« ハイドン「告別」【自筆譜を読む(2)】 | トップページ | 【8月1日〜29日】むかしむかしの素敵なピアノ展(ヤマハ銀座スタジオ) »

2013年7月29日 (月)

ベートーヴェンの第6ピアノ協奏曲? 【自筆譜を読む(3-1)】

(1)モーツァルト「ジュピター」(2)ハイドン「告別」・(3)ベートーヴェンの協奏曲 


ベートーヴェンは1809年、38歳のときに5番目のピアノ協奏曲を書き、以後、ナポレオンとの戦争によるウィーン社会の急激な変化と自らの耳疾のいっそうの悪化で独奏活動を完全に停止したことに伴い、協奏曲を創作することはありませんでした。

それなのに、第6番目のピアノ協奏曲が存在するのでしょうか?
それは、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲の第6番や第7番が偽作であるのと同様、ベートーヴェンの真作ではないのでしょうか?

完成されなかった第6番は、自筆の総譜が60頁ほど未完で残っている、と、私の手元ですと1962年刊行の日本語の伝記図書に掲載された作品表に、WoO45の番号が付されて明確に記されています。すなわち、真作のピアノ協奏曲第6番は未完である、とはキースン/ハルムによる作品番号無しの作品の整理研究が終わったときにははっきり分かっていたのだと知りうるわけです(キースン/ハルムの目録は1955年刊)。

ところが、現在、第6番全曲版を謳った録音が数種類出ています。
そして、これは間違いなくベートーヴェンの真作です。

実は、いま第6番と称されて出ている作品は、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲Op.61の、彼自身の手による改変版です。ただ、番号を付されるようになったのはそんなに古いことではない気がします。以前は番号は付けられず、単に「<ヴァイオリン協奏曲>のピアノ編曲版 Op.61-a」(以下、Op.61-a)とか言われていたのではなかったかな?
編曲、とされていますが、楽譜そのものを点検出来ていませんけれど、聴く限りオーケストラ部に何の変更もなく、ソロだけがピアノに差し替えられたもののようです。

自筆譜はOp.61とOp.61-aが独立に存在しているわけではありません。ソロ部が、初めは薄茶のインク(1806年8月〜1807年5月11日以前)で書かれ、後で黒インク(1807年4月26日以降)で別の段に訂正されています。ヴァイオリン協奏曲としての初演は1806年12月23日ですので、初演以後も手を加えられたことになります。

ところで、このソロ部、初めに書かれたものが現行のヴァイオリン協奏曲の独奏と完全に一致しているわけでもなく、黒インク部もまた同様であり、かつOp.61-aとも違っているのです。

ヴァイオリン協奏曲は1808年にパート譜が印刷されています。このヴァイオリン協奏曲印刷版の独奏部は現行のものと一致しているそうです。
一方、Op.61-aは1810年に出版されています。
ヴァイオリン協奏曲とOp.61-aの現行ソロを念頭に自筆譜のソロ部を観察してみると、ヴァイオリン協奏曲の現行ソロは後で加えた黒インクの訂正に一致するものが多く、Op.61-aのソロは最初に記入された薄茶インクの音型のままである場合も見受けます。すなわち、出版の新しいOp.61-aの方が、ベートーヴェンの自筆の、より古いかたちをとどめている、という、時間的な転倒を引き起こしているのです。

このようにインクやソロ部の音楽に錯綜した事情があり、かつ、インクの使用年次については後から明らかになったものでしたので、時間的経過をきちんと考慮したものではなかったものの、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の当初の版はベートーヴェンの真作とは言えない、との説が1962年に出されたのだそうです。この説はウィリ・ヘスによって旧全集補足版第10巻に採用され、自筆譜の混乱した独奏部が印刷されて1969年に出版されたとのことです。

ヘスの犯した誤りを是正し、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の真正性に決定的な折り紙をつけたのは、日本人、児島Augustinus新でした。1929年に生まれ、1983年に癌で亡くなった人で、ベートーヴェン・アルヒーフの優れた研究者です。ベートーヴェン新全集のヴァイオリン協奏曲は児島氏の校訂によるものであり、この作品が現在聴かれるかたちで安心して演奏されるのは、児島氏のおかげだと言うべきでしょう。

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲およびその改変版であるOp.61-aに関しては、児島氏の研究のご自身によるダイジェストが、死の死後に平野昭氏によって『ベートーヴェン研究』(児島新著、春秋社 1985年)として編まれた書籍に収められています。この中にはまた、ベートーヴェンの書いたスタッカートの奏法についてや、第五・第六・第九交響曲の資料批判に基づく研究、カラーで出版されるようになったファクシミリの意義についての知見など、現在なおもっと知られてよい業績がコンパクトに収められています。

http://www.amazon.co.jp/dp/4393931742

ヴァイオリン協奏曲の自筆譜の諸問題については素人の私が四の五の言う筋合いではない(他のものもそうか!)のですけれども、大変に面白いので、ファクシミリの一般的な価値についてを含め、この次あらためて児島氏の研究結果を紹介したいと思います。

今回は、ヴァイオリン協奏曲自筆譜の最初の頁だけを掲載してご覧頂いておきます。
モーツァルトやハイドンで見て来たものより段数の多い16段の五線紙に書かれ、上からヴァイオリン2つ、ヴィオラ、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、ティンパニ、ソロヴァイオリン、チェロ、バス、トランペットの順で記入されていて、後でソロに施した訂正は残った下3段に記入されることになりました。(あいかわらず粗悪画像ですみません。)

Btvn1_1

|

« ハイドン「告別」【自筆譜を読む(2)】 | トップページ | 【8月1日〜29日】むかしむかしの素敵なピアノ展(ヤマハ銀座スタジオ) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ベートーヴェンの第6ピアノ協奏曲? 【自筆譜を読む(3-1)】:

« ハイドン「告別」【自筆譜を読む(2)】 | トップページ | 【8月1日〜29日】むかしむかしの素敵なピアノ展(ヤマハ銀座スタジオ) »