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2012年7月15日 (日)

大阪はどこへ向かうのでしょう?

文化活動のホンの端っこに過ぎない「クラシック」にほぼ限定したブログに綴っても、あんまり意義はないのかなぁ、とは思います。
しかしながら、とくに収益団体としてのオーケストラの運営には前から若干の関心もありましたので、その延長として「一個の小市民」が考えるテーマとしても、それなりに重みがあるかな、と考えてもおります。
そこで、少しだけは、綴ってみたいと思います。

昨日、産經新聞が掲載したものとして、Yahoo!JAPANニュースにこんな見出しの記事が転載されました。

「橋下改革の衝撃 直撃受けた大フィルは、文楽は…」
 産経新聞 7月14日(土)9時19分配信
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120714-00000507-san-soci

この中で、2・3、記事のお綴り手の「主観」で語られているのではないか、それをそのまま素直に読んでしまった、オーケストラのコンサートなんか経験もしたことのない人が、
「へぇ、そんなものなのか」
と思い込んでしまうのではないか、というあたりに、報道の恐ろしさを強く感じましたので、そこにだけちょっと注目しておきたい次第です。

【引用1】
「あと1曲アンコールをしてほしいのに
『超過勤務になるから』と断られた。サービス精神があまりにも欠けているのではないか」。コンサートを依頼した興行主は憤った。

【引用2】
興行主は「どこのオーケストラにも組合があるのは知っているが、大フィルの組合は特権意識が強すぎる。
フィナーレの大切な時間帯に残業手当を設けること自体が問題」と疑問を投げかける。

この2つの引用箇所で、おや、と不思議だったのは、興行主がどなたか、の明示がまったく無く、大フィル側だけが晒し者になっているのが第1点、そもそも本当に「超過勤務になるから」という断り文句だったのか、そうだったとしてそれだけだったのか、というところが第2点です。

興行主がどなたかを知る術は私にはないので、このかたの発言だとされるところから不自然に思われたことを申し上げます。
まず、制度的に残業手当云々が単純に問題なのなら、あと1曲のアンコールが出来るかどうかは、興行主さんがオーケストラに対してその分のコストも支払うことを考えていれば簡単に解消することであり、それは相手がオーケストラでなくても、パフォーマンス団体に対する報酬の事前交渉できちんと条件が決められることであって、根本にあるのはオーケストラ側の勤労条件云々ではないはずです。
セールスの営業担当などは超過勤務は当たり前だしやむを得ないのはセールスをなさっているかたならどなたでもご存知だと思いますが、その場合、担当が「充分だ」と思っているかどうかという心理的条件は措かれるとしても、雇主側は超過勤務分を何らかの見積もり方法で支払う旨は雇用契約の中で必ず明示されています。パフォーマーに上演を依頼する場合は契約形態が請負になりますから簡単に超過勤務云々は出来ないのかもしれませんが、もし興行主さんのご発言が真実だとしたら、「団員が超過勤務になった場合」の報酬条項が請負契約の中に盛り込まれていなかったことに問題の根があると考えられます。そこをすっ飛ばしての記事は報道として公平さに欠けるのではないかと強く感じております。
また、残業時間帯を設けることは組合の有無にかかわらず労働法が等しくどんな企業体にも認めていることではないのでしょうか? それを特権意識だと断定したり
「残業手当を設けること自体が問題」
という表現で語ってしまうことには、文化活動とされるものだけではない、日本のすべての働き手に対する、雇主側・興行主側の
<こうしなければ儲からないんだよバカども>
的な軽侮の視線さえ感じ取られてしまう・・・そしてそこに真意がないのであればなおのこと「残念な歪曲」が孕まれていはしないでしょうか?

そんなに、日本の雇主たち、興行主たちは、雇う相手に対して不親切なのでしょうか?

