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2011年3月10日 (木)

シューベルトの交響曲(5)歌謡的な緩徐楽章〜モーツァルトとの比較

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交響曲に限らないのですが、シューベルトの器楽曲は、弦楽四重奏が歌曲からの主題を使用していることからも察せられるように、歌謡的であるため聴 きやすいのが特徴です。・・・ただし、聴きやすさとは裏腹に、演奏には高い技術力を必要とするのもまた、忘れてはならないことではあります。
シューベルトが生前メジャーになりきれなかったのは彼が「独奏に秀でていたわけではなかったために」協奏曲的作品を書いたり自ら演奏したりしな かったからだ、と、シューベルト語りには必ず言われているのですけれど、言っている人がシューベルトの器楽作品を演奏した経験があれば、もう少し言いかた は違ってくるのではないでしょうか。八重奏曲で超絶ヴァイオリンパートを書いたシューベルトが、書こうとすれば協奏曲を書けなかったはずはないと思います し、「さすらい人」幻想曲は後にリストが素晴らしい編曲をして、協奏曲に匹敵する作品であることを鮮やかに証明しています。
独奏では自分の書いた「さすらい人」幻想曲で失敗したりし、

「しかも、はにかみ屋の彼は人前に出ることをあまり好んでいなかった。したがって、協奏曲を演奏して喝采を浴びるということにはさほど興味を示さず、協奏的作品だけは彼の作品リストから事実上、抜け落ちることになった」(村田千尋『シューベルト』115-116頁、音楽之友社 2004)

とも伝記作者によって述べられていますけれど、前半の部分の人間的な性格からだけで彼が協奏曲を書かなかった、ということではなく、作曲家として の資質がそもそも協奏曲を欲しなかった、と考えるべきなのでしょう。独立した声部が際立つような音楽は、彼のイデーの中にはなかった、とでも言うべきなの でしょうか。
それは、実は彼の有名歌曲についてもほとんど当てはめ得ることで、「魔王」のようなストーリー性の強いものに限らず、有節歌曲である「ます」や 「野ばら」においてさえも、そして『美しき水車小屋の娘』や『冬の旅』に含まれる諸歌曲はなおさら、伴奏部が歌の個性を高める上で歌と切り離すことが絶対 に出来ない、歌と密接した構造になっていることは、いまさらあらためて言うまでもないでしょう。

(完成した)交響曲においては、彼のイデーのそういう特徴がもっともよく出ているのは、緩徐楽章・・・すべて第2楽章・・・です。

ウィーン古典派で教科書的に名前を挙げられるハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの3人の中では、モーツァルトが最も「歌謡的」な緩徐楽章を 量産したものと思いますが、そのウィーン時代の交響曲における主題の、とくに冒頭部の特徴を観察し、シューベルトのものと比較しましょう。立体構造全般を 視野に置かなければならないことからすると、これだけでは片手落ちなのですが、それでも各々の個性が何に由来するかは、けっこうはっきりさせてくれます。

まず、「ハフナー」の第2楽章は最初の4小節、次の4小節、さらに次の8小節の3つの部分で冒頭主題を構成しています。それぞれが動機としては直接に関連性のない3つの部分です。

「リンツ」の第2楽章もまた、冒頭は4小節のまとまりであり、ついで現れる4小節間の動機は最初のまとまりの終了音からオクターヴと五度上という 広い跳躍をもって奏で始められます。締めは、最初のまとまりと関連性の強い動機を用いた4小節ですが、これは2番めのまとまりの終了音から7度下がってい て、旋律上は中央部分と分離しています。

「プラハ」の緩徐楽章は8小節間、ひとまとまりのなだらかな旋律で続きますが、8小節目に入ると、それまでの詠唱がはたと絶え、まったく性質の違 う、スタカートの八分音符となります。14小節め以降で、五度下降と四度上昇を交互に繰り返しながらなだらかに最初の主題を終えますが、次に現れる19小 節めからの主題は、最初のト長調で安定した主題とはまったく相貌を変え、厳しいホ短調、輪郭をぼかしたニ短調、欺瞞のような変ロ長調から再びニ短調・・・ と言う具合に、カメレオン的な性格を示してます。

