【音を読む】バランスを崩してみる ハイドン:弦楽四重奏曲ト短調 作品20-3から
実際に遊んでみると分かるのですが、十二音技法で書かれたものは、長調のド、短調のラに当たる旋律の重心がありません。それが響きを不思議なものにします。
ですが、ウェーベルン「子供のための小品」は、一方で、以前のヨーロッパ音楽がとっていた伝統的な方法をひとつ、大事に使うことで、子供が少しはとりつきやすいように工夫されています。
それは、音楽のリズムが、2つ、4つ、ないし8つのまとまりで区切られているように聞こえる作り方です。
ウェーベルンの小品で
は、3拍子が4つずつにまとまっているのでした。細かいリズムはちょっとズラしてあるので、十二音音列がもたらす曖昧さをさらに強く印象づけるのですけれ
ど、それでも聴いているとなんとなく、基本は3拍子が4つずつのまとまりになっていることが感じられるようにはなっています。
ウェーベルンの時代から150年ほど前には、そうした2つ、4つ、8つのまとまりで作られた音楽がたくさんありました。
たとえばこんな具合です。
これは、交響曲や弦楽四重奏曲なる曲種を地に足がついたものにする上で大きな貢献をしたヨーゼフ・ハイドンの作品の冒頭部で(1772年出版)、2拍子の8つまとまりです・・・が、実はオリジナルではありません。
オリジナルはこちらです。(*1)
オリジナルのほうが、ちょっと落ち着きません。
ひとつ減った7つまとまりになっています。
音楽が安定するには8つまとまり(4+4)がなんとなく望まれるのに対し、ハイドンは多分、意図的にこの作品の出だしを7つまとまり(4+3)にしました。そのことで、どこか落ち着かない雰囲気を作品に与えるようとたくらんだのではないでしょうか?(*2)
ト短調といえば、モーツァルトの交響曲(第25番や第40番)、弦楽五重奏曲で有名ですが、ここにあげたモーツァルトの作例はいずれも2つまとまりを基本単位にしていて、奇数になるまとまりを持ち込んでいません。
ハイドンは、あえてそれをやっていたわけです。
日本の有名な歌なども、2つ(4つ)まとまりの組み合わせのものばかりですから安心して聴けるのですけれど、
「聴き手をちょっと不安にしたい」
なるイタズラ心を抱いたなら、歌を奇数まとまりに作り替えればいいのでしょうね。
遊んでみましょうか・・・
(「地上の星」であそんでみた)
(「地上の星」であそんでみた)
無理矢理3つまとまりに収めてみましたが、3つまとまりでも偶数回繰り返されれば、別の安定が得られます。
(「シクラメンのかほり」であそんでみた)
(「シクラメンのかほり」であそんでみた)
普通はこんなふうに度が過ぎてはいけません・・・コミックソングになってしまいました。(>_<)
ハイドン作品でお耳直しして下さい。
第33番とされていて、作品番号20の全6曲の内3番目のものです。
第1楽章は2拍子で、7+7+10+2の組み合わせで始まります。以降は2つまとまりを単位にします。
(エオリアン四重奏団の演奏~第1楽章)
(エオリアン四重奏団の演奏~第1楽章)
第2楽章もまた、5+5の組み合わせで始まるメヌエットです。当然3拍子になっています。
(エオリアン四重奏団の演奏~第2楽章)
(エオリアン四重奏団の演奏~第2楽章)
(以上、LONDON UCCD-9357)
いずれも奇数まとまりを単位としていることで聴き手に「おや?」と思わせることを試みていますが、第1楽章と第2楽章では「おや?」を思わせる戦略が違います。
第1楽章の「7まとまり」は、4+4まとまりで安定すべきところに、後半が1つ足りない。・・・それによって、切迫感を持たせています。
第2楽章は4+4まとまりを5+5と、それぞれ1つずつ引き伸ばしている。これによってもたらされるのは、倦怠感になります。
ハイドンのこの弦楽四重奏曲は、そういう修辞法がシンプルながら効果的に使われている好例だと言えます。
第3楽章・第4楽章では、こういうイタズラはもうやっていません。先の2つの楽章で充分、と、ハイドンは考えたのでしょうか?
*1:このト短調四重奏は、ハイドンの太陽四重奏曲(全6曲、作品20、初版の表紙に太陽の絵があるのでそう呼ばれたとのこと)の中の作品。弦楽 四重奏曲としては、このあと出版された作品33(ロシア四重奏曲、6曲)のほうが新機軸として有名になったので若干影が薄くなっていますが、ハイドンの実 験精神がこのジャンルでは最初に現れたと言ってもいい面白い曲集です。
*2:(4+4)の8つまとまり(4小節1単位×2)は「楽節」と呼ばれるものの一般的なかたちだ、ということはだいたいの音楽事典(辞典)で述べられているのではないかと思います。たとえば
「楽節は言語の文と同様に1つの完結した意味単位で、たいていは8小節から成る。前楽節と後楽節に分かれる(半楽節)。」・・・白水社『図解音楽事典』1989年 107頁
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