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2014年12月17日 (水)

「いま」を聴く・・・前置き

このブログを冷かしてくださる方はきっと
「なんだ、おまえんとこには大井浩明って名前ばっかり出てくるじゃねえか」
とお思いかもしれません。

それには、ささやかなわけがあります。

Btop272auto いまから6年くらい前、私はある人から
「これ、ぜひ聴いてみてください」
と1枚のCDを紹介されました。
ベートーヴェンの『月光』ソナタでしたが、自分がそれまであまり興味を持たなかった、フォルテピアノという、ピアノのご先祖様で演奏されたものでした。
どんなものか、と耳を傾けて、最初からなんだろうこれは、と首をかしげて、聴き終わってすぐ・・・私はたまたま「月光」のベートーヴェン自筆譜を複写したもの(ファクシミリ)を持っていたのですが・・・ファクシミリを開いて眺めて、また考え込んで、もういちどCDを聴きました。
それを何度か繰り返して、思わず唸りました。
こんなに楽譜のイメージにぴったりの「月光」を聴いたことがない、と、すっかり感心してしまったのです。楽譜のイメージにピッタリ、というのはどんなものなのか、は言葉にするのがなかなかむずかしいのですが、ベートーヴェンの自筆譜は興に乗ってくると勢いがついて音と音を結ぶ連桁がどんどん先のほうへ傾いていくのです。まさにそんな音がしたのです。堅実でありながらノリがとても豊かだった。このCDのでフォルテピアノを演奏していたのが、大井さんでした。

それから間もなく、ケルンの古楽畑で活躍している旧知の阿部千春嬢がたまたま大井さんと組んでモーツァルトのヴァイオリンとフォルテピアノのソナタを全曲演奏することになり、しかもこのとき大井さんはクラヴィコードによるバッハ『フーガの技法』をCDリリースしていましたから、私は大井さんはてっきり古楽畑の人だと思い込んでいました。このまた2年前に私は家内を亡くして男やもめでおりましたので、子連れでのこのことモーツァルトを聴きに出かけて、またとても満足したのでした。

大井さんが「現代音楽」でたいへんな活躍をしている人だ、と知ったのは、こんなわけで、ちょっと後になってからでした。大井さんを知った筋道としては珍しく、また間抜けだったかもしれません。

20世紀に入ってからの音楽を大井さんが演奏するのを初めて聴いたのは、2010年7月31日、渋谷の公園通りクラシックスで開いた「新ウィーン楽派ピアノ曲集成」でした。これまた子連れで出掛けたのでした。
野々村禎彦さん(現代音楽の評論を積極的になさり、柴田南雄音楽評論賞を受賞)がhttp://www.web-cri.com/review/1007_ooi-NVS_v01.htmでお書きになっている通りの内容で、私も子供たちも新鮮な驚きと感激のうちに帰宅したのが、まだ昨日のことのようです。

野々村さんが上の文章で述べていらっしゃる通り、この演奏会は大井さんにとって、ひとつの決意表明だったのでしょう。
「現代音楽演奏に自主的に取り組む若手は、多井智紀らアンサンブル・ボワ周辺の音楽家くらいしか見当たらない状況で大井が再び重い腰を上げたのは、もう若い世代に道を譲ってはいられないという義務感と、アマチュア時代の試行に決着をつけておきたいということだろう。(中略)来年度のPOCの予告では、彼が青年時代に取り組んでいた現代の古典が並べられており、この日のような踏み込んだ解釈が期待できそうだ。それに先立つ今年度のシリーズが日本人作曲家の特集になったのは、留学後も長らくヨーロッパに居を構えていた彼は、彼地の『現代音楽専門ピアニスト』たちの自国偏重ぶりを目の当たりにしてきたからだろう。日本人だけがコスモポリタンを気取っても意味はない。ただし、かつては東アジアの作曲家を広く取り上げていた彼が今回は日本人に絞ったのは、近年の国際コンクールでは韓国・人民中国のピアニストが台頭しており、もはやお節介は無用という判断なのだろう。」

このPOC(Portraits of Composers)というシリーズの深遠な趣旨も、またこのとき以前のものも、私は知りませんでした。
復活開始したシリーズは、基本的に各1回で1作曲家のピアノ作品全作品を演奏する大井さんの自主企画で、1企画でほぼ半年かけて複数の作曲家を採り上げるのです。言ってしまうと簡単ですが、演奏する方はとても大変です。
これを2010年から・・・別企画で休止した年もありましたが・・・今年まで、大井さんはこつこつ続けています。

私は子持ちやもめなので、日々あちこちで開かれる多様な演奏会に出向くことはほとんど出来ません。それでもPOCシリーズに(行けなかったことは数回ありましたが)ほぼ毎回通うことだけはなんとかできました。「新ウィーン楽派ピアノ曲集成」で受けた感銘からでしょうか、まあなんでだったのか、これは通ってみるべきだ、通ってみたい、と思えてならなかったのでした。

最初は日本の新旧前衛作曲家を特集した2010年のシリーズでした。
2011年はクセナキス、リゲティ、シュトックハウゼンら海外の前衛元祖みたいな人たちの作品を、2012年はケージを真ん中に据えて日本の実験工房の作曲家たちの作品も含めた少し前の世代の作曲家たちのものを、そして昨年のフォルテピアノによるベートーヴェンのソナタ全曲演奏を挟んで今年は2012年シリーズの次世代にあたる人たちの作品を来年2月まで採り上げています。

