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2011年12月 4日 (日)

【音を読む】古代の鳥はどう描かれているか?~雅楽「迦陵頻急」

初歩の「十二音」簡単なバランス崩し同じものをつかいまわす(能)・伸ばして重ねる畳んで開くいっそ絵にしてみる


20世紀の鳥はフランスのメシアンが音で描いていたのですが、古代の音ではどうだったのでしょう?

日本の雅楽の「迦陵頻急」というのが、想像上のものとは言え、鳥が舞うものです。この舞楽、舞のほうは子供が舞うシンプルなものですが、シンプルだけにかえって、鳥の悠々とした飛翔を見せてもらえるように感じられます。
では、楽の音はどうか、となると・・・う~ん、古代人は発想が違ったのかな? 音で鳥を描いているようでもあり、そうではないようでもあります。

私は実際の雅楽には縁がないので、舞はDVD(*2)で、成人したかしないかの若い女性が舞う映像で拝見しました。YouTubeには子供が舞ったものがありますので、そちらをリンクしておきます。


この調べから、鳥、あるいは鳥の飛翔をかたちに思い浮かべるのは、現代の私たちには無理でしょう?
それは、日本のものに限らず、「起こりが古い」と分かっている音楽すべてに言えることではないのかなぁ、と感じています。もし感じられるような調べがあれば・・・各地で収録された民族音楽・民俗音楽にはそのようなものもあるのですけれど・・・、どこかに近世の空気が混じり込んでいるんではなかろうかと勘ぐりたくなります。本当にそうなのかどうかは確かめる術はないのですが、怪しんでよいことではないかと考えます。

雅楽の笛がどんな音でどう吹くのかについては、譜ではカタカナで書かれる「唱歌(しょうが)」を口移しで教えてもらい、記憶することで、吹くべき調べを身につけます。
楽家の安倍季昌さんがご著書『雅楽篳篥 千年の秘伝』(たちばな出版、平成20年)の中で

「(篳篥などは)唱歌【しょうが】がしっかりできていないと、吹くことはむずかしいと思います」
と述べられています。
これは他の伝統邦楽にも通ずることでしょうが、本当は西洋音楽を演奏する際にも大変重要なことではないのかなぁ、と、最近感じております。

それは措いても、とりあえず雅楽の音を総合的に捉えるには、五線譜に置き換えるよりは篳篥と笛の対比を唱歌の仮名で目に出来るようにしたほうが、接し方としてはいいのかな、と思います。音程【音の高さ】や音価【音の長さ】、あるいは滑らかにするのか切り上げるのかなどの微細な部分は必ずしも五線譜に移しきれないからです(*1)。

ただし、パソコン上でベタのままで篳篥と龍笛の対比を細かいところまでをきれいにさせるのは難しいので、簡単に整理したものを、本文末尾に掲げます。 実際の雅楽譜は、こんなふうです。(*2)

それぞれを、上の映像の音声を聴きながら一巡目だけでも併せて読んでみているうちに、調べと譜の関係の雰囲気だけは何とか分かってくるでしょう。いちばん右の黒丸は洋楽で言う小節の区切りを表すもの、真中のカナは旋律を表すものすなわち「唱歌」、左の漢字みたいな記号が音程を表すもの、となっています。 唱歌は音程をもある程度表すものになっていますので、篳篥譜の唱歌を西欧式音名と対比させたものも載せようかと思っていましたが、スペースと時間とアタクシの能力の都合上、とりあえずやめました。ご容赦下さい。

