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2014年2月27日 (木)

20世紀の演奏から:【楽譜の問題】モーツァルト「ハフナー交響曲」(3)

0:前置き1:入手しやすいスコア2:新旧印刷譜の相違箇所3:20世紀の演奏から4:校訂者泣かせの自筆譜5:ブライトコップフ新版前書き(上)6:ブライトコップフ新版前書き(下)7:旧校訂系の楽譜成立への小さな推測  


(掲載のCDへのリンクはタワーレコードの頁に貼りました。品番の出ていないものは演奏者の名前のところにリンクが貼ってあります。)

楽譜の中身からは逸れます。

Toscaninibbc19世紀中に「ハフナー交響曲」がどう演奏されてきたか、については、私のような素人がちょこちょこっと見られる手近な資料では分かりません。たとえば出来立てのウィーンフィルが既にモーツァルトへも強い興味を示していたことは諸書でうかがわれますが、「コジ・ファン・トゥッテ」からの抜粋や演奏会用アリアが目立ち、初期にとりあげた、と、はっきり分かる交響曲は、ト短調(K550、1942年11月27日および1847年3月7日)、「ジュピター」(1844年3月10日)、ホ長調(K543なので変ホ長調の間違いでしょう 1844年10月27日)の、いわゆる後期三大交響曲だけです(『王たちの民主制 ウィーン・フィルハーモニー創立150年史』クレメンス・ヘルスベルク 芹沢ユリア訳 文化書房博文社 1994)。
1856年にはフランツ・リストが生誕100年を祝うモーツァルト祭でウィーンフィルハーモニーを指揮してますが、曲目は目に入ってきません。
そうしたことがありますけれど、「ハフナー交響曲」はピアノのソロや連弾にも編曲されていました(いずれも上のウィーンフィルの後期三大交響曲の演奏時期と同じ頃。IMSLPに楽譜があります)から、よく知られた作品ではあったはずです。
詳しく追いかける材料をもちませんが、ブライトコップフ&ヘルテル社により1798年から(海老澤敏「モーツァルトの生涯」の記載を信じると!)刊行されだした最初のモーツァルト全集は、19世紀中のモーツァルト演奏の最初の結実として位置づけられるのだろうと思います。

1970年に新モーツァルト全集版の「ハフナー交響曲」が出版されるまでは、こちらの古い全集の楽譜が演奏の標準でした。したがって、1970年より前の「ハフナー交響曲」演奏は、必然的に旧版の楽譜によるものとなっています。それらの中の音符は、新旧を対比した(2)の、「旧」のほうで聴き取ることが出来ます。

旧版依拠で私が録音を聴くことのできたもっとも古いものは、トスカニーニが1935年にBBC交響楽団と行なったライヴのものです。
それ以降の時期にいろいろな指揮者が旧版により演奏したものとは独特で異質に聞こえるかも知れませんが、書かれた音符を忠実に再現する、とはまさにこんな演奏を指すのだろう、と言えるもので、実はもっとも素直な味わいなのではないかな、と思います。トスカニーニの歌声付きです。もっとも旧版演奏の面目躍如である第2楽章前半を聴いてみて下さい。(一ヶ所だけ楽譜との奇妙な相違がありますが・・・なんでこうなったんだろう??? イタリア風?)
http://music-hongou.art.coocan.jp/audio/toscanini-2.mp3
1935年6月14日 "Toscanini at the Queen's Hall" CD4 WHRA-6046

耳にした次に古い録音はブルーノ・ワルター指揮NBC交響楽団の1940年2月17日のライヴです。某大御所評論家先生の大絶賛付きですが、後年ウィーンフィルで復帰演奏をしたときの2つのト短調交響曲の演奏にも聴き取れる、ワルター独特の間やテンポの煽りがあり、それを絶賛するかどうかは主観的な好みによります。必ずしも旧版の音符たちに忠実ではないワルターの演奏からは、少なくともワルター周辺(先輩としてのリヒャルト・シュトラウスや後輩のしてのカール・ベームなど)のあいだには「モーツァルト演奏は(書かれている音符の見かけによるのではなく)このようでなければならない」との通念があったのではなかろうかと推察されます。
GRAND SLAM GS-2079 平林直哉氏制作

