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2014年8月15日 (金)

カール・ベームのリハーサル風景と人となり

いまはどうなのか、すっかり縁遠くなったので分かりませんが、私たちの世代(35年くらい前の大学生)の大学オーケストラは、世間で有名だったり売れだした指揮者さんを招いて指導を乞うのではありましたが、初めて招いたときには単純に指導を乞うというのではなくて、生意気にも指揮者さんを試すためにいろんな意地悪をするのでした。振られているタクトよりわざと重くどっしり音を出してみたり、テンポを速くしたり、と、いろんなことをしました。
それを思い出させてくれるような解説文が、1966年頃のカール・ベームのリハーサルと本番をDVD化したものにありました。
肝心のそうした団員側の様子を述べた部分は以下の引用では省きましたので、ぜひ元のリーフレットでお読み頂ければとお思います。
引用した箇所は、反対に指揮者側が団員に対してした意地悪について述べたもので、ベームの面目躍如です。

このDVDでのベートーヴェンの交響曲第7番のリハーサルが、手に入るリハーサル風景映像としてはカール・ベームの特質を最もはっきり見せて・聴かせてくれるものになっているのですが、いまは中古でしか手に入らないのかな。
盆休みで久しぶりにじっくりと見て、いろいろと考えさせられているところです。

Bhomdvdベームのころの価値観が是か非か、がふらつき始めたのはちょうど私たちの世代の頃で、私は「こんな人試しみたいなことが横行するのは非人道的だ」と思った甘い方の考えに組していたかと思いますので、こんにちの緊張のないアマチュアオーケストラ環境をもたらした犯人のひとりであることを懺悔しなければなりません。私一個なんぞ胡麻粒のような存在にしか過ぎないにしても、粒だって集まれば真っ黒けになりますしね。なにごとも、戦犯は胡麻粒から醸成されるのです!

名人ぞろいのオーケストラのリハーサルは、ただのんべんだらりんと見てもさっぱりピンと来ないことが多いのです。中で指揮者が楽員に向けて指摘している部分や指摘の言葉があまりに「ごく普通」で、その言葉だけ聞いても指摘の重要性が何も分かりません。
それでもたとえば南西ドイツ放送交響楽団(当時。現WDRでしたっけ?)がシリーズで収録したフィレンツェ・フリッチャイやカルロス・クライバーとのリハーサル映像では、指揮者たちが比喩を用いたりしているために、「この音楽をこう表現したい」と指揮者が考えている様子はまだクッキリ浮かび上がります。カラヤンやチェリビダッケの、いくつかのリハーサル映像もまた然りです。

カール・ベームは、ところが、リハーサルでまったく比喩を用いません。
全然ユーモアがないわけではなくて、1975年来日の時のベートーヴェンの第4交響曲のリハーサルの冒頭部では、なかなかうまく始められない団員に向かって小声で
「始まる前に私が4拍子で踊って見せようか? 別に構わんよ。睡眠が足りてないんじゃない?」
と言ってみたり、
「(弱音で長い音を厳しくピンとならさなければならないなんて)こんなひどい始まり方はないよなぁ。ワグナーの「マイスタージンガー」の始まり方の方がずっと楽だ」
とボソボソ言ったりしています。
が、はなから収録前提で映された66年のベートーヴェン第7のリハ映像では、そんな面はいっさい見せません。
その入り方は遅すぎるとか、クレッシェンドが早すぎるとか、そんなことばかりです。
しかも、そうしたタイミングが本当に遅かったりクレッシェンドがやり過ぎだったりするのか、とは、ぼけっと聴いていると全く気がつかないくらい微妙な場合が多いのです。巻き戻しして見直したり聴き直したりしなければ分かりません。
もし映像をご覧になるのでしたら、ぜひそのように映像をちょっと戻してご覧になって下さい。音が出た瞬間にベームがもう先の流れまで読んでしまって適切に指摘をしているのがハッキリ分かって舌をまくに違いありません。私など外国語はほとんど聴き取れませんので、ベームのドイツ語も簡単な語彙のところしか直接には分からないのですが、日本語字幕は練習の流れからすると明らかに意味が違っていたりするところが少なからずありますから、映像はそこには気をつけて視聴しなければなりません。