龍笛譜

Karyobinnokyuryuteki

篳篥譜

Karyobinnokyuhichiriki

「迦陵頻急」でとられているのは壹越調という、D(固定ドで「レ」)を主音とした旋法【節の巡り】です。(*3)
こむずかしいのですが、本来、この壹越調を理屈通りに捉えると<ニ長調>に相当するものであるところ、実際に耳に入るのは、アバウトいわゆる「都節」音階で、(固定ドで)「ファ#」にあたる音がほとんど半音下がり、短調のような雰囲気を醸成しています。
すなわち、旋法の理屈では壹越調は「レ・ミ・ファ#・(ソ)・ラ・シ」なのですけれど、迦陵頻急ではどちらかというと「レ・ミ・ファ(シャープつかず)・(ソ)・ラ・シ」という音階の構成になっているのです。(これは理屈の上の呂旋法と律旋法が入り組んだものになっています。)
なおかつ、本当は理屈では「レ」が落ち着きどころにならなければならないのに、この調べで篳篥がならすいちばん高い音が「ラ」で、これが聴き手にも音楽の落ち着きどころと感じられるのが大きな特徴です。(すなわち、節は主音【宮(きゅう)】であるはずの「レ」よりも、ほぼ一貫して五度上【ドミナント=徴(ち)】の「ラ」のほうに強烈な引力を持っているのが、<迦陵頻急>の大きな特徴です。*3)

さて、細かい話。

雅楽譜の骨組みを舞の節と各楽器で重ねてみると、次のようになります。
ほんとうは雅楽譜の小さいカナまで含めないと旋律線が正しく把握出来ませんが、便宜上大きな仮名だけで代表させ、洋楽で言う一小節相当分を二文字までで収めてみることにします。(*2)


篳篥(大きな仮名だけ)
龍笛(大きな仮名だけ)

太鼓(CD「舞楽」の舞譜によるところだけ。
   実際には前に「百(ドン)」の前に「図(ず)」が入る。
   また、舞5節目からは加拍子となる。)

という並びにしています。

なお、笙の合竹の基音(迦陵頻急に使われているもののみ)はこのようです。
凢=D、乙=E、下=F#、十=G、乞=A、工=C#
これにより、笙は呂旋をきちんと保っていることが分かります。

舞               |2節
篳|チイ|チイ|引ラ|ロロ|チイ|引ラ|ロヲ|ホリ|
笛|タア|タア|ハア|チラ|リラ|ララ|チリ|アラ|
笙|乞 |引 |乞 |一 |乞 |引 |一 |下乞|
太|  |  |  |  |百 |  |  |  |

舞               |3節
篳|ヒイ|タア|リイ|チラ|リイ|チイ|ヒイ|引引|
笛|ア引|リラ|ラア|タラ|ラア|タア|ハア|引引|
笙|乞 |下 |乞 |乞下|乞 |引 |乞 |引 |
太|  |  |  |  |百 |  |  |  |

舞               |4節
篳|チイ|引イ|リイ|レラ|タア|ハラ|ラア|ラア|
笛|タア|ハア|チヤ|リラ|タア|ハラ|トヲ|ラア|
笙|乞 |乞 |十 |下 |下 |下乙|乙 |下 |
太|  |  |  |  |百 |  |  |  |

舞               |5節
篳|ラア|タラ|リイ|引タ|リイ|チイ|ヒイ|引引|
笛|ラア|タラ|ロヲ|リタ|ロヲ|トヲ|リイ|引引|
笙|下 |下乙|凢 |凢下|凢 |引 |凢 |引 |
太|  |  |  |  |百 |  |  |  |

                |6節
篳|タア|ロル|チイ|ロル|リイ|チロ|ラア|引ア|
笛|ラロ|ロル|トヲ|ロル|ロヲ|リロ|ラア|タア|
笙|凢 |一 |凢 |一 |凢 |凢乙|下 |引 |
太|  |  |  |  |百 |  |  |  |

                |7節
篳|ラア|タラ|リイ|チロ|ラア|タア|ラア|引引|
笛|ラア|タラ|ロヲ|リロ|ラア|タア|ラア|引引|
笙|下 |下乙|凢 |凢乙|下 |引 |下 |引 |
太|  |  |  |  |百 |  |  |  |

舞                |8節
篳|タア|ハラ|ラア|ララ|リ*イ|チタ|ハリ|チイ|
笛|タア|ハラ|トヲ|ララ|タ*ア|タタ|ロヲ|トヲ|
笙|下 |下乙|乙 |下 |乞* |下乙|凢 |引 |
太|  |  |  |  |百* |  |  |  |

舞               |退出の舞~入手へ
篳|ヒイ|チイ|ロヲ|チロ|リイ|チイ|ヒイ|引引|
笛|引引|トヲ|ロヲ|チヤ|ロヲ|トヲ|リイ|引引|
笙|凢 |凢工|乞 |一 |凢 |引 |凢 |引 |
太|  |  |  |  |百 |  |  |  |

