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2013年9月16日 (月)

鷗外の「オルフェウス」(4)〜未定訳稿はウィーン版短縮版だと思います

(1)(2)(3)(4)


花房に黙って顔を見られて、佐藤は機嫌を伺うように、小声で云った。
「なんでございましょう」
「腫瘍は腫瘍だが、生理的腫瘍だ」
「生理的腫瘍」
と、無意味に繰り返して、佐藤は呆れたような顔をしている。
花房は聴診器を佐藤の手に渡した。
「ちょっと聴いて見給え。胎児の心音が好く聞える。手の脈と一致している母体の心音よりは度数が早いからね」
佐藤は黙って聴診してしまって、忸怩たるものがあった。

(森鴎外『カズイスチカ』)


鴎外の訳した歌劇「オルフェウス」(グルック)は、最初の訳は鴎外が留学中に見た際入手したリブレットに依ったのでしたが、それは鴎外に翻訳を依頼した国民歌劇会の手持ちの楽譜の詞とは合いませんでした。
グルックの「オルフェウス(オルフェオとエウリディーチェ)」には「ウィーン版」と「パリ版」が存在します。「パリ版」は「ウィーン版」よりも楽曲が増えています。
国民歌劇会が保有していた楽譜は、(2)で究明した通り、原則として「パリ版」に依っていたのでした。当時誰もそんなことは知らなかったのでした。
鴎外は後日楽譜を取り寄せて楽譜にあうよう翻訳をやり直ました。

それでは、鴎外が未定訳稿と称した最初の訳は、まったく楽譜に合わせようのない「歌えない」翻訳だったのでしょうか?

鴎外は楽器の演奏等はしていなかったとはいえ、楽譜のリズムをある程度理解出来た、と推測出来る点を、(3)で確認しました。
また同時に、国民歌劇会の要請にかなうように翻訳し直した「オルフエウス」第二訳稿(「沙羅の木」収録 *8)を手掛けるにあたって、鴎外は
大体に於いて原詞の一つづりを一音に
したのでしたが、この方法を最初にとりくんだ未定訳稿でも採用した、と鴎外は明言していることを見ておきました。こちらに取り組む際は楽譜を参照しなかった・・・出来なかったか、する必要を(協議はしたはずだと考えていますけれども)視野に置かなかった・・・のでした。(*8 346~347頁)結果的にそのことが楽譜と未定訳稿の不一致を生んだのでした。

すると、若い日の鴎外が観劇し買い帰って大事にしていた「オルフエウス」の観賞用台本、「ライプツィヒリブレット」を基にした未定訳稿は
現に協会で用ゐてゐる楽譜に合はない」(*8 346頁)
のではあっても、歌うのに適しない訳であったとは考えられません。

最初の訳である未定訳稿と決定稿である第二稿の冒頭部分を試しに比較すると(数字はシラブル数)、このような具合です。

【未定訳稿】
この暗き森に         8
汝が影今猶          8
墓の邊にあらば、       8
夫の聲を聴け、        8
泣き暮らす夫の。       8

【第二稿】
 この小暗き森に       9
 エウリヂケ、汝が影     9
 墓の邊にゐば        7
 聞けこの歎を。       8
 涙を、涙を見よ。流す涙を。 17(10+7)
 棄てられし夫の泣くを。   11(6+7)
 哀と見よ。         6
 傷ましと見よ。       7
 亡き汝帰り来。       9
 いたつきに悩めり。     9
 来よや。          3
 来て救えかし。       7

ここから、
・未定訳稿のシラブル数が整っていて、第二訳稿と同じように「歌える」ものになっていること
・しかしながら未定訳稿の方が第二稿よりずっと短いこと
が分かります。

以上により、未定訳稿は何らかの省略を施した短縮版だったのではないか、と考えられることになります。
さてそれは「ウィーン版」によるものだったのか、「パリ版」だったのか、はたまた両者を取り混ぜたものだったのか、あるいはまた後年ベルリオーズが編んだ版を採用したのであったか。

このあたり、鴎外訳版楽譜を校訂なさった瀧井敬子さんの論文では究明されていません。瀧井さんの使命は鴎外訳によって上演されるはずだった楽譜を再現することで、そちらのテキストは第二訳稿ですから、範疇の外であり、当然のことです。

