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2014年9月 4日 (木)

3月19日:ベーム/ウィーン・フィル1975年(録画・録音を通して)

3月16日3月17日


975年のカール・ベーム/ウィーンフィル来日公演は、3月16日のベートーヴェン、3月17日のストラヴィンスキーとブラームスから一日置いて、3月19日、シューベルト中心のプログラムで公演しました。(*1)

3月19日:NHKホール
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
シューベルト/交響曲第8番「グレイト」
ワーグナー/ニュルンベルクのマイスタージンガー、第一幕への前奏曲(アンコール)

アンコールを含む三曲とも、昨2013年2月発売のCDでも良い音で聴くことが出来ます。ありがたいことです。DVDには「グレイト」は収録されていません。


【未完成】

http://youtu.be/jiz2U4QShLo

ベームの指揮というと、私たちは75年来日のとき以降の老いたぴょこぴょこ姿しか思い浮かばないのですけれど、それからほんの10年前、1965年にザルツブルク音楽祭で収録されたリヒャルト・シュトラウス『ナクソス島のアリアドネ』の映像からは、前奏部のあいだの短い場面ではありますけれど、あの入り組んだ音楽から各パートを素晴らしく的確に導きだしているさまが見えて来て、ちょっと驚きます。指揮姿がまったく見えない劇中も、これまた歌手や俳優(ご存じのように『ナクソス島のアリアドネ』には歌わない俳優さんが登場します)とオーケストラのタイミングにまったくといっていいほどズレが起こらず、ベームの指揮が融通無碍であったことを思い知らされ、舌を巻きます。

『未完成』の映像での棒には、あまりそうした機敏さは見られません。
しかし、遅いテンポをとりながらオーケストラがまったくとどこおりを生じないあたりは、映像に写る程度の手先の動きでは分かり切れないものがある気がします。
絶対に奇妙なデコボコを許さない『未完成』で、大振りをしたくなるような箇所(展開部のトロンボーンが出るところなど)でも決して身ぶりを荒げず、この年のブラームスの終楽章や77年のベートーヴェン第5で見せたような顔の表情の揺れ・・・ベームにはもともとこれが少ないのですが・・・を絶対に見せないところ、ベームがシューベルトの音楽をどう作り上げたかったかをよく物語っているのでしょう。

とかく老いてテンポが遅くなったと取沙汰される1975年頃のベームですが、「未完成」ではどうだったのでしょう?

来日公演での第1楽章の演奏時間はCDによれば12分48秒。1940年のウィーンフィルとのスタジオ録音では12分13秒でしたから、若い時よりはたしかにだいぶ遅くなってるかのようです。
しかしながら、ちょっと他の「すてきな『未完成』の演奏」と第1楽章の演奏時間を比べてみますと、次のような感じです。
フルトヴェングラーの1953年ベルリン・フィルとの、不思議な緩急のある演奏では、やたらと遅いところもあるものの、やたらと速いところもあるので、11分34秒。(*3)
カラヤンの1955年のフィルハーモニア管との録音では11分14秒。(*4)
クレンペラーがフィルハーモニア管と1963年に録音したものは呈示部が繰り返されるので実質10分23秒。(*5)
ムラヴィンスキー/レニングラードフィル1978年のライヴ録音も呈示部が繰り返されているので実質11分21秒。(*6)
リッカルド・ムーティがウィーンフィル設立150周年のとき指揮した演奏では実質11分18秒。(*7)
遅いテンポをとる代表的存在のクレンペラーのフィルハーモニア管とやっているものが快速なのは愉快ですが、呈示部の繰り返しなしで11分20秒前後が標準と思われます。
すると、ベームは『未完成』第1楽章に関しては、すでに46歳の頃、群を抜いて遅いテンポで指揮していたことが分かります。
ちなみに、やはり最晩年の来日で深い感銘をあたえてくれたギュンター・ヴァントの、北ドイツ放送響と2000年に聴かせてくれたものは、実質12分18秒。1975年のベームはそれよりもっと遅いテンポをとっていたのでした。
いずれにしても、『未完成』に関するかぎり、ベームのテンポの遅さは老いによるものではなくて、ベーム自身の中に若いときから根ざしていた感覚によったものだと捉えてよさそうです。
ちなみに、この来日の時の第1楽章12分48秒、第2楽章12分11秒という演奏時間は、1977年のウィーン・フィルとのライヴ録音での12分55秒、12分09秒とほぼ同等です。

