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2014年8月19日 (火)

3月16日:ベーム/ウィーン・フィル1975年(録画・録音を通して)

(前置き)
ベーム/ウィーン・フィルに限らず、日本に来た海外の優れた指揮者、オーケストラについては、たいへん素晴らしく整理なさっていてご感想等も「いいなぁ!」と感じさせていただける良心的なサイトが見つかりました。

「海外オーケストラ来日公演記録抄」
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/index.html

快くお許しを下さいましたので、これから数回の記事はベーム/ウィーン・フィルの1975年来日時のプログラムを中心に、こちらのサイトから適宜引用や転載をさせていただいてまいります。
以下、引用等させて頂いた箇所は「*(数字)」で示し、末尾にURLを載せることとします。

なによりも、ぜひ、「海外オーケストラ来日公演記録抄」サイトそのものをご覧になって下さい。
来日オーケストラ公演一覧からのリンクでその充実した内容をご覧になれば、必ず目を見張ることでしょう。
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page137.html
また、今回と直接関係しませんが、ムラヴィンスキーについては豊かな特設コーナーを設けていらっしゃいます。
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page304.html


 レコード会社にきいてみたら「ベームは相当前から忘れられたも同然で、評判が依然高いのは日本くらいなので」と言いながら「あの人は長生きしすぎたのでしょうね。日本人は老人志向、老大家となると特別の愛着を持つけれど」と、ベーム好きの私には皮肉とも聞こえる返事が返ってきた。
 確かに晩年の彼のテンポは過度に遅かった。だが、ベームがきかれなくなったのは、そのためだけではあるまい。何か確固たる理由があるはずだと考えていたのだが、今はっきりした。ベームの晩年とモーツァルトの演奏様式の深刻な変化とが重なり、そこにギャップが生じたためである。
 ではベームとは何だったのか。
(吉田秀和『世界の名指揮者』ちくま文庫379頁、1995年の文章)


1975年のウィーン・フィル公演は3月16日NHKホールでの演奏会が初日で、このときのプログラムは次の通りでした。(*1)

君が代(日本国歌)
Land der Berge, Land am Strome (オーストリア国歌)
ベートーヴェン/交響曲第4番
ベートーヴェン/交響曲第7番
JシュトラウスⅡ/美しく青きドナウ(アンコール)

ベーム指揮のCDは、生前もてはやされたのが嘘のように、大型店でも店頭ではあまり見かけなくなってしまっています。
が、幸いにして、この初日公演についてはすべて、現在でも新品の商品で耳にすることが出来ます。

交響曲第7番とアンコールの「美しく青きドナウ」は「NHK CLASSICAL カール・ベーム ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1975年来日公演」の2枚組DVDの最初に収録されていて(リンクしたタワレコのページでは「お取り寄せ」となっていますが、新宿店店頭には現品がありましたし、Amazaonには新品在庫があったと思います)映像で見ることが出来、音声もFM放送用に録音されたものを使っています。
Zap2_g6136575w 「君が代」・「オーストリア国歌」・「交響曲第4番」および映像にもある「青きドナウ」はHMCDというのだそうで、とてもきれいな高音質ですので、私なぞ聴いたとたんにビックリ仰天してしまいました(グラモフォンレーベル、NHKサービスセンター発行 UCCG-4485)。これが1975年の演奏を記録したものだとは、にわかには信じられませんでした。

このときの「君が代」演奏については、「海外オーケストラ来日公演記録抄」に次の記述があります。
「ところでこの君が代が演奏されるとき、その最初の練習でベームがこの曲をかつて聴いたことがないほど遅く演奏したため、あわてて関係者が標準的なテンポを教えたということがあったようですが、かつてミュンシュがやはり同じようなことをしていという話を後に聞き、年齢も近く、しかも戦前同じドイツのザクセンで音楽を学び演奏していた二人が、君が代に同じような感覚を持っていたことにじつに興味深く感じたものでした。」(*2)
このころは海外オーケストラが来日すると、初日公演では必ずそのオーケストラの国の国歌と「君が代」が演奏されていたかと思います(地方の中学生だった私には直接の経験がないものの、ラジオではそんな例を頻繁に耳にしたような記憶があります)。この日の「君が代」は、高音質CDで聴くと、他では味わったことのないような滑らかさに、じつに感心させられます。オーストリア国歌の印象も同じです。・・・この2つについてはこれ以上は述べません。