そこで、野次馬根性で、上の疑問を解くべく、第二訳稿と未定訳稿の日本語テキストを比較し、可能な限り検証してみました。
ただし、未定訳稿はライプツィヒリブレットのドイツ語1行に当てる訳を忠実に1行に当てています。対する第二訳稿では鴎外は
「韻語としての句に拘泥せずに、縦に続けて書き流す」(*8 347頁)
方法に依っているため、そのままでは句の比較が出来ません。
そこは作業をしながら私が判断して、第二訳稿を「句」に仕立て直しました。ただし、完全を期したものではなく、句の分け目の判別が難しい箇所については目安程度としました。未定訳稿のどこからどこまでが第二訳稿の各ナンバー(曲)と対応するかを見定めるには、目安で充分であるとの考えによりました。
また、ドイツ語同士の対比も検討しましたが、未定訳稿のもととなったライプツィヒリブレットのドイツ語は亀の子文字であり、それを判読しても単語がおそらく古いものであるため手元の小さな辞書では正しく確認し切れず、そこは素人の悲しさ、断念をしました。鴎外がドイツ語原文にほぼ忠実なシラブル数で翻訳を心がけているため(これは両稿共にそうなっていることを確認しました)、今の目的には訳文の日本語で事足りるものとしました。

対比の内容は添付の表の通りです。

Ohgai-OrfeoTxt.pdf

左右の色がほぼ対応するようにし、対応するナンバーについてシラブル数も比べられるよう合計をとってみました(括弧でくくった数字)。

結果、次のようなことが判明しました。
未定訳稿の詞は、ほぼすべて第二訳稿に該当ナンバーを見出すことが出来る。
 未定訳稿で第二訳稿と対応がないのは14番中の4行、33番中の4行、
 44番中の12行である。
 (具体的な箇所は添付表参照)
未定訳稿では第二訳稿に比べ大幅にナンバーが省略されている。
 2〜8番、17番、32番、50番
 なお、器楽部分は未定訳稿には演奏するかしないかの記載がありません。
 言葉がないため記載の対象にはならなかったからです。
 したがって、器楽部分でどれが演奏されどれが演奏されなかったかは分かりません。
未定訳稿からは演奏にあたって曲に短縮されたものがあったことが窺われる。
 明確にそうだと見なせるのは1番、21番、45番(合唱部)
未定訳稿では実演上繰り返される言葉は反復を省略してあることが窺われる。
 9番、11番、13番、15番、20番器楽終了後の前半(19番の反復)、34番
・具体的に計量し直していないが、レチタティーヴォも短縮傾向にある。
 ただし33番と44番は例外であり、未定訳稿の方が長い。

表を見て頂ければ分かります通り、対応するナンバーではシラブル数もほぼ同じになっています。これを細かに見て行けばもっとたくさんのことが言えるのかもしれませんが、それには原詞の対比や楽譜に乗せての検討が必要になってくるでしょう。とてもそこまでは出来る境遇でもありませんので、作業を割愛しました。
なお、全体の詞句の数だけで見るなら、未定訳稿は第二訳稿の4分の3になっていますが、省略された反復があることを加味すると、ライプツィヒリブレットは二割程度の短縮が施されて上演された台本だったと見なせるのかもしれません。

さて、ここまでで、未定訳稿による上演は曲の省略が加えられた短縮版だったと判明はしますが、それが「パリ版」の短縮だったのか「ウィーン版」の短縮だったのか、あるいは独自の版として構成されたものだったのか、の問題が残ります。
おおよそのナンバーが第二訳稿の依るところであった「パリ版」と合致するのですから、「パリ版」の短縮だと考えたいところですが、それは、レチタティーヴォの一部のうち、未定訳稿のみに見出せる14番中の4行、33番中の4行、44番中の12行によって保留されます。
14番と33番で未定訳稿にのみ超過して存在する行は、「ウィーン版」によるのか別の何かによるのかははっきり分かりませんでした。これは原詞を楽譜に当てはめて検討すべきものでしょう。
44番の12行は、これは明確に「ウィーン版」によることが確認で来ました。
また、未定訳稿に見出せない17番、32番のアリア、50番の三重唱はウィーン版にも存在しないナンバーです。
このことから、詞の対比作業を終えた直後は、未定訳稿は単純に「ウィーン版」を基にした短縮版ではないかと単純に考えました。

