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2014年6月24日 (火)

歌丸さんの『真景塁ヶ淵』聴いて来ました(2014年6月23日)

五十過ぎにして落語をホールでちゃんと聴くことを初体験しました。

寄席にもずっと縁がなかったし、落語初心者で、あこがれの演者であこがれの噺でもあり、わくわく出掛け、終わってみれば大満足でした。

とにかく初体験ですので、びっくりしたのは、時間前に間に合ったと汗をかきかき入って行ったら、若手のかたがもう噺をやってる。わかりませんが『道具屋』というやつだったのでしょうか? おしまいの方がすこし「耳に入った」だけですが、うまいし、たいへん感心してしまいました。でもお名前も分かりません。プログラムに載っていないんです。
・・・ああでも、こういうのが日本の芸能らしくていいなあ、と嬉しくなりました。
一度だけ見た相撲の地方巡業で、まだほとんど誰も見ていないような所で、若い人たちが真剣に取り組みをしていた、そのことを、遠い記憶の中から思い出しました。

開演となって、まず若手の三遊亭遊里さんが「肥がめ」をいきいきと演じました。
次いでベテラン桂歌助さんが『青菜』をやりました。
うまく言えないんですが、落語の面白さって、ひとりで何役も演じ分けるのを声だけでなく仕草で自在にやることなのですね。噺家さんの動作ひとつでお客さんが笑いに包まれるのが、同じ場所で過ごしていてとても気持ちいい。・・・これを機会に寄席というものにもちょっと通い詰めてみたくなりました。今回の会場は紀伊國屋ホールだったのですが。

41jj2a645yl_sl500_aa300_ さて会場がいったん暗転して緞帳がおり、ふたたびあがるとそこに歌丸さんがいました。
たいへんだったろう療養のことを笑いに変えてしまうのが、笑いを売る人ならではなんですね。ちっとも歌丸さんに同情せずに聴いてしまっている自分が可笑しくなりました。
帯状疱疹がまだつらいようで、
「まだ歩けない。本当なら(袖から高座の)ここまで歩かなくてはならないんですけどね、歩くと35分くらいかかる」
と、緞帳があいたときはもう高座に座っていたのでした。
「(体調が途中で思わしくなくなって)途中までしか行きませんでしたら、お客様がた、今日はあきらめて下さい」
とまたそれで笑いをとって始めたときには、まだ不安げに見えました。
が、枕もそこそこに「聖天山(第六話)」が始まり、佳境に入って行くにつれ、あれは気力がみなぎるというのでしょうか、無理して振り絞るんじゃなくて、ひとりでに湧いて来るんですね。いったん湧くと、あとはその気力が大きい川の滔々と流れる太い緑の水のように、もう押し寄せてくる感じでした。
10分程度の仲入のあと、「お熊の懺悔(第七話)」を始めるべく、ふたたびあいた緞帳の向こうの歌丸さんは、もう最初の歌丸さんとは別人でした。
登場する人々の演じ分けがたいへんに細かい噺ですが、歌丸さんが素晴らしいな、と思ったのは、声色をさほど変えずにすべての登場者を演じ分け切る。茶屋のばあさんや馬子さんなどは地方訛りをつけて、あとはイントネーションの使い分けでくっきり分かれてしまう。主要人物全て、特定の人物にはその人物用のイントネーションと言葉のスピード感の違いがしっかり設定されているようでした。これはベテランの人に変わって行けば行くほどくっきりするのを感じましたから、噺家さんはこういうことの訓練を生涯積み重ねるんだろうな、と・・・聴いているその時ではなくて、終わってウチに帰って余韻を味わいながら、つくづく思ったのでした。

でもなによりも歌丸さんを「凄いなあ」と思ったのは、語り始めるなり朗々と響いた声でした。その声の響きでもって、すぐに客席を包んでしまう。自分のはなす世界に引き入れてしまうんですね。これは若い世代が声を張り上げるのとは違いました。自然と、そのままの大きさで無理なく響くんです。テレビに映る「笑点」では、これは分からないことでした。

そんな感じで、ヘタな感想文ですが、とにかく幸せな経験をさせてもらえました。

面白かったのは、遊里さん、歌助さん、歌丸さんとも・・・これはたいへんなことではあるのですが・・・噺をとちったときに「アァ」と小声の吃音を立ててやりなおすんですね。なぜとちるかと拝聴していると、それは今の登場人物のセリフ様子の話であるうちに、次の登場人物を先取りしてしまうんで、言葉が指示する方向が違ってしまうんですね。「そうしてみたらどうだい」と言うところが次の人物の言うべき「そうしてみようか」になりかけてしまって、慌てて呑み込む。このこと自体は他のどんな世界でもあることで、しかも1、2ヶ所に限ることなので、責めるつもりもないし責められるべきでもありません。このこと自体が気になったわけでは決してありません(ということはくれぐれも強調しときます、下手でなることではないからです)・・・面白かったのは、そのとちって吃音になる、その吃音が、遊里さんも歌助さんも、そしてなんと歌丸さんも、まったく同じだった、そのことでした。
ああ、こういうことも師から弟子にうつって行くのね、と思ったら、ちょっと愉快なのでした。

ともあれこれを機にすっかり歌丸ファンになってしまい、探したら歌丸さんの『真景塁ヶ淵』が録音されているのも知り、中古でしか手に入らないのが悔しいのですが、そのCD5枚組を、ついAMAZONでボチッとしてしまったのでした。

http://www.amazon.co.jp/dp/B000DZJLR0/

歌丸さんの万全のご回復を、こころから願っております。

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