映像でまた驚かされるのは、第1楽章第2主題の、チェロ、次いでヴァイオリンが主題を歌いおさめる時のボウイングの息の長さです。最後はほぼとまったように見えながら、音はふくよかに出続けている。再現部でそのもの凄さがよりはっきり目に出来ます。これは弦楽器だけで達成出来ることではなく、幅のある響きを出しながらも、管楽器打楽器がオーケストラとしてのバランスに常に細心の注意を払っているからこそ、どんな弱音になっても音がのびのびと広がって聞こえるのです(と、断言してしまった!)。展開部に向けてのクレッシェンドの際の弦楽器の弓のスピードの粘っこいとり方、フォルテとピアノの交錯を作って行くときの管楽器の息の密度の作り方(ピアノでは薄く、フォルテでは無駄のないように太く)、そういったことからもたらされる、作為を感じさせない自然な音楽の緩急は、いまでもなかなか得難いように思います。

第2楽章も第1楽章とほとんど変わらないテンポで、音楽としての違いは音の色に語らせる趣です。たしかに曲の表情が明るく伸びやかになったというだけで、テンポにかかわらず、この楽章は明確に第1楽章と違ったキャラクターになっています。だんだんにAllegro moderatoの第1楽章よりむしろ速くなっている気がしますが、雰囲気はAndante con motoを保っているのですから、速度記号っ意味があるんだろうか、と思いたくもなりますが、メトロノーム的にでなく体感的に「これでいいのだ」というのが結論でしょう。
終結部の第1ヴァイオリンだけになるところのボウイングが6小節1ダウンボウと、これまた見事なもので、「良ひ子はマネをしないでね」的です。技術の高さはもちろんなわけですが、何よりも音楽がその前で充分にピアニシモになっているんですね。
ちなみにヴァント/北ドイツ放送響のこれまた素晴らしい演奏では、同じ箇所は3小節アップボウ、続く3小節ダウンボウです。ヴァントの指揮がリズミカルで、要求される音の質が違うからだと思います。・・・聴衆はこのときのほうがずっと良質で、残響が終わってヴァントが静かに棒をおろすまで拍手は出ませんし、こらえて拍手しないんだ、という変な緊迫感もなく、終わった時の清酒区間が爽やかなんですけれど・・・これは余談です。日本人は晩年のベームにもヴァントにも接することが出来て、それが直接出来た人はたとえ一握りであっても、放送や映像ソフトでまたたくさんの人が「これを日本でやってくれたんだ!」との感慨に耽りながら味わえるのですから、幸せですね。
カラヤン/ウィーン・フィル59年来日公演も『未完成』をとりあげていてDVDで見られますが、残念ながら第1楽章再現部途中(第2主題の後半)から第2楽章全部が静止画像です。第1楽章第2主題部でテンポをかなり落とすやりかたで、時々映るカラヤンの指揮も若くて振りの大きな(ときどきキザな)ものですが、しかしながら棒に表情の荒くなるところはなく、シューベルトの音楽に対する基本的な取り組み方はベームとそんなに異なっていないように思います(映像にあまりたくさん登場しないので分かり切れないのですが、映る瞬間を見ていると、これで間違いない気がします)。ウィーン・フィルのボウイングのとり方は、やはり息の長さを基本としながらも、75年来日のものよりも一般常識的であるように見えます。演奏時間は第1楽章11分13秒、第2楽章11分50秒ほどです。


【グレート】http://tower.jp/item/3192315/
Zap2_g6136559w 『グレート』は映像で見られません。
ウィーン交響楽団と1966年に行ったリハーサルと本番の映像がDVDで出ていますから、指揮姿はそこから想像するしかありません。そのリハーサルの映像で出している注文がそのまま引きつがれているところも少なくないので、ずいぶん参考になります。端的なのは第2楽章で「この楽章はそんなに遅くなく!」と言っている点で、これは75年のウィーン・フィルとの日本での演奏でも同じです。
ただ、第1楽章の、主部に入ってからのテンポは格段に遅くなっています。ここはどんな考え方の変化からかは、詳しく録音の変化をたどらなければ分かりません。・・・果たして、老齢でテンポが遅くなったのでしょうか?

ちょっと過去の録音と演奏時間を比べてみましょう。
ウィーン交響楽団との演奏(1966年、左)と75年来日時の演奏時間(右)は、
第1楽章:13分36秒  14分58秒
第2楽章:13分22秒  14分32秒
第3楽章:10分05秒  12分11秒
第4楽章:10分56秒  12分06秒(拍手部分を除く)
と、だいぶ開きがあります。

ベームが1963年にベルリン・フィルと行った録音では、これが
第1楽章:13分57秒
第2楽章:13分31秒
第3楽章:11分00秒
第4楽章:11分35秒
ですから、ウィーン交響楽団とのものよりはちょっとゆっくり目ですが、やはり来日の10年前くらいはウィーンフィルとの来日時よりはテンポが速かったことがうかがわれます。