おそらくそもそも
フィナーレの大切な時間帯に残業手当を設けること自体が問題」
というところだけが今回この記事の本来の核心
であり、かつここにある問題はたったそれだけのことなのであって、本記事のこれ以下に他の在阪プロオーケストラへの扱いだの文楽問題だのと結びつけること自体が、たいへんなこじつけであるように思われてなりません。

大フィルの対応に非があったとすれば、たぶんずぶの素人さんであったかと記事からは推測される興行主さんに対し、大団体がどういうふうに動かないとお客様にも興行主さまにも迷惑をかけることになるか、を丁寧に説明しないで当日に至り、当日の意思疎通も(大フィル側の言い分はともかく)興行主さんにきちんと理解を得られる努力を怠ったところにあるのかもしれません。それはオーケストラといえサービス企業体であるからには、このようなニュースにされてしまった以上、よくよく運営体制を見直して頂く必要なあるのではないかと思っております。ファミレスとは違い、「深夜時間帯の交代者が、まだいるお客を前の担当者から引き継いでサービス出来るわけではないのだ」という、些細なことが非常に重いポイントだったりするはずです。

【補記】なお、この日は注文がついて追加のプログラムが1曲入り当初予定より長時間になった、との証言もこのあと耳に入りました。事実がそうでも、記事に書かれる恐ろしさは、そんなことは省かれた状態で記事が一人歩きするところにあります。純粋民間企業ならば名誉をかけて対処に全力を尽くすところです(それは別段提訴するとかそういうことでは必ずしもありません)。「お客側に立ったらどうか」を熟考したうえでの適切な対応を、大フィルさんがなさって下さることを、切に希望し祈っております。窓口が安易に追加を受け、現場はかならずしもそれを了承していなかったにしても、その実行がもたらすものは団全体の責任であり、団に関わるどなたもがそれを負っているのだという「外向けの顔」を、くれぐれもお忘れにならないで頂きたいと思います。

私の気になっているのは当面これくらい、なのではありますが、本「事件」が一連の大阪の「文化危機」問題と安易に一緒くたにされることには、外野の者ではありますけれど、強い危惧の念を抱いておりますことを、申し上げておきたく存じます。

なお、ひとこと余分を付け加えるなら、「文化危機」問題という表現をするのは、それが財政面から切り捨てにあうのではないか、と危機感を持つ方面からも、いや、やはり冗費なのではないか、と主張する方面からも、短絡的にでなく、充分に検討されなければ、そもそも文化とは何であるか、本当に護らなければならないものなのか、を私達が根っこから考える良いチャンスをみすみす失うことになる、と私が思っていることの裏返しでありまして、こういうところは自分はイソップ物語のこうもり君みたいでいやらしいのかもしれない、と自己嫌悪にも陥るのですけれど、ぜひ、幅広く、ただし知的に、世間で考えて行って頂きたく思っております。

大阪の一為政者ではなく、いま大阪のすべての大人たちが、どのようにふるまっていくか、は、私達日本語を使う民族が、これから文化と経済をどう扱おうとしていくか、の大きな試金石となるはずです。

大阪はどこへ向かうのでしょうか?

固唾をのんで見守っております。


以下、ここまでで触れなかったことの簡単な補足です。

「文楽」問題の方はすでに大きく注目を浴びています。目線が正しいか間違っているか、という議論はさておきまして、論陣が既に動いていること、当事者団体自体が火急の対応を迫られていることでおのずとなんらかの結果が出る・・・出てしまうものと思いますので、ドナルド・キーン博士へのインタビュー記事へのリンクを貼る以上にはここでは述べません。ただ、支援・非支援どちら側の立場の方であっても、市長側の見解記事を含めたリンク集をつくり、よくよく内容を冷静にご検討頂く必要性は強く感じております。この手の問題は行政は短期的に手を下したいものであるいっぽう、そこでもたらされた結果は再び180度の転回をしたいとの意志を世の中が持ったとき膨大な時間をかけなければ復元出来ないものであることは、洋の東西を問わず歴史が証明している、とだけ申し上げておきましょう。

【ドナルド・キーン氏、文楽は「人間より美しい」】
 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/stage/569723/
 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/stage/569740/
 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/stage/569741/


あるいは、そのほかに、こういう記事も見つけていますが、これもリンクのみとします。ただし、この記事には小劇団の採算はどのようなものかも載っているし、そこに運営者がどんな価値観を持っているかも綴られていますので、コンパクトながら、解析をしたい方には恰好の記事になっているかと思います。

「問答無用 切り捨てられた小劇団」
 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/localpolicy/576425/

よろしくご考察下さい。

なお、以前綴ったものから。

【プロオケの財政(大阪センチュリー助成金問題を振り返って)】
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-ec7f.html

ほかにも綴ったことがありますが、まずはこれくらいで。

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