【音を読む】同じものを使い回す(日本の能)
大井浩明さんPOC#7「リゲティ」は明日10月22日(土)ハクジュホールにて。
会場地図、情報リンクはこちら。
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/map1022poc-a45e.html
ウェーベルンの「子供のための小品」をとっかかりに、まずはそこに感じられた「バランスを崩してみる」例が古典だとどんなふうな現れかたをしていたか、について、ハイドンの弦楽四重奏曲を例にとってみたのでした。(*1)
で、他にまたまた十二音技法の初歩を大雑把に言いますと、この技法、半音12個の音の並び方をひとつ決めて、それを「使い回し」するのでした(すげ~大雑把!)。
でも、この20世紀初めにドイツ圏で使われるようになった方法では、12の音程がみんな別々です。
同じものを「使い回し」する、と言う点では、日本の「能」の舞のお囃子が、実は大変な優れものです。
音程は同じものが何度も現れるとはいえ、節は4つの定型で、一噌流(いっそうりゅう)の唱歌でいきますと、次のようになります。
(呂) ヲヒャラーイ|ホウホウヒ A/B
(呂ノ中)ヲヒャヒュイ|ヒヒョーイウリ A'/C
(干) ヲヒャラーイ|ヒウヤ A/D
(干ノ中)ヒウルヒュイ|ヒヒョーイウリ A"/C
笛の唱歌と合わせて演奏したものの例を聴いておきましょう。
笛:呂・呂ノ中・干・干ノ中
笛:呂・呂ノ中・干・干ノ中
(日本伝統文化振興財団「能楽囃子体系(四)」から。笛:寺井政数)
これを覚えていると、舞の音楽の殆どが聴き取れます。これを繰り返す方法を「呂中干(りょちゅうかん)形式」と言います。
この形式で演奏されるものは、
・序ノ舞、中ノ舞、破ノ舞、急ノ舞、早舞、男舞、神舞
などがありますし、部分的に取り入れたものには
・羯鼓、神楽、猩々乱
などがあります。
・・・で、実際に聴いてみると・・・(「能楽囃子体系」所載のもの)
イロエ掛り破ノ舞
イロエ掛り破ノ舞(藤田流)
太鼓入り破ノ舞
太鼓入り破ノ舞(一噌流)(*2)
あれ?
同じような、違うような・・・
呂中干形式がくる前に、カカリという導入がありますが、上掲二例のその部分の違いは問わないことにしましょう。
で、「破ノ舞」では呂中干形式は最初のほうで二巡して後半一度登場する(初段目)だけで、「トメ」という終結部に進みます。この終結部分も問わないことにしましょう。
さっきの「呂~呂ノ中~干~干ノ中」の組み合わせを思い出しますと、「破ノ舞」本体部分とでも言うべきとくに「段」の部分の呂中間形式の部分は、確かに同じようだ、とまでは感じられると思います。
ところが、節回しがどこか違う気がする。
(舞の速さが違うと、また違って聞こえます。)
まず、能で使われる笛(能管)は、指を順番にあけていっても、いわゆる「ドレミファソラシド」にはなりません。それより狭い音程になります。ですから、運指表で拾ってみても西欧音階のどの音に当てはめたらいいかは聴き手の耳次第ということになるでしょう。また、笛を吹いたものを西欧音楽の耳で五線譜に書き落とすと、聴き取った人によって違ったものが書かれてしまうし、西欧音楽に詳しい能のご関係の方がそれを点検しても「どれも正しい」となってしまうようです。(金春惣右衛門・増田正造監修「能楽囃子体系」の解説に掲載された舞の音楽の五線譜化【*3】したものと、浅見眞高編著「能の音楽と実際」【*4】での舞の音楽の五線譜化されたものとでは、拾われてい笛の音程が全く違っています。)
もう一点、「呂中干形式」の笛の唱歌を確かめてみますと、先の一噌流のものと、他の森田流・藤田流のものでは微妙に異なっています。とは言っても、A/B・A'/C ・A/D・A"/Cという構成は共通です。
・・・かたちが共通でも少しだけ違って聞こえるものを大雑把に「同じ」と言ってしまって良いのかどうか、疑問が湧くかもしれません。