ところが、実は4年後の1979年にドレスデンシュターツカペレと行った最晩年の録音(フルでは聴いていません)が、63年のベルリン・フィルのときと演奏時間がほとんどいっしょ(違う楽章でも1秒だけの差)なのですから、不思議です(Amazonの試聴で確認すると第4楽章が本当に速い!)。「グレート」に関しては、そんなわけで、老齢で遅くなったとは断言出来ないことになります。

たとえば第1楽章の序奏部は、1963年ベルリン・フィル、1966年ウィーン交響楽団との演奏より遅いという感じはありません。主部のAllegro ma non troppoに向けてのアチェルランドが、演奏時間の短いウィーン交響楽団との演奏でははっきりと急になっていますが、先立つベルリン・フィルとの演奏は75年来日の演奏とそんなに差を感じません。ベルリン・フィルとの演奏は主部に入った途中でのテンポアップが急になっていますので、その分演奏時間が短縮されたのでしょう。
すると、録画録音の場の状況が演奏時間に影響したのかなあ、との推測も捨てがたい気がして来ます。

1.75年来日では先に振った『未完成』で疲れて速く振れなかった
  ・・・この下衆な推測は、『未完成』もゆっくりだったので、成立しないと思います。

2.66年ウィーン響は録画なので張り切って速くなっちゃった。63年や79年の録音でのテンポがベームお爺さんには標準だった.来日の時は前2日があまりに好評で、「うむ、これは良い音でたっぷり聴かせなければならない」と心に期すところがあって、テンポが遅くなった。
  ・・・そんなことがあるんだろうか?

3.造型は変えないが、全体のテンポはオーケストラの性質によって変えたいと考えていた。
  ・・・のだったら、凄いことなんですが。

ただ、演奏時間の長短にかかわらず、各楽章の造型そのものは少なくとも私の聴いた3つの演奏録音では一貫しています。

さて、演奏の中身そのものを聴きたいと思いますが、63年ベルリン・フィルとの録音が参考になります。ウィーン響とのものは第1楽章の序奏部を除いて全般に「速い」のですが、63年ベルリン・フィルとのときのディテイルはそのまま75年来日の演奏に引きつがれていると感じるからです。ただし、キーとなる部分は66年のリハーサル映像でベームがオーケストラにたいしくまなく要求していますので、来日時の演奏をマニアックに(!)楽しむには63年録音、66年映像とも手にしておくのが良いでしょう。
音の美しさで言うと、しかし75年来日時の演奏がいちばんだ、と私は信じます。
ベルリン・フィルとの録音では冒頭のホルンの音を細かく分け過ぎているところからして首をひねりますし、第1楽章についてだけですが、管のピッチが弦より高くズレています。ウィーン交響楽団とのものは映像ですので手軽とは言い難いところがあります。さらに、両演奏とも来日時のものより音が硬めです。

「グレートなんてつまらん曲だよ」
と普段言い放っている人には、少なくとも1975年来日時の録音の、新しくいい音質で出た1枚は、是非聴いてもらいたいものです。

75年来日公演の演奏。
第1楽章の冒頭のホルンがこれだけゆったり響くのは他の人の演奏でも聴いたことがありません。続く部分、チェロの奏でる旋律が艶っぽいので引き込まれます。オーボエの音の真っ直ぐなのもこの頃のウィーン・フィルの大きな特徴で、太くてヴィブラートのかかるオーボエよりもずっと「グレート」に似合います。主部に向けてアチェルランドはあるにはあるのですが、主部にたどり着いても序奏とそんなにテンポが変わりません。これがかえって造型のバランスに安定感を生んでいます。第2主題部からコデッタに向かっての柔らかな響きは、緊張が高まるこの部分を「おっとり」したキャラクターに変えてしまっていますが、このほうが歌を聴くようで心地良く思います。そのムードを展開部の入口まで引きずって、最も重い響きである楽章の中点にしっかり重心が置かれていますが、これは計算でやったものではない気がします。理屈が勝つ、というのとこんなに対極にある、しかも無作為の第1楽章は、他では聴いたことがありません。
・・・じつはトロンボーンが(固定ドでいうと)ミ|ラーシドーのテーマを吹くところ、実際にトロンボーンだけかくっとテンポが落ちやすいのです。それでウィーン響とのリハの映像でベームがダメ出しをしたりしています。ところが75年来日の時のテンポで演奏すると、さすがにトロンボーンだけが遅くなる事故は起きようがなくなります。そのために全体のテンポ設定をしたわけではあるはずがないですえけれど、結果的に理にかなっているのがちょっと愉快です。

