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2014年3月 2日 (日)

ブライトコップフ新版の前書きから(上):【楽譜の問題】モーツァルト「ハフナー交響曲」(5)

0:前置き1:入手しやすいスコア2:新旧印刷譜の相違箇所3:20世紀の演奏から4:校訂者泣かせの自筆譜5:ブライトコップフ新版前書き(上)6:ブライトコップフ新版前書き(下)7:旧校訂系の楽譜成立への小さな推測  


15017173991.で触れました通り、ブライトコップフ&ヘルテル社から2013年に「ハフナー交響曲」の新しい原典版校訂譜が出ました(Henric Weiseらによる)。

Breitkopf Urtext (校訂Henrik Weise) Partitur-Bibliotek 5373  2013年
https://www.academia-music.com/academia/m.php/20130410-13

この楽譜の前書き・補注は、自筆譜を読み取る上での留意点などを詳しく説明してくれていて、たいへん有益です。

そこで、前書きの伝記的セクションである1.の部分を除き、「2. Sources, Versions and Variants」・「3. Notes on the Edition」だけでも訳して参考にして頂けるようにしたいと思います。補注部分はより密接に楽譜そのものと関わりますので、訳しません。

ドイツ語と英語のものがありますが、英語の方を訳します。
まずは2.の部分です。
ここでは、自筆譜や初期の筆写譜や印刷譜相互にみられる相違に基づいて、「ハフナー交響曲」の前身であるセレナーデ版(ただしもうひとつのメヌエットについてはいまなお明らかではないので加え られていない)、フルートとクラリネットが加わる前の版、加わった後の版の3つの形態が果たしてどのようなものであったかを推測し、それぞれの形態で演奏出来ることを試みています。
錯誤がありましたら、何卒ご指摘ご教示下さいませ。

なお、参考に付けた図版写真は、個別にクリックすると大きいものを見ることができます。

・・・一点だけ。今回訳した部分に記述はないのですが、参照したのは自筆譜そのものではなく、ファクシミリのようです。


モーツァルト 交響曲「ハフナー」ブライトコップフ新版前書きから

【】内は補足。


2.原資料、諸版と異稿

ここでは原資料の詳細にわたる評価について手短かなまとめを示し得るにとどまります(【脚注】36)。
モーツァルトは明らかに「ハフナーの音楽」の自筆総譜を何度も改訂しています。中でも最重要な変更は、両端楽章へのフルートとクラリネットの追加、【第1楽章】アレグロ94小節の繰り返し記号の除去です。他にもたくさんの小さな変更はありますが、重要性はわずかで、聴き取られにくいものでもあります。

残念ながら、こうした手がいつ加えられたかについては、自筆譜から常に明確に判明するわけではありません。たとえば、繰り返し記号の除去は果たして【フルートとクラリネットの追加という】編成の拡大と関連して行なわれたのか、それとは別個になされたのか、自筆譜では不明確です。このことでも他の事例でも、二次資料―筆写譜や最初の印刷譜―が本作の起源について有益な観点を提供してくれます。二次資料は、異なる段階での、公表された時点での本作の状況を保持しているからです。これにより、さらに異なった版を引き出すこともできたりします。

息子から自筆譜を返してくれと言われてレオポルト・モーツァルトが1783年初めと思われる頃にザルツブルクで発注した複写などのような筆写譜は、「ハフナーの音楽」の早期の版を示しています。
ウィーンのアルタリアによって1785年に公刊された最初の印刷版【初版】がその後の段階を伝えてくれますが、自筆譜からうかがわれる最終段階には至っておらず、【第4楽章】プレスト222~228小節に加わった相違点【装飾音がない状態】は、この【アルタリア初版】総譜だけに見られるものです。【図1:プレスト223小節から〜(旧)=装飾音のない状態、(新)=装飾音のある状態】