それからベートーヴェンの交響曲が2曲続いたのですね。ベーム/ウィーン・フィルは77年、80年の来日でもベートーヴェンの交響曲が主な演目となり、モーツァルトやリヒャルト・シュトラウスは名作ではあっても規模の小さめな作品のみで(80年には『フィガロの結婚』と『ナクソス島のアリアドネ』全曲を国立歌劇場メンバーで聴かせてくれたそうではあったものの)、ブルックナーはとうとう日本ではやらなかったのでした。もっとも、ベームにはブルックナー指揮者のイメージはありません。自伝『回想のロンド』では自信がある旨をしきりに述べているのですけれど。

しかしながら、いい音質のCDが出たおかげで、75年のベートーヴェン第4がいかに得難い音響だったかを追体験できるのは喜ばしいかぎりです。
惜しいかな、全体に1番ファゴットが後の楽章に行くほど音程がずり上がって行き、終楽章のソロではろれつが回り切っていなかったりします。話はズレますが、ファゴットは音程が上がりやすい楽器なのか、ネヴィル・マリナーが録音したモーツァルトの後期交響曲ではいつもピッチがかなり高くて、聴いてとてもガッカリしたものでした。
そこはさすがウィーン・フィルというべきでしょう、終楽章のソロ部は幸いなことにほんの一瞬で通り過ぎてしまいますし、まわりのアンサンブルでファゴットの上がって行くピッチをさりげなくカヴァーしているため、さらっと聴いている分には、そんなに溶け合わない感じがありません。生で聴いた人たちがどの程度敏感になっていたか、の情報も、とくにありません。
第2楽章で盛り上がった後に5分18秒から第1ヴァイオリンが歌い込むところでは、逆に弦楽器の音程が下がってしまうので、ここは直後のファゴットの高い音程がやや露骨になります。ところが引き継ぐクラリネット(どなただったのでしょう?)が好フォローで、ファゴットから音程を高いままで受けて、短調の響きなのをうまく利用してまた中庸なところへ戻している。舌を巻きます。・・・こういう音程のコミュニケーションは、演奏者はよく知っておくべきことだと思います。
初日最初の演目だったせいでしょうか、とくに第2楽章以降は音程の不安定さのつきまとう演奏ではあるのですが、それでもこんな柔らかく美しい第4は日本人ははじめて聴いたんじゃなかろうか、という気がします。この後の一連の演奏の中で、テンポもいちばん万人向け標準的なので、ナマでなくこうして録音で聴いていても「おや?」というところがありません。