まだ手に入りやすい75年来日時のウィーン・フィルとのリハーサル映像は事前確認的な練習であるためか指摘箇所がほとんどないためベームの表情から可不可を読み取るしかなく、80年来日時のリハーサル映像ではベームが老いていて(翌年逝去)、指摘はあいかわらずの鋭さを見せながらもオーケストラの方がベームの衰えた棒にあまりにも適切に反応しているために往年の切れの良さを見ることが出来ません。
まだ元気いっぱいのときにウィーン・フィルと残した「ドン・ファン」のリハーサル映像がYouTubeに上がっているので、末尾にその映像を埋め込んでおきます。もしご覧になって下さる方がオーケストラの団員さんでしたら、どうぞご参考になさって下さい。


カール・ベームについての解説(平林直哉氏)の抜粋

DREAMLIFEのDVD(ウィーン交響楽団とのベートーヴェン第7のリハーサルと本番、ピアノ協奏曲第4番、シューベルトのグレート、モーツァルト33番および39番)の解説

http://www.amazon.co.jp/dp/B0001XOUL6/

カール・ベームというと、私たち日本人は1970年代から1980年代初頭くらいまでの、それこそ日本列島を縦断した“ベーム狂騒曲“を思い出さないではいられない。ベームが舞台に登場すると、それこそ割れんばかりの拍手。演奏中は水を打ったように静まり返って耳を傾ける聴衆。終演後はさらに凄い。舞台には怒濤のように人が押し寄せ、ほとんど満員電車のすし詰め状態である。そこからベームと握手しようとして差し出される手、手、手。その要求に、もう嬉しくてしょうがないといって、顏をクシャクシャにするベーム。ロックのコンサートでさえも、このような盛り上がりがあっただろうか、と思われるほどだった。
(略・・・1975年来日時の映像や録音をめぐってはまた別途)
当時、テレビのブラウン管を通して見るベームの姿は、確かに、いかにも人のよさそうな感じだった。しかし、実際のベームは全くそうではなかった。数ある指揮者の中でも、ベームは最も口うるさく、時には周囲の人々が耳をふさぎたくなるほど非人間的な言葉を吐いた。ベーム自身、「怒鳴り散らすのは私の趣味」と言っていたほどで、リハーサルの最中は絶えずガミガミと言い、リハーサル会場で怒りが収まらない時は、自宅の庭に出て大声を出した。しかし、いったん指揮台をおりると、普通の穏やかな人格になりきるのだが、その変貌ぶりがあまりにも激しいので、誰ともなくベームのことを「ジキルとハイド的」と呼んだ。そのジキルとハイド的指揮者ベームは、相手が誰であろうと怒りを爆発させた、ある日、彼はウィーン・フィルに向かって「お前らのような下手くそを二度と振るものか!」と怒鳴ったが、おそらくベームはウィーン・フィルに向かって「下手くそ」と言い放った最後の指揮者ではあるまいか。
(略)
ベームはまた、新人いじめが趣味でもあった、オーケストラに新入りがいると、それをめざとく見つけ、ちゃんと座っているか、自分が吹かない、あるいは弾かない時は楽器を正しい場所に置いているかなどをチェックした。リハーサルの時から緊張している新入りに対しても、やさしい言葉をかけることなどはなかった。逆にその新入りの方を向いて、「本番が楽しみだな」と、プレッシャーを与えていた。これだけ厳しく、そしてある意味では意地悪と思える指揮者が一流にとどまることが出来たのは、音楽が素晴らしかったからにほかならない。それは多くの楽団員や歌手たちが証言している通りである。
(略)
最近では、「楽団員と話し合って音楽を作る」というような指揮者が増えている。その一方で世界的にはスター指揮者が激減している。
(略)
ベームの意地悪も、一人前になるために、あるいは本当の意味で仲間になれるために越えなければならないハードルと言えよう。実際、ベームが口にするようなハードルを越えることが出来れば、多少のことではびくともしない精神が培われたに違いない。


http://youtu.be/SKqPrtLLHLQ

ベートーヴェン第7交響曲リハーサル映像の一部
https://www.youtube.com/watch?v=HDUK5WdNm-8
https://www.youtube.com/watch?v=dMrL2sqUiko

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