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2014年3月 4日 (火)

ブライトコップフ新版の前書きから(下):【楽譜の問題】モーツァルト「ハフナー交響曲」(6)

0:前置き1:入手しやすいスコア2:新旧印刷譜の相違箇所3:20世紀の演奏から4:校訂者泣かせの自筆譜5:ブライトコップフ新版前書き(上)6:ブライトコップフ新版前書き(下)7:旧校訂系の楽譜成立への小さな推測  


Breitkopf Urtext (校訂Henrik Weise) Partitur-Bibliotek 5373  2013年
https://www.academia-music.com/academia/m.php/20130410-13

前書きの続き、「3. Notes on the Edition」です。
ベーレンライター新版での記譜方針を簡単に述べたあと、個別の問題で、主に自筆譜と従来の印刷譜に見られる矛盾点を解説しています。

写りが悪くて申し訳ありませんが、ほとんど前回までと同じ部分が問題になっている箇所の自筆譜写真は、重複をいとわず掲載しました。
終楽章に関しては写真を添えませんでした。(後日追加するかもしれません。)


モーツァルト 交響曲「ハフナー」ブライトコップフ新版前書きから

【】内は補足。


3.当校訂譜への注

全般
この校訂譜の主な資料は「ハフナーの音楽」K.385とK.408/2(385a)の自筆譜です。ヴァージョンCは交響曲の譜面から校訂者によって導きだされました。唯一の相違点はアレグロ94小節の繰り返しで、これはモーツァルトが再編のときに除去したものです。これは実用上の目的から楽譜本体に含められました。すなわち、ヴァージョンAとBの演奏をなし得るようにするためです。繰り返しはヴァージョンCの演奏に際しては無視しなければなりません。
ヴァージョンAとBの再構成は二次資料に負うています。正統性が疑わしくはあっても、それらはモーツァルトのその後のヴァージョンの時系列だてを可能にしてくれます。そもそも、初版の印刷はモーツァルトの発注にかかるものらしく思われます。残念なことに、それにもかかわらず、どんな拡張が彼の認めたところによるのか、全詳細を記録したのかに知見を得ることは不可能です。
この版は「ハフナーの音楽」の全3ヴァージョンの演奏を可能にする呈示をした初めてのものです。異稿ヴァージョンAとBは脚注と小書きで追加された譜表を援用することでより簡易に作られました。
校訂上の追加は基本的にブラケット、破線スラーまたは小書きで示されています。譜面を不要に軽薄にしないようにするために、明白な錯誤による欠落や【2パートが同じものを演奏する意の】a2示唆はコメントなしに補いました。(*)
この版では、スタッカートが楔形か点かの区別は付けませんでした。そのかわり短い縦棒を一様に使いました。校訂にあたっては、問題となることがらについてはクレイヴ・ブラウンとロバート・リッグスの記述を参考にしました(【脚注】37)。この記号は音の演奏を必然的に変えるものではなく(たとえばアレグロの74小節では、記号はレガートに続いていく弦楽器にだけ見出され、長い音符の間の木管パートには見出せない)、控えめに加えられて、他のパッセージへのアナロジーとされたのでした。校訂者は絶えず似たような追加またはパートの補完をすることは、この目印に重きを持たせ過ぎるものと考えています。
アクセントのディナミークであるfp、sfp、sfについても注意深く扱いました。これらは驚くほど不調和な用いられかたをしていて―まず「ハフナーの音楽」で(アレグロの77、81、83および185小節など)―モーツァルトはほんとうに体系的な区別を企図していたのだろうかと自問したくなるほどです(38)。このことが今回の版で自筆譜の記譜を厳密に維持した理由です。この版では、演奏者自らが音楽的文脈から記号の意味を明らかにしていく必要があります。自筆稿で符尾が上下に分かれる記譜は、明白とは言えない分割【divisi】パッセージ(トリオ12小節のヴィオラ)であっても、または特殊な音響効果(たとえばアレグロ13小節の第2ヴァイオリン)であっても、そのままにしました。より突っ込んだ歴史的な実演奏については、クリフ・アイゼンによる他のモーツァルトの交響曲【の楽譜】のより有益な前書き【の参照】をお勧めします(39)。

個別の問題
アレグロ 48小節 第2ヴァイオリン
自筆譜では41小節から始まる第2ヴァイオリンの細かな音型は48小節の4つめの8分音符までまったく空白になっている。モーツァルトは4つのg#1を小節の最初からより薄いインクで書き入れており、これによってこの小節は154小節と同じ楽器法となっている。自筆譜のファクシミリ印刷から判断してよいなら、後からの書き入れはフルートとクラリネットのパートと同じインクによると見なしうるのであり、したがってヴァージョンCに属するものとなる。二次資料は画一的に初期の読み(e2)を示している。これはヴァージョンAとBが上演される際に演奏されるべきである(40)。

