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2013年3月20日 (水)

重層化した空気と時間:「助六由縁江戸桜」まとめ

(歌舞伎の「助六」に、くどくど野次馬してきましたが、「まとめ」らしくない「まとめ」を綴って当面の締めとします。野次馬してきた記事へは、関連した記述の後ろと全体の末尾にリンク致しますので、ご参照の上、不備・誤認について是非ご指導ご教示お願い申し上げます。)


音の世界は、空気を彩る絵の具だと思います。
手で触れられるもののほとんどすべてが、たしかに色をもっていますけれど、ごく普通の空気には独自の色がありません。
それが、響きで自在に色付けされるのです。

いまでは、色は光の波、音は空気の波で説明がつくと突き止められています。
光の波が色ならば、空気の波だって色、であってもおかしくない・・・とは、あるいは、とんでもないこじつけかも知れません。ただ、誰にでも当てはまるかどうかはっきりしないながら、色聴という心理的現象はあります。音を聴くと、その低い方から順に、虹の色の順番で、赤、橙、黄、緑、青、紫、と、響きに色を感じるというものです。
(ずいぶん前に綴ったことがあります http://ken-hongou.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_6902.html

音楽好きだと、劇を鑑賞するのでも、舞台装置のもつ色と共に、俳優のセリフの調べ、背景に流れる効果音に彩りが増幅される、そのことに興奮を覚えたりします。

ドイツには、リヒャルト・ヴァーグナーが描いた劇世界の、ひたすらその音響の色彩に魅入られてしまった作曲家がいました。アントン・ブルックナーです。彼はその響きを抽出して自分なりの加工を懸命に施し、音世界だけのドラマを9つ(ないしは10)書きました。
「色彩豊かなドラマは、空気から響きだけを取り出しても、響きの組み合わせで書けてしまう」
という立派な例でしょう。

日本でも、伝統芸能からの抽出を試みた人々は少なからずいます。
しかしながら、ブルックナーのように劇の音響のみを取り出したものは、ないように思います。
なぜ劇からの抽出はなかったのか、を考え出すと、またキリがなくなります。でも、こんな事情ではないかなぁ、と思い当たることは、あります。
近世以前に生まれた舞台芸術は、能をはじめとして、目に見える装置はシンプルで、ほぼモノトーンです。色づけは、囃子と唄(謡)でなされていました。それにしたって、たとえば能なら、人の衣装と声以外は、近いもの同士の4色程度です(笛、小鼓、大鼓、太鼓)。ならば、音楽的な色彩をもっと試してみたいと思うとき、興味は、舞台の装置や人の動きをいきなりすっ飛ばして、音響のみの世界に向くのが必須、となるでしょう。

03pic02 歌舞伎は、それまでの日本の伝統的な舞台芸術とは違っています。
登場人物の扮装だけにではなく、装置にまで、色が溢れている。
歌舞伎の舞台の多彩さが、かえって、音響世界だけを抽出して作品に仕上げたい、なる類いの興味は引き出しにくくしたのでしょうか、いまのところ、現代の音楽家の没入までを生み出してはいないように思います。(※1)

見たこともない「助六由縁江戸桜」を映像で目にしたとたん、私は強く魅かれてしまったのでしたけれども、それは歌舞伎の中でも「助六」が際立って、色彩を極端に切り詰めていながら、なお派手だからだったのかも知れません。
舞台中央は、白木の木枠の他は、ほぼ赤一色です。その両袖は、緑と黒と黄を交えています。
全部で、4色。ところが、これが強烈に目に刺さる。
鮮やかな純色の舞台装置は、歌舞伎以前に用いられたことがありませんでした。

