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2012年4月 8日 (日)

沈黙の響き〜能「道成寺」

Doujouji 能の実演はほとんど拝見したことがなく、本来、私には素人としても能を云々できるなにものをも持ち合わせていません。
ただ、耳の印象としての能楽囃子にはずっと魅了され続けています。

子供のころ、親のお友達が、親の境遇からいえば信じられないようなお茶のお家の一流のかたで、お宅へ連れて行かれると小面が飾ってあったことだけが、能に興味を引かれた原点でした。舞台を拝見する経験が薄い分をなんとかしたくて、やや豊富に出回るようになってから、財布が許す最大限の演能の映像は見て来ました。とはいえ、映像は古いものが多く、内容についての理解が今よりさらに薄いあいだは、目と合わせて聴き取れる情報量が足りな過ぎ、退屈で仕方なかったりしました。
ひとつには、能は現代の演劇に比較すると、映像にとらえ得る動きはあまりに少なく、ひとつには背後の囃子は文字通り沈黙している時間も短くないだけでなく、場合によっては囃子を「演奏」しているあいだにも、「演奏」される囃子そのものの中に、あまりにふんだんに沈黙が差し挟まれているからでもありました。このあたりは、歌舞伎とだいぶ違います。

謡のほうは、親が少々嗜んでいて、
「声の出を聴いてくれ」
とチェックを頼まれたことがあり、洋楽の歌唱の面から姿勢を観察しつつ、顔の上げ具合や顎の脱力具合と声の兼ね合いについて
「それでは喉が閉まって声が詰まる」
とか
「体に力が入ると声のほうが死んでしまう・・・かえって力をなくすんだよ」
とか生意気な口を挟んで、
「あ、それ、お師匠さんが仰っていたのと同じだ」
と思いがけない反応を返されて、本音はかえってビックリしてしまったことなどもありました。

囃子は、どうも、じかにやってみないと、洋楽感覚からでは、謡よりいっそう、どうとらえるべきか難しいものであるようです。
岩波書店の能・狂言の講座に図説がついていて、囃子の手組も八割り譜に豊富に模式化されているのですけれど、それを見ておいたところで、いまのところは、それらのうちのあまりにも僅かなものしか、実演の中に聴き取ることが出来ません。これは、謡もそうではあるのですが、とくに囃子においては、八割りはひとつひとつが洋楽のベースにある均質な8拍ではなく、1拍1拍のあいだが呼吸の具合で自在に伸縮するものであるところに、洋楽で育った者には感じ取りを困難にする要素が色濃くあるからではないかと感じています。舞台を体感していない者には、映像では、そこにあったはずの空気が平たく押し潰されて、こちらの身に重みがかぶさって来ないのです。

それでも、耳がやや慣れてくると、それなりに、いろんな面白さに気付かされるようになりました。・・・この点では、絵を付けず音声だけで聞かせられた方が、映像に移しきれない空気の密度と揺れを感じやすく思われます。

ひとつには、能にはどうも、今の日本人が思っているような節(フシ〜ドレミのような音階とか旋法とか)はないのではないか、という点。
謡でも弱吟はいくらか音階っぽいものが聴けるので、つい西洋音楽の音階と対比させたくもなり、鑑賞者向けの入門書では実際そのようにされていたりするのですけれど、昭和中盤までの謡の名人の謡い回しは、どう聴いても、たとえばよく現れる「ソラれれれ(み)」的な節の締めの部分は西洋音階の「ソラれれれ(み)」ほどくっきりしたものではなく、弱吟(柔吟)の呼び名が示す通り、喉首の力が抜けて明るくリラックスした声で日本語を幅広めのイントネーションで話すときの音程の上り下がりそのものであるかのようです。
剛吟になると、観賞用入門書でも、西洋音階との対象は曖昧にしか出来ていません。これはまた、激しく怒ったときに、ヒステリックなほうにではなく、ドスを利かせるほうに太く日本語を発音すると音程の幅が狭まりますので、それをそのまま取り込んでいるものと感じられます。
能で使われる唯一の旋律楽器である笛も、いまの義務教育で使われるリコーダーと異なり、後の指穴をあけても「正確なオクターブ上の音程」が出る作りにはなっておらず、高い音になるほど、後の指穴をあけたときの音程は、閉じたときの音程よりも激しく低くなっていきます。これが能の囃子の節回しの、独特な緊張感を産み出す大きな要因のひとつになっているのではないかと思います。
要は、遅くとも中世期の日本には、おそらく三味線の登場までは、近代的な意味での音程感覚存在しなかったのではないか、と考えざるを得ない、そんな現象が、能の中には現在でも強く残っている(ただし、笛は構造上の制約で変化が少ないものの、若い世代の謡や笛は多分に洋楽的な音階で吹かれたり謡われたりするようになっている気がします)。

