい充実の踊りっぷりでした。
『喜撰』は歌舞伎座さよなら公演で十八代目勘三郎さんと共演した映像もあって(こちらは三津五郎さんとしては「六歌仙容彩」の通し上演で扮装を変えつつ2時間踊りっぱなし)、今度それも引っ張りだして眺めたのですけれど、菊之助さんと共演している2012年のほうが(「喜撰」だけであるせいもあるのでしょうけれど)振りも目もずっと生きている気がします。

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最近、「文化ってなんなんだろうなあ」と、ふと考える事が多くなりました。でもうまく言葉になりません。
芸事に限らず、サラリーマンとしてやっている事務仕事にしても営業や工事みたいな仕事にしても、「それなしにはみんなが楽しく暮らせないんだから頑張ってやる意義がある」みたいに信じてやっているんですけれど、じゃあ、なくなったらどんな差し支えがあるのか、となると、たぶん、なくても死んでしまうほどまでに困るなんて、ほとんどのことについては、ない。
けれどたとえば音楽については、素晴らしかった指揮者のムラヴィンスキーが
「なくても困らないが、ないと寂しい」
みたいに言ったそうで、それを思い出すたび、なるほど、と思うのです。
一方で、「ないと寂しい」その寂しさは常に僕らを中毒にして、次から次へと「ああ、これはもうつまんなくなった(陳腐化した)から、別の新たなものを」と血眼にさせ、血眼になってしまうことで、楽しさはどんどん失せていく。

古典と言われるものは何でも陳腐化と絶え間なく戦わなければならず、当たった非古典も残っていく限りはやはり同じ戦いをしなければならないのですけれど、それを守れなければおしまいだ、と血眼になり、辛さが勝って楽しさが失せ、撤退する人生は、自分自身に対する敗北になるのでしょう。
「周りになんぼ負けてもかまわない、自分にだけは敗北するな」
とは、少なくとも子供たちには言っておきたいけれど・・・さて、肝心の自分自身はどうなるんだろうか。

有名人は死んでもなおゴシップを週刊誌に書き立てられてたいへんですが、三津五郎さんの亡くなりかたはどこか潔さがあって、でも体がもうダメだ、となるまで復帰も果たして精一杯にお客さんを楽しませて、なんだかうらやましいなあ。

ご子息の巳之助さんも確執を経ていまご奮闘中ですけれど、お父様を「強い人でした」と仰ってお送りになったのは素晴らしいし、これからいろんなたいへんさをしっかり乗り切っていかれることと信じております。

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