これに通えたおかげで、それまで現代音楽にあまり関心がなかった私は、たくさんの演奏会に通うよりも多様な音色彩・音造形を味わうことが出来ましたし、価値観もずいぶん変わりました。とはいえ野々村さんのきちんとした穿ちに結びつくような、高度なことは、いまだにまったくわかりません。ただ
「なんだかとっても面白いじゃないか」
という単純な興奮が毎回あるだけです。
それでもこの単純な興奮に、自分自身で驚いています。音楽を好きになったばかりの頃の素朴な興奮といまのこの興奮が、なんだかとっても似ているからです。

以上の経緯や興奮があるので、おのずと大井さんの名前がいっぱい出てくることになりました。

が、こうやって私がずいぶん好きにならせてもらった「現代音楽」、世間の、とくにクラシック音楽好きな人たちからは、思いがけず冷遇されているようです。現代の音楽ですから歴史的位置付けなんか持たないのはまだいいとしても、手軽に読める音楽史の本の中で切って捨てるような扱いをされているのを目にすると、なんだかガッカリしてしまいます。

音楽専門の高校で副読本ともなっていた(4年くらい前のことで、いまは分かりませんが、いい本なのでいまも使われているかな)岡田暁生著『西洋音楽史』からと、近年クラシック音楽関係や歌舞伎関係で読みやすい網羅本を次々出している中川右介さんの記述をひっぱってみます。

「私がここで問題にしたいのは、いわゆる前衛音楽における公衆の不在である。・・・20世紀後半においては、(略)パトロンを喪失した芸術音楽は、一種のアングラ音楽へと尖鋭化【先鋭化を修正してみました】していったのではないか?」(岡田氏)

「現代音楽とは、それまでの音楽を否定し、『これが現代の音楽だ』と主張するものだった。実験的なものも多いし、電気【!】楽器を導入するなど、新しい試みもあった。しかし所詮は実験である。一部のマニアには受けたが、大衆性はまったくなかった。作曲家はコンサートやレコードからの印税収入は期待できないので、奇特なスポンサーでもいなければ、やっていけず、結局は廃れた。経済的な理由もあったが、奇抜なことばかり追い求めていかなければならないので、芸術的にも行き詰まったのである。こうして、『現代音楽はもう古い』ということになった。」(中川右介『クラシック音楽の歴史』七つ森書館2013年。なお、続く記述に「現代音楽の始まりは、前述【中川氏自身の記述】のように第二次世界大戦後とされる。」とありますが、私はド素人ながら、中川さんはたとえばロシア・アバンギャルドなんかご存じないのだろうか、もしご存じならどうとらえていらっしゃるのだろうか、と、首をかしげたのでした。・・・まあ余談です。)

さてしかし、こんなものなのでしょうか?

POCシリーズを聴きに出掛けて私自身が痛切に感じたのは、聴く私の「いま」を聴く熱意と関心のなさが「現代音楽」を私から遠ざけていたのではないか、ということです。
むずかしい、とっつきにくい、意味わかんない・・・そんな思い込み。

実際に物量作戦で聴いてみると、「いま」の音楽作りは響きや色の求め方、扱いかたが多様で、ああそうなのか、を目の当たりにすると、理屈が分からなくても、感覚でかなり愉快に聴くことができます。

私はいまだに理屈はこれっぽっちも分かりません。それでもなお、古典でもたいへんすばらしい演奏をする大井さんが「現代音楽」でまた充実の演奏をし、わけもわからない私のような者がそれに唸らされて、現に「面白い!」と興奮し続けているのです。

このブログを野次馬するかたくらいにはせめて、その興奮をもうちょっと噛み砕いたところを見ていただいて、
「またあいつバカなこと言ってるよ!」
と笑いながら関心を広げてもらえたらいいんじゃないかな、と、思うようになりました。

とはいえ、とくに中川さんが仰っているような外野目線の「現代音楽」、野々村さんがきちんと正面からとらえていらっしゃる、なお生きているそれ、を、ど素人の私が知ったかぶりで述べるなんて、とんでもないことです。
しょっぱなからマトモがいい人は、野々村さんの示して下さっている素敵なディスコグラフィーがありますから、そちらでまっとうな入門をなさるべきでしょう。

http://www2.big.or.jp/~erd4/suisou/mm/gendai/index.html

私は、自分が「いま」にちゃんと耳を傾けてこなかった反省がありますので、現代「の」音楽(ただし主にポップス系ではないもの)を初心で聴きなおすことから始め、読んで下さる方といっしょに楽しみたいと思っています。
おまえは「いま」を聴くのだ、とわが身に言い聞かせつつ、とっつきやすいものから順次、のんきに聴いて感想を言って、読んで下さる方との雑談の種にしよう、と、その程度の考えしか、私は持っていないのです。


※大井さんの名を世間に知らしめたクセナキス「シナファイ」の演奏については、それなりに話がすすめられるようだったら、あらためてご紹介しますね。

ベートーヴェンの「エロイカ」をフォルテピアノで弾いた映像(後半)
2009年8月・9月 NHKのBS1およびBS2にて放映されたものから

http://youtu.be/c1nnAuO7oog

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コメント

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http://www2.big.or.jp/~erd4/suisou/mm/gendai/index.html
1996-97年に作ったので、情報としてはものすごく古いです。
wikipediaもない時代に頑張ったなあ、と思い出深いですが。

投稿: nono_y | 2014年12月28日 (日) 12時18分

nono_yさま、了解致しました。
さっそく変更しました!
ほんとうにこれはとてもありがたいガイドだと思っております。
これからも活用して勉強させて頂きます!

投稿: ken | 2014年12月28日 (日) 13時17分

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