CD「舞楽」収録の演奏では、三巡目で、*で舞が終わり、そのあと壹越調の定型の終止形が演奏されています。聴き流している分には不自然さはないものの、それまでの「ラ」を中心とした節のめぐりからすると、それは実はかなり唐突なことなのではないかと思います。
このあたりの、「節のめぐり」というものについて、あらためて考えてみる必要を感じます。

打物(太鼓)は最も基本となる打音は5塊目、すなわち八単位の後半が始まるところで打たれるのですけれど、管を主体に考えればそのような位置にきてしまうものの、舞を主体として考えた時には、舞の区切り目のところで打たれているのが、上の譜の対比から明確になります。つまり、雅楽(舞楽)の構成は、まず舞を主体として太鼓の鳴る位置が決まっており、管は舞が実際に始まるところからを主体にするため、譜ではその位置を調整することになっているのではないかと見て取れます。太鼓の最初の打音(正しくは1つ前に予備の打音が入りますが)は節の8塊の中間位置に入るのが原則となっていて、それが雅楽の【西洋音楽的な意味での】拍子・・・早四拍子だとか早八拍子だとか・・・を決定づけるのだろうと思われるのです。

譜づらについて、素人として興味深いのは、雅楽の管の譜は、篳篥・龍笛・笙のどれもが、能の八割譜のように、八つの単位をひとまとまりにして描かれていることです。とはいえ、これはおそらく近世~近代に整理され得たことだと思われ、能の譜の歴史と併せてきちんと見直されなければならないでしょう。

こんなところで。


*1:雅楽の調べを五線譜に移した優れた譜例は、私たち一般の者が手に出来る限りでは、増本喜久子『雅楽』に豊富に収録されています。これらは他の書籍が伝統邦楽を五線譜に移したものに比べて遥かに精度が高いものだと感じていて、尊敬すべきお仕事だと頭を下げる思いで読ませて頂いております。しかしながら、それだけきちんと拾ったものでも、やはりとくに音価については雅楽の持つ習慣を柔軟に記すことは出来ていません。そのあたりは五線譜の宿命なのだろうとも強く感じます。

*2:雅楽の譜は天理教道友社のものによりました。手に出来たのは、篳篥・龍笛が2009年、笙が1973年の出版のものです。CDは東京楽所【がくそ】『舞楽』(日本コロンビア COCJ-30793)を聴きました。舞、太鼓の区切りは、芝祐靖さん監修の同CDリーフレットによって把握をしました。

*3:「迦陵頻急」でとられているのは壹越調(宮【主音というより終止音というべきでしょうか】がDとされている)で「君が代」と同じ旋法なのですけれど、迦陵頻急はD音よりも五度上(徴【ち】)にあたるA音を中心にした節回しになっています。Aを終止音とするのは黄鐘調なのでして、黄鐘調は「迦陵頻急」が用いているような音の進行は全くしないので、これはヨーロッパのグレゴリオ聖歌でとられているものと対比すると<変格旋法>とでも呼べばいいのだろうか、と思われてきます。事実、壹越調の楽曲には迦陵頻急とは異なってA音を中心とはしないものもあります(「胡飲酒破」、あるいは歌謡の場合にはD音を落ち着きどころにしているのではないか、というのが、たとえば「春過」を耳にしての印象です)。といいながら、これは壹越調だけに限らず雅楽の調べは管絃では徴【宮から五度上の音】を軸に巡る傾向が強いとの印象も一方ではあり、簡単に結論づけないで数をたくさんきちんと調べる必要があります。
なお、黄鐘調と壹越調は前者が律旋、後者が呂旋ですが普通は(舞楽の場合)笙の和音のみに痕跡があるだけで管の旋律では使われている「音階」は区分が出来ないように思います(いずれもいわゆる都節音階の租型かと感じます。無理に「都節」だとか「イレギュラーな律旋」だという必要は無いと思いますが、それは学問をなさる方の世界では許容されそうにありません)。ただし、「迦陵頻急」の、明治神宮で収録された舞のバックで演奏されている楽は、管が呂旋の音程で吹かれる傾向が耳に留まります。DVD~『生きた正倉院 雅楽』Oldsea

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