39番はとト短調はウィーン時代の交響曲の中では緩徐楽章の主題が同一動機の連続で示されるものですが、39番はそれが旋律的に構成されて輪郭が始終明確である点で、ウィーン時代唯一の例外となっています。

ト短調交響曲では、緩徐楽章は、ヴィオラ、次の小節で第2ヴァイオリン、さらに次の小節で第1ヴァイオリンが、八分音符を積み重ねて次第に和声が明らかとなる作りで、この4小節まできてはじめて聴き手に初めて正体が露わにされるわけです。

「ジュピター」の緩徐楽章は冒頭動機が非常に印象的であるにもかかわらず、それは5小節めで旋律のきっかけを形作るだけで、以後主題の主体に用いられることがありません。

モーツァルトのウィーン時代の交響曲は、最初に示されるものと次に示されるもののあいだに、動機的には分離があるのが、「プラハ」までのおもだっ た特徴だと言っていいでしょう。あるいは、ト短調は最初に正体を現しきらない(その点では「ジュピター」も同趣向)ことによって、冒頭部は、主題が明確に 形成されたあとの流れとは分離したものとして存在していると見なし得るでしょう(音楽的に分離している、ということではありません)。39番だけが例外で す。

シューベルトは、どうでしょうか?

ひとことで言ってしまえば、モーツァルトにみられるような分離はいっさいない、のです。

それぞれの第2楽章の冒頭部。技法的には、ばらばらに述べるほど異なってはいないのです。

・第1番〜主題の前半部と同じ動機で主題の後半部が構成されている。

・第2番〜基本的に2種の動機が4度繰り返される(音程は変化していく)ことで主題の前半部が構成され、後半部も動機の関連性が強い反転型の経過句を挟んで最初の動機へと回帰する。

・第3番〜八分音符4つの動機と付点八分音符+十六分音符+八分音符2個の動機の2種が主となって一貫して主題を構成している。

・第4番〜3度ずつ上昇する同一動機で主題を構成して2度繰り返すことで前半部が出来上がり、後半部はその上り詰めたところから下降する同一動機により構成される。

・第5番〜主題は4つのまとまりに括れるが、第1と第3、第2と第4の括りはそれぞれ同じ動機に由来している・・・すなわち、有節歌曲によく見られる作りである。

・第6番〜主題は、4種の動機ひとまとまりが表情を変えていくだけの、リズムとしては素朴な構成(巧みな音程誘導とオーケストレーションで、その単純さが表面化しない)。

・「グレート」〜主題の前半3小節は、その終了音が後半部開始音より2度高いだけに留まっていて、動機も前半部の第2動機(オーボエの第1小節の後半部)を主要要素としている。

・・・こんな具合です。

モーツァルトのものも、シューベルトのものも、いずれも声楽的である、と言う場合、モーツァルトの方は異なる動機へと頻繁に変わり身を遂げるか、 あるいは輪郭を順次明確にしていくという複雑な手法により、コンサートアリア的色合いを強く持たせているのに対し、シューベルトの方は、同一あるいは類似 動機を積み重ねる、有節歌曲と似た構造をした主題を持っているのだ、と、その違いを表現することが許されるのではないかと思います。

もう一点、シューベルト側には、「未完成」を含め「グレート」を除いて、主題の動きと対旋律的な動きが楽章の幕開けからさほど経ぬうちに絡み合う 特徴があり、それはまたモーツァルトのト短調交響曲のように小出しに重層化されることが全くありません。和声で言うところの四声が、どの交響曲の緩徐楽章 でも冒頭からきちんと響き、しかも相互に半独立的キャラクターを持っているため、表現が単調になることも回避されています。これはベートーベンがやや似る ものの、そういう場合のベートーベンが旋律を他声部と連綿と絡めているのは第二、第八のみです。

緩徐楽章で最初から和声をしっかり示す姿勢が一貫していることは、先のシューベルトのイデー推測の裏付けとはならないでしょうか?
他の楽章にしても、彼が和声を明示しない開始を試みるのは「未完成」と「グレート」の冒頭楽章において、であって、早い晩年が訪れてからのことです。

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