第2楽章は、第1楽章がかなりゆったりした後では速めに感じますけれど、これがベームの意図通り(というか彼のスコアの読み通り)であるのは前述の通りです。たっぷり歌いながらも自制が効いていて、聴き手はのめりこみますが奏者は冷静だろうなあ、と穿ちたくなります。こういうところ、チェリビダッケの演出よりも私はベームの方が好きです。後半の入口の、切羽詰まった短調の強奏への音楽の運びが、事前の無用な緊張を生まずなだらかに達成されて、以降、力が抜けてテンポもずっと軽やかになる面白い効果を生むことには、演奏技術のこうした熟練がよく活きているのではないかと思います。ヴァイオリンが主題に対し打つ合の手は、一ヶ所だけちょっとしたミスが聴き取れたりするものの、「こう聴きたい・弾きたいよな」と思うツボにこれ以上ぴったりハマっている例を、これまた他に知りません。ふとしたテンポの緩め方なども自然とメロディが求めるものに沿っています。

第3楽章の暢気さがまた、別の時の録音と比べても際立っています。木管群の音質が柔らかく、また艶消しがちょっとかかっているために、いっそう暢気な味わいが強まります。とはいえこの木管の音色はマーラーに繋がって行くものを感じさせます。そんな感触をグレートで抱くのも、この演奏だからこそではないかと思っています。この楽章はそうでなくてもレントラーっぽいと言われるのですけれど、75年来日時のベーム/ウィーン・フィルの演奏が、いちばんレントラーに近い演奏かも知れません。・・・この響きを聴いていて、じつはふと思い出すのは、ウェーベルンが残したシューベルトのドイツ舞曲の録音の音色なんです(ブーレーズの最初の『ウェーベルン全集』をCD化したものに、おまけで入っていました)。あちらはモノラルでしか聴けないのですが、印象として大変よく似ています。

第4楽章はベルリン・フィルとの録音より30秒弱だけ長いくらいですから、先立つ三楽章に比べるとかなり速く感じます。でもたぶん結果的にちょうどいいテンポになったのでしょう、たしかに30秒長いだけあって、速いんだけどせっかちじゃない、聴いていて後ろからあおりたてれれることのない演奏になっています。
全般がゆったりすると「ゆるんだ」ためにつまらなくなるのが普通かと思いますが、この演奏に関するかぎり、「ゆるんだ」感じがシューベルトの音楽によく馴染んでいて、なんだかいいなあ、と、ほっこりしてしまうのであります。しかも、締めの第4楽章は中間あたりから徐々に緊迫感が増して行って(ブラームスの第1の終楽章で起こった同じことが「グレート」でも起こっています)、それまでのんびり聴いていたのに、思わず身を起こしてしまうような、なんともいえない凄みがあって、それが録音という記録から時間を超えて伝わって来る不思議さに、ちょっと震えをおぼえたりします。
ライヴならでは、だったのかも知れません。
それゆえ、この録音はひとつの楽章だけ切り離して聴いては本当の面白さには触れ切れないようにも感じます。
・・・いや、どの楽章ひとつでも、切り離して聴いたって、「やっぱりこんな豊かな響きはないよな」とは思えるのだから、あんまりそう決めつけてはいけないかも知れません。

【アンコール】
『ニュルンベルクのマイスタージンガー』前奏曲のベームは、ピョンピョン、です。アンコールとは思えない本気度です。百歳まで生きそうです。(笑)
弦楽器は『未完成』とはうってかわって、全体に速めの幅広い弓で弾いています。ヴァーグナーの方が粘っこいんじゃないの、という先入観は捨てた方が良くて、こちらは節回しを入り組ませることで粘っこさを際立たせているので、弓をラクにとって、ヒダのある節をくっきり聴かせることに腐心をするのが正解ということかと思います(まあ『トリスタン』だったら明らかにそうではありませんけれど)。『マイスタージンガー』の曲のキャラクターも原因だと思うのですが、管楽器にも『未完成』ほどに場面場面で息の質や量を吹き分ける発想はありません。バカ鳴らしせず、常に太く保って、その中で強弱を吹き分ける、くらいのことをしているようです。

うーん、こうやってじっくり見聴きしていると、あらためて勉強になります。・・・たかだか一アマチュアですけれど!


*1:毎度の如くこちらから転載させていただきました。ありがとうございます。 http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page142.html

*2:https://www.youtube.com/watch?v=N3ccV79xubA
*3:https://www.youtube.com/watch?v=EuN1xnv7Ogg
*4:https://www.youtube.com/watch?v=_X9UEYDeTE0
*5:https://www.youtube.com/watch?v=1T2llE_6cc0
*6:https://www.youtube.com/watch?v=N1XEzTzsifE
*7:https://www.youtube.com/watch?v=PDl7MAs96Zk

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