旧版依拠の演奏で個人的に最も印象に残っているのは、オトマール・スウィトナーとドレスデン・シュターツカペレが残した演奏です。最初の発売は1970年のようです。これは現在セットものの中に入ってます。音の輪郭が非常に鮮明です。鮮明さがもっともよく聴き取れる第1楽章冒頭部分をお聴き下さい。ワルターと同じ「モーツァルトはこうあるべき」の伝統の範疇内ではあるのかと思いますが、ここまでクッキリしている演奏で他に聴いたことがあるのはムラヴィンスキーとレニングラードフィルによる第33番(ロンドンでのライヴ録音)くらいです。
http://music-hongou.art.coocan.jp/audio/suitner-1.mp3
"Otmar Suitner Legendary recordings" edel classics 002612ccc CD3

では新全集版が出た後は、「ハフナー交響曲」の演奏は一挙に新全集版に移行したのか、というと、そうはなっていません。従来からあったシンフォニーオーケストラは、その後も旧版に負った演奏を行なっていたかと思います。
たとえば1985年に、ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管弦楽団が「ハフナー交響曲」の録音を行なっていますが、これはどうも新全集版を元にしながら聴き慣れた旧版の味付けを随所に折衷したらしく、結果的に用いた楽譜の新旧を定かにしがたい不思議な味わいになっています。

Harnoncourt 新全集版に完全に依拠した演奏での最初の録音は、1980年のアーノンクール指揮コンセルトゲボウだったでしょうか。当時私はこれを大学の講義の中で聴かされましたけれど、どういう演奏なのかを今確認することは出来ません。聴講していた学生のほとんどが顔をしかめたのではなかったか、と記憶していますが、それは楽譜の違いによるというよりはアーノンクールのとった演奏様式が、その頃の常識のモーツァルト演奏とはかけ離れていたからなのだと思います。(アーノンクール/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの最近のライヴ演奏が新しくCDで出ました。アーノンクールが自著の中で開陳してきたアーティキュレーションを、聴きようによってはいままでよりいっそう激しく実現してみせている、面白い演奏です。)

以後、新全集版もしくは新たな校訂の楽譜での録音を積極的に展開したのは、1950年代から設立の動きがあり70年代に盛んになった古楽演奏団体でした。例に挙げられるのがみんなイギリスの団体なのも面白いところです。
日本には絶対に来ない巨匠ガーディナーは、イングリッシュ・バロック・ソロイスツと。第29番以降の交響曲録音の一貫として、1988年に「ハフナー交響曲」を録音しています。
トレヴァー・ピノックはイングリッシュ・コンソートとモーツァルト交響曲全集を出しており、「ハフナー交響曲」は1994年に収録しています。
クリストファー・ホグウッドとThe Academy of Ancient Musicは"Mozart's Symphonies"の著者ザスローをアドバイザーに1978年から1985年に録音を全集として出した中に、フルートとクラリネットが加わる前のヴァージョン、加わった後のヴァージョンの2通りを収めています。
ホグウッドらによる、フルートおよびクラリネットがない初期ヴァージョンでの「ハフナー交響曲」演奏から。
http://music-hongou.art.coocan.jp/audio/hogwood-1.mp3
"Mozart The Symphonies" L'OISEAU-LYRE 452 496-2 CD13

21世紀に入って、最近はつい先日NHK交響楽団も初期ヴァージョンでの「ハフナー交響曲」演奏をした由(ブライトコップフ新版によったのでしょうか?)。聴きに行った知人に、どうだった、と尋ねると、フルートとクラリネットが入ったものを聴き慣れているので物足りなかった、との感想でした。
聴き慣れている、とは、やはり恐ろしいことだなぁ、と思いました。
先に触れたテイトの演奏も、聴き慣れた味わいを捨て切れなかったゆえのものだったのかも知れませんね。

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