それにしても、赤一色に添え物の3色だけで、筋の入り組んだ展開がないまま一幕2時間もかかる劇が、初めて見る客を、こんなに引きつけていられるはずがない。
それで、よくよく当たってみると、「助六」では音響が場の彩りを変化させる上で大きな役割を果たしているのが分かったのでした。→(5)
区切り区切りに華やかな衣装の人物を登場させる際、お囃子で空気をきらきらとさせる。そのきらきら具合も、男伊達の出ならば太鼓が主でやや四角ばり、花魁の出入りならば笛を添えてあでやかに、という具合。主人公の出には、全体の響きはやや暗めに押えた上で、主人公を象徴する尺八の音色を添えるのです。
あるいは、きらきら音色は、登場人物がほんの数人行き交う場面でも、もっとたくさんの往来があるように観客を錯覚させる不思議な効果を発揮したりします。
巧妙なのは、普通にセリフが喋られる背景で単調に等拍リズムで鳴り続ける三味線です。(※2)
前半、立て板に水の極め台詞の応酬を陳列する趣向のときは、リズムだけでなく、音の高さも同じままで変化せず、セリフのみを際立たせます。
ひと山過ぎたあと、この等拍リズムは音を旋律の断片のように変えて場の空気が揺らぎ出すのを感じさせ、以降は囃子、尺八、激しいツケの音、と、だんだん間隔を狭めて音を多色化し、巧みな黒子として劇の動く向きを役者にも観客にも澄まし顔で知らせてくれるのです。
歌舞伎の音響はもともと抽象度が高くて、太鼓一つで風音も水音も雨音も、稲妻の光る嵐までをも、一筆でえいっ、と描いてしまうようなところがあるのですが、空気の彩りまで、とは気づきませんでした。恐れ入りました。

音響にも大きな要因があるとは気づかず、惹き付けられる理由をあれこれ詮索してきたので、もちろん、それ以外のものを「それ以外」と一括りにしてはいけないことも、充分に認識させられています。
「助六」というこのお芝居には多様な時間が圧縮されていることを知ったのも、また大きな驚きでした。

「助六」劇という枠組みは最初、実際に取材もし元禄頃までに流行った「心中もの」という枠組みにも当てはまる事件を元にしたものだったのを、いつのまにか、江戸っ子の啖呵の応酬に相応しい内容へと換骨奪胎したのでした。
その過程で、主人公のふるまいや衣装も、特定のモデルの行状に制約されなくなり、舞台に設定した吉原に出入りする通(つう)の姿から粋なものを抽出して、ひとつの結晶のように仕上げていったのでした。→(1)

劇が観客にとって同時代物であるあいだ、「助六」は、目の前にある風物を、貪欲に盛り沢山に摂取し続けました。吉原の見世の名、酔い覚ましの薬、種類の豊富な煎餅、舞台の袖には饅頭屋の屋号、饂飩屋の出前は時勢と共に蕎麦屋の出前に、等々。→(3)

舞台を続けるには、しかし何かとお金がかかる。
著作権もなかったですから、興行で当たりを取りつづけるためには、大きな知恵での一工夫が必須でした。
風物の摂取などを通じて、「助六」は、お江戸限定地域色濃厚な芝居に仕立てる(※3)ことで、長いあいだ大スポンサーであってくれるような、組織的な固定客・・・吉原、蔵前の金融業者、江戸経済の重要な担い手であった魚河岸の人々・・・を掴み続けてきましたが、米主体から貨幣主体へと急激に移り変わる経済情勢化では、それも厳しくなっていきます。→(6)

そこで「助六」は、市川團十郎家の芝居として歌舞伎十八番の中に含められます。同時に、内容もほぼ固定されたのではないかと思われます。→(7)
折しも明治維新で、歌舞伎全体が存続にきわどい綱渡りを経験します。経験を通し、自らが持つ様式美こそが命綱、と悟った歌舞伎は、それを懸命に守り続ける奮闘を、いまなお重ねているのでしょう。

「助六」という、たかがひとつの芝居のなかに、これほどまでに空気の色の多様さ、時の積み重ねの多様さが、豊かに折り重なっています。
「たかが」などとは、とても言えません。

こうした重層性に感激しておきながら、自分自身がそこから何かを抽出し新たな何かに仕上げていけるような能力の持ち主ではないことを、甚だ遺憾に思います。

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※1 小泉文夫氏が、セリフと背景の三味線の清掻きのタイミングのズレ具合について調べていたのは読んだことがあります。日本伝統音楽の研究のリズム編にありました。ただし、それは限定されたロケーションの、さらに限定的なシーンでのことであって、劇作品全体にわたる興味とは言えないと思います。「場」の変化する舞台では「助六」のような単一の場と違って、全体的なものへの関心は呼びにくいかも知れません。ヴァーグナーの作例は、幕や場が複数あっても1作品が1全体となると見なし得る舞台背景で演じられますので(たとえば「トリスタンとイゾルデ」)、受け止め手にとって制約が生じなかったのではないでしょうか?