もうひとつには、これは平家琵琶にも類似のことが言えるのですけれど、中世期の日本の音楽(各種の聲明と、弾奏や囃子を伴う語りや舞がその実態なので、こんにち私たちが音楽と呼ぶものとはズレがあります)は、部品セットの組み合わせと接着で決まっているようだ、という点。先ほどの非旋法的な調べと囃子、それにある一定の呼吸に基づく沈黙の間が一組の部品を作っていて、シナリオの違いによってその部品の組み合わせ順序を巧みに変更し、それらを各々のシナリオによって接着剤を変えて繋ぎ合わせて、まったく違うものとして私たちに呈示する特徴があるのです。
たとえば『高砂』の最初の部分なら、部品はワキの登場を示すのに「次第」〜「名ノリ」〜道行き、という具合に接着され、続いて格式の高い「真ノ一声」なる部品で、神格を持つシテを湧き出させます。
『道成寺』は、始まってやや時間が経って後に、怨霊であるシテの登場から「次第」〜「名ノリ」〜道行き、という具合です。
部品の並びが一緒なので、鑑賞者は、部品のパターンを覚えていれば、その背後にある筋書きが何であるかを容易に感じ取ることが出来るのですけれど、同時に、「次第」に先立つ囃子の沈黙の有無で、『高砂』と『道成寺』のドラマの質の違いを予感させられる、なる変化も楽しめるようになっている。ここが、ヨーロッパで同じ頃に発生した典礼劇、そこから発展した歌劇とは大きく異なるところではないかと思います。
さらに、『高砂』と『道成寺』の違いを聴いていくと、「高砂」では、「真ノ一声」の背後の囃子は神格化した老木を表すのどかな「置き鼓」というものになっているのですが、この「置き鼓」を、『道成寺』では小鼓を非常に長い間(ま)を空け、緊迫感の高い強い掛け声を使って間(ま)を張りつめたものにすることにより、「高砂」では<善的>であったリズムの印象を、<邪悪>なものに180度転換させてしまっている(呼び名も「乱拍子」、と変化しています)。
私のヘタな言葉ではなんだかこんなわけのわからない具合になるのですが、実際に耳にすれば、同じであるはずの部品が違う色合いなり、デフォルメなりで整形し直され、繋ぐ接着剤(掛け声の有無や沈黙の伸縮など)を変えることで、筋立ての明快さを失わないまま多様なドラマに仕立て直すやりかたは、日本の中世の芸能をもういちど考え直させる大切な<感覚の表象>であるように感じられてなりません。

『道成寺』は、手っ取り早くいえば、有名な安珍清姫伝説・・・美男の坊さん安珍にぞっこんになった清姫が、逃げて道成寺の鐘に隠れた安珍を追いかけ、蛇に身を変え、くだんの鐘に絡みつき、口から火を噴いて鐘を溶かしてしまった・・・の後日談として作られた能です。
それ以来鐘がなくなっていた道成寺にようやく新しい鐘が出来、坊さんたちがその落慶供養をしようとしたとき、清姫(本来はこの女性の名前は特定されていたわけではありません)の怨霊が白拍子に化けて現れ、鐘を再び落としてしまう、という、ご存知の通りの内容です。
能では、白拍子に化けている怨霊が鐘に飛び込んで落としてしまうところを大きな見所としていて、特殊な演出もさまざまあるようです。
幸いにして、その特殊な演出の数々は、いまは比較的手軽にDVDで鑑賞することが出来ます。

全体を収録したものは観世喜正さん【九阜会三世喜之さんの子息、1970年生】のものがあり、能で使われる作り物(『道成寺』の鐘もそうしたもののひとつ)の説明も特典映像で付いていて面白く鑑賞出来ます。喜正さんのシリーズは他にも能装束の種類や着付けの仕方の説明のあるもの、能面を豊富に見せてくれるものもあって、意欲的です。

もうひとつ全体を収録したものは梅若六郎さん【玄祥、1948年生】の映像で出ていて、これには観世宗家の清和さん(1959年生)、塩津哲生さん【あきお、1945年生、喜多流】の『道成寺』のダイジェストも収録されています。梅若玄祥さんの全曲は、どうも間を若干削って編集しているようなのがやや残念ですが、観世流の元来の演出はこちらで見ることができます。後半正体を現す鬼の頭の毛が白く(白頭【はくとう、しろがしら】)、坊さんたちに祈られて鐘から現れるときに、膝をついて鐘に両手をかけています。観世清和さん、観世喜正さんの鬼は「赤頭【アカガシラ】)という<小書>演出によっています。
塩津哲生さんのダイジェストが唯一、下掛りと呼ばれる流派のもので、上掛りの流派では鐘はドラマが始まる前に吊られるのに対し、塩津さんの映像ではドラマが始まってから寺男(能力【ノウリキ】と呼ばれています)たちが運んできて吊ることになっています。観世清和さん、塩津哲生さんとも、素人目にもたいへんに気迫のこもった素晴らしい舞台で、ダイジェストでしか見られないのが残念です。個人的には観世清和さんの謡と舞ぶりの気品に(私にとっては別に宗家だからというのではなく)強い魅力を感じます。
例の乱拍子・・・娘に化けた怨霊が烏帽子を付けて白拍子の舞を舞う部分・・・から鐘の落ちるところまでが最高の見せ場ではないかと思いますが、この乱拍子の部分では、小鼓は流派によって掛け声の長さが違います。観世清和さん、塩津さんの映像での小鼓は幸流で、短い掛け声。梅若六郎さんの映像で大倉流(大倉源次郎さん)、観世喜正さんの映像では幸清流で、幸流と大倉流の中間です。これは、私は大倉源次郎さんの均斉のとれた気迫と表情、響きが最も好きです。