ところが、未定訳稿に欠落している41番の二重唱は、「ウィーン版」にも「パリ版」にも存在するものです。より決定的には、未定訳稿には13番のアモールのアリアが含まれています。これは「ウィーン版」にはなく、「パリ版」のほうにしかないナンバーです。

(2)で行なった楽譜の対比結果に戻りますと、「ウィーン版」と「パリ版」で異なるものと分かっていたレチタティーヴォは、2番・12番・14番・33番・36番・40番・44番でした。
これらを厳密に調べなければ最終的には断言してはならないことですが、未定訳稿では省略されている2番を除いて他を長短だけで確認すると、
12番〜「ウィーン版」の方が短い:未定訳稿の方が短い
14番〜「ウィーン版」は「パリ版」の2倍の小節数:未定訳稿の方が若干長い
33番〜「ウィーン版」の方が長い:未定訳稿のほうが若干長い
40番〜「ウィーン版」の方が若干短い:未定訳稿の方が若干短い
44番〜いうまでもなく未定訳稿は「ウィーン版」によっている
と、類似の傾向が見られます。
一方で、「ウィーン版」にはなく「パリ版」のみにある歌唱ナンバーで未定訳稿に現れるものは、13番のアリアの他には確認が出来ません。

以上のことから、さらにレチタティーヴォの詳細な検討を必要とするものの、未定訳稿のオリジナルであるライプツィヒリブレットは、「ウィーン版」を基にした短縮版であり、アモールのために「パリ版」からアリアを1曲補ったものだった、と見てほぼ間違いないものと、今のところ考えております。

作業を通じて感じたことを少しだけ付け加えます。

瀧井論文では「(第一稿では合わないことを)本居たちが即座に判断が出来たのも納得がいく」(*2 頁番号37)と述べていらっしゃることに違和感がある旨、(3)で愚痴ったのでした。
実際に作業をしてみて、これは「違う」ということだけは即座に判断出来たかも知れないものの、どう違うのか、の究明がおそらくなされなかった、という前提での「納得」であるならば納得だと感じています。
納得がいかないのは、未定訳稿とされた鴎外の最初の訳が自分たちの楽譜と具体的にどう違うのかの究明は多分なされなかっただろう点、注文主の国民歌劇会はなぜそれをしなかったのか、という点です。そのへん、瀧井論文の口調は国民歌劇会の味方をしているのが、私には少々面白くありません(瀧井先生ゴメンナサイ)。

ただ、まず第一に、添付したような表を作れるのは今のように便利な手段・・・パソコン、表計算ソフト・・・があるからこそです。
第二に、いまは鴎外が訳した二種類の日本語訳が手に入ります。彼らがやらなければならなかったのは、楽譜上のドイツ語の詞(テキストだけ抜き出したものはなかったのではないでしょうか?)と鴎外先生の訳した日本語の対比であり、対比をやり遂げるにはそれなりのドイツ語理解力が必要とされたはずです。
第三に、今回このように探ってみると、そもそもおおもとの詞の構成が、鴎外の用いたライプツィヒリブレットでは曲の省略あり・反復の省略あり、そもそも多分版が違っていて対応しないテキストまである、というていたらくなのですから、上演や稽古のスケジュールが差し迫っている人たちにはワケが分からず混乱の元でしかなかっただろう、と、そこには同情を禁じ得ません。
運命の偶然から鴎外が二種類の翻訳をすることになったオペラ「オルフエウス」は、洋楽導入を本格的になしとげたかった明治・大正日本人の、悲しくてやがて面白き、ひとつの貴重な失敗遺産だったのでしょう。

訳は、個人的には未定訳稿の方が歌にふさわしい美しさを保っている気がして、こちらでの復活演奏もされたら面白いのにな、なんて妄想してみたりしています。
・・・さすがにそりゃ大変だわ。(><)


*2:瀧井論文PDF http://ci.nii.ac.jp/lognavi?name=nels&lang=jp&type=pdf&id=ART0008058625

*8:『鷗外全集』第十九巻 岩波書店 昭和48年 

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