しかしながら、いわゆる「ドレミ」の音楽でも、能楽ほど極端ではないにせよ、実は時代が変わると響きは変わるのが最近明らかになっているにも関わらず、それによって(やはり能楽ほど極端ではないにせよ)違って聞こえるものを「同じ」と聴いている。多少強引に言ってしまえば、流派の違い、速さなどによる聞こえ方の違いがあっても、これらは「同じ」ものの使い回しと見なすのが、捉える耳のあり方としては正しいのではないのかなぁ、と、私は考えております。
あえて短くて比較しやすい例だけをお聴き頂くようにしましたが、どうぞ、あとは世間の「能の囃子」の類のCDなどで、とくに「序ノ舞、中ノ舞、急ノ舞」などとタイトルがついたトラック、あるいは「羯鼓、神楽、猩々乱」などをお聴きになり、
「あ・・・同じだ」
を実感して頂けるのがよろしいのではないかと存じます。
日本人でありながら、私も伝統邦楽の理屈などについてはまるで疎いのですけれど、こんなあたりに面白さを感じてたくさん聴いていくようになるのはきっと新鮮な面白さをたくさんの人に覚えさせてくれるものと信じております。
*1:ウェーベルンはもっと分かりやすい「バランス崩し」を、作品番号21を当てた変奏曲の第1曲でやっている。そこでは、記譜上は最初から三拍子なのですけれど、開始からちょっとのあいだを五拍子にすることで、「あれ? ちょっとちがうぞ」と聴き手に感じさせるように仕組んでいる。
*2「太鼓入り破ノ舞」の、太鼓の手の名称と笛の唱歌のみ
太鼓
カカリ~打込 :
地 ~頭 :ーヲヒャーーーーラ
付頭 :ーヲヒャヒュイ|ヒョーイウリ【呂ノ中】
ヲロシ :ーヲヒャラーイ|ホウホウヒ(呂)
高刻 :ーヲヒャヒュイ|ヒョーイウリ(呂ノ中)
ハネ :ーヲヒャラーイ|ヒウヤ(干)
刻四ツ :ーヒウルーイ|ヒョーイウリ(干ノ中)
刻2 :ーヲヒャラーイ|ホウホウヒ(呂)
刻3 :ーヲヒャヒュイ|ヒョーイウリ(呂ノ中)
刻4 :ーヲヒャラーイ|ヒウヤ(干)
上ゲ・打切 :ーヒウルーイ|ヒョーイウリ(干ノ中)
頭 :ーヲヒャラーイ|ホウホウヒ【呂】
初段目~付頭 :ーヲヒャヲヒャーリヒウヤラ (テンポが遅くなり、気は張る)
ヲロシ :ーリ|ヲヒャヒュイ|ヒョーイウリ【呂ノ中】
刻三ツ :ーヲヒャラーイ|ホウホウヒ(呂)
刻2 :ーヲヒャヒュイ|ヒョーイウリ(呂ノ中)
刻3 :ーヲヒャラーイ|ヒウヤ(干)
上ゲ・打カケ:ーヒウルーイ|ヒョーイウリ(干ノ中)
地~ 打込 :ーヲヒャラーイ|ホウホウヒ【呂】
地頭~ 頭 :ーヲヒャヲヒャーリヒー
トメ :(イヤア)
・・・太鼓の手の名称の同じものは同じ叩き方。すなわち、笛の一定の旋律に対し太鼓の違う手を組み合わせることによって、旋律の趣を異なったものに聴かせる(あるいは逆もまた言えるのであって、太鼓の一定のリズムに対して笛の違った旋律を組み合わせることによって、リズムを違った趣のものに聴かせる)、という「響きの多様化手段」もあるのだということを、能の舞囃子は示唆している。平家琵琶はまたいくつかの定型を物語の文の趣旨に沿った組み合わせに多様に変えることで多様さを実現していることが思い起こされる。->「平曲・平家琵琶・平家」カテゴリ参照
*3:「太鼓入り破ノ舞」はCD版同梱冊子では63頁、LP版同梱冊子では45頁。上掲の笛の唱歌はそれによる。その他にも所載あり。録音に収めてあるものを譜にしている。その演奏では、笛は一噌幸政、小鼓は北村治(大蔵流)、大鼓は安福建雄(高安流)、太鼓は観世元信(観世流)。
*4:音楽之友社、1993年刊。258頁から「羽衣」全曲を五線譜に採譜したものを掲載しており、287頁から「序ノ舞」、299頁から「破ノ舞」の譜となっている。点検してもらったかたが観世流なので観世流のシテで演じられたものを採譜したのであろうと思われるが、来歴が分からない。すくなくとも、観世寿夫の残した録音とはいくつもの大きな差がある。
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