『道成寺』に特化した映像ではないのですが、関根祥六さん祥人さん親子お二人の対話や稽古風景を収録した『能楽師』というDVDがあり、そこでは祥人さんが乱拍子の足運びを稽古する場面を見ることも出来ます。祥人さんがインタビューに答えて、世阿弥の言っていた「一調ニ機三声(・まず「ととのえ」て「そのとき」が来るのを静かに待ち的確に捉えてさあ謡い出したくなった、とそこまできて初めて声を出す・・・祥六さんが「これ、ほんとうにそうなんだよね」と仰っていること)」を体でやってみせる場面は、世阿弥の書『花鏡』他に出てくるこの言葉が、謡の技術にとどまるものではなく、能の体全体に関わるものだということを、如実に私たちに知らせてくれるもので、能に限らず、演じる・奏でるすべてに通じるものとして必見で貴重な記録であると思います。また、この映像の中で道成寺を演じる祥人さんが、鐘に飛び込む前に烏帽子を扇ではじき落とすタイミングが、他の映像のどんなベテランさんよりもはるかにこの場面に自然で必然的なタイミングであるように感じられて、これも全体の映像で見られないことを大変惜しく思っています。

「乱拍子」は録音されるには沈黙の時間が非常に長く、その沈黙が原則として等間隔ではない(観世喜正さんの映像の中ではほぼ等間隔ですが、例外なのでしょうか? 私が他を聴き間違えているのでしょうか?)など、鑑賞の条件としては音だけ、というのは大変に制約があるものなのですけれど、録音だけで映像よりも遥かに雄弁に<沈黙の響き>を聴かせてくれるものがあります。この録音は単独では入手できませんで、『能楽囃子体系』という大部の組み物の中に収録されています。観世寿夫さんの残したものです。これは何度繰り返して聴いても戦慄を覚える、まさに「音のないところに漂っている張りつめた空気」をそのまま閉じ込めたような音声で、もし能のお囃子を豊富に体験したいときには是非この『能楽囃子体系』をお手になさって、観世寿夫さんのこの絶妙の間にも接して頂ければと願うところであります。謡の節が決して洋楽的ではないことは、現在ではこの録音くらいしか、はっきり示してくれるものは無い気がします。

能の『道成寺』だけでこんなに文を引きずってしまいましたが、これを下敷きにした歌舞伎舞踊の『娘道成寺』にも、簡単に触れたいと思います。
いまのところDVD化された映像で見られるのは坂東玉三郎『京鹿子娘道成寺』だけのようですが、これも素晴らしい映像です。副音声の解説(葛西聖司さん)も非常に丁寧で、舞譜(私は花柳流の名取試験用の舞譜を興味本位で覗き込んだりしました)にも説明されていない振りの意味まで教えてもらえてたいへん勉強になります。
この『娘道成寺』をめぐっては踊りの成立までに紆余曲折の人間模様があって、それを渡辺保さんがそのものずばり『娘道成寺』という名の書籍にまとめていますが、古書でしか読めません。これがまた文庫化などされると嬉しいのですが。
こちらの歌舞伎舞踊の『娘道成寺』は、能に素材を求めたとは言っても、前に見た『勧進帳』が『安宅』を摂取したようにはストレートに能と関係してはいません。冒頭の大勢の坊さんたちとの問答を終えて、いよいよ踊り始めるところでは、能の『道成寺』の乱拍子前にある「次第」の、

花のほかには松ばかり

が、三味線によって近代化された長唄の節(これはもう洋楽の旋法に似てしまっています)で唄われますけれど、続く乱拍子そのものは簡略化されています。それでも、伝説では、こうした能の振りを歌舞伎役者に伝えた能楽師さんは、歌舞伎役者に教えたばかりに自死をよぎなくされたらしい、との話があるようで、江戸期には能と歌舞伎の間には想像を絶する格式の差のあったことが分かる、とのことです。以降、能から採り入れられているのは、続く「鐘づくし」の部分の詞だけで、しかもこれはもう『道成寺』から離れて『三井寺』という能のほうから採られています。物語は崩され、江戸期の娘ぶりを多様に踊る上で趣を付け加える程度にまで、能そのものの役割は、歌舞伎舞踊の中では後退しています。ここには近世という日本固有の時代区分(他世界と比較したとき、自国の世相の変化上、江戸期を「近代」に組み込め得ない故にこの区分が必要とされたのでしょう)の芽吹きから青々とした繁茂までが結晶となっているのです。

歌舞伎からはいったん作品を選んでしまっているのですけれど、重ねてまた歌舞伎舞踊の意義を観察してみたいなぁ、と思っております。そこまでには、またあいだをあけましょう。

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