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ヴァージョンA
「ハフナーの音楽」のオリジナルヴァージョンであって、モーツァルトがジグムント・ハフナー(息子)の叙爵祝いとして書かれザルツブルクの父に送られたものを、ここではヴァージョンAと呼びます。このヴァージョンの「ハフナーの音楽」には、まだフルートとクラリネットはなく、見たところセレナードに類似した作として発想されており、従来の4つの楽章であるアレグロ、アンダンテ、メヌエット(とトリオ)およびプレストがあるうえに、行進曲を含んでいます。この行進曲は入場と退場の両方の音楽として演奏されたものと思われます。
さらに、ヴァージョンAにはおそらく第2のメヌエットもあったのかもしれませんが、これは残されていません。「ハフナーの音楽」を、2つのメヌエットのある演奏にするには、「ハフナーの音楽」によく馴染む調ないし編成の、他のモーツァルト作メヌエットを代替とすることも考えられます。妥当な例として、ハフナーセレナーデK250のメヌエット・ガランテ、または3つのメヌエットK363のうちの第1番と第3番がありますが、あとのほうの2つについてはヴィオラがありません(し、第3番はティンパニやトランペットもありません)。
ヴァージョンAの上演にあたっては、別の理由からメヌエットはひとつだけだったのだ、と論じることも可能です。信頼に足る2つのメヌエットのある版を確定したいにしても、喪失したメヌエットを他のモーツァルトの作から持ってこようとは望まないのであれば、アイネ・クライネ・ナハトムジークK525の同様の例を想起すればよいでしょう。このセレナーデは、もともとさらにもうひとつのメヌエット(おそらく2つのうちの最初のもの)があり、自筆譜のページからもそれは推測されますし(第3葉が喪失している)、モーツァルトが自作カタログにそう記してもいるのです。にもかかわらず、それでもこの傑出した作品は同様に不完全なままでも問題なく演奏され続けています。
ひとつだけのメヌエットでの演奏は、また、メヌエットという概念の多義性から正当化されることも可能です。モーツァルトはじっさい、それぞれにひとつのトリオを持つ2つのメヌエットとしての「2 Menuett」を意図していたのか、そうではなくて、ひとつきりのメヌエットにひとつきりのトリオを意図したのか。前者がもっとも可能性のある解釈であるにしても、後者をまったく排除することはできないでしょう。
おそらくレオポルト・モーツァルトによって1783年初頭に発注された複写に由来するザルツブルクの筆写譜には、(まだアレグロの繰り返し記号が有効な)譜面との不一致が包含されています。【ヴァージョンAでは】行進曲K408/2が統合されており、おそらくはもうひとつのメヌエットがあったことでしょう【が、ザルツブルクの筆写譜ではそれが確認し得ません】。

Version A as serenade without flutes and clarinets :
行進曲        K.408/2 入場の行進曲として
アレグロ       48小節(第2バイオリン)第1~第4音は第1ヴァイオリンと同じ
           94小節で前半部分繰り返し
           204小節で後半部分を繰り返すかどうかは不分明
メヌエット/トリオ  未詳。代用としてK.250/5またはK.303第1番または第3番  
アンダンテ      23小節(第1ヴァイオリン)最終音はc1ではなくd1だったかも知れない
メヌエット      [【他バージョン】と変化なし]
プレスト       8、87、146小節(第2ヴァイオリン)は
           c#1だけであり、c#1とe1の重音ではなかった
           222~228小節(第1ヴァイオリン)は装飾音あり          
[行進曲       K.408/2 退場の行進曲として]

【写真1:アレグロ48小節、自筆譜上の第2ヴァイオリンの加筆の様子。この箇所より前は第1ヴァイオリンと同じに弾くので記入が省略され空白となっている。加筆は薄いインクでなされている。】

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ヴァージョンB
ヴァージョンBの決定的な特徴は、「ハフナーの音楽」が4楽章の交響曲へと縮小されていることで、モーツァルトが1783年1月4日の手紙で暗に認めている姿になっているかたちでもあります。4つの楽章は、けれども【自筆譜からではなく】筆写譜や初版【=最初の印刷譜】から再構成されたものです。ヴァージョンA同様に、まだフルートとクラリネットのパートはこの版にはありません。この版は2つの異版として伝えられています。「筆写譜【由来の】異稿」がヴァージョンAと違うのはメヌエットの数だけです。一方、「初版【由来の】異稿」は、最初の異稿と異なる2つの重要な所見を含んでいます。(1)第1楽章のくり返しがなくなっている。(2)【第4楽章】プレスト222~228小節(第1ヴァイオリン)は装飾音が除去されて非常に単純化されている。くり返しの除去は自筆譜によって認め得ますが、装飾音の除去は【モーツァルトの意図であると】認めてよいかどうか疑念が残ります。【写真2:アレグロ94小節の繰り返し記号、自筆譜上での抹消。あとで加えられた最上段のフルート、最下段のクラリネットには、繰り返し記号が延長されていない】

