« ラッヘンマン/ホリガー(大井浩明さんPOC#11に足を運んで) | トップページ | 「《ロシアの復活祭》序曲」ドキュメント~1月5日曲目の内 »

2012年10月10日 (水)

「ボヘミアの森と草原から」〜1月5日曲目の内

アマチュアオーケストラ、東京ムジークフロー、2013年1月5日曲目関連ドキュメントです。

スメタナ『我が祖国』は、本来、1曲1曲に作曲者の詞書があるのですが、スコア(私が手にしたのはEDITIO MUSICA BUDAPEST版)には掲載がありません。

名曲解説全集(旧版)には全体を指し示す文が掲載されていますが、曲に即した部分は示唆にとどまっています。「ボヘミアの森と草原から」(名曲解説全集での訳は「ボヘミアの牧場と森から」)についても同様です。他の書籍でいいものを見つけられませんでした。
そこで、名曲解説全集からの引用を記し、アーノンクール/ウィーンフィル盤のリーフレットでにあるアーノンクールのコメントをも引用します。

参考にして頂ければ幸いです。
なお、末尾に演奏の一例の映像を埋め込んでおきます。


1.【名曲解説全集 旧版 管弦楽曲Ⅰ 431頁〜432頁、1982年】

スメタナの書いたものの訳

「ボヘミアの風景を眺めたときに受ける情感が描かれている。いたるところから歌がきこえてくる。それは陽気なものであったり淋しげなものであったりするが、牧場や森からひびいてくる。森の地域はホルンの独奏で示され、明るい肥沃な低地は、喜ばしい主題で描かれている。誰もが各自の幻想に応じて絵をかくことができる。詩人は、たとえ独自の仕事に従わねばならぬとはいうものの、自分の前に開かれた道をもっている。」(門馬直美訳)

以下、登場小節については、もう充分お分かりになるとは思うのですが、念のためスコアから補いました。

・冒頭の弦は「風を暗示するような」
・クラリネットの主題はボヘミアの牧場を示す(37)
・オーボエで村の娘たちとその歌を描くといわれる旋律が現れる。(46)
・ヴァイオリンの弱音器つきの主題は牧歌の和やかさを示すと言われている(74)
 (注:私はこの主題はフリアントもどきだと思っています。ただし、先生は先日、「先入観を棄てて、風の吹いているように弾きなさい」とのことで、まことに適切だと思っております.)
・ホルンは森を示す主題(130)
これまでの主題の展開ののち
・ポルカが冒頭の弦の主題から導かれる(234、270から本格的に)


2.【アーノンクールによるコメント】(CDリーフレットに掲載
(譜例の箇所は小節番号および該当パート名に置き換えます。ただし、小節番号はアーノンクールの元の文にほとんど入っています。)

交響詩《我が祖国》で、スメタナは彼の故郷を愛情を込めて、しかし同時に冷徹に描いている。見事な音楽的手腕によって素晴らしい全体を構成している6曲の交響詩は、2曲ずつ、それぞれ神話(注:1、3)、自然(注:2、4)、歴史(注:5、6)をテーマとしている。スメタナはまた、政治と宗教の結びつき、ドイツ人とボヘミア人の共存、母系家族制の問題といった、極端な対立をはらんだテーマを音によって象徴的に表現している。このような作品を書く中で、スメタナにとって何よりも大切だったのは、言葉の助けを借りることなく、あるいは合理的な思考の助けを借りることすらなく、音楽という手段のみを使って、音楽が喚起する感情を通じて聴き手の心に直接うったえかけることだったように思える。これに類した作品はヨーロッパ音楽にはない。

Ⅳ.ボヘミアの森と草原より
(冒頭部のスメタナの記述は略、注:リーフレットの言葉は違っているが、門馬訳の文と同一のものの一部である。)
冒頭の、ト短調の豊かなテクスチュアの中で、最初の交響詩〈ヴィシュフラド〉の波うつ動機が再び聞こえる(冒頭部金管)。そして優しく悲しいドゥムカ(ウクライナ民謡)がト短調で「dolente 悲しげに」聞こえてくる。(第37小節:クラリネット、ホルン、ファゴット)。
やがてト長調に明るく転じて、ボヘミアの歌が現れる.(第46小節。スメタナは「うぶな田舎娘が故郷を離れるときのように・・・」と書いている:オーボエとファゴット)。
第74小節からのフガート(弦楽器)は、スメタナによると「・・・・・・夏の正午ごろの森の美しさ」を伝えているのだという。「・・・・・・木の葉の間で陽光がきらめき・・・・・・鳥が歌っている・・・・・・」。ここで思いもかけず、まるで森のざわめきのように、明らかにドイツ風の歌の3節が聞こえてくる。(注:122小節からたちあらわれてきて130小節で輪郭を明瞭にするホルン、168小節アウフタクトからの木管群、196小節からの全体合奏を指している。)
これを聞くと、ボヘミア人とドイツ人が何百年にもわたってこの土地で隣り合って暮らして来たことが思い起こされる。(注:これがどんな裏付けを持っていわれているのか、私には分かりません.)3番目の、活気に満ちたお祭気分の節を中断してポルカが始まる(第234小節)。
この後さらに数分間、音楽はドイツ風の歌とボヘミア風のポルカとを行ったり来たりするが、最後にはポルカが農民の祝い事の中で勝利を収める(第270小節:注、前述)。曲の終わり近くで、ドイツの歌が短く簡単に回想され(第439小節:主題そのものはクラリネットにある)、そのあと、冒頭に波打つ動機が再び登場する。あの悲しげなドゥムカまでが再び聞こえてくるただし今度は全木管がfffで奏して(第509小節)、曲を締めくくる。(栗田 洋 訳)

RCA 37616-7 2001年11月、ウィーン・ムジークフェラインザールでのライヴレコーディング)

参考:アーノンクール/ヨーロッパ室内管の映像


編成としてはわれわれはこれくらいになりますので・・・冒頭部、オーボエの旋律の背景のフルートのブレスのとり方が、ちょっと好きではないのですが・・・いや、全般に、フルートは特に、吹き方のフォームがちょっと。。。チェロのおねいさんも、きれいだけど、顎が上がってるもんなぁ。

それでも、全体でこれくらいの演奏が出来るんだったら、本当は嬉しいですよね〜(泣)

クーベリックがチェコに一時帰国した際の全曲演奏が、個人的には最も好きな演奏です。ただしかなり大編成です。チェコフィルの名演としては、他にアンチェルが指揮したものがあります。

|

« ラッヘンマン/ホリガー(大井浩明さんPOC#11に足を運んで) | トップページ | 「《ロシアの復活祭》序曲」ドキュメント~1月5日曲目の内 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「ボヘミアの森と草原から」〜1月5日曲目の内:

« ラッヘンマン/ホリガー(大井浩明さんPOC#11に足を運んで) | トップページ | 「《ロシアの復活祭》序曲」ドキュメント~1月5日曲目の内 »