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2011年2月11日 (金)

なぜ音楽はあるのか?

Ooibanner


こちらに綴ったものと同記事です。リンク先のブログはこの話題と雑談に特化する所存です。
( )の中に数字を記した部分については、文末の「文献など」に出所や参考となるものを記してあります。


音楽なんてものをやるのは人間だけですが、それはひとえに、口や手が自由で、声を好き勝手にあやつったり、ものを叩いたりはじいたり、息を吹き込んでみたり、みずからいろんな音をつくりだせるのが人間だけ、だからにほかなりません。

でも、べつにデタラメに音を出すだけでじゅうぶんおもしろいかもしれませんのに、人間はなぜわざわざ、音を出す行為のなかのあるものを「音楽」なるかたちにととのえずにはいられなかったのでしょうか?

19世紀ごろからの、とくにヨーロッパの学者さんは、音楽の起源ってなんだろう、を、むずかしく考えて来ました。楽器を詳しく調べたので有名なザックスという人は、「音楽」は原初的には二つの様式を備えている、と言ったそうです。
第1は、抑揚をつけてことばを唱えることから始まった、動きのわずかな様式。
第2は、感情をほとばしらせるような、動きの激しい様式。

この二つが入り交じって、高度なメロディをもつ音楽が出来上がってきたのだ、と、だいたいそういうふうに考えたのです。(1)

かたちとしてどのようなものを起こりにしているのかはともかく、人間が「音楽」をととのえずにいられなかったのには、なにか特別なわけがあったのではないでしょうか?
そ んなものは突き詰めようがないのですけれど、いま、いくつかの古い伝承を、かたちとしてのではなく、こころとしての「音楽」の起源を推しはかる参考に掲げ ておきましょう。それにはあわせて、舞うことや踊ることも含めておかなければならないと思いますが、今はそこまで述べません。ただ、舞うこと踊ることは、音がととのえられて鳴らされることからうまれるリズム無しにはなりたたないと思うのがごくしぜんなことではあるでしょう。

ほんとうは、古代四大河文明が起こったあたりの神話でも分かればよいのですが、私たちの目に触れるかぎりでは、メソポタミアやエジプト、インドの神話には、ふさわしいものがありません。(2)

中国は探せばいくつかあると推測されますが、いまは司馬遷『史記』の「楽書」から拾ってみます。「楽」が音楽をさします。

大史公(=司馬遷)いう。そもそも上古の明王がを 用いたのは、何も、それによって心を楽しましめ・自ら楽しみ・意を快くし、欲をほしいままにするためなのではなく、それによって治を致そうと希望したため なのである。教を正しくする者はみな音から始める。音が正しくなると、行いが正しくなる。。故に音楽は血脈を揺り動かし、精神を流通し、正心を和するわけ である。(3)

ことばのむずかしいところがありますが、要は、音楽はゴラクなのではなくて、聴く人や奏でる人が、それを通じて心を道徳的に正しくととのえ、それによって世の中が治まることを目的としたものなのだ、と言っているのですね。

ただ、『史記』の述べている「音楽」の役割は、人間の原初からきた観察ではないのが明白です。

もっと素朴なものはないのでしょうか?

日本で音曲芸能の祖と仰がれるのは、アメノウズメノミコトですが、この女神が天岩戸に籠ってしまったアマテラスを再び誘い出すのに成功した有名な神話の中で、女神はいったいなにをしたのか、『古事記』に目を通してみましょう。

アメノウズメノミコト、天の香山の天の日影(長い蔓草)をタスキに 繋けて、天の真折(アメノマオキ=髪飾りに使われた常緑の蔓)をカズラとして、天の香山の小竹葉(ササの葉)を手草に結ひて、天の岩屋戸に桶伏せて、踏み とどろこし、神懸りして、胸乳を掛出で、裳緒をほとに忍し垂れき。しかして、高天の原動みて(とよみて=鳴動して)、八百万の神共に咲ひき(=笑った)(4)

したことそのものはきわどいので現代語訳しませんが、演じ手も神ならば、それを楽しんだのも神です。
ずっと時代が下りますが、世阿弥の次男、元能が世阿弥のことばをきいてまとめた『申楽談義(世子六十以後申楽【さるがく】談義)』の冒頭には次のように記されていて、日本では音楽を含む芸能が「神をたのしませるもの」なる認識を持たれていたらしくおしはかれます。

・・・申楽とは神楽【かぐら】なれば、舞歌二曲をもって本風と申すべし(5)

中国古代も、司馬遷の時代からさらにさかのぼれば、甲骨文字の存在や使われかたからあきらかになりますように、「人を治める」ことは「神をことほぐ」ことでした。してみると、楽は先ず、神に捧げることを本意としていたとみなすことが出来はしないでしょうか?
神 がどんなものであるにしても、それは原初では「自然へのおそれうやまい」だったのでして、人間がやすらかに生きていくためには、あらぶる自然のご機嫌をと るのが最優先だったでしょうから、その手立てとして「音楽」をととのえる必要が生じたのかもしれない、と、いま私はひそかにそう信じています。

古代ギリシャの叙事詩は、ホメーロスのものにしても、ヘーシオドースのものにしても、まずその歌を芸神ムーサたちに呼びかけることから始めているそうです。(6)

「イーリアス」の例:怒りを歌え、女神(=ムーサ)よ (岩波文庫 上 第1章冒頭 呉茂一 訳)

「神統記」の例:ヘリコン山の詩歌女神(ムーサ)たちの讃歌から歌いはじめよう (岩波文庫 廣川洋一 訳)

といった具合です。

ギリシャ神話の中で、有名なオルフェウスが琴の音で冥界からエウリディケーを連れ戻すことにいったん成功したのも、かなでた調べが冥界の神ハデスを揺り動かし得たからでした。

漢字の「楽」という字は、
「[説文]に・・・鼓へい【いくさにもちいたつづみ】を木に著けた形とするが、形それはもと神楽の舞に手にとる鈴で、かざして鳴らしたものである。」(7)
というのですから、それこそダイレクトに神事に関わっています。

神、あらぶる自然のご機嫌をとるのが本意であった「音楽」が、いかにして人間のたのしみに変じていったのかは、たどるすべもありません。古代に戻ってそれを聴くこと、奏でること、舞うことも、不可能です。

ですから、そのあたりのいきさつはおしはかるにとどめて、いまの私たちがこころを揺り動かされる「音楽」を相手にしながら、なぜ私たちのまえに「音楽」があるのか、を、少しずつ眺め、たしかめていきましょう。
それを通じて、人間が突き詰め続けて来た「音楽」が備えている、ほんとうのちからを見定められるようだったらいいな、と、かすかながらも、そんなだいそれた望みを抱いているところです。

文献など
1)『はじめての音楽史』音楽之友社 1996年 p.8
2)ひどい文ですが、私のブログの「古代メソポタミア」「古代エジプト」「古代インド」、ついでに「古代中国」参照
3)『史記』上 平凡社版中国の古典シリーズ1 野口定男他訳 1972年 p.226・・・儒教の影響あり
4)『古事記』新潮日本古典集成 昭和54 p.51
5)『申楽談義』表章 校註 岩波文庫 昭和35 p.13
6)呉茂一『ギリシア神話』新潮文庫 昭和54 上 p.255
7)白川静『漢字の世界 1』平凡社ライブラリー 2003 p.288

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