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Version B as symphony without flutes and clarinets :
アレグロ       どちらの原資料も:
           48小節(第2バイオリン)第1~第4音は第1ヴァイオリンと同じになっている
           筆写譜:94小節で前半部分繰り返し。後半部分を繰り返すかどうかは不分明
           初版:繰り返しなし 
アンダンテ      筆写譜:23小節(第1ヴァイオリン)最終音はc1ではなくd1らしい
           初版:23小節(第1ヴァイオリン)最終音はd1
メヌエット      [変更なし]
プレスト       筆写譜:8、87、146小節(第2ヴァイオリン)は
           c#1だけであり、c#1とe1の重音ではなかった
           自筆譜:222~228小節(第1ヴァイオリン)は装飾音ありと読める
           初版:8、87、146小節(第2ヴァイオリン)はc#1とe1の重音
              222~228小節(第1ヴァイオリン)は装飾音なし


ヴァージョンC
ヴァージョンAと、筆写譜ならびに初版による異稿のあるヴァージョンBは(年代順の)筋道立った連続体だとの位置づけが可能かと思われます。一転して、ヴァージョンCは伝来の【一本だった】大筋から逸れ、筆写譜異稿としてのヴァージョンBから枝分かれしたものとなっていますが、それは222~228小節では装飾音除去が見られないことによります。ヴァージョンCは、自筆総譜に見られるすべての修正と加筆を伝えていることで自筆総譜と対応関係にあります。フルートとクラリネットが【第1楽章】アレグロと【第4楽章】プレストにあり、アレグロ94小節の繰り返しはなく、しかもプレスト222~228小節は【装飾音があって】単純化されていません。【写真3:プレスト223〜228小節の自筆譜該当箇所〜装飾音は当初から書込まれている】

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それでもある種の変則が木管パートに生じましたけれど、それはモーツァルトが【最終段階に向けての】後日のスコア修正を行なった過程で起こったものです。アレグロ63小節で、第1オーボエはクラリネットよりも四分音符1つ分早く不協和音を解決するのですが、クラリネットのほうが後日作曲されてあとで加えられたものです。これはおそらくはモーツァルトのさもない不注意によるのであって、演奏者が容易に正せるものです。アレグロ151小節の第2オーボエと第1フルートおよび第2クラリネットの不一致、およびプレスト終結部の263小節で他の高声の木管楽器や弦楽器が四分音符であるにもかかわらず第1・第2クラリネットが二分音符を奏する(ヴィオラと第1・第2ファゴットはすべてが書かれてはおらず、バスに沿って演奏される【ので比較できない】)不一致でも、同様になし得るでしょう。
音楽的内容のこうした不一致とは別に、アーティキュレーションもまた、モーツァルトが後日補ったフルートとクラリネットパートには欠落しています。最初の記入では、彼は平行して動くオーボエの【2つの】パートにアーティキュレーションを記入しています。それらはアレグロの26、29、31、47、81~91、150、153、169、190小節と、プレストの104~107(ここではファゴットⅠ/Ⅱにも)、125~128、171~177小節です。モーツァルトはフルートやクラリネットパートを加えるときにオーボエパートのスラーをそこへ引き写すのを忘れた、といえるのでしょうか、それともオーボエのスラーを取り除くのを怠ったのでしょうか? フルート、オーボエとクラリネットがここで違ったアーティキュレーションになるのは、いちばんありそうにないことですから、演奏者はヴァージョンCの上演では2つの可能性から選択を行なわなければなりません。譜面上では、フルートとクラリネットのパートに欠落しているとみられるアーティキュレーションは破線のスラーにすることで分かりやすくされてきました。オーボエのパートのスラーを、それに依拠してフルートとクラリネットにスラーを加えたのと同様に、スラーを取り除いてしまうことも、また等価的に正当と見なし得るでしょう(【この場合】アレグロの26小節では、ファゴットⅠ/Ⅱに与えられたスラーもまた取り除かなければなりません)。

Version C as symphony with flutes and clarinets :
アレグロ       繰り返しなし
           48小節(第2バイオリン)第1~第4音、g#1後補
           木管のスラー除去の可能性
           26、29、31、47、88~91、150、153、169、190小節
アンダンテ      初版:23小節(第1ヴァイオリン)最終音はd1
メヌエット      [変更なし]           
プレスト       8、87、146小節(第2ヴァイオリン)はc#1とe1の重音
           自筆譜の222~228小節(第1ヴァイオリン)の装飾音ありの通り
           木管のスラー除去の可能性
           104~107、125~128、171~177小節

【写真4:木管楽器のスラー、アレグロ89〜92小節 最上段=フルート、最下段=オーボエ。その間にあるのは第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ。ヴィオラはバスパートのオクターヴ上をなぞって演奏するだけなので記入が省略され、空白になっている】

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【脚注】
36:ハフナー交響曲の校訂者による詳しい記事は準備中。

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