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2014年3月 7日 (金)

旧校訂系の楽譜成立への小さな推測:【楽譜の問題】モーツァルト「ハフナー交響曲」(7)

0:前置き1:入手しやすいスコア2:新旧印刷譜の相違箇所3:20世紀の演奏から4:校訂者泣かせの自筆譜5:ブライトコップフ新版前書き(上)6:ブライトコップフ新版前書き(下)7:旧校訂系の楽譜成立への小さな推測


(2)(4)で見たような相違点がどのような経緯でできたのか、自筆譜や初期の筆写譜出版譜から察せられることは、ブライトコップフ新版の前書き(5)(6)でほとんど明確になるかと思います。

では、それが以後の印刷譜にどのように引きずられていったのか。
校訂や出版とは何か、を考えるときに、そんなあたりを探ってみるのは大変面白そうですが、探るためには後年の出版譜を網羅的に眺めることが必要になると思われます。
さすがに一素人の領分を超えてしまいますので、国際楽譜ライブラリープロジェクトIMSLPで見られる楽譜から19世紀半ばの状況を垣間見るにとどめます。ご興味があればリンクをクリックして実物をご覧になって下さいね。

なお、ヴァージョンA・B・Cということにかんしては(5)をご参照下さい。

http://imslp.org/wiki/Symphony_No.35,_K.385_%28Mozart,_Wolfgang_Amadeus%29

ここで見ることのできる年代の明らかな楽譜は、総譜はブライトコップフ&ヘルテル社の1880年出版のものだけです。このスコアは、細かい点では(2)で上げたようなところが新校訂系と違っているのですが、自筆総譜およびそれをもとに校訂した新全集版やブライトコップフ新版との大きな相違だけをあげますと

【第1楽章】
ア)2分の2拍子になっている(モーツァルト自筆は4分の4拍子)
イ)24〜25小節のファゴットが弦のバスパートと同じ動きになっている
ウ)33〜34小節にスラーが施されている
エ)48小節めの第2ヴァイオリンの最初の4音は第1ヴァイオリンと同じ音(これはヴァージョンB以前の状態です!)
オ)94小節には繰り返し記号がない
【第2楽章】
カ)2小節め第1ヴァイオリン冒頭音は単付点
キ)12/14小節のヴァイオリン第1音に付点がある
【第4楽章】
ク)4分の4拍子になっている(モーツァルト自筆は2分の2拍子)
ケ)53小節からのヴァイオリンの動きはp(モーツァルトの指示はf)
コ)223〜227小節の第1ヴァイオリンに装飾音がない(これはヴァージョンBの印刷譜由来異稿に特有のことです!)

という感じです。これから想像されるのは、1880年時点でのブライトコップフ版は前書き(5)で言うところの「ヴァージョンB」の、目撃できていないさらなる異稿に由来するものではないか、ということです。エ)とコ)がヴァージョンB固有の表記になっているからです。また、カ)も気になるところで、これは自筆譜をチラッと参照したことによって新たに起きたのではないかという気がするのです(4参照)。
ところで、この楽譜には(1)で旧校訂系に括った問題があります。第1楽章と第4楽章の拍子の「誤り」です。これは、ヴァージョンBの系統のどこか途中で何らかの錯誤が起きたか、恣意が挟み込まれたか、のどちらかだろうと思われます。しかもヴァージョンBの筆写譜由来と初版譜由来の双方の特徴が入り混じっていて、複雑な様相を示しています。

上のブライトコップフ1880年版との対比で、やはりIMSLPで見ることのできる、年代の明らかな2つのピアノ用編曲(フンメルによる独奏編曲1830年頃、ブライトコップフ&ヘルテル社から1843年に出された四手譜)もぜひ参照しておかなければなりません。

まずフンメルのソロ編曲(ペータース版)を見ますと、
【第1楽章】
アh)4分の4拍子(錯誤がない)
イh)そもそもバスパートしか表記できない(錯誤の有無不明)
ウh)スラーあり(錯誤あり)
エh)第2ヴァイオリンを写したと思われる部分はg#1
オh)94小節に繰り返し記号が「ある」!〜初版系ではない!
【第2楽章】
カh)2小節目右手(第1ヴァイオリン相当)第1音は複付点!
キh)12/14小節のヴァイオリン相当音第1音に付点がある!(錯誤がある)
【第4楽章】
クh)2分の2拍子(錯誤がない)
ケh)53小節からのヴァイオリン相当の動きはf(錯誤がない)
コh)223~227小節の第1ヴァイオリン相当音に装飾音がない
となっていて、ヴァージョンAとBの中間的な楽譜になっていると言えますが、どちらかというとAよりの印象があります。第1楽章前半にまだ繰り返しが保たれているのが注目すべきポイントです。ただ、ウh・キh・コhは「旧校訂系」に繋がっていく要因となっています。

次に1843年の四手譜(ブライトコップフ)を見ますと
【第1楽章】
アd)2分の2拍子(錯誤)
イd)ファゴットの独自の動きらしいものが2番(低音担当)に記入されている
ウd)スラーがない!
エd)第2ヴァイオリンを写した箇所は明確に第2音からg#1
オd)繰り返しがない(が、二重線が書かれている)
【第2楽章】
カd)複付点!(錯誤がない)
キd)ヴァイオリンを写した音に付点がない(後半で新たな錯誤)
【第4楽章】
クd)4分の4拍子(錯誤)
ケd)ヴァイオリンを写した音はp(錯誤)
コd)装飾音がある(錯誤がない)
フンメルの独奏編曲譜に錯誤があった箇所では錯誤が基本的にない(第2楽章のキdはとりあえず問題にしているほうの音については錯誤がない)のが不思議な楽譜になっています。
錯誤のない箇所および第1楽章前半の繰り返しがないところから、これは(実際には流通することなく20世紀の新全集版でやっと印刷譜となった)ヴァージョンCの系統の楽譜だと言ってよいのでしょう。
ところが、こちらは新たに「旧校訂系」の特徴となった拍子の錯誤を示しているのです。また、ケdも「旧校訂系」の特徴となるものです。

ブライトコップフ1880年版のスコアは私たちが身近に見ることのできる「旧校訂系」の最も古い総譜ですが、これをいま仮に「旧校訂譜」のおおもとと見なしておきますと、上の観察結果から、「旧校訂系」はヴァージョンBすなわちモーツァルトの自筆稿をザルツブルクで筆写したものに由来し、19世紀前半にヴァージョンA・C系の参照をも取り入れられながら、ヴァージョンC系から拍子の錯誤を、A系から音の錯誤を引き継いで成立して行ったのではないか、と、私には思われます。

ただし、以上は、なおもっときちんとした裏付けが必要なことです。

ともあれ「旧校訂系」は19世紀に入ってからの「ハフナー交響曲」の楽譜の受容のされかたを豊かに反映した楽譜であるとは言えるでしょう。そして、それゆえに、自筆譜などの初期資料によって「新校訂系」が誕生し、この曲が200年の垢をおとすべく見直されているこんにち、「旧校訂系」での演奏はもはや推奨されない、と言い切るべきなのだとも私は思います。

かなりヤジ馬してしまいましたので、ハフナー交響曲の楽譜をめぐる問題は、また面白そうなことを見つけるまで、これで一段落としておきたく存じます。

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