第7の方についてはウィーン交響楽団とのリハーサル風景が映像に残されていることを、すぐ前に綴りました(http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-8423.html)。そのリハーサルでの注意事項は、もっぱらアンサンブル相互の出入りタイミングを精緻に揃えること、しかしながら主役脇役が誰かにも細心の注意を払うことなのでした。第4にしてもそうなのですが、このときの第7の本番演奏を聴いてみても、ベームという演出家は音の色合いについて実にバランス感覚の優れた人だったのだなあ、と思わずにはいられません。他楽団での9年も前のリハーサルの精神が、そのまましっかり活きているのには、ただ頭が下がります。
音響のバランスがいいと「きれいだなあ」というだけの演奏にもなりがちで、やはり音の色合いのバランス感覚に優れていたクリュイタンスがベルリン・フィルと録音したベートーヴェンが私は個人的に大好きなのですが、吉田秀和『世界の指揮者』なんかでは
「実に整った演奏である。だが、ちっともおもしろくない。」(ちくま文庫 p.74)
と言われる羽目に陥っています。
ベームは80年でも冒頭の序奏が非常に遅く始めますが、75年の方ではこれがVivaceの主部に近づくにつれて、アチェランドとはいえないくらい微妙にテンポアップをします。そのことでクリュイタンスが悪口されたような「おもしろくな」さは消え、これもそんなに速いとは言えないVivaceの主部をテンポとは不相応に軽やかに聴かせる結果をもたらしたりしています。
序奏のおしまいの方ではホルンが、Vivaceの展開部中程ではトランペットが、これは明確にベームの意図から強調されています。ベームが強調らしいものを聴かせるときには、まあ強調すべきことがスコアに明記されているのが常であって、これらの箇所も例外ではないのですけれど、こういう強調も、ウィーン・フィルの鳴らす厚ぼったい和音とあいまって響きに貫禄をもたらしています。ここで聴かれるような音の厚みは、ベートーヴェンの交響曲も古楽の様式で演奏されるようになったあと、それを真似るモダン(と呼ばれる)オーケストラからまで失われてしまったもので、古楽を聴くのもわりと好きな私ではありますけれど、やはり今になってみると、とても残念なことに思われてなりません。
第2楽章などでは、ひとつの音符の中に入るヴィブラートの数が多くの団員で一致しているところなどにも目と耳で注意してみると良いと思います。意識的に奏しているのではない証拠に、弦楽器を観察すると、かけ始めのタイミングなどは個々人で違っています。管楽器は基本的にノンヴィブラートではありますが、一瞬の高揚のときに、とくにフルートとオーボエにはヴィブラートを聴き取ることが出来ます。これもまた弦楽器と同じサイクルです。1957年にウィーン・フィルは名手ボスコフスキーをコンサートマスターに、カラヤンと来日しています。このときの音も圧倒的に良いのですが、ヴィブラートは75年ほど団員での一致感はまだなかったように思います。それでも大きなオーケストラは1970年代ごろまではこんなヴィブラート技も良い音作りに巧みに利用していて、80年代から2000年前後まではそれが崩れてしまっていたように記憶しています。違ったらゴメンナサイ。
第3楽章・・・あいかわらずファゴットの音程が高い。。。それにしても団員相互のアーティキュレーションだのアゴーギクだのの読み合いがなんでここまでぴったり合うのでしょう。そのおかげで小さな事故でも知らん顔でやりすごすことが出来ているのです。細かく聴けばタイミングのズレが第3楽章ではわりとたくさんあるのですけれど、2音目に入るときにはもう無難に回避されているのだから、すごいものです。
ただ普通のバランスで鳴っている、第4楽章が、それでもどっしりと重みがあるのは、テンポの遅さが主ではなく、ここまでの三つの楽章で実現して来たバランスが最後でしっかり集約されているからだ、といえるでしょう。それ以上言えることがありません。

ベームの生真面目な表情が、初日から本当に良心的な演奏を日本の聴衆に提供してくれたことを結晶のように物語っています。
後日
「ベーム老いたり」(*2)
と言っていたかたがいらしたそうで、指揮姿はたかだか10年前くらいのものに比べるとやはり老いを感じさせられずにいられないのは確かですが、少なくとも音の色合いと厚みにはまだまだそんなものはこれっぽっちも匂っていないように思います。

アンコールとして演奏された「美しく青きドナウ」が、あたりまえとはいえ、ニューイヤーコンサートと同じ造型なのを聴くと、ああ、現場に居合わせたかったなあ、と強く強く思います。中学生だったし、ウチにもお金なかったし、抽選に応募したって当たったかどうか分からないし・・・もうとっくに「いまさら」の話なんですけどね。

初日分だけでこんなにだべってしまいました。

YouTubeにこのときの「君が代」があがっているのは見つけました。
http://youtu.be/ndbfkpY0L4U

初日の演奏はこれ以外にはYouTubeでは見つけられませんでした。


*1:http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page142.html
*2:http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page210.html

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