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アレグロ 94小節 繰り返し記号
自筆譜ではここに両方向の繰り返し記号があるが、赤クレヨンで抹消されている。後で加えられたフルートとクラリネットの部分には、繰り返し記号が見られないことは、繰り返し記号の抹消が、これらの木管パートの追加以前に、モーツァルト自身によってか彼の同意のもとで、なされたことを示唆している。ところがまた、後半部分に対応する繰り返し記号は楽章の末尾には見られない。モーツァルトがかなり急いでいたために忘れたのだろうか? 前半部分の繰り返しはヴァージョンAと筆写譜由来のほうのヴァージョンBでは演奏されるべきである(41)。モーツァルトはまた第2楽章でも型通りの繰り返しに気をとられていたようにみえる。【第2楽章の】36小節の、36〜84小節を反復するための繰り返し記号は、やはりあとからモーツァルトによって加えられている。

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アンダンテ 15小節 第1・第2ヴァイオリン
13小節の初めでは第1・第2ヴァイオリンには明らかに付点はない。15小節の第1ヴァイオリンには(余分な)付点が32分音符のb1の右についていて、勘定上は62分音符が正しいはずのところに32分音符が続いている。この小節では第2ヴァイオリンは第1ヴァイオリンのオクターヴ下を弾くのでまったく書き込まれていない。50小節にダ・カーポして16小節演奏するとの指示があるので、同じものが対応する62/64小節は残念なことにやはりまったく書かれていない。問題解決に役立つ類似のパッセージは、したがって見当たらない。二次資料の伝えるところは、ときに付点がありときに付点はない、と、でたらめである。おそらく「問題の」付点は意味のないインクのシミなのだろう。【シミにしてはあまりにはっきりと記入されているんですけどね〜】

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アンダンテ 23小節 第1ヴァイオリン
筆写譜はc1ではなくd1となっている。自筆譜では符頭はc1があるべき位置ではなくてじかに五線と接していて、その場しのぎであるかのような上から下までの斜め線がある。おそらく自筆譜上でモーツァルトがd1を書いてしまい、すぐあとで音符をc1に訂正したのだろう。

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プレスト 8、87、146小節 第2ヴァイオリン
自筆譜の当該部分ではここは上下に符尾のついたc#1とe1の重音になっている。上の音の符尾は、どちらかというと例外的に、下の音の符頭から伸びている。このことがヴァージョンAとBでとられている筆写上の異稿を読む上で役立つ。すなわち筆写譜にはc1しかない。モーツァルトは間違いなくe1を後で加えたのだろうし、そうであれば普通とは異なる符尾の書かれかたも説明し得る。この箇所で、モーツァルトはヴァイラパートをe1からa1に訂正している。この訂正は、筆写譜ではヴィオラがe1になっていないことから、第1ヴァイオリンの訂正よりも前になされているようである。

プレスト 79、138小節 冒頭部への遷移【自筆譜はここでダ・カーポとなる】
冒頭部への遷移につけられたスラーは自筆譜では【どこまでつながるのか】はっきりせず、主題の最初にまでつながっているのではないかというふうに見える(主題は楽章の最初にしかすべてが書かれていない)。

プレスト 90小節 全パート
ここは慣習的にfとpが2小節ごとの小節線のところに置かれてきた。自筆譜を読む限りではこの解釈は支持されないのだが、それでも排除もできない。モーツァルトはfは明らかに小節の第1音につけているが、pはパートごとにバラバラで、しばしば第1音よりもあとの位置につけている。さらに、ヴァイオリンにある重音は密集した音響ゆえにとくにpはのぞましくない。また、(90小節などの)ファゴット1・2の冒頭音のびっくりするようなpへのディナミーク変化に際しては、【第2楽章の】たとえば44小節(オーボエ1・2)のようなアンダンテの中でであることが望まれるだろう。モーツァルトはおそらく単に自然にpへと消え入っていくことを意図したのだろう。同様に不明確なのが、【第1楽章】アレグロの48小節および154小節(第1・第2ヴァイオリン)のpへの変化である。ここでもまた、ディナミークは必ずしも第2音から急に変化すべきでもない。自筆譜はpが第3または第4音に位置すると見なすことを許容するので、そこからディナミークは徐々におさまっていくのだと解してもよいように思える。【ヴァイオリンに関しては第1楽章の該当部分を含め、pの位置のズレについて奏法上の理由づけをしていることには同意しがたいかなぁ、と思っています。ヴァイオリンパートはpは概ね第1音直下に書かれているからです。現実問題と記譜の話は切り離してよいのではないかと思います。】


*楽譜上にコメントがないわけではない箇所ですが、補注からひとつだけ面白い例を載せておきます。第1楽章44小節にあるトランペットの誤記です(記入されていない段も含め下から3段目〜その上はホルン、下はティンパニ)。モーツァルトは下のティンパニを書いたりしながら頭が混乱したのでしょうか?

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【脚注】
37:Robert Riggs, Mozart's Notation of Staccato Articulation: A New Appraisal, in: The Journal of Musicology 15(1997), no.2, pp.230-277. Clave Brown, Dots and Strokes in late 18th- and 19th-century Music, in: Early Music 21(1993), no.4, pp.593-610. 
38 : セレナーデ変ホ長調K.375(第1楽章)が、一方で、異なる強弱アクセントの矛盾のない用いかたの規範であると考えることができる。
39:K.112(PB5372), K.504(PB5254), and K.551(PB5292)
40:Norman del Mar, Orchestral Variations. Confusion and Error in the Orchestral Repertire, London, 1981 [= del Mar], p.150 をも参照
41:del Mar p.150 をも参照
42:del Mar p.152 をも参照

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