※2 三味線は吉原で客引きに清掻きで流しておくものだったようですから、三味線の音色自体が「助六」の舞台である吉原を象徴している面もあることでしょう。

※3 現行の「助六」にあたるものは、江戸時代中は、七代目團十郎が江戸追放になった時に旅先で演じたほかは、江戸以外の土地で上演されたことがありません。


【参照書籍一覧・CD1点】
〜*番号、は、過去記事(1)〜(7)で引用時に付した参照用番号

《「助六由縁江戸桜」テキスト》
*4)遠藤為春・木村錦花『助六由縁江戸桜の型』劇文社 大正14(*10と重複)
*5)諏訪春雄 編著『助六由縁江戸桜 寿曾我対面』歌舞伎オンステージ17 白水社 1985年
*9)「古典文学大系98 歌舞伎十八番集」郡司正勝校注 岩波書店 1965年
*12)守髄憲治校訂『助六所縁江戸桜』(底本:文化八年二月上演台本)岩波文庫 1939年

《「助六」周辺》
*2)前進社文芸部「『助六』研究資料」昭和33【1958】年
*3)赤坂治績「江戸っ子と助六」巻末、新潮新書、2006【平成18】年
*16)『日本随筆大成』第二期6 吉川弘文館 昭和49【1974】年
*17)斎藤月岑『声曲類纂』 岩波文庫 第1刷1941年 第6刷2001年
*18)佐藤仁『助六の江戸』 近代文藝社 1995年

《「助六」の贔屓筋関連》
*1)小野武雄「吉原と島原」1978年教育社歴史新書~2002年に講談社学術文庫
*20)尾村幸三郎『日本橋魚河岸物語』 青蛙書房 1984年
*24)十二代目市川團十郎『團十郎の歌舞伎案内』 PHP新書 2008年
*25)十二代目市川團十郎『歌舞伎十八番』服部幸雄解説、小川知子写真 河出書房新社 2002年

《市川團十郎家》
*8)「老のたのしみ抄」・・・郡司正勝校注、『日本思想体系61 近世藝道論』岩波書店1972年所収
*11)市川団十郎(十二代)『團十郎復活』文藝春秋 2010年
*14)戸板康二『歌舞伎十八番』隅田川文庫 2003年、原著は中央公論社1978年
*19)田口章子『二代目市川団十郎』ミネルヴァ書房 2005年
*26)今岡謙太郎「九代目団十郎の幕末」 歌舞伎学会『歌舞伎 研究と批評 22』所収 1998年

《その他の歌舞伎関連(近代史など)》
*13)郡司正勝『かぶき入門』岩波現代文庫 2006年
*15)『江戸の華! これが歌舞伎のBGMだ!! 鳴物選集』CD、KING RECORDS KICH 2092/3
*21)漆澤その子『明治歌舞伎の成立と展開』 慶友社 2003年
*22)中川右介『歌舞伎座誕生』 朝日文庫 2013年(原著 『歌舞伎座物語』PHP研究所 2011年
*23)渡辺保『明治演劇史』 講談社 2012年

本記事中の新富座の画像はこちらからお借りしました。
http://www.mizkan.co.jp/story/change/03.html
http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc17/jidai/kabuki/index05.html


(1)助六のモデル(2)助六の舞台装置(3)CMいっぱい!(4)語りの芸 
(5)音に聞く江戸の空気(6)道具とご贔屓(7)江戸はなぜ残ったかまとめ

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