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2012年3月18日 (日)

どっちが強い? 愛と中毒〜ガーシュウィン「ポーギーとベス」

One of these mornings      いつか でかける朝に
Youre goin to rise up singing    おまえは 起きて歌うの
Then youll spread your wings   それから 翼ひろげて
And youll take the sky       お空にいくのでしょう
But till that morning        でも そんな朝がくるまでは
Theres a nothin can harm you    なにも心配しなくていいの
With daddy and mammy standin  父ちゃん母ちゃん 傍にいるから

"サマータイム Summer Time"の、2番の歌詞です。
ガーシュウィン「ポーギーとベス」の幕が開くと、漁師の若奥さんが赤ん坊を抱えて歌う子守唄です。

私は二十代の特に後半は飲屋街にいりびたりでしたが、所帯を持ってから、お酒は外ではほとんど飲まず、ウチでも350ml缶を日にひと缶程度でしたので、デブの割に体重以外は健康診断でも悪い数字は出たことがありませんでした。
ただ、タバコは、日に10本ながら、吸い続けてきました。
家内の死後はとくに、気晴らしはせいぜい喫煙でした。煙を吐くと、憂さも一緒に吐き出されて行くようで、ほんのひととき安らぎを得た気がするからでした。
ところが、この6年の間に、それまでなんともなかった血圧が徐々に上がり始めて、とうとう先月には高血圧の危険域にまで行ってしまい、数字を見たら何だか「くらっ」ときてしまいました。
昨年、少しの減量で目標達成したりしていました。でも食事を気持ちに無理があっても削ったりしたのが、災いしたようです。その後かえって血圧は急上昇しました。
それで、先日さすがにお医者で降圧剤を処方してもらいました。
幸い1週間で、朝に服薬すれば、夜には正常値の範囲内におさまり始めました。
禁煙も、以前はニコチンガムでも他の方法でも失敗したので、無理のないように、とりあえず1日の本数の半減は達成して、あとは「禁断症状」が出た時だけ1本ポケットに忍ばせて喫煙所に向かうよう心がけているところです。食事で無理をしたのと同じになっては元も子もありません。

何の話をしようとしてるんだっけ?

そう、ニコチン中毒にしても、いかに身が危険であると分かっていても、人には他から強制されてヤメラレなんかしないんだ、という事実を、無理矢理ガーシュウィン作品に結びつけようとしているのであります。

Pogyandbess「ポーギーとベス」は、単純ではないそのストーリーを極めて単純にまとめてしまえば、足の不自由なポーギーが麻薬中毒の娼婦ベスを救ったことから一緒に生活を始める話です。でも結局ベスは、麻薬中毒から回復できなくて、ポーギーが事件で刑務所に拘留されているあいだ、ポーギーがいつ戻るか分からない不安に勝てなかったからでしょうか、売人の男が手にした麻薬の力に負け、売人と一緒にニューヨークへ行ってしまいます。一週間で開放されたポーギーが戻ってきたとき、ベスは家にいませんでした。ポーギーはまわりの人からいきさつを聞き、1000マイル・・・1610Kmくらいなんですね!・・・1000マイル離れているという、彼のまったく知らない土地であるニューヨークにベスを探しに行く決意をします。ベスは彼を強くしてくれ彼に愛の力を信じさせてくれたからです。
でもしかし、
「愛は中毒より強し」
ではないのです。
ベスだって、たぶん初めて、ああ私、本当にこの男の「こころ」に惚れたんだわ、だった。だけれど
「中毒は愛の心を超えた」
のでした。ですから、愛に目覚めた男ポーギーは
「愛より強い中毒に寛容に、しかし敢然と立ち向かう」
のであります。

「ポーギーとベス」の舞台は漁師たちの貧民街で、二人の出会いの周囲では貧しさゆえに博打と殺人も日常茶飯事、病めば救ってくれるのは霊能者おばさん、その向こうの神様だけです。
いまはこの歌がガーシュウィンの名前を記憶させてくれている"Summer Time"は、序曲が終わってすぐ歌われ、またたく間に観衆の心を奪ってしまいます。が、ガーシュウィンの生前、作品全体は彼の意向でミュージカル劇場で上演されたため、ミュージカルには不似合いな重たい社会性が災いして、ヒットしませんでした。今では名高いオペラとして扱われていますが、見ることの出来る機会は思っているほど多くはない気がします。ガーシュウィンはミュージカルの多作家だったからでしょうか? それらのミュージカルが日本や本国アメリカ合衆国でどの程度上演されているかも分かりませんけれど。

私自身、「ポーギーとベス」は、1991年日本で上演された舞台で初めて全曲を知りました。それまでは"Summer Time"ただ1曲を通じて「ポーギーとベス」なる劇作品があるんだなぁ、と漠然と知っているだけでした。

"Summer Time"の歌詞は、夏は大漁になるので漁師の父ちゃんが金持ちになるから、と、生活の経済的な苦しみをそれとなく希望に変えて唄う、子守唄お決まりのパターンなのですけれど、冒頭に掲げた2番は、ちょっと意味深長です。一読して分かりますように、ここには「いずれ訪れる死(昇天)」が「眠り」と抱き合わされて、安らぎの保証人になっています。・・・これは、劇全体がアメリカ黒人社会を舞台としていることから、黒人霊歌に見られるような彼らの精神生活を巧みに反映しているのだと言えるでしょう。

"Summer Time"は、劇の最初では、あたかも清らかな光が厳しい暮らしをやわらかに包むように、舞台から響いてきます。
この歌は劇のキーとして、フルメロディではあと2回歌われるのですが、2回目は、赤ん坊のお父ちゃんたちが漁に出た、よりによってその日にハリケーンが来てしまい、赤ん坊の母親が夫の無事を祈って切々と歌う設定になっています。3回目は、残念ながら漁師もその母親も死んでしまったので、赤ん坊をひきとって抱いているベスによって歌われます。このときベスは2番を歌いません。1番を際立たせて、経済的には無力なポーギーを愛してしまったベスの不安を歌で浮き出させる意図だったのでしょうか。

劇のそれぞれの部分でそれぞれのムードにぴったりと当てはまってしまう不思議なこの子守唄の魅力は、単独で聴いても美しいそのメロディでごまかされずに、劇全体の中で聴かれるべきものではないかな、と、常々思っています。(あとでリンクするYouTubeの映像などで聴き比べてみて下さい。たとえどんなに見事に歌われても、劇から離れた歌唱は、劇の中に置かれているときに持っている意味を失ってしまっているのを、知ることが出来るでしょう。)

1959年に映画になったそうなのですが、これがガーシュウィン未亡人の目には出来が悪かったらしく、再上演の道がまったく封じられてしまったそうです。
いま見ることの出来る映像は、サイモン・ラトル指揮ロンドンフィルのグラインドボーン音楽祭での上演をベースにした1993年発売のもので、幸いなことにたいへんよい出来映えです。ポーギー役のウィラード・ホワイト、ベス役のシンシア・ヘイモンを始めとした歌手陣がすべて名唱でもあります。
日本版はいま出ていないようです(中古はAmazonで入手できるようです)が、輸入盤ならば新品で入手可能です。

http://www.amazon.co.jp/dp/B00005LIN0/

"SummerTime"を物語のキーポイントに置いたような、ひとつの歌をまるまるキーポイントにする着想は、クラシックオペラにはないように思います。
この巧みさにも唸りますが、「ポーギーとベス」で涙させられる場面は"SummerTime"が歌われる箇所に限りません。
私は見るたびに、第2幕第1場でポーギーが「おまえはオレの女だ」と言うのにベスが「あたしはあんたの女だよ」と応じる下リで、文字通りぼろぼろになってしまいます。
おなじ第2幕の第3場にさまざまな物売り(苺とかカニとか)が登場する場面の、ガーシュウィンによる美しくもリアルな音の模写も、舞台こそ現実の中なのだ、と私たちを錯覚の世界に放り込んだりします。
幕切れの、ポーギーと彼を巡る人たちのやりとりは悲劇的な内容ですのに、音楽はどこまでも明るい。これがまた、ゴスペルの世界への作曲者の理解の深さを思い知らさせてくれて見事です。将来というものへの、こんなにも身近でこんなにも困難な、しかしながらこんなに希望に溢れた像を提供してくれた音楽劇作家は、果たしてガーシュウィン以外にいたでしょうか? いま新たに存在しているでしょうか?

そういえば、作曲したガーシュウィンもたいへんなヘビースモーカーだったはずです。
有名な写真ではどれでも、彼は葉巻を得意げにくわえています。
日本で国内盤が出なくなったのは、喫煙に風当たりを強くしてきているこの国では、葉巻をくわえてばっかりのガーシュウィンの写真が不都合になったからなのでしょうか?
日本の喫煙者はいま、喫煙所に閉じ込められなければ煙草を吸えません。
吸い殻を平気でじべたにポイしたり、向かい側にいる人の顔にも平気で煙を吹き付けるなど、自分たちのマナーの悪さが首を絞めたことは否めないでしょう。
でも、煙草だけじゃない、「良くない」ものはとにかく封じ込めるのがいちばん、なのが、いまの日本の流儀なのかなぁ。もう、おおらかさのかけらもなくなりました。
紫煙のただよわないところでは、ガーシュウィン作品の「臭さ」は、たぶん忘れられて行ってしまう運命にあるのではないかな、と、ちょっと【だけ?】哀しく感じています。

團伊玖磨さんの名随筆集「パイプのけむり」も、この国ではいずれ禁書になってしまうのでしょうかねぇ?

"Summer Time"を集めたページ
http://www.magictrain.biz/wp/?p=3269

HMVでの「ポーギーとベス」検索結果(全曲盤とは限りません)
http://www.hmv.co.jp/search/list?category=1%2C2%2C3%2C4%2C5%2C7%2C9%2C10%2C23%2C24%2C6&keyword=Porgy+Bess&target=KEYWORD&advanced=1&formattype=1&pagesize=3&pagenum=1

「サマータイム」歌唱映像からいくつか。

ラトル指揮DVDでの、最初のSummerTime場面

上演が封じられた1959年映画のもの

ビリー・ホリディによる1936年の歌唱(彼女の歌は他